遺伝性失調症
(Hereditary Ataxia overview)
Gene Review著者: Thomas D. Bird, MD
日本語訳者: 吉田邦広(信州大学医学部脳神経内科,リウマチ・膠原病内科)
Gene Review 最終更新日: 2006.4.27. 日本語訳最終更新日: 2006.8.27
疾患の特徴
遺伝性失調症は緩徐進行性の失調性歩行を特徴とする遺伝性疾患群であり,しばしば手指の巧緻運動障害,構音障害,眼球運動異常を伴う.小脳の萎縮が高頻度に見られる.遺伝性失調症は遺伝形式と原因遺伝子あるいは遺伝子座により分類されている.
診断・検査
遺伝性失調症は多くの後天性(非遺伝性)失調症を呈する原因疾患と鑑別する必要がある.遺伝性失調症は家族歴,臨床所見,神経画像所見から診断される.SCA1,SCA2,SCA3,SCA6,SCA7,SCA8,SCA10,SCA12,SCA14,SCA17,ビタミンE欠損を伴う失調症(ataxia with vitamin E deficiency),眼球運動失行を伴う失調症1型(ataxia with oculomotor apraxia type 1),DRPLA,Friedreich失調症および常染色体劣性遺伝性のCharlevoix-Saguenay型(autosomal recessive spastic ataxia of Charlevoix-Saguenay,ARSACS)に関しては遺伝子検査が可能である.
遺伝カウンセリング
遺伝性失調症は常染色体優性,常染色体劣性,あるいはX染色体遺伝性である.遺伝カウンセリングと遺伝的リスクの評価は失調症の病型によって異なる.
診断
臨床症状
遺伝性失調症の臨床症状は協調運動の障害と不安定歩行である.四肢の協調運動障害や構音障害がしばしば見られる.失調症は小脳および小脳との連絡路,脊髄,末梢神経のいずれかの障害,あるいはこれらの複数箇所の障害に起因する.
診断の確定
診断の確定には以下の要件が必要である.
鑑別診断
遺伝性失調症の鑑別診断には失調症をきたす後天性(非遺伝性)の原因疾患が含まれる.この中にはアルコール性,ビタミン欠乏,多発性硬化症,血管障害,原発性あるいは転移性脳腫瘍,卵巣,乳腺,肺の悪性腫瘍に伴う傍腫瘍症候群などがある.後天性の原因疾患は治療可能な場合があるため,失調症を呈する患者においてはその可能性を考えてみることが必要である.
頻度
オランダにおける優性遺伝性小脳失調症(autosomal dominant cerebellar ataxias,ADCAs)の頻度は人口10万人に対して少なくとも3人と見積もられている.ADCAsの個々の病型の頻度は地域によって大きく異なる.これはしばしば創始者効果が存在するからである.例えばDRPLAとSCA3はそれぞれ日本とポルトガルにより高頻度に見られる.図1にはこれまでに報告された世界各地におけるADCAsの頻度を示した.
病因
遺伝性失調症は遺伝形式(常染色体優性,常染色体劣性,X染色体性,ミトコンドリア遺伝)と原因遺伝子,あるいは染色体座位によって分類される.遺伝性失調症はEvidenteら,Pulstら,Rosa & Ashizawaにより要約されている.
常染色体優性遺伝性小脳失調症 (ADCA)
用語
分子遺伝学的な病因が明らかにされる前にはADCAに対して,Marie失調症,遺伝性オリーブ橋小脳萎縮症,小脳−オリーブ萎縮症,より総括的な名称として脊髄小脳変性症,などの呼称が使用されていた.分子遺伝学
分子遺伝学的な知見が集積されている常染色体優性遺伝性小脳失調症を表1にまとめた.表1には多くの脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxias,SCA),複雑な病型であるDRPLA,2つの発作性失調症,1つの痙性失調症(spastic ataxia)が含まれる.(SCA9については臨床的あるいは分子遺伝学的情報が公表されていない)
表1 常染色体優性遺伝性小脳失調症の分子遺伝学
疾患 |
遺伝子 |
染色体座位 |
遺伝子産物 |
SCA1 |
ATXN1 |
6p23 |
Ataxin-1 |
SCA2 |
ATXN2 |
12q24 |
Ataxin-2 |
SCA3 |
ATXN3 |
14q24.3-q31 |
Machado-Joseph |
SCA4 1 |
PLEKHG4 |
16q22.1 |
Puratrophin-1 |
SCA5 |
SPTBN2 |
11p13 |
Spectrin β chain |
SCA6 |
CACNA1A |
19p13 |
Voltage-dependent P/Q-type |
SCA7 |
ATXN7 |
3p21.1-p12 |
Ataxin-7 |
SCA8 |
KLHL1AS |
13q21 |
--- |
SCA9 |
--- |
未登録 |
--- |
SCA10 |
ATXN10 |
22q13 |
Ataxin-10 |
SCA11 |
SCA11 |
15q14-q21.3 |
--- |
SCA12 |
PPP2R2B |
5q31-q33 |
Serine/threonine protein |
SCA13 |
KCNC3 |
19q13.3-q13.4 |
Potassium voltage-gated channel |
SCA14 |
PRKCG |
19q13.4 |
Protein kinase C, γ type |
SCA15 |
SCA15 |
--- |
--- |
SCA16 |
SCA16 |
8q22.1-q24.1 |
--- |
SCA17 |
TBP |
6q27 |
TATA-box binding protein |
SCA18 |
SCA18 |
7q22-q32 |
--- |
SCA19 |
SCA19 |
1p21-q21 |
--- |
SCA20 |
SCA20 |
11 cen |
--- |
SCA21 |
SCA21 |
7p21-p15 |
--- |
SCA22 |
--- |
1p21-q23 |
--- |
SCA23 |
--- |
20p13-p12.3 |
--- |
SCA25 |
SCA25 |
2p21-p13 |
--- |
SCA26 |
--- |
19p13.3 |
--- |
SCA27 |
FGF14 |
13q34 |
Fibroblast growth factor 14 |
SCA28 |
18p11.22-q11.2 |
--- |
|
DRPLA |
DRPLA |
12p13.31 |
Atrophin-1 related protein |
EA1 |
KCNA1 |
12p13 |
Potassium voltage-gated channel |
EA2 2 |
CACNA1A ------------------------ |
19p13 ------------------ |
Voltage-dependent P/Q-type |
HSA 3 |
SAX1 |
12p13 |
--- |
表1に含まれない他の常染色体優性遺伝性小脳失調症
分子遺伝学的検査
SCA1,SCA2,SCA3,SCA6,SCA7,SCA12,SCA17,DRPLAは当該遺伝子蛋白コード領域内のCAGリピートの過剰伸長に起因する.SCA8はKLHL1ASのCTGの過剰伸長による.これらはいずれもトリプレット・リピート病と考えられている.CAGはグルタミンをコードするためCAGリピートの過剰伸長する疾患群はポリグルタミン病と称される.ゲノムDNAを用いたCAGリピート長の解析はSCA1,SCA2,SCA3,SCA6,SCA7,SCA12,SCA17,DRPLAの診断法として特異性,感受性とも非常に高い.
表2にはそれぞれの疾患における正常と異常のCAGリピート長を示す.いくつかの疾患においては中間型アレルの存在が知られている.この場合には正常リピート長の上限と異常リピートの下限にはオーバーラップが生じる.中間型アレルは検査上,リピート長を正確に算定することが困難な場合にも起こりうる.また中間型アレルが真の生物学的“グレーゾーン”を意味する場合もある.この場合は中間型アレルが臨床症状の発現に関与することもあれば,そうでないこともありうる.
表2 繰り返し配列(リピート)の伸長に関連した常染色体優性遺伝性小脳失調症の分子遺伝学的検査
疾患名1 |
リピートのタイプ/正常のリピート数2 |
中間型のリピート数2 |
異常なリピート数2,3 |
SCA1 |
CAG/6-44 |
36-38 |
39-91 |
SCA2 |
CAG/30以下 |
--- |
(32)33-500以上 |
SCA3 |
CAG/47以下 |
48-51 |
53-86 |
SCA6 |
CAG/18以下 |
19 |
(19)20-33 |
SCA7 |
CAG/4-35 |
28-35 |
36-450以上 |
SCA8 |
CTG/15-504 |
(50-70) |
(71)80-800以上 |
SCA10 |
ATTCT/10-22 |
--- |
280-4500以上 |
SCA12 |
CAG/7-31(45) |
--- |
55-78 |
SCA17 |
CAG/25-44 |
--- |
45-63 |
DRPLA |
CAG/35以下 |
--- |
48-93 |
CAGリピート伸長による常染色体優性遺伝性失調症では表現促進現象が観察される.表現促進現象とは同一家系において下の世代ほど発症が若年化し,かつ臨床症状が重症化する現象をさす.トリプレット・リピート病では表現促進減少は遺伝子が下の世代に受け継がれていく際にCAGリピート数が増えることによる.DRPLAとATXN7(SCA7の原因遺伝子)は特に不安定なCAGリピートを有する.SCA7では表現促進現象がきわめて顕著であるため罹患した子供が病気を伝えた片親あるいはその上の世代の罹患者が発症する前に病気の合併症により死亡するということも起こりうる.SCA8を除く常染色体優性遺伝性失調症では,KLHL1AS(SCA8の原因遺伝子)のCAGリピート数は病的アレルを父親から受け継いだ際に伸長しやすい傾向がある.
表現促進現象は無症状のat-riskの家系内血縁者に対する遺伝カウンセリングや出生前診断において重要な問題となる.一般的にCAGリピート数が増大するにつれて発症が若年化し,病状が重症化するが,発症年齢,病気の重症度,特定の症状,病気の進行速度は多様であり,家族歴や遺伝子検査結果から正確に予測することはできない.トリプレット・リピートの増大と表現促進現象が注目されてきたが,トリプレット・リピート数は世代を経ても一定であったり,時には縮小することもあることは知っておくべきである.
SCA8はCAGリピートの過剰伸長による疾患群とは異なる.SCA8におけるCTGリピートの増大はその大半が母親から伝わる時に起こるからである.KLHL1AS内に800を超えるような極度に伸長したCTGリピートを有していても臨床症状を欠くことがありうる.
SCA10はATXN10内の5塩基リピート(ATTCT)の過剰な伸長によることが知られている.過剰伸長の程度はポリグルタミン病(CAGリピートの過剰伸長)の場合に比べてはるかに大きい.
臨床像
発症年齢や身体所見はオーバーラップする.表3には各病型に特徴的な臨床所見を記載した.しばしば常染色体優性遺伝性失調症は臨床所見や神経画像所見では鑑別し得ない.これらは通常緩徐進行性であり,また画像所見にも見られるようにしばしば小脳萎縮を伴う.
ADCA各病型の頻度は表3に示した.データはMoseleyらの米国における調査に基づいている.疾患頻度は地域や人種により異なる.たとえばSCA2は韓国にはよく見られる病型であり,SCA3は英国に比べて日本やドイツではるかに頻度が高い.SCA3はもともとポルトガル領アドレス諸島出身の家系で記載されたものでMachado-Joseph病と呼ばれていた.DRPLAは北アメリカには稀であるが,日本ではありふれた病型である.最近の研究では日本国内でも地域により疾患頻度には差が見られる.
疾患名 |
ADCA全体における頻度 |
平均発症年齢 |
平均罹病期間 |
臨床的特徴 |
SCA1 |
6%(5-27) |
30歳台 |
15年 |
錐体路徴候,末梢神経障害 |
SCA2 |
15%(13-24) |
20-30歳台 |
10年 |
緩徐眼球運動,末梢神経障害,深部腱反射低下,認知症 |
SCA3 |
21%(11-36) |
30歳台 |
10年 |
錐体路徴候,錐体外路徴候,びっくり眼,眼振,緩徐眼球運動,筋萎縮,線維束攣縮,感覚障害 |
SCA4 |
稀 |
30-60歳台 |
数十年 |
軸索型感覚性ニューロパチー,難聴 |
SCA5 |
稀 |
20-30歳台 |
25年以上 |
早期発症,緩徐進行性 |
SCA6 |
15% |
40-50歳台 |
25年以上 |
時おり発作性失調症,非常に緩徐な進行 |
SCA7 |
5% |
20-30歳台 |
20年 |
網膜変性による視力障害 |
SCA8 |
2-5% |
39歳(18-65) |
寿命は正常 |
深部腱反射の亢進,振動覚低下 |
SCA9 |
登録なし |
|||
SCA10 |
稀 |
36歳 |
9年 |
時に痙攣 |
SCA11 |
稀 |
30歳(15-70) |
寿命は正常 |
軽症, |
SCA12 |
稀 |
33歳(8-55) |
早期に振戦,後期に認知症 |
|
SCA13 |
稀 |
小児期 |
不明 |
軽度の精神発達遅滞,低身長 |
SCA14 |
稀 |
28歳 |
数十年(1-30) |
早期の体幹ミオクローヌス |
SCA15 |
稀 |
不明 |
数十年 |
純粋小脳型,非常に緩徐な進行 |
SCA16 |
稀 |
39歳(20-66) |
1-40年 |
頭部振戦 |
SCA17 |
稀 |
6-34歳 |
8年以上 |
精神発達遅滞 |
SCA19 |
稀 |
34歳(20-45) |
数十年 |
認知障害,ミオクローヌス,振戦 |
SCA20 |
稀 |
46歳(19-64) |
数十年 |
早期の構音障害,ジストニア,歯状核の石灰化 |
SCA21 |
稀 |
6-30歳 |
数十年 |
軽度の認知障害 |
SCA22 |
稀 |
10-46歳 |
数十年 |
緩徐進行性の失調 |
SCA23 |
稀 |
40-50歳台 |
10年以上 |
後期発症の失調症と感覚障害 |
SCA25 |
稀 |
1.5-39歳 |
不明 |
感覚性ニューロパチー |
SCA26 |
稀 |
26-60歳 |
不明 |
失調,構音障害,異常眼球運動 |
SCA27 |
稀 |
11歳(7-20) |
数十年 |
ジスキネジア,認知障害 |
SCA28 |
稀 |
19.5歳(12-36) |
数十年 |
眼振,眼瞼下垂 |
DRPLA |
稀(米国) |
8-20,あるいは40-60歳台 |
早期発症例は経過が短い |
舞踏病,痙攣,認知症,ミオクローヌス |
EA1 |
不明 |
10歳未満 |
20歳以降は消失 |
ミオキミア,発作は数秒から数分持続,驚愕や運動により誘発,回転性めまいは見られない |
EA2 |
不明 |
3-52歳 |
生涯にわたって持続 |
眼振,発作は数分から数時間持続,体位変換により誘発,回転性めまい,後期には失調症は常時見られる |
SAX1 |
不明 |
10-20歳 |
寿命は正常 |
初期から進行性の下肢痙性麻痺 |
病初期の緩徐眼球運動はSCA2を示唆する.感覚性軸索型ニューロパチーはSCA4ではよく見られるが,純粋小脳失調型の1家系もSCA4遺伝子座に連鎖することが報告されている.日本のSCA4家系は高齢発症(平均55歳)で難聴を伴う.若年発症で非常に緩徐な経過を取る失調症はSCA5を示唆する.さらに高齢発症で緩徐な経過を取る純粋小脳型失調症はSCA6を示唆する.網膜症に伴う視力障害があればSCA7を考える.
SCA5はエイブラハム・リンカーンの父方叔母,叔父の子孫において最初に記載された.この家系では後にSPTBN2の欠失が見出されている.SCA5の家系はフランスやドイツからも報告されている.
SCA8は小脳萎縮を伴う緩徐進行性の失調症である.時に深部腱反射の亢進が見られる.生命予後は良好である.KLHL1ASのCTGリピートの伸長を持つ女性患者では浸透率が低下することがある.フィンランドの1家系では認知障害が報告されている.
SCA10は比較的緩慢な経過を取り,生命予後の良好な失調症である.これまでに2家系が報告されている.
SCA12は30歳代半ばに動作性振戦にて発症する緩徐進行性の失調症である.通常,深部腱反射の亢進や軽度のパーキンソン症状を伴う.失調性歩行などの小脳症状は比較的軽度である.認知障害や精神症状が見られることもある.
SCA13はフランスの1家系では軽度の精神発達遅滞と低身長を伴っている.フィリピンの1家系は成人発症の純粋小脳型を呈する.
SCA14は高齢発症の純粋小脳型の失調症を特徴とする.日本の1家系では若年発症(27歳以下)の患者が報告されている.この家系では間欠的な動作性ミオクローヌスに続いて小脳失調が出現している.SCA14家系は日本,米国,フランス,オランダから報告されている.
SCA15は非常に緩徐な経過を取る純粋小脳失調を特徴としており,2家系において報告されている.
SCA16は日本からの1家系が報告されている.平均発症年齢は39.6歳(20-66歳)であり,純粋小脳失調に頭部振戦を伴う.
SCA17は家族歴のない小児期発症の1日本人患者,ベルギーの1家系,日本の4家系が報告されている.臨床的には小脳失調,精神・知能障害が見られ,時に舞踏病,ジストニア,ミオクローヌス,てんかんを伴う.精神・知能障害は小脳失調に先行することがある.1名の患者における神経病理学的検索ではプルキンエ細胞の消失と伸長したポリグルタミン鎖を含む核内封入体が認められている.
SCA19は認知障害を伴うオランダの1家系で記載されている.
SCA20は高齢発症であり(平均発症年齢は46歳,19-64歳),しばしば構音障害で発症し,後に失調性歩行を伴う.痙攣性の発声障害(キーキーときしるような発声),深部腱反射の亢進,寡動も見られることがある.しばしば小脳歯状核の石灰化が見られる.
SCA21は軽度の認知障害を伴う.
SCA22は緩徐進行性の純粋小脳型失調症を呈する台湾の1家系において記載されている.この家系では表現促進現象があるかも知れない.
SCA23はオランダの1家系で記載されている.この家系では40歳以上の高齢発症であり,失調性歩行に構音障害,異常眼球運動,振動覚や位置覚の低下を伴う.神経病理学的にはプルキンエ細胞の脱落,脊髄後索,側索の脱髄,黒質の神経細胞の核内封入体が見られる.
SCA25は感覚性ニューロパチーを伴うフランスの1大家系が報告されている.
SCA26はノルウェー系アメリカ人の1大家系が報告されている.家系内の罹患者は進行性の小脳失調を呈する.11名の罹患者における頭部MRIは小脳萎縮のみを呈する.
SCA27は早期発症の振戦,ジスキネジア,認知障害,小脳失調を呈するオランダの1家系において報告されている.家系の連鎖解析により原因遺伝子座が13q34にマップされており,線維芽細胞増殖因子14遺伝子(FGF14)の変異によることが明らかにされている.振戦および小脳失調の平均発症年齢はそれぞれ11歳と34歳である.MRI上,小脳の萎縮は後期になって見られる.
SCA28は若年発症の小脳失調,眼振,外眼筋麻痺,眼瞼下垂,深部腱反射の亢進を伴うイタリアの1家系が報告されている.
DRPLAは小脳失調に加えて,舞踏病,けいれん,認知症を伴う病型であり,しばしばHuntington病との鑑別が問題となる.
遺伝性痙性失調症(hereditary spastic ataxia)は痙縮と小脳失調を併せ持つ病態である.SAX1は常染色体劣性遺伝性のCharlevoix-Saguenay 型痙性失調症(ARSACS)と類似している.常染色体劣性遺伝性失調症
失調症を呈する常染色体劣性遺伝性疾患の鑑別診断は多岐にわたる.表4には失調症を主徴候とする8つの常染色体劣性遺伝性疾患の臨床的特徴をまとめた.これらの疾患は現時点で劣性遺伝性の失調症に関する分子遺伝学的な知見がどの程度まで集積されているかを示すために選んだものである.その他の稀な常染色体劣性遺伝性失調症については簡潔に記載する.
表4 常染色体劣性遺伝性失調症の分子遺伝学疾患名 |
遺伝子 |
遺伝子座位 |
遺伝子産物 |
Friedreich ataxia |
FXN |
9q13 |
Frataxin |
Ataxia-telangiectasia (A-T) |
ATM |
11q22.3 |
Serine-protein kinase ATM |
Ataxia with vitamin E deficiency (AVED) |
TTPA |
8q13.1-q13.3 |
α-tocopherol transfer protein |
Ataxia with oculomotor apraxia type 1 (AOA1) |
APTX |
9q13.3 |
Aprataxin |
Ataxia with oculomotor apraxia type 2 (AOA2) |
SETX |
9q34 |
Helicase senataxin |
IOSCA1 |
PEO1 |
10q24 |
Truncated putative T7-like mitochondrial DNA helicase |
Marinesco-Sjören |
SIL1 |
5q31 |
SIL1 protein |
Autosomal recessive |
SACS |
13q12 |
saccin |
1 IOSCA = infantile-onset spinocerebellar ataxia
表5 常染色体劣性遺伝性失調症の臨床像
疾患名 |
頻度 |
発症年齢 |
経過 |
臨床的特徴 |
Friedreich ataxia |
1-2/50,000 |
20歳以下 |
10-30 |
深部腱反射の低下,Babinski徴候,感覚障害,心筋症 |
Ataxia-telangiectasia (A-T) |
1/40,000〜1/100,000 |
10歳以下 |
10-20 |
毛細血管拡張,免疫不全,悪性腫瘍,染色体不安定性,aフェト蛋白増加 |
Ataxia with vitamin E deficiency |
稀 |
2-52歳 |
数十年 |
FRDAとよく似る |
Ataxia with oculomotor apraxia type 1 (AOA1) |
不明 |
小児期 |
数十年 |
眼球運動失行,舞踏病アテトーゼ,軽度の精神運動発達遅滞,低アルブミン血症 |
Ataxia with oculomotor apraxia type 2 (AOA2) |
不明 |
10-22歳 |
数十年 |
小脳萎縮,軸索型の感覚運動性ニューロパチー,眼球運動失行 |
IOSCA 1 |
稀 |
幼児期 |
数十年 |
末梢神経障害,アテトーゼ,視神経萎縮,難聴,外眼筋麻痺 |
Marinesco-Sjo¨gren |
稀 |
幼児期 |
数十年 |
精神発達遅滞,白内障,筋緊張低下,ミオパチー |
Autosomal recessive |
小児期 |
数十年 |
痙性麻痺,末梢神経障害,網膜の線状変化(有髄神経増生) |
Friedreich失調症は通常25歳以前に発症する緩徐進行性の失調症を特徴とする.典型的には深部腱反射の減弱,構音障害,Babinski反射陽性,位置覚・振動覚の低下・消失を伴う.約25%の患者では25歳以降に発症する,深部腱反射の減弱が見られない,きわめて進行が遅い,などの非定型的な臨床像を呈する.たいていの患者はFXN遺伝子のGAAトリプレット・リピートの過剰伸長が見られる.CAGリピートの伸長による常染色体優性遺伝性失調症に比べてFriedreich失調症では表現促進現象は見られない.
毛細血管拡張を伴う失調症(ataxia telangiectasia)は1-4歳に発症する進行性の小脳失調を特徴とする.眼球運動失行,頻回の感染症併発,舞踏病アテトーゼ,眼球結膜の毛細血管拡張,免疫不全が見られ,特に白血病やリンパ腫などの悪性腫瘍に罹患するリスクが高い.本症の診断を支持する検査所見として,末梢血リンパ球での核型分析にて7;14染色体の転座を同定する,免疫不全の存在を証明する,in vitroで放射線高感受性を証明する,などがある.ATM遺伝子の解析も行われている.
ビタミンE欠損を伴う失調症(ataxia with vitamin E deficiency,AVED)は通常,学童期から10歳代に構音障害や失調性歩行(特に暗いところでの)で発症する.早期から固有感覚が障害されるため進行性の巧緻運動障害も見られる.ジストニアや精神異常(パラノイア),網膜色素変性,知能低下が見られることもある.大半の患者は小脳失調と下肢の筋力低下のために11歳〜50歳の間に車椅子生活となる.臨床的にFriedreich失調症と似ているが,本症ではFriedreich失調症と比べて頭部振戦やジストニアを伴いやすく,一方,心筋症は伴いにくい.AVEDはビタミンEの補充により治療しうるので疑わしい患者では血清ビタミンEを定量し,AVEDかどうか見極めることが重要である.
SCA8とAVEDを合併した患者ではビタミンEが効かなかったことが報告されている.
Grand Cayman島に見られるAVEDとは異なるタイプの常染色体劣性遺伝性失調症はビタミンEの代謝に関与する蛋白の遺伝子異常である.
眼球運動失行を伴う失調症1型(ataxia with oculomotor apraxia type 1,AOA1)は小児きに発症し(平均発症年齢7歳),緩徐進行性の経過を取る小脳失調症である.数年以内に眼球運動失行を伴う.眼球運動失行は進行すると外眼筋麻痺に至る.患者は重度の運動神経優位の末梢神経障害をきたし,発症から7-10年後には四肢の麻痺から日常生活が自立できなくなる.ポルトガル人家系では知的機能は保持されているが,日本人家系では精神運動発達遅滞が見られる.AOA1の診断は臨床所見に基づいてなされる.
眼球運動失行を伴う失調症2型(ataxia with oculomotor apraxia type 2,AOA2)は10歳から22歳の発症,小脳萎縮,軸索型の運動感覚性ニューロパチー,眼球運動失行,血清中のa-フェトプロテインの上昇を特徴とする.AOA2の診断は家族歴を含めた臨床所見,検査所見を基になされる.また診断には毛細血管拡張を伴う失調症やAOA1を除外する必要がある.
幼児期発症の脊髄小脳変性症(infantile-onset SCA)はフィンランドから報告された稀な病型であり,小脳,脊髄,脳幹の変性と軸索型の感覚性ニューロパチーを伴う.ミトコンドリアDNAへリカーゼの遺伝子変異が報告されている.
Marinesco-Sjo¨gren症候群は小脳失調に精神運動発達遅滞,白内障,低身長,筋緊張低下を伴う稀な病型である.SIL1遺伝子の変異が多数報告されている.
常染色体劣性遺伝性痙性失調症(Charlevoix-Saguenay型)(ARSACS)は12-18ヶ月の幼児期発症で歩行困難や歩行時のふらつきを特徴とする.神経学的には小脳失調,構音障害,痙性麻痺,病的反射陽性,遠位筋の筋萎縮,下肢優位の運動感覚性ニューロパチー,水平注視方向性眼振などが見られる.これらはたいていの場合,進行性である.カナダケベック州出身のARSACS家系では網膜の視神経乳頭辺縁から放射状に伸びる有髄神経の増生が見られる.このような網膜変化はフランス人,チュニジア人,トルコ人のARSACS家系では稀である.ARSACSの患者は平均41歳で車椅子生活となるが,認知機能はよく保たれ,晩期まで日常生活動作は可能である.通常60歳代で死亡する.
表4と5に含まれない他の常染色体劣性遺伝性小脳失調症
X連鎖性の遺伝性失調症
X連鎖性の失調症を呈する家系がいくつも報告されている.
たいていの家系は痙性麻痺,精神運動発達遅滞,難聴,認知症,鉄芽球性貧血などの他の症状・症候を合併している.鉄芽球性貧血と失調症の原因となる遺伝子(ABC7)が同定されているが,この遺伝子はミトコンドリアの鉄移送に関与していることからFriedreich病と共通した病態機序が推察されている.
X連鎖性の失調症を呈する家系の中には失調症のみで他の症状や症候を伴わない家系も知られている.ミトコンドリア病に関連した失調症
MERRF(myoclonic epilepsy with ragged red fibers),NARP(neuropathy, ataxia, and retinitis pigmentosa),Kearns-Sayre症候群などミトコンドリア病ではしばしば進行性の失調症を伴う.ミトコンドリア病ではしばしばけいれん,難聴,糖尿病,心筋症,網膜症,低身長など他の症状・症候を伴う.
コエンザイムQ10欠損が小脳失調を呈する患者に見出されている.患者は通常小児期発症でしばしばけいれんを伴っている.症状はコエンザイムQ10治療にに反応する可能性がある.評価の手順
失調症の診断が確定するとその原因を見極めるために以下のような手順が踏まれる.これは病気の予後の評価,遺伝カウンセリングを目的としたものである.遺伝性失調症の原因を明らかにする手段には通常,病歴の聴取(詳細な家族歴の聴取を含む),一般身体的・神経学的な診察,神経画像診断,そして分子遺伝学的な検査が含まれる.
臨床所見 遺伝性失調症では多くの病型において臨床症状が重複しているため常染色体優性遺伝性の家族歴のある失調患者に対して,遺伝子検査なしに診断を確定することは困難である.臨床所見はいくつかの常染色体劣性遺伝性の失調症を見極めるには有用である場合がある.
家族歴 3世代にわたる家族歴の聴取が必要である.それ以外であっても神経症状や症候を有する血縁者には注意を払うべきである.該当する血縁者に対しては,直接診察を行うか,彼らの医学的な記録(遺伝子検査,神経画像診断,剖検記録も含む)を調査して必要な情報を収集する.
検査 毛細血管拡張症を伴う失調症とビタミンE欠乏を伴う失調症においては遺伝子検査以外の臨床検査が有用である.
分子遺伝学的検査
北アメリカにおけるSCA1,SCA2,SCA3,SCA6,SCA7,DRPLAの遺伝子検査の結果がまとめられている.この中にはそれぞれの疾患における当該CAGリピートの正常と異常の範囲も論じられている.Tan & Ashizawa,Rosa & Ashizawaは遺伝子検査を用いた臨床診断の手順を示している.
他の世代に患者がなく,同胞のみに患者がいる場合は常染色体劣性遺伝が示唆される.疾患頻度や治療の可能性を考えるとFriedreich病,毛細血管拡張を伴う失調症,ビタミンE欠乏を伴う失調症,Refsum病や慢性あるいは成人発症のヘキソサミニデース欠損症(GM2ガングリオシドーシス)のような代謝異常,脂質蓄積症を考慮するべきである.
明らかな後天的原因が見出せない時は,患者がSCA1,SCA2,SCA3,SCA6,SCA8,SCA17,Friedreich病のいずれかである可能性はおよそ13%である.さらに常染色体劣性遺伝あるいはX連鎖性の遺伝性失調症の単独発症の可能性とともに新生突然変異により生じた常染色体優性遺伝性の失調症,あるいは真の親子関係ではない,浸透率が低いなどの理由で一見単独発症に見える常染色体優性遺伝性失調症の可能性を考える必要がある.
一連の遺伝子検査の費用は頭部MRIの費用と同等であることに留意すべきである.遺伝子検査での陽性の結果はMRIよりもはるかに特異性が高い.家族歴がない失調症患者の場合は遺伝子検査で陽性の結果を得る可能性は低いが,その場合でも患者の医学的な評価,遺伝カウンセリングのために診断を確定すべく遺伝子検査を行うことは妥当である.
遺伝カウンセリング
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質、遺伝、健康上の影響などの情報を提供し、彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである。以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価、遺伝子検査について論じる。この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし、遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない。」
遺伝形式
遺伝性失調症は常染色体優性遺伝,常染色体劣性遺伝,あるいは伴性劣性遺伝形式を取る.
患者家族のリスク −常染色体優性遺伝性失調症−
発端者の両親
発端者の同胞
患者の子孫
常染色体優性遺伝性失調症の患者がおのおのの子供に変異アレルを伝えるリスクは50%である.
患者家族のリスク −常染色体劣性遺伝性失調症−
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の子孫
発端者の子供はすべて片側のアレルに変異を有する保因者である.
患者家族のリスク −伴性劣性遺伝性失調症−
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の子孫
罹患男性の娘はすべて保因者である.罹患男性の息子が発病することはない.
発端者の他の家系内血縁者
発端者の母方叔母や彼女たちの子供は保因者となりうる可能性がある.遺伝カウンセリングに関連した問題
優性遺伝性の失調症の場合,発端者で遺伝子変異が同定されていれば,遺伝的リスクを有する無症状の血縁者(成人)に対して遺伝子検査は可能である.そのような検査はしっかりした遺伝カウンセリング体制の中で行うべきである.無症状の血縁者の対する遺伝子検査によって,発症年齢,重症度,症候,あるいは進行の速さを予測することはできない.遺伝的リスクを有し,かつ非特異的な,あるいは評価の難しい症候を有する人に対する検査は診断的検査ではなく,発症前検査と位置づけられる.発症前検査を行う際には先に家系内の患者を検査して遺伝子変異を確認しておくことが必要である.優性遺伝性失調症の遺伝的リスクを持つ29名に対する発症前検査の結果が報告されている.
成人発症で,かつ治療法がない疾患のat riskの人に対して無症状の小児期に検査をすることは適切ではない.18歳未満の無症状の人に対する検査に対して否定的な理由は,この情報を知る,知らないままでいるという本人の選択肢を検査が奪い取る,検査が家庭内での差別,あるいは社会での差別を引き起こす可能性がある,検査が教育上,あるいは職業上の重大な問題を起こす可能性がある,ということである.小児期であっても発症している場合は診断を確定することは意義がある.
DNAバンキング DNAバンクは将来研究に使用する目的でストックされたDNA(通常末梢血白血球から抽出する)である.検査手技や私達の遺伝子や遺伝子変異,疾患に対する理解も将来も発展・向上していくことが予想されるので罹患者のDNAをバンクにストックしておくことを考えるべきである.このサービスを提供している研究室のリストはDNA bankingを参照して欲しい.
出生前診断
いくつかの遺伝性失調症では,妊娠10-12週時に採取した絨毛,15-18週時に採取した羊水細胞から抽出したDNAを用いて病気の原因となる遺伝子の変異を検査することにより出生前診断が可能である.出生前診断を行う前には家系内罹患者の遺伝子変異を確認しておくことが必要である.
成人発症の疾患に対して出生前診断の要望は多くはない.出生前診断を行うことに関しては,医療関係者および患者家族の中でもさまざまな見解がある.特に出生前診断が早期診断よりも妊娠中絶を目的にしている場合はなおのことである.たいていの医療機関は出生前診断を行うかどうかの決定は両親の選択によると考えるであろうが,十分な論議が必要である.臨床的マネジメント
症状に対する治療
リハビリテーション医学の確立された方法論を基に職業訓練や運動療法を通してバランス障害に対する補助を行うことが治療の中心である.
症状の予防
たいていの遺伝性失調症には特異的な治療法はない.例外はAVEDに対するビタミンE療法である.
研究中の治療
さまざまな疾患や病態に対する臨床研究に関する情報はClinicalTrials.govにアクセスして欲しい.