grj 乳がん 遺伝学的概括
(Breast Cancer Genetics Overview)


GeneReview 著者 :Mary B Daly, MD, PhD; Judith L Hull, MS; Ephrat Levy- Lahad , MD.
日本語訳者 :櫻井晃洋(信州大学医学部社会予防医学講座遺伝医学分野)
GeneReview 最終更新日: 2003.9.11. 日本語訳最終更新日: 2003.9.16.
※原文 GeneReviewsでは、本項目は削除されました。 (2006.7.3現在)


要約

疾患の特徴 乳がんは乳房組織に生じる悪性腫瘍であり、乳房のしこり、腫大、皮膚変化、マンモグラフィーの変化などを認めた場合に疑われる。乳がんは0(初期)から IV(もっとも進行)までの病期分類がなされ、生存率は診断時の病期に依存する。

診断・検査

乳がんの診断は生検組織の病理学的検索によって確定する。乳がんを伴う遺伝性疾患は随伴臨床所見( Cowden症候群、Bloom症候群、 Peutz-Jeghers 症候群、Werner症候群、色素性乾皮症)やがんの病歴(Li- Fraumeni 症候群)によって認識される。遺伝性の乳がん易罹患性は BRCA1 または BRCA2 遺伝子の変異解析で明らかにできる。 BRCA1/BRCA2 がん易罹患性変異はアシュケナジユダヤ人家系、50歳以前に診断された乳がん、両側乳がん、卵巣がん、同一人での乳がんと卵巣がんの合併などの家族歴がある場合に認められる可能性が高い。リスクを計算するためのソフトウェアがある。

遺伝カウンセリング

乳がんは非遺伝学的要因と遺伝学的要因の両方が関与する多因子性疾患と考えられている。基礎に(乳がん易罹患性)症候群やがん易罹患性遺伝子変異を有していない人に対しては、平均的リスク、中等度リスク、高度リスクの人を識別するために家族歴が利用される。家族歴では罹患患者数、罹患者 /非罹患者比、罹患者との遺伝学的な近親度、診断時年齢、両側/多発性乳がんの有無、卵巣がんの有無、男性乳がん患者の有無などが重要な情報である。Clausモデルは乳がんの家族歴から最も良いリスク推計ができる。Gailモデルは限られた家族歴情報に加え、いくつかの非遺伝学的要因も考慮して個々の乳がん発症リスクを推定する。Gailモデルに基づくソフトウェアが入手可能である。


定義

臨床所見

乳がんは乳房組織が異常に増殖する疾患である。乳がんは乳房のしこり、腫大、あるいは皮膚の変化を生じる。触知できないがんはマンモグラフィーによって検出できることもある。乳がんは原発巣から血流あるいはリンパ系を介して転移する。両側乳がんの診断は別個の原発性乳がんが両側の乳房に生じた時になされ、多発性乳がんの診断は同側の乳房に 2個以上の原発性乳がんが生じた時になされる。乳がんは0からIVまでの病期に分類され、ステージ0は非浸潤性腫瘍、ステージIはリンパ節転移を伴わない局所浸潤性の小腫瘍、ステージIIは中等度サイズの腫瘍でリンパ節転移の有無は問わない。ステージIIIは局所進展を示すもので通常腋下リンパ節転移をきたしており、ステージIVはすでに遠隔転移をきたしている。生存率は診断時のステージに左右される。

診断の確定

乳がんの診断は組織学的に確定する。診断を確定し、細胞型を判定するためには生検が必要である。

鑑別診断

乳がんは組織学的に非典型的過形成や小葉内腫瘍 (lobular neoplasia; LCIS)と鑑別する必要がある。約5%の良性乳房生検組織では過剰な細胞増殖(過形成)や異常細胞(異型)を呈する。非典型的過形成やLCISは将来的な乳がんのリスクを増大させる。

頻度

米国国立がん研究所 (NCI)は、米国女性の50人に1人が50歳以前に乳がんを発症し、80歳までには10人に1人が発症すると見積もっている。皮膚がんをのぞけば乳がんは女性でもっとも高頻度のがんであり、がん全体の1/3を占める。2003年には(米国で)212,600人の新たな浸潤性乳がん患者が診断され、40,200人が乳がんで死亡すると予測されている。

男性乳がんはまれである。乳がんの男女比は 1対125である。

原因

環境要因

乳がんリスクを高めると考えられているものには、 12歳以前の初潮、55歳以降の閉経、30歳以降の初産、未産婦、過去の乳房生検の既往、乳房生検で診断された非典型的過形成やLCIS、閉経後肥満、アルコール嗜好、ホルモン補充療法、過剰な放射線被爆がある。非典型的過形成を除くこれら要因の相対リスクは2倍未満であり、高リスク家系女性のリスクに対して大きな影響は与えない。その他のリスクに影響を与える可能性がある要因としては食事と運動不足がある。これらのリスク因子と遺伝学的な易罹患性との関連は明らかにされていない。初潮年齢や閉経年齢などのホルモン的なリスク因子は多くの遺伝学的要因によって影響される。

遺伝的要因

単一遺伝子

多因子性乳がん

乳がんは 非遺伝学的要因と遺伝学的要因の両方が関与する多因子性疾患と考えられている。「検索ストラテジー」の項で述べるように、乳がんの家族歴は乳がんリスクの大きな寄与因子である。

最近の研究は乳がんといくつかの遺伝子多型の関連を示唆している。多因子性がんの寄与因子としてのこうした遺伝学的因子を評価するためにさらなる研究が必要である。こうした研究は将来重要な研究領域となるであろう。以下に示すような頻度の高い多型は、高リスクがん 易罹患性遺伝子よりもずっと高い割合で乳がん危険因子として作用していると考えられ、結果として人口集団全体ではより大きな影響がある。さらに、こうした種類の遺伝子多型の影響は環境要因や他の非遺伝学的リスク因子によって変化する。

評価手順

臨床評価 若年発症 (<45歳)や両側もしくは多発性の発症は遺伝学的要因の関与を示唆する。病理所見は乳がん発症の非遺伝学的要因と遺伝学的要因の関与を鑑別したり、どのような遺伝学的要因が関与しているかを明らかにするには役立たない。乳がんを発症した患者に対しては、高い乳がんリスクを有する遺伝性症候群の可能性を検索するのが適切である。

家族歴 家族歴には三世代にわたる親族のすべてのがん、特に乳がんと卵巣がんに関する情報が含まれる。個々のがんについては、可能であれば、発症年齢、左右側性、治療法、関連のありそうなあらゆる環境因子への暴露について記録されるべきである。病理報告を含む医療記録は患者や親族のがんの履歴を確認するのに有用である。

分子遺伝学的検査 BRCA1BRCA2 のがん易罹患性遺伝子変異の検索は臨床サービスとしてあるいは研究ベースで提供されている。

BRCA1/BRCA2 がん易罹患性遺伝子変異の検出率は DNA解析に用いられる方法と、被験者のがん罹患歴、家族歴、人種などに基づいて推測される、いずれかの遺伝子に変異を有する可能性に左右される。

罹患した患者の BRCA1/BRCA2 を検索するのが、その家系においてこれら遺伝子変異が原因であるかどうかを明らかにする最も効率的な方法である。一旦患者で変異が同定されれば、発症していない親族に対する BRCA1/BRCA2 遺伝子検査が有用となる。

個人の乳がん既往歴に基づいた、 BRCA1/BRCA2 がん易罹患性変異を有する可能性 家族歴に関係なく個人の乳がん既往歴に基づいて BRCA1 変異を有しておりる可能性を検討したいくつかの報告がある。ワシントン州西部の一般人口集団で早期に乳がんを発症した人のうち、 35歳以前に発症した女性の6%が BRCA1 変異を有しており、45歳以前に発症し、一度近親に少なくとも1人の乳がん発症者がいる女性の7%が BRCA1 変異を有していた。ノースカロライナ州の20歳から74歳までの乳がん発症女性では、約3%の白人女性と0%のアフリカ系黒人女性が BRCA1 がん易罹患性遺伝子変異を有していた。ボストン市における病院基盤の調査では、30歳以前に乳がんと診断された女性の13%が BRCA1 がん易罹患性遺伝子変異を有しており、40歳以前に乳がんと診断されたアシュケナジーユダヤ人女性の21%が BRCA1 遺伝子の185delAG変異を有していた。

乳がん家族歴に基づいた、 BRCA1/BRCA2 がん易罹患性変異を有する可能性 当初の研究では家族性乳がん家系の 50%、家族性の乳がん・卵巣がん家系の75%が BRCA1 遺伝子変異を有すると推測され、 BRCA2 がん易罹患性遺伝子変異は家族性乳がん家系の約15-30%、また比率は不明であるが一部の家族性乳がん・卵巣がん家系にも見られると推測されていた。その後の臨床研究ではがん易罹患性変異の頻度はより低いことが明らかとなった。こうした差は高リスク家系を定義する基準の違いや現在用いられている検査法の感度の違いを影響している可能性がある。

その後の研究はさらに乳がん・卵巣がん患者が複数いる家系でのがん易罹患性変異検出の可能性を明らかにしようとした。この多施設研究では、女性は 1)50歳以前の乳がんもしくは年齢を問わず卵巣がんと診断されたか、2)一度もしくは二度近親にどちらかのがんの家族歴がある場合に BRCA1/BRCA2 変異解析に紹介された。こうして選択された集団では発端者が BRCA1/BRCA2 がん易罹患性変異を有している可能性は、もし彼女が50歳以下に乳がんと診断され、以下の3項目以上を満たす場合には50%以上であった。項目は以下の通りである。両側乳がんまたは卵巣がんがある、40歳以前に乳がんと診断された、50歳以前に乳がんと診断された親族がある、卵巣がんの親族がある。ペンシルヴァニア州の紹介病院での調査では乳がんと卵巣がんを有する家系では BRCA1 変異を40%に認めたが、乳がんのみの家系では7%であった。アシュケナジーユダヤ人を祖先に持つ人もがん易罹患性変異が見つかる可能性が高い。ドイツの紹介病院において、3人以上の乳がん・卵巣がん患者があり、そのうちの2人以上が60歳未満に発症している家系で BRCA1 変異を検索したところ、乳がんと卵巣がんの両方を認める家系の33%、乳がんのみの家系の17%で変異を検出した。

全体としての、 BRCA1/BRCA2 がん易罹患性変異を有する可能性 総合すると、これらの研究からアシュケナジーユダヤ人家系、 50歳以前の乳がん、両側乳がん、男性乳がん、卵巣がん、同一人での乳がんと卵巣がんの合併、などがあるとBRCA1/BRCA2がん易罹患性遺伝子変異が存在する可能性が高いといえる。ただしこれらの研究は紹介された患者集団のデータに基づいているので、遺伝子変異頻度の量的推測をプライマリケアで診る患者に当てはめることは必ずしもできない。

BRCA1もしくはBRCA2遺伝子変異を有する可能性を計算する方法が確立されている。この計算法は訪れる女性の大部分ががんに罹患しているような紹介病院でのデータに基づいている。ソフトウェアが入手可能である。

遺伝カウンセリング

「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質、遺伝、健康上の影響などの情報を提供し、彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである。以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価、遺伝子検査について論じる。この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし、遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない。」

もし患者が乳がんをおこすような遺伝的障害を有している場合にはそれに関する遺伝カウンセリングが必要となる。同様に、 BRCA1/BRCA2 遺伝子変異が原因として明らかになった乳がん患者に対しても、遺伝性乳がんに関する遺伝カウンセリングが必要である。原因が明らかでない家族 /患者においては、多因子遺伝がもっとも考えられる。こうした家系でのリスクは家族歴の以下の点を考慮することで平均的リスク、中等度リスク、高度リスクの評価がなされる。

高度リスク 典型的な高度リスクを有する女性では 45-50歳以前に乳がんと診断された複数の親族があり、そのうちの何人かは両側性あるいは多発性である。卵巣がんや男性乳がんの家族歴を認めることもある。こうした家系でのがん易利感性は BRCA1BRCA2 のような浸透率の高い常染色体優性遺伝性変異の結果であると考えられる。

中等度リスク 一度近親に 1人だけ乳がん患者がいる女性やより近親度の低い親族に複数の乳がん患者がいる女性の場合は通常わずかにリスクが高くなるだけである。

平均的リスク 一度近親に 60歳を超えて診断された乳がん患者がいたり、二度近親に50歳を超えて診断された乳がん患者が二人いたりする女性のリスクは、平均的なリスクと差がない。

Clausモデル はがんとステロイドホルモンの研究に基づく経験的なデータと、遺伝学的リスクは浸透率の高い常染色体優性遺伝性変異に基づくという推測に立脚している。リスク評価は女性の現在の年齢、乳がんを有する一度ないし二度近親者の数、および親族の診断時年齢に基づいている。 Clausモデルは 乳がんの家族歴から最も良いリスク推計ができる。 Clausモデルは乳がんリスクを高めることが知られている他の因子については考慮していない。

Gailモデル は限られた家族歴情報に加え、いくつかのすでに知られている非遺伝学的要因も考慮して個々の乳がん発症リスクを推定する。このモデルは Breast Cancer Detection Demonstration Project Studyで明らかにされた主要な予測因子(現在の年齢、初潮年齢、初産年齢、過去の乳房生検の回数、異型性過形成の有無、乳がんを有する一度近親者の数)に基づいている。Gailモデルでは二度近親者、父方親族、乳がん診断時年齢は考慮されない。このモデルは乳がん家族歴のない女性に対しては有用なリスク評価法であるが、母や姉妹が高齢になって乳がんと診断された女性ではリスクを過大評価し、若年で乳がんを発症した二度ないし三度近親者がいる女性ではリスクを過小評価する可能性がある。Gailモデルは定期的なマンモグラフィースクリーニングを受けている女性の乳がんリスクの予測法としてその有用性が認められているが、スクリーニングを定期的に受けない女性のリスクを過大評価することも指摘されている。Gailモデルは閉経前の女性の乳がんリスクを2倍以上過大評価しうる。GailモデルはNCIから入手可能な乳がんリスク評価ツールの基礎となっている。

(訳注:このツールは日本人には直接適用できない)

臨床的マネジメント

いくつかの介入研究が BRCA1/BRCA2 変異を有する女性の乳がん罹患や死亡を低下させると主張しているが、乳がんや卵巣がんの遺伝学的易罹患性がアル女性に対して、 40-50歳に開始される通常のマンモグラフィースクリーニングよりも有益であると確認された前向き介入研究はない。しかしある研究では、 BRCA1 がん易罹患性変異を有する女性に対する両側の予防的卵巣摘出術がその後の乳がんリスクを50%低下させた。これは変異を有している女性に対する予防的手術という選択肢の意義を示唆している。さらなる推奨は予測的な利点に基づくものである。


※原文 GeneReviewsでは、本項目は削除されました。(2006.7.3現在)

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