PROP1関連複合下垂体ホルモン欠損症
(PROP1-Related Combined Pituitary Hormone Deficiency (CPHD))

[CPHD]

GeneReview 著者 :John A Phillips, III, MD; Cindy Vnencak-Jones, PhD; Lawrence C Layman, MD.
日本語訳者 :櫻井晃洋(信州大学医学部社会予防医学講座遺伝医学分野)
GeneReview 最終更新日: 2005.11.21.日本語訳最終更新日: 2006.1.4.

原文 PROP1-Related Combined Pituitary Hormone Deficiency


要約

疾患の特徴 

PROP1関連複合下垂体ホルモン欠損症(CPHD)は成長ホルモン(GH),甲状腺刺激ホルモン(TSH),ゴナドトロピンである黄体化ホルモン(LH)と卵胞刺激ホルモン(FSH),プロラクチン(PRL),そして時に副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が欠乏する.多くの患者は乳児期から小児期(9か月から8歳)にかけて成長障害で気づかれる.甲状腺機能低下症は通常軽度で乳児期後期から小児期に発症する.罹患患者は二次性徴を欠くか遅延し,性機能発達は不完全で不妊を伴う.男性では陰茎,精巣は小さい.女性患者の一部では初潮をみるが,その後はホルモン補充療法が必要になる.ACTH欠損は低頻度で,あったとしても通常思春期から成人になって発症する.

診断・検査 

GH,TSH,LH,FSH,PRL,ACTHの分泌不全の検査によりPROP1関連CPHDの診断が確定する.PROP1はCPHDに関連する唯一の遺伝子である.AG3反復配列が2反復となる欠失が高頻度に認められ,この部分に的を絞った分子遺伝学的検査が臨床的に利用可能である.この欠失は家族性CPHDの55%,散発例の12%に認められる. .

臨床的マネジメント 

GH欠損は診断時からおおよそ17歳もしくはそれ以降まで成長ホルモン剤の注射によって治療する.TSH欠損はL-サイロキシンによる甲状腺ホルモン補充を行う.二次性徴を誘発するためのホルモン補充療法は,男性では12-13歳から毎月テストステロン製剤の注射を開始し,女性では11-12歳から抱合型エストロジェンもしくはエチニルエストロジェンの投与を開始し,その後エストロジェンとプロジェステロンの交互投与に移行する.GH欠損に対する治療を受けていない小児の場合は性ホルモン補充療法はより少量でより遅い時期に開始する.いずれの性でもゴナドトロピン投与によって性機能を獲得することができる.ACTH欠損はヒドロコルチゾンの経口投与によって治療する.

遺伝カウンセリング 

PROP1関連CPHDは常染色体劣性遺伝の形式をとる.患者の同胞は妊娠時には罹患する可能性が25%,無症状の保因者となる確率が50%で,25%の確率で罹患もせず保因者にもならない.もし患者の同胞が罹患していないことが判明したなら,彼(彼女)が保因者である可能性は2/3である.両親のPROP1変異が判明している場合には25%のリスクがある妊娠に対して出生前診断が可能である. .


診断

PROP1関連複合下垂体ホルモン(PROP1-related combined pituitary hormone deficiency: CPHD)では成長ホルモン(GH),甲状腺刺激ホルモン(TSH),ゴナドトロピンである黄体化ホルモン(LH)と卵胞刺激ホルモン(FSH),プロラクチン(PRL),そして時に副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が欠乏する.

患者は通常低身長で気づかれる.診断にはGH欠損と少なくともひとつの他のホルモンの欠損,さらに(または)両アレルのPROP1遺伝子の変異の確認が必要である.

成長ホルモン (GH)欠損 は以下の徴候を示す小児で疑われる。

甲状腺刺激ホルモン (TSH)欠損 は成長障害,体重増加不良,骨成熟遅延を示す小児で疑われる.先天性甲状腺機能低下症の新生児では最初の1か月はほとんど症状を示さない.後に現れてくる症状には大きな小泉門(直径1 cm以上),出生後1週間以上続く黄疸,巨舌,枯れた泣き声,腹部膨満,臍ヘルニア,低緊張がある.

黄体化ホルモン(LH)と卵胞刺激ホルモン(FSH)欠損は以下の場合に疑われる.

プロラクチン( PRL)欠損 は不妊や乳汁分泌不全の成人で疑われる。

副腎皮質刺激ホルモン( ACTH)欠損は持続的な衰弱,熱発,腹痛,食思不振,体重減少を示す小児で疑われる.急性ACTH欠損の症状には急性の低血圧,脱水,低ナトリウム血症,高カリウム血症,低血糖を伴うショックがある.

検査

診断と治療のために,GH,TSH,LH,FSH,PRL,ACTHの分泌不全の検査は同時に行う.

全部の下垂体ホルモンの欠損は三者負荷試験(ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH),TSH放出ホルモン(TRH),インスリン負荷)で同時に行うことができる.GnRHはFSHとLHの分泌を刺激する.TRHはTSHとPRLの分泌を刺激する.40 mg/dl以下あるいは基礎値の50%以下の低血糖はストレスホルモンであるPRL,GH,コルチゾールの分泌を刺激する.

GH欠損

生理学的なGH分泌を測定するのが困難であるために,たとえ適切な臨床的設定がなされていても,GH欠損の診断はしばしば問題を含む.GH分泌刺激試験はGH欠損の診断に広く用いられているが,こうした方法は偽陽性の頻度が高い.刺激に用いるものには運動,アルギニン,L-ドーパ,クロニジン,インスリン,インスリン-アルギニン,グルカゴン,プロプラノロールがある.ひとつの検査でGH濃度の頂値が7-10 ng/ml以上であればGH欠損は否定される.

TSH欠損

注:新生児の先天性甲状腺機能低下症ではTSH上昇をスクリーニングするが,T4も同時に測定するプログラムでないとTSH低値の新生児は検出できない.

LHおよびFSH欠損

PRL欠損

ACTH欠損

分子遺伝学的検査

遺伝子 PROP1PROP1関連CPHDに関連する唯一の遺伝子である

分子遺伝学的検査:臨床的利用

分子遺伝学的検査:検査法

変異解析 AG3反復配列が2反復となる,よくみられる欠失変異(301-302delAG)は家族性CPHDの55%,散発例の12%に認められる.

シークエンス解析 変異検出率は報告によって差がある.これは診断のバイアスや人種ごとの変異の頻度の差によるものと考えられる.

検査法

表1 PROP1関連CPHDで用いられる分子遺伝学的検査

検査法 検出される変異 変異検出率1
変異解析 301-302delAG 家族性 55%2
孤発性0-12%3
シークエンス解析 PROP1塩基置換 ~0-25%

1報告の範囲を示す
2家族性:罹患患者が家族内に2人以上
3孤発性:罹患患者が家族内に1人だけ

遺伝学的に関連した疾患

PROP1変異に関連した他の臨床型は存在しない.

注:ゴナドトロピン単独欠損症患者でPROP1変異を認めた報告があるが,本症との関連を示す証拠はない.ただし完全型CPHDの軽症型である可能性はある.

臨床像

PROP1遺伝子変異はGH,TSH,FSH,LH,PRL,ACTHの欠損を伴う.PROP1関連CPHDではこれら下垂体ホルモンの分泌は年齢とともに次第に低下し,しばしばGH,LHおよびFSH,TSH,ACTHの順に低下していく.欠損の程度や発症年齢は同一家系内でも個人差がある.PROP1変異を有する9例の追跡調査では,思春期に到達した7名がステロイドホルモン補充を必要とした.下垂体機能検査の反復で下垂体機能が徐々に低下していくことが示された.すべての患者がある程度の副腎不全を呈した.

大部分の患者では出生時の身長や体重は正常で周産期には特に問題がなく,乳児期や早期幼児期(9か月から8歳)に成長障害で明らかになる.まれに甲状腺機能低下症が発見のきっかけとなる.

GH欠損に対する治療を受けていないPROP1関連CHPD患者は身体バランスの保たれた低身長(身長とarm spanの差が4 cm未満)を示し,手足も相応に小さい.低身長は顕著でSDSスコアは通常-3.7以下となる.

罹患患者は二次性徴を欠くか遅延し,性機能発達は不完全で不妊を伴う.

重度のGHとIGF-1欠損,軽度甲状腺機能低下症,二次成長欠如を併発する場合は成長障害が重度である.8人の罹患患者のいるブラジル人家系では,成人の身長は平均の-5.9 SDから-9.6 SDであった.

甲状腺機能低下症は通常軽度で乳児期後期から小児期に現れる.通常は先天的でも重症でもないため,精神遅滞は伴わない.

当初はACTH欠損は低頻度で,出現するとしても通常思春期か成人に達してからであると考えられていた.しかし長期の経過観察によってPROP1変異を有する患者の大多数でさまざまな程度の副腎不全を生じることが明らかになった.

肘関節の伸展制限が年齢とともに進行する場合がある.顔貌は特徴的な「未成熟」顔貌で,鼻梁が低く顔の上下径が相対的に小さい.

肥満は小児期には少ないが成人ではよくみられる.

低血糖は報告されていない.知能は正常である.

画像検査では小児期では当初はびまん性に下垂体が腫大しており,思春期から成人に達すると萎縮する.

トルコ鞍は正常のことも拡大していることも,また明らかに”empty”のこともある.

遺伝子型と臨床型の関連

遺伝子型と臨床型との関連は認められない。

浸透率

PROP1欠損の臨床像は同じ変異を有している患者同士でも初発症状,診断時年齢,あるいはホルモン欠損による症状の程度に差がある.

副腎機能を含む下垂体前葉機能は年齢とともに悪化するので浸透率は年齢にも依存する

頻度

下垂体性低身長の頻度は英国と米国では~ 1/4,000と見積もられている。下垂体性低身長のうちCPHDは43-63%なので、CPHDの頻度は~1/8,000となる。


鑑別診断

本稿で扱われる疾患に対する遺伝学的検査の実施可能性に関する最新情報は,GeneTests Laboratory Directoryを参照のこと.―編集者注.

低身長,身長増加の遅延,骨成熟の遅延はいずれもGH欠損で認められるが,どれもGH欠損に特異的ではない.したがって患者に対してはGH欠損を証明する負荷試験を行う前に,他の低身長をきたす全身性疾患の評価を行うべきである.

CPHD

下垂体性低身長をきたす患者の多くで頭蓋咽頭腫や他の非遺伝性の原因を有しているが,7-12%の患者は一度近親者に罹患患者がおり,遺伝学的原因の存在を示唆する.Bottnerら(2004)らはCPHDの50%は遺伝的要因によるものであり,その半数はPROP1変異が原因であると結論している.家族性CPHDは常染色体劣性遺伝,常染色体優性遺伝,X連鎖劣性遺伝のいずれの場合もある.現在までに家族性CPHDの原因遺伝子としてPROP1POU1F1(以前はPIT1とよばれた),HESX1LHX3LHX4が知られている.

POU1F1 (PIT1) (CPHDの原因となるPOU1F1遺伝子変異は常染色体劣性もしくは常染色体優性遺伝性に伝播される.POU1F1変異ではGHとPRL,TSHのbサブユニットの欠損を伴う.注目すべきことにPOUF1遺伝子は成長ホルモン単独欠損症にも関連している.

大部分の患者では出生時の体重と身長は正常であり,周産期には特に問題を生じない.GH欠損は通常重度で多くの患者は乳児期早期から成長障害をきたす.

患者はバランスの保たれた低身長と,前額の突出,正中部低形成,低い鼻梁,くぼんだ目,前に開いた鼻孔,といった特徴的顔貌を示す.甲状腺機能低下症は生下時から見られる場合もあれば,軽症でのちになって現れてくる場合もある.TSHの分泌不全は経時的に進行する.

画像検査では下垂体は低形成性である.

HESX1 HESX1は口側外胚葉の肥厚した層に発現する.ここは下垂体前葉の原基であるラトケ嚢が発生する部位にあたる.HESX1発現の抑制と同時に下垂体特異的細胞への分化がおこる.Dattaniら(1998)は透明中隔・視神経異形成症(septo-optic dysplasia),脳梁無形成,CPHDを呈する兄妹例でホモのHESX1のミスセンス変異(R53C)を同定した(OMIM 182230).最近になって他のHESX1変異も報告されている.常染色体優性の場合も常染色体劣性の場合もある.

視神経低形成と CPHD Bennerら(1990)はまれな透明中隔・視神経異形成症の1家系における,両側視神経低形成,透明中隔欠損,部分的下垂体機能不全を伴う兄妹例を報告した.

運動失調と CPHD いくつかの型の家族性下垂体機能低下症では運動失調が認められる.

Erdemらは両親がいとこ婚で,小脳性失調,低ゴナドトロピン性性腺機能低下症,脈絡網膜症を呈した男児を報告した.

トルコ鞍異常と CPHD

FerrierとStoneは新生時期からの重度の成長遅延,低血糖,GH,TSH,ACTHの欠損,低身長,非常に小さいトルコ鞍を呈する2人の姉妹例を報告した.Parksらは大きなトルコ鞍を伴う常染色体劣性遺伝性下垂体機能低下症を報告した.GH値は低く,TSHの基礎値は甲状腺機能低下症にもかかわらず低値であった.

染色体異常と CPHD

18p11欠損,8p-,均衡型転座X;18(q22.3; q23),1番染色体短腕の腕内逆位など,さまざまな染色体異常が下垂体機能低下症患者で報告されている.

成長ホルモン単独欠損症

CPHDは成長ホルモン単独欠損症(isolated growth hormone deficiency; IGHD)と鑑別を要する.

IGHD IAおよびIBGH1遺伝子の変異が原因で,常染色体劣性遺伝性である.IGHD IAでは遺伝子の欠損,フレームシフト,ナンセンス変異により重度の成長障害を伴うGH欠損を呈し,患者はGH治療を受けたときにしばしば抗GH抗体が形成される.IGHD IBではスプライス変異によってGHは低値となるが完全な欠損はしない.成長障害はIAよりも軽度であり,通常GH治療によく反応する.

IGHD II GH1遺伝子の変異が原因で,常染色体優性遺伝性である.スプライス変異やミスセンス変異がドミナントネガティブ効果を生じる.臨床的な重症度は家系ごとに異なる.患者は通常GH治療によく反応する.


臨床的マネジメント

最初の診断時の評価と重症度の決定

ひとつのホルモン欠乏の治療が他のホルモン欠乏の症状を悪化させることがあるので,新たにCPHDと診断された患者について個々のホルモン欠乏の状態を把握することが重要である.

副腎ホルモン産生の評価には午前中のコルチゾールを測定する.

臨床症状に対する治療

すでにホルモン欠損が明らかになっている患者の治療:

GH治療に対する反応性はGH欠損の原因と重症度,成長障害の発症年齢,発症から治療開始までの期間,治療継続期間,患者の性別に依存している.

定期検査

リスクのある家族の検査

PROP1変異が発端者で同定された場合は,複数の下垂体ホルモン欠損のリスクがある者を同定し,早期の治療を可能にするために,年下の同胞に対する分子遺伝学的検査を行うのが望ましい.

分子遺伝学的検査を行っていない年下の同胞に対しては成長をモニタリングすることが望ましい.罹患者は通常甲状腺ホルモンとGHの欠損のために著しい低身長を呈する.

研究中の治療法

さまざまな疾患の臨床研究についてはhttp://clinicaltrials.gov/を参照のこと.

その他

PROP1関連CPHD患者の不妊は低ゴナドトロピン性性腺機能不全による二次的なものなので,正常下垂体の存在が前提となるクロミフェンではなく,ゴナドトロピンによる治療を行うのが適切である.

遺伝カウンセリング

「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」

遺伝形式

PROP1関連複合下垂体ホルモン欠損症は常染色体劣性で遺伝する。

患者家族のリスク

発端者の両親

発端者の同胞

発端者の子

他の家族 発端者に変異を伝えた親の同胞も50%の確率で保因者である.

保因者検査

発端者で病因となるPROP1遺伝子変異が同定されていれば,保因者診断は臨床的に利用可能である .

関連する遺伝カウンセリング上の問題

家族計画 遺伝学的なリスク、保因者の可能性の確定、出生前診断の可能性などは妊娠前に行うのが最善である。

DNAバンク DNAバンクとは将来的な使用を想定してDNAを(多くは白血球から抽出する)保存しておくものである.遺伝子検査技術や遺伝子,変異,疾患に対するわれわれの認識が将来変化するかもしれないので,現在利用できる遺伝子検査の精度が100%でない疾患に対してはDNA保存が考慮されうる.

出生前診断

リスクのある妊娠における出生前診断は,胎生16-18週*に行われる羊水穿刺,または胎生10-12週に行われる絨毛採取によってえられた胎児細胞からDNAを調製して行う.検査を行うためには家系内での病因となっている遺伝子変異がすでに明らかになっている必要がある.

PROP1関連複合下垂体ホルモン欠損症のように知能に影響を与えず,早期の適切な治療によって良好な予後が得られる疾患に対する出生前診断の依頼はあまりない.医療関係者と家族の間には出生前診断に対して,特にその診断が中絶と関連している場合は,認識の違いがある.多くの医療機関は出生前診断についての最終決定は両親の意思を尊重すると考えているが,この問題については注意深い検討が望まれる.

注:胎生週数は最終月経の開始日あるいは超音波検査による測定に基づいて計算される.

変異が明らかとなっている家系では着床前診断が可能である.

訳注:日本では行われない.


更新履歴:

  1. 日本語訳者 :櫻井晃洋(信州大学医学部社会予防医学講座遺伝医学分野)
    GeneReview 最終更新日: 2003.6.16.日本語訳最終更新日: 2003.9.11.
  2. 日本語訳者: 櫻井晃洋(信州大学医学部社会予防医学講座遺伝医学分野
    GeneReview 最終更新日: 2005.11.21.日本語訳最終更新日: 2006.1.4.

原文 PROP1-Related Combined Pituitary Hormone Deficiency

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