GRJ top > 遺伝子疾患情報リスト | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
遺伝性乳がん/卵巣がん
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Myriad社の頻度表(Myriad Prevalence Tables)1 | BRCAPRO2 | BOADICEA3 |
Tyrer-Cuzick4 | |
方法 |
申込用紙で報告された家族歴と個人歴に基づくMyriad Genetics社の経験的データ |
統計モデル |
統計モデル |
統計モデル |
モデルの特徴 |
発端者は乳がん/卵巣がんを発症しているかもしれないし,発症していないかもしれない |
発端者は乳がん/卵巣がんを発症しているかもしれないし,発症していないかもしれない |
発端者は乳がん/卵巣がんを発症しているかもしれないし,発症していないかもしれない |
発端者は確実に罹患者ではない |
乳がんの診断年齢は50歳未満/50歳以上であると思われる |
乳がん・卵巣がんの正確な診断年齢 |
乳がん・卵巣がんの正確な診断年齢 |
乳がんリスクを推定するため,生殖性因子とボディ・マス・インデックス(BMI)も含める |
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診断年齢が50歳未満である場合のみ,乳がんに罹患した血縁者が1人以上 |
これまでの家系内での遺伝子検査(すなわち,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異が陰性の血縁者) |
がんの有無にかかわらず,すべての1度近親と2度近親を含める |
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1人以上の卵巣がん患者の血縁者(年齢不問) |
卵巣摘出状態 |
アシュケナージ系ユダヤ人を含める |
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アシュケナージ系ユダヤ人を含める |
がんの有無にかかわらず,すべての1度近親と2度近親を含める |
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非常に使いやすい |
アシュケナージ系ユダヤ人を含める |
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制約 |
家系構造が単純化される/あまり考慮されない |
コンピュータソフトが必要であり,データ入力に時間がかかる |
コンピュータソフトが必要であり,データ入力に時間がかかる |
乳がんに罹患していない者向けに設計されている |
乳がんの発症年齢が低い |
1度近親と2度近親のみを組み入れている.最善のリスク評価を行いたい場合や,父系の疾患について調べたい場合には,発端者の変更が必要となることもある. |
1度近親と2度近親のみを組み入れている.最善のリスク評価を行いたい場合には,発端者の変更が必要となることもある. |
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父系・母系双方による乳がんのリスクが過大評価されることがある 5 |
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マイノリティ民族より,北欧系での性能がよい場合がある6 |
米国国立がん研究所「乳がんおよび卵巣がんの遺伝学」(PDQ®)より
BOADICEA = breast and ovarian analysis of disease incidence and carrier estimation algorithm
その後,2010年に米国臨床腫瘍学会(ASCO)の声明が改訂され,遺伝子検査の実施と適切な管理手順の活用に関する情報を医療セクターに伝えていくことの重要性が強調された.このなかで,臨床的意義が不明の遺伝子に対する検査については,臨床試験で実施すべきであることが強く呼びかけられ,臨床遺伝学への資金提供の増額への強力な支持が表明された[Robson et al 2010 (全文)].
分子遺伝学的検査
GeneReviewsは,分子遺伝学的検査について,その検査が米国CLIAの承認を受けた研究機関もしくは米国以外の臨床研究機関によってGeneTests Laboratory Directoryに掲載されている場合に限り,臨床的に実施可能であるとする. GeneTestsは研究機関から提出された情報を検証しないし,研究機関の承認状態もしくは実施結果を保証しない.情報を検証するためには,医師は直接それぞれの研究機関と連絡をとらなければならない.―編集者注.
遺伝子 BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子は,遺伝性乳がん/卵巣がん(HBOC)に関連する変異が存在する2つの遺伝子である.
表2.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の分子遺伝学的検査:遺伝性乳がん/卵巣がん(HBOC)
遺伝子1 |
当該遺伝子の変異による |
検査方法 |
検出される変異2 |
検査の利用 |
BRCA1 |
図1,図2を参照 |
標的変異解析 |
民族的特性3 | 臨床 |
配列解析/変異スキャニング4,5 |
配列変異6 |
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欠失・重複解析7 |
(複数の)エクソン欠失;複合アレル |
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BRCA2 |
標的変異解析 |
民族的特性 |
臨床 |
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配列解析/変異スキャニング4,5 |
配列変異6 |
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欠失・重複解析7 |
(複数の)エクソン欠失;複合アレル |
発端者の検査結果の解釈
リスクの高い血縁者の検査結果の解釈
検査手順
アシュケナージ系ユダヤ人の発端者の確定診断
BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の有無が不明な家系の発端者の確定診断
BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつことがわかっている家系のリスクの高い無症状の成人血縁者に対する発症前診断.家系内で生殖細胞系変異が同定されたならば,(がんの既往のない血縁者も含めた)成人血縁者に対して,その家系特異的な生殖細胞系変異について,精度の高い検査を行うことができる.リスクの高い血縁者には,家系特異的な生殖細胞系変異のみを検査する場合がほとんどである.しかし,以下のような例外もある.
遺伝的に関連のある疾患
BRCA2遺伝子の生殖細胞系変異と関連性があるものは,以下である.
臨床像
自然経過
乳がんの予後
乳がんの家族歴の有無が不明の乳がん患者にBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の体細胞変異が比較的少ないことと,BRCA1関連腫瘍(と,恐らくBRCA2関連腫瘍)の明確な病理学的特徴を併せて考えると,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子にがんの素因となる生殖細胞系変異をもつ乳がん患者には病原的素因があり,これに基づいて予後の違いを明らかにできるかもしれないとされている.
入手可能なデータのほとんどは後向きデータや間接的なデータに由来しており,少人数(50症例未満)を対象とした研究に基づいているため,バイアスの違いや,不適切な対照群などが交絡因子となることがある(これらの交絡因子は,年齢や診断時のがんの病期だけでなく,最近の生存率の改善を考慮して,診断年の暦日についてもマッチさせるべきである).例えば,乳がんの予後を扱った研究では,対照群への分子遺伝学的検査が行われていない場合がほとんどであり,対照群については診断時の病期がマッチされていない.
アシュケナージ系の乳がん患者に対する後向きコホート研究で,BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもつ患者の疾患別の生存率は,BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもたない対照群よりも低くなったが,これは補助化学療法を受けていない女性のみのことであった[Robson et al 2004].年齢,腫瘍の進行度と悪性度,リンパ節の状態,ホルモン受容体,診断年でマッチさせた3,220人の女性を対象とする大規模集団を対象とするコホート研究では,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異が検出された患者と検出されなかった患者との間に,再発率と死亡率の差はなかった[Goodwin et al 2012].しかし,がんの素因となる生殖細胞系変異をもつ患者に初めて検出された腫瘍が,進行度の高い腫瘍である場合などでは,診断時の進行度をマッチさせることで,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子関連腫瘍と孤発性腫瘍との実際の生物学的差異が隠れてしまう可能性があると述べる治験責任医師もいる.
幾つかの研究では,乳がん温存療法を受けた女性における対側乳がんの発症率が高いことが報告されている[Malone et al 2010, Pierce et al 2010, van der Kolk et al 2010, Metcalfe et al 2011a, Vichapat et al 2012].対側乳がん(CBC)の予測因子には,診断年齢の低さ,若年発症乳がんの家族歴が含まれる[Malone et al 2010, Metcalfe et al 2011a].予防的な卵巣摘出を受けた女性では,対側乳がんのリスクが低下する[Metcalfe et al 2011a].
乳房温存療法を選択した女性では,乳房切除を選択した女性と比べて,同側乳がんも増加する.化学療法を受けた女性や予防的な卵巣摘出を受けた女性のリスクは低い[Metcalfe et al 2011b].全生存率に違いは認められていない[Pierce et al 2010].
卵巣がんの予後
がんの素因となるBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ卵巣がん女性の生存率に関する研究では相反する結果が出ているが,これも少なくとも部分的に,乳がんの予後に関する研究で生じた方法論的問題に起因している.「乳がんの予後」の項を参照のこと.
26件の観察研究の統合解析では,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異が検出された者での生存率が,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異が検出されなかった者よりも良好であることが明らかになった(BRCA1遺伝子についてはハザード比:0.78,95%信頼区間:0.68〜0.89;BRCA2遺伝子についてはハザード比:0.61,95%信頼区間:0.50〜0.76).進行度,悪性度,組織型,及び診断時の年齢をコントロールした後もこれらの結果は持続した[Bolton et al 2012].
大規模集団を対象とする症例対照研究では,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ場合,白金製剤をベースとした治療への奏効率が高く,無増悪生存期間が長く,全生存が改善されたことが示された[Alsop et al 2012].同様に,白金製剤感受性の卵巣上皮がんでは,白金製剤抵抗性の場合より,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異が生じる確率が高い[Dann et al 2012].これらのデータは,BRCA1遺伝子変異をもつ細胞で,白金製剤への感受性がin vitroで高まることを示すデータに一致している[Lafarge et al 2001, Quinn et al 2003].
卵管がんは現在,BRCA1/BRCA2関連腫瘍の1つとして確立されたがんである.
原発性腹膜がん.BRCA1遺伝子変異のヘテロ接合体は,漿液性卵巣上皮がんと識別不能な悪性腫瘍である原発性腹膜漿液性乳頭状腺がんのリスクも高い.原発性腹膜漿液性乳頭状腺がんは,BRCA2遺伝子変異とも関連がある.この悪性腫瘍の発症頻度は,卵巣がんと同様に,BRCA1遺伝子変異をもつ場合よりもBRCA2遺伝子変異をもつ場合の方が低い[Casey et al 2005].
病理学
乳がんの病理学.BRCA1関連腫瘍は,病理組織学的に髄様病巣が過剰で,組織学的悪性度が高く,エストロゲン受容体陰性・プロゲステロン受容体陰性である確率が孤発性がんよりも高く,HER2/neuの過剰発現の確率は低い.このため,BRCA1関連腫瘍は「トリプルネガティブ」乳がんに分類される[Rakha et al 2008].分子レベルでは,BRCA1関連腫瘍では,孤発性がんよりもTP53遺伝子変異の頻度が高い.これらの特徴は,良好な予後因子とも不良な予後因子ともなる.
BRCA1関連乳がんでは,乳腺の表皮基底層の細胞に由来する確率が孤発性がんよりも高いことが,出揃いつつあるデータから示されている.この細胞が乳房幹細胞となり,BRCA1関連腫瘍と同様の悪性度の高いがんを生じさせると考えられている[Foulkes et al 2003, Foulkes et al 2004, Lacroix & Leclercq 2005,Lakhani et al 2005, Atchley et al 2008].
BRCA2関連腫瘍に関する情報はさらに限られているが,病理組織学的特徴はないと考えられており,対照群の腫瘍と少なくとも同程度にホルモン受容体陽性となる.
卵巣がんの病理学.がんの素因となるBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性では,対照群よりも漿液性腺がんが多くなる.がんの素因となるBRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性では,その腫瘍の90%以上が漿液性である.これに対して,がんの素因となるBRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもたない女性では,その腫瘍が漿液性である割合は約50%である[Rubin et al 1996, Aida et al 1998, Berchuck et al 1998, Lu et al 1999].漿液性腺がんは一般に悪性度が高く,上皮内リンパ球が多く,核異形成が顕著であり,核分裂像数が非常に多い[Fujiwara et al 2012].
予防的な卵巣摘出で切除した卵管に対して,注意深く組織病理学的解析を行ったところ,原発性卵管がんと卵管上皮内がんが生じやすい部位が卵管采であることが判明した.このような卵管がんの染色ではp53蛋白が陽性となることが多い.p53蛋白は漿液性がんで過剰蓄積される[Crum et al 2007].これらの所見から,卵管采が原発性卵管がんだけでなく,腹膜や卵巣の漿液性がんの原因となる可能性が示されている[Carlson et al 2008].
DNAマイクロアレイ技術を用いてBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子関連の卵巣がんと孤発性の卵巣がんを比較すると,遺伝子の発現が異なることから,分子学的に明確に異なる発がん過程を裏付ける予備的データが得られる[Jazaeri et al 2002].このアプローチにより,最終的に,別個の病理組織学的なサブタイプが確立されるかもしれない.
遺伝子型と臨床型の関連
がんのリスクは,遺伝子によってもまた,遺伝子内の変異が生じた部位によっても異なる.
卵巣がんのリスクは,BRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性より,BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性の方が高い.
BRCA2遺伝子のエクソン11にある卵巣がん多発領域(OCCR)に変異がある家系では,BRCA2遺伝子のこのほかの部位に変異がある家系よりも,乳がんに対する卵巣がんの割合が高いことが示されている.
BRCA2遺伝子陽性の患者のいる440家系の1度近親と2度近親に対して,卵巣がん,男性乳がん,膵がん,前立腺がん,結腸がん,胃がん,黒色腫の有無を調査した[Lubinski et al 2004].ここで得られた所見は以下である.
今日に至るまで,BRCA2遺伝子のエクソン11の卵巣がん多発領域との関連性といったこうした遺伝子型と臨床型の関連は,少数の変異陽性者を対象とした研究に基づいているため,臨床でのリスク評価や臨床管理に用いるには,十分に確立されたものとはいえない.
浸透率(がんのリスク)
BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の浸透度は,現在,活発に研究が行われている分野である.それぞれの研究の由来する状況によって,浸透度の推定値に大きな違いが出る.特定の民族集団の多数の家系に対して,がんの素因となる同一の生殖細胞系変異を調べた研究のなかで,リスクにばらつきがあることが強力に実証されている(「頻度」の項を参照).集積されたエビデンスから,がんの素因となる生殖細胞系変異の保有者のなかに,がんを発症することなく高齢まで生存する者がいることがわかっている.がんを発症した者のなかでも,発症年齢やがんの種類などはさまざまである.がんの素因となる生殖細胞系変異の保有者に50歳以前に複数の原発性がんを発症する者がいる一方,同一のがんの素因となる生殖細胞系変異の保有者でもがんの発症が70歳以降であったり[Levy-Lahad et al 2001, Antoniou et al 2008],まったく発症しない者もいるが,なぜそうなるかは明確に説明できない.
「複数乳がん家系」(すなわち,60歳以前に乳がんを発症した血縁者が4人以上いる家系)では,とりわけ卵巣がん症例も存在する場合,変異が多いことが多く,乳がんと卵巣がん双方のリスクが高いことが示されている.Eastonら[1995]は,BRCA1遺伝子変異をヘテロ接合で有する場合の乳がん発症の生涯リスクを80%超としたが,この数値はこれまで報告された推定値で最も高いものである.しかし,このようなリスクはすべての家系でのリスクを過剰評価している可能性があるため,乳がんの家族歴で選別せずに乳がん発症リスクが40〜60%である患者を対象とする試験が示すように,重症度の低いがんの家族歴をもつ家系や「新規診断症例」(incident case)(すなわち,乳がんの家族歴をもつという基準から選択されたのでない乳がん患者)には該当しないことがある[Hopper et al 1999].このように推定されるリスクの幅が広いことに加えて,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に同一の変異をもつ家系内であっても浸透度にばらつきがあることがわかっており,ある変異をもつ人すべてに該当する「正確」なリスク評価は存在しないと考えられる.
以下にBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に変異が同定された患者のがん発症リスクをまとめた.現在,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に関連性があることが知られている良性腫瘍や身体的異常はない.
表3.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子関連がん
がんの種類 |
一般集団のリスク |
変異のリスク |
|
BRCA1遺伝子 |
BRCA2遺伝子 |
||
乳がん |
12% |
50〜80% |
40〜70% |
2番目の原発性乳がん |
5年以内に3.5% |
5年以内に27% |
5年以内に12% |
卵巣がん |
1〜2% |
24〜40% |
11〜18% |
男性乳がん |
0.1% |
1〜2% |
5〜10% |
前立腺がん |
15%(北欧系) |
30%未満 |
39%未満 |
膵がん |
0.50% |
1〜3% |
2〜7% |
女性の乳がんと卵巣がん
BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異.BRCA1遺伝子関連の乳がんと卵巣がんのリスクは,どちらの臓器でも上皮がんに限定されているように思われる.
BRCA2遺伝子の生殖細胞系変異.BRCA2遺伝子関連の乳がんと卵巣がんのリスクは,どちらの臓器でも上皮がんに限定されているように思われる.
卵管がん
BRCA1遺伝子の病的変異保有者での卵管がんの相対リスクは120に上ると報告されている[Medeiros et al 2006].
原発性腹膜がん
原発性腹膜がんの発症の累積リスクは,卵巣摘出を経た20年後に3.9〜4.3%となる[Casey et al 2005,Finch et al 2006].
男性乳がん
男性乳がんは一般に,BRCA1遺伝子変異よりもBRCA2遺伝子変異との関連が強い.
前立腺がん.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異をもつ男性では,総じて前立腺がんの生涯発症リスクは最大で30〜39%である[Breast Cancer Linkage Consortium 1999, Risch et al 2001, Thompson & Easton 2002].
BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異
BRCA2遺伝子の生殖細胞系変異
BRCA1関連の前立腺がんとは対照的に,発症年齢は通常よりも若年化し,進行度も高くなるようである[Tryggvadottir et al 2007, Edwards et al 2010].
膵がん
乳がん家系で膵がん症例が存在することは,統計的に有意なBRCA2遺伝子変異の予測因子の可能性があるが[Petersen & Hruban 2003],BRCA1遺伝子変異をヘテロ接合で有する場合にも膵がんの発症リスクが高くなることがわかっている.BRCA2遺伝子変異をもつ場合,膵がんの生涯発症リスクは2〜7%と指定されている[Breast Cancer Linkage Consortium 1999, Risch et al 2001, Thompson & Easton 2002].
黒色腫
十分に研究されているわけではないが,BRCA2遺伝子変異陽性の家系すべてではないが,幾つかの家系において,皮膚と眼球双方の黒色腫のリスクが高まる場合があることが文献で示されている[Breast Cancer Linkage Consortium 1999, Hearle et al 2003, van Asperen et al 2005].
他のがん
一貫性はないが,さまざまな種類のがんがBRCA1関連腫瘍群とみなされている[Brose et al 2002].
BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異
BRCA2遺伝子の生殖細胞系変異
注:(1)子宮内膜がんとBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異との因果関係を示唆するデータには一貫性がない.このような症例では,タモキシフェンの曝露との関連が示される場合がある[Beiner et al 2007].また,(2)結腸直腸がんのリスクが増加したという初回報告は,一般に再現されていない.
個別の集団におけるがんリスク
BCA1遺伝子に185delAG変異と5382insC変異の2種類のアシュケナージ系創始者変異をもつヘテロ接合の場合,70歳までの乳がん発症リスクはそれぞれ64%(95%信頼区間=34〜80%)と67%(95%信頼区間=36〜83%)である[Antoniou et al 2005].同様の数値を卵巣がんで見た場合,14%(95%信頼区間=2〜24%)と33%(95%信頼区間=8〜50%)である.
がん家系の研究から導き出される浸透度の推定値が過剰に上昇しないようにするため,Satagopanら[2001]が新規に診断されたアシュケナージ系ユダヤ人の乳がん女性を対象として,80歳時点での乳がんの浸透度を調べたところ,BRCA1遺伝子変異のヘテロ接合体では59%(95%信頼区間=40〜93%),BRCA2遺伝子変異のヘテロ接合体では38%(95%信頼区間=20〜68%)であった.同様の研究デザインを用いてSatagopanら[2002]は,70歳時点での卵巣がんの浸透度について,BRCA1遺伝子のヘテロ接合体が37%(95%信頼区間=25〜71%),BRCA2遺伝子変異のヘテロ接合体が21%(95%信頼区間=13〜41%)と算出した.
米国ではChenら[2006]が,アシュケナージ系の676家系と非アシュケナージ系民族の1,272家系を対象にしてBRCA1遺伝子変異のヘテロ接合体における70歳までの累積発症リスクを,乳がんで46%(95%信頼区間=0.39〜0.54%),卵がんで39%(95%信頼区間=0.30〜0.50%)と算出した.
アシュケナージ系のBRCA2遺伝子変異(6174delT変異)のヘテロ接合体では,70歳までの発症リスクは,乳がんで43%(95%信頼区間=14〜62%),卵巣がんで20%(95%信頼区間=2〜35%)である[Antoniou et al 2005].
アイスランド系のBRCA2遺伝子変異である999del5変異(c.771_775delTCAAA)の乳がん発症率(浸透度)は,50歳までが17%,70歳までが37%であった[Thorlacius et al 1996].
表現促進現象
遺伝性乳がんでは,表現促進現象の報告が増えている.
頻度
RCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異によって発症する遺伝性乳がん/卵巣がん(HBOC)は,遺伝性乳がん/卵巣がんの双方で最も頻度の高いものであり,すべての民族・人種集団で発症する.(アシュケナージ系を除く)一般集団でのBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異の全体的な頻度は,400人当たり1人[Anglian Breast Cancer Study Group 2000,Whittemore et al 2004b]と推定されているが,民族ごとにばらつきがある.
しかし,民族的背景ごとに,変異の頻度を直接比較する研究も少数ある[Szabo & King 1997, Liede & Narod 2002, Olopade et al 2003, Haffty et al 2006, John et al 2007].米国では,多くの研究がアシュケナージ系(中欧・東欧系)ユダヤ人を対象としている.
アシュケナージ系ユダヤ人,オランダ人,アイスランド人に固有のBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異を以下で説明するが,このほかの幾つかの民族でもBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の創始者変異は同定されている[Ferla et al 2007].
アシュケナージ系ユダヤ人.アシュケナージ系ユダヤ人では,研究の進んだ3種類の創始者変異に起因するBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異が高頻度でみられるため,遺伝性乳がん/卵巣がんの発症リスクが大幅に上昇している.アシュケナージ系ユダヤ人における以下に掲げる3種類の変異の頻度を合わせると,40人に1人となる[Oddoux et al 1996, Struewing et al 1997, King et al 2003].この頻度の高さは,アシュケナージ系ユダヤ人に遺伝子検査を勧める際に影響が出てくる(「検査手順」の項を参照のこと).
BRCA1遺伝子
BRCA2遺伝子
診断時65歳未満のアシュケナージ系ユダヤ人女性におけるBRCA1遺伝子変異の頻度は8.3%である[John et al 2007].
BRCA1遺伝子の創始者変異である185delAG変異は,42歳以前に乳がんと診断されたアシュケナージ系ユダヤ人女性の20%に見つかっている[Offit et al 1996].
BRCA2遺伝子の創始者変異である6174delT変異は,42歳以前に乳がんと診断された女性の8%と,任意抽出されたアシュケナージ系ユダヤ人の1.5%に存在する[Berman et al 1996, Roa et al 1996].
オランダ人.これまで報告されてきたBRCA1遺伝子変異の大多数はごく少数の塩基に係るものであるが,オランダ人に対する研究でBRCA1遺伝子における3種類の大規模欠失が同定された.これらの欠失はサザンブロット解析で検出されたものであり,リスクの高いオランダ系の家系のうちの1家系では,変異の36%を占めていた[Petrij-Bosch et al 1997].オランダ系以外にもBRCA1遺伝子の大規模欠失が起こりうるが,より一般的に用いられているPCR法(変異スキャニング,蛋白質トランケーションテスト[PTT法],直接配列決定法など)に基づく変異スクリーニング法では同定されないこともある.
アイスランド人.BRCA2遺伝子変異である999del5変異は,アイスランド人の0.6%と,アイスランド人の乳がん女性の10.4%およびアイスランド人の乳がん男性の38%に発現する[Thorlacius et al 1998].この変異は50歳までに乳がんと診断された女性の17%,50歳以降に乳がんと診断された女性の4%に認められた.999del5変異をもつ44人のうち17人(39%)には1度近親や2度近親にがん患者がいないことから,変異が不完全浸透であることが窺われる[Thorlacius et al 1996].
鑑別診断
本稿で扱われる疾患に対する遺伝学的検査の実施可能性に関する最新情報は,GeneTests Laboratory Directoryを参照のこと.―編集者注.
症候性乳がん.以下に掲げるがん感受性症候群や遺伝子をもつ場合,乳がんリスクが高くなる.遺伝性乳がん/卵巣がんは当該家系で発症した腫瘍の種類によって多くは他の疾患と鑑別可能であるが,なかには分子遺伝学的検査が必要となることもある.
臨床医への注:本疾患に関して,個別の患者に対する「simultaneous consult」については,を参照のこと.SimulConsult(R)は患者の所見を基に鑑別診断を提供する双方向型の診断決定補助ソフトである(登録または施設からのアクセスが必要).
臨床的マネジメント
初回診断後の評価
BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子にがんの素因となる生殖細胞系変異があると診断された未発症女性には,分子遺伝学的検査の結果を開示の際に,今後の経過観察や一次病変予防の選択肢についてカウンセリングを行う.
症状の治療
BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に関連した乳がんや卵巣がんの治療は,非遺伝性の乳がんや卵巣がんの治療と同様である.米国総合がんセンターネットワーク(NCCN)のガイドラインでは,乳がんに対して最初に行う外科的治療として,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に変異がある女性では同側乳がんや対側乳がんの発症率が高いため,両側乳房切除が検討可能であるとされている.乳がんの治療に関しては,米国総合がんセンターネットワークのガイドラインを参照のこと(要登録).
一次病変の予防
乳がんをすでに発症した人.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性で,初発の乳がんに対して温存療法を受けた患者では,同側もしくは対側の乳がん発症リスクがきわめて高いことが幾つかの研究で示されており,一部の専門家は二次がんを予防する目的で,両側乳房の予防的切除を検討している[Sabel 2002].
乳房腫瘤摘除と放射線療法による乳房温存療法が選択された場合には,予防的卵巣摘出や綿密な経過観察といった他の手段が考えられうる[Pierce 2002].
発症リスクのある人.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の保有者において,がん発症リスクを低減させるための方法が幾つか提唱されている.このような予防策には,予防的乳房・卵巣摘出や化学予防がある.これらはいずれも,高リスク女性に関しては,ランダム化試験で評価されていない.しかし,予防的手術に関する後向き観察研究や前向き観察研究は多い.
予防的手術
遺伝学的に乳がんや卵巣がんを罹患しやすい人のがん発症リスクを低減する手段として,予防的手術(乳房切除と卵巣摘出)が提案されている.発症リスクの高い女性のリスク軽減手術について,その有用性を認める説得力のある報告を行っている研究は数多くあるが,手術の至適時期や術後の長期経過観察のあり方など,幾つかの重要な問題が残っている.
予防的乳房切除
予防的卵巣摘出.幾つかの研究では,リスク低減のための卵巣摘出後,卵巣がんの発症リスクが顕著に(80〜96%)低下したと報告されている[Kauff et al 2002, Rebbeck et al 2002, Rutter et al 2003].
乳がんや卵巣がんのリスクの低減に加えて,予防的乳房切除や予防的卵巣摘出により,全生存率が改善する[Domchek et al 2010].BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性では,すべてに該当するわけではないが,ほとんどの漿液性卵巣がんが,卵巣の表面上皮ではなく卵管の遠位部に生じるというコンセンサスが広がっていることから,自然閉経時まで卵巣機能を維持するための経過措置として,両側卵管摘除の実施が真剣に検討されている[Medeiros et al 2006, Greene et al 2011].予防的手術を行う至適時期や長期経過観察のあり方など,予防的手術に関する重要な問題点は幾つか残っている.外科的閉経による副作用(血管運動性症状,腟乾燥,骨粗鬆症,心疾患の発症リスクの上昇など)も考慮しなければならない.
卵管結紮.幾つかの症例対照研究では,一般集団で卵管結紮後に卵巣がんのリスクが減少したと報告されている.13件の研究に対して行われたメタ解析では,卵巣がんが34%減少し,リスク低下が卵管結紮後10〜14年間持続したことが示された[Cibula et al 2011].BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性において,卵管結紮の効果を検討したデータはない.
化学予防
タモキシフェン.Gailモデルで乳がんの発症リスクが高いと判定された女性に対するタモキシフェン(部分的エストロゲン拮抗薬)の投与に関するランダム化臨床試験では,治療群で乳がん発症リスクが49%低下したと報告された[Fisher et al 1998].Gailら[1999]は,乳がん発症リスクが高い50歳未満の女性において,予防的なタモキシフェン投与がきわめて有効であると結論付けた.しかし,タモキシフェンはエストロゲン受容体陽性乳がんの発症率を低下させるが,エストロゲン受容体陰性乳がんの発症率は低下させなかった.BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性の乳がんはエストロゲン受容体陰性であることが多いため(「自然経過」の項を参照),タモキシフェンの有効性はBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性の方が高くなると予測される.このように,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性へのタモキシフェンの予防的投与の有効性を調べる幾つかの臨床試験が実施されている.
タモキシフェン投与の重大な有害事象として,投与を受けていない場合と比べて,投与を受けた場合に子宮内膜がんや血栓塞栓症(肺塞栓症など)が高頻度に発症することが挙げられる.
経口避妊薬.一般集団を対象とした幾つかの症例対照研究では,経口避妊薬の使用が卵巣がん発症リスク低減と関連していた.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性に対する研究に対して行われたメタ解析では,卵巣がん発症リスクが顕著に低下し,使用期間が長くなればなるほど予防効果が高まることが示された(相対リスク=0.50,信頼区間:0.33〜0.75)[Iodice et al 2010].
授乳
最近行われた研究では,BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性において,累積授乳期間が1年以上である場合,乳がんの発症リスクに統計的に有意な低下を認めた[Jernstrom et al 2004].
経過観察
高い乳がん発症リスクと若年発症の可能性があることから,遺伝性乳がん症候群の女性には乳がんスクリーニングが推奨される.
女性乳がん.リスクの高い女性において,定期的な乳房撮影を補う乳房MRIに関する研究が行われている.
男性乳がん.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ男性は,乳がんリスクも高い.正式に認められた経過観察スケジュールは推奨されていないが,乳房自己検査のトレーニングや月1回の定期的な自己チェックが推奨されている.加えて,半年ごとの乳房触診検査や初回の乳房撮影で女性化乳房や乳腺密度の上昇が検出された場合には,継続的に毎年,乳房撮影による経過観察を行うことも推奨されている[Daly et al 2003].
卵巣がんスクリーニング.利用可能な卵巣がんスクリーニング方法(経腟超音波検査,血清CA-125濃度測定)には感度,特異性とも限界があり,卵巣がんによる死亡率の低減効果は示されていない[Clarke-Pearson 2009, Buys et al 2011].しかし,予防的卵巣摘出を選択しない女性では,35歳以降(もしくは家系で最も早い発症年齢に基づいて),半年ごとに経腟超音波検査とCA-125濃度測定を開始することを考慮してもよい.
前立腺がんスクリーニング.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ男性では,前立腺がん発症リスクが高いとみられるため,前立腺がんスクリーニングに関する選択肢について情報を提供すべきである[Burke et al 1997].
膵がんスクリーニング.BRCA2遺伝子関連腫瘍の1つに膵がんが含まれるという認識が確立している.しかし,膵がんの易罹患性とBRCA1遺伝子変異の生殖細胞系変異との関連性はそれほど強くない.一般に,膵がんの症状がない人に対するスクリーニングは推奨されていないが,臨床研究レベルでは可能である.
黒色腫.皮膚と眼球の黒色腫はどちらもBRCA2遺伝子関連腫瘍に含まれているため,年1回の専門医による皮膚科と眼科の検査が推奨される.
リスクのある親族の検査
がんを罹患しやすいBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異が家系内で同定されたら,リスクのある血縁者の検査により,家系内変異陽性で定期検査を頻繁に行う必要がある血縁者を同定することができ,がんが発見された場合には早期介入が可能となる.
遺伝カウンセリングとして扱われるリスクのある親族への検査に関する問題は,「遺伝カウンセリング」の項を参照のこと.
研究中の治療法
BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子のシグナル経路を標的とした治療法の研究が進められている[Farmer et al 2005].これらの詳細についての記述は,GeneReviewの目的とするところではない.
種々の疾患に対する臨床試験についてはClinicalTrials.govを参照のこと.
その他
ホルモン補充療法(HRT).一般集団に対する研究で,閉経後女性の長期的なエストロゲン補充療法が乳がんの発症リスクを高める可能性が示されたが,閉経期症状に対する短期的な使用でのリスク増加は認められていない.しかし,ホルモン補充療法に関するランダム化プラセボ対照試験で,比較的短期間のエストロゲンと黄体ホルモンの併用でも乳がんの発症頻度が高まることが示された[Chlebowski et al 2003].
Rebbeckら[2005]は,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ462人の女性コホートについて,予防的両側卵巣摘出後のホルモン補充療法に関連する乳がん発症リスクを評価したところ,予防的両側卵巣摘出後はいかなるホルモン補充療法を行っても,手術による乳がん発症リスクの低下以上の統計的に有意な変化は認められなかったと報告した.手術後の追跡期間は3.6年であった.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性での続発性乳がん発症リスクについては,短期的なホルモン補充療法は予防的両側卵巣摘出の予防的効果を損なわないと結論付けられた.BRCA1遺伝子変異をもつ472人の閉経後女性を対象とするこの試験に対応する症例対照研究では,ホルモン補充療法と乳がん発症リスクの低下に関連性があるとされた(オッズ比= 0.58;95%信頼区間=0.36〜0.96) [Eisen et al 2008].
喫煙はBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系異をもつ人の乳がん発症リスクを高める危険因子ではないようである[Ghadirian et al 2004].
遺伝カウンセリング
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の遺伝形式は,常染色体優性である.
血縁者のリスク
BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異をもつ発端者の両親
BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異をもつ発端者の同胞
BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異をもつ発端者の子
BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異をもつ発端者のその他の血縁者.他の血縁者のリスクは,発端者の両親の遺伝状態に基づく.親の1人がBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ場合,親本人とその血縁者にはリスクがある.正確なリスクは遺伝的近親度によって異なる.
遺伝カウンセリングに関連した問題
早期診断目的のリスクのある血縁者の検査や治療に関する情報については,「臨床的マネジメント」,「リスクのある血縁者の検査」を参照のこと.
一見,新生突然変異によって発症したかのようにみえる血縁者への配慮.常染色体優性疾患で,発端者のどちらの親にも病原性変異を認めない場合や疾患の臨床所見を認めない場合には,発端者に新生突然変異が生じた可能性がある.しかし,生物学的な父親や母親が異なる場合(生殖補助医療など)や未公表の養子縁組など,非医学的な理由の可能性も考えられる.稀ではあるがBRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子の新生突然変異が報告されている.
家族計画
遺伝的ながんリスク評価とカウンセリング.分子遺伝学的検査を用いるか用いないかにかかわらず,がん発症リスク評価によるリスク保持者の同定に関する医学的,心理的,倫理的問題については,これらの問題を総合的に扱った「がんの遺伝学的リスク評価とカウンセリング(Elements of Cancer Genetics Risk Assessment and Counseling)(米国国立がん研究所が作成したPDQ®の一部)を参照のこと.
リスクのある無症状の成人血縁者.一般に,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の保有者の血縁者は,同一の変異を有しているリスク,分子遺伝学的検査に関する選択肢,がん発症リスク,推奨されるがんスクリーニング検査(「経過観察」の項を参照)や予防的手術)「一次病変の予防」の項を参照)について,カウンセリングを受けるべきである.
分子遺伝学的検査についてより詳しく知りたいと考える人に対しては,以下の議論を含めた検査前の教育を実施することが勧められる[American Society of Clinical Oncology 1997, Geller et al 1997, McKinnon et al 1997, 米国臨床腫瘍学会 2003]:
発端者で同定されたがん易罹患性の生殖細胞系変異については陰性であるが,発症リスクのある成人親族のがん発症リスクは,個人ごとに異なる危険因子により,一般集団と同程度,もしくはそれを上回ると考えられる.たとえば,家系特異的なBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異はないが発症リスクのある血縁者女性に,乳房生検で異型乳管過形成が見つかった場合,乳がんの発症リスクは依然として高いと考えられる.
がん発症リスクが一般集団と同等であることが確定した血縁者は,米国がん協会や米国総合がんセンターネットワーク(NCCN)が平均的なリスク保有者に推奨している適切ながんスクリーニング検査を受けることが望ましい.注:このような推定は,家系内罹患者がBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に対する分子遺伝学的検査を受けていない場合や,家系内罹患者にBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に変異が同定されていないことからBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異が同定される可能性のない場合には該当しない.
18歳未満のリスクのある無症状の血縁者への検査.遺伝性乳がん/卵巣がんでは,一般に,18歳未満のリスクのある無症状の血縁者への遺伝子検査は推奨されない.米国臨床遺伝学会と米国人類遺伝学会が共同で作成したガイドラインでは,18歳未満の場合,医学的管理に影響がある場合に限ってのみ,発症前診断目的の遺伝子検査を行うべきであるとされている.遺伝性乳がん/卵巣がん関連がんの管理については,25歳頃からの開始が勧められている.その理由は,成人期に達して独立した決断ができるようになるまで,検査を受けるかどうかを決めない方がよいとされているためである.しかし,非常に若い年齢で診断された遺伝性乳がん/卵巣がん症例も稀に報告されているため,家系で最も早い診断年齢に基づいて個別にスクリーニングを行うとよい.未成年者への成人発症疾患に対する遺伝子検査に関する米国遺伝カウンセラー学会の意見書も参照のこと.
DNAバンキングは,将来の使用のために,通常は白血球から調整したDNAを貯蔵しておくことである.検査手法や,遺伝子,変異,疾患への理解は将来改善する可能性があり,患者のDNAを貯蔵しておくことは考慮されるべきである.このサービスを行っている機関についてはDNA bankingの項を参照のこと.
出生前診断
家系で病原性変異が同定されている場合,羊水穿刺(通常,妊娠15〜18週に実施)や絨毛生検(通常,妊娠10〜12週に実施)で採取した胎児細胞から抽出したDNAを解析することにより,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異に対する出生前診断は技術的に可能である.
注:妊娠週数とは,最終月経の第1日から換算するか,超音波検査による計測によって算出される.
知的障害が生じることはなく,幾つかの治療が可能な成人発症疾患である(遺伝性乳がん/卵巣がんのような)がんについて,易罹患性をもつ生殖細胞系変異に対する出生前診断の要望は多くない.特に,遺伝子検査が早期診断よりも中絶を目的として考慮される場合は,医療関係者の間やと家族の間に出生前診断に対する見解の相違が生じるかもしれない.多くの医療機関では最終的には両親の意思を尊重するとしているが,この問題については注意深い検討が求められる.
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