GRJ top > 遺伝子疾患情報リスト
grjbar

遺伝性乳がん/卵巣がん
(
BRCA1 and BRCA2 Hereditary Breast and Ovarian Cancer)
[Synonym: HBOC]

Gene Review著者: Nancie Petrucelli, MS, Mary B Daly, MD, PhD, and Gerald L Feldman, MD, PhD, FACMG.
日本語訳者: 窪田美穂(ボランティア翻訳者),櫻井晃洋(札幌医科大学医学部遺伝医学)  
Gene Review 最終更新日: 2013.9.26. 日本語訳最終更新日: 2013.12.25.

原文 BRCA1 and BRCA2 Hereditary Breast/Ovarian Cancer


要約

疾患の特徴 

遺伝性乳がん/卵巣がん症候群(HBOC)はBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異が原因で生じるが,その特徴は乳がん,卵巣がん,前立腺がん,膵がんの発症リスクが高いことである.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に変異がある場合にこうしたがんを発症する生涯リスクは以下のとおりである.

  • 乳がんは40〜80%
  • 卵巣がんは11〜40%
  • 男性乳がんは1〜10%
  • 前立腺がんは最大39%
  • 膵がんは1〜7%

BRCA2遺伝子に変異がある場合,黒色腫の発症リスクも高まることがある.BRCA1/BRCA2遺伝子関連腫瘍の予後は,がんの診断時の病期によって異なるが,生存率に関する研究では,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ症例を対照群と比較した際に相反する結果が出ている.

診断・検査 

個人歴,家族歴,さまざまな臨床検査基準により,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に変異が存在する確率が高いことが疑われる.遺伝性乳がん/卵巣がん症候群(HBOC)と診断されるのは,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の保有する個人や家系に分子遺伝学的検査を行った後である.現時点では,がんの素因となるBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子のすべての変異を確実に同定できる技術はない.また,臨床的意義が不明瞭な変異が同定されることもある.

臨床的マネジメント 

症状の治療:BRCA1/BRCA2遺伝子関連腫瘍でも,乳がんや卵巣がんの治療は遺伝性でない場合とほぼ同様であるが,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子のシグナル伝達経路を特異的に標的とする新しい薬効クラスの薬剤が研究されている.
一次病変の予防:予防的乳房切除や卵巣摘出,タモキシフェン(エストロゲン受容体部分拮抗薬)による化学予防が行われているが,こうした予防手段が高リスク女性を対象とするランダム化試験や症例対照研究で評価されたことはない.

経過観察女性や男性の乳がんスクリーニングは,月1回の乳房自己検査と,年1回,もしくは半年に1回の臨床的乳房検査,乳房撮影,乳房MRIを組み合わせて行われる.2007年にアメリカがん協会(ACS)は,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の保有者に推奨されるスクリーニングに,年1回の乳房MRIを追加した.年1回の骨盤超音波検査やCA-125濃度測定は,高リスク/平均的なリスクの女性での卵巣がんの早期発見に有効ではない.前立腺がんのスクリーニングは,年1回の直腸指診と前立腺特異性抗原(PSA)検査によって行う.膵がんの無症状者のスクリーニングは,一般に推奨されない.BRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の保有者には,年1回の皮膚と眼の臨床検査が推奨される.

リスクの高い親族の評価:家系でがんの素因となるBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異が同定されたら,リスクの高い血縁者に検査を行うことで,家系内変異をもつ血縁者をほかにも確定できる.このような者には,経過観察回数を増やし,がんが発見された場合には早期介入を行う必要がある.

遺伝カウンセリング 

BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異は,常染色体優性で遺伝する.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異の保有者の大多数は,両親の1人から変異を受け継ぐ.しかし,不完全性浸透,がんの発症年齢がさまざまであること,予防的手術の結果として生じるがんのリスクの低減,早期死亡が考えられるため,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異の保有者の親が全員,がんを発症するわけではない.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の保有者の子が変異を受け継ぐ確率は50%である.リスクの高い妊娠への出生前診断は,がんの素因となる家系内変異がわかっている場合に可能であるが,成人発症疾患に対する出生前診断の要望は稀であり,慎重な遺伝カウンセリングが必要である.


診断

臨床診断

人歴や家族歴(父系と母系の1〜3度近親)を認め,以下の特徴がある場合,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異を疑うべきである.下記に掲げた特徴は,さまざまな専門家団体のガイドライン[米国人類遺伝学会議(ASHG)1994,米国予防医学作業部会2005,米国乳腺外科学会2006, Lancaster et al 2007, 米国産科婦人科学会議(ACOG)の診療科ガイドライン(Practice Bulletins)委員会2009]に基づいている.米国総合がんセンターネットワーク(NCCN)による腫瘍学臨床診療ガイドライン「乳がんおよび卵巣がんにおける遺伝的/家族性リスク評価」も参照のこと(要登録).

  • 乳がんの診断が50歳未満である
  • 卵巣がん
  • 片側乳房もしくは,両側乳房に多数の原発性乳がんが生じる
  • 乳がんと卵巣がんをどちらも発症した
  • 男性乳がん
  • トリプルネガティブ(エストロゲン受容体陰性,プロゲステロン受容体陰性,HER2/neu[ヒト上皮増殖因子受容体2]陰性)乳がん
  • 1人の患者,もしくは父系か母系のどちらかで,乳がん/卵巣がんと膵がんが発症している
  • アシュケナージ系ユダヤ人
  • 50歳未満の乳がん患者が2人以上
  • 乳がん患者(年齢不問)が3人以上
  • 家系内でこれまでBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異が同定されている

注:「乳がん」には浸潤がんと腺管上皮内がん(DCIS)のどちらも含む.「卵巣がん」には卵巣上皮がん,卵管がん,原発性腹膜がんを含む.

BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異の確率モデル

個人や家系がBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ確率を推定する多くのモデルが開発されている[Parmigiani et al 1998, Frank et al 2002, Antoniou et al 2004, Evans et al 2004, Tyrer et al 2004].どちらの遺伝子の変異を算出する確率モデルにも,モデル作成するにあたって用いられた方法,検体数,及び集団によって決定された固有の属性がある.このようなモデルには,ロジスティック回帰を用いたものや,ベイズ法により遺伝的リスクを算出するモデル(BRCAPRO and Breast and Ovarian Analysis of Disease Incidence and Carrier Estimation Algorithm [BOADICEA]),Myriad社が公開している集計データ(prevalence tables)などの経験的データなどがある.
米国臨床腫瘍学会(ASCO)ががんの易罹患性に対する遺伝子検査に関して発表した声明[米国臨床腫瘍学会2003]では,こうしたモデルからは,遺伝子検査の妥当性を判断する際に有用な,数値で表された閾値を導き出せないとした.しかし,確率モデルの使用がBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異が存在する確率が高いかどうかを見極める際に有益であることは,これまでに数多くの症例を扱ってきた検査機関の間でも認められている[Euhus et al 2002, de la Hoya et al 2003].
幾つかの確率モデルの妥当性はさまざまな研究で比較されており,こうしたモデルの合理性は,腫瘍遺伝学の診療所で診察を受けた典型的な乳がん−卵巣がん家系のデータで明らかにされている[Antoniou et al 2008a].他のBRCA遺伝子関連腫瘍(膵がん,前立腺がん)が含まれない確率モデルがほとんどである.がんの発生確率を低下させる治療介入(卵巣摘出や乳房切除など)が,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異の確率を推定する際に影響を与えていることも考えられる[Katki 2007].さらに,確率モデルは入手することのできた家族歴の情報量に影響を受けやすく,家族構造が限られている場合(すなわち,父系,母系のどちらかで45歳以上生存した1度近親,もしくは2度近親の女性が2人未満の場合)には,うまく機能しないことを示した研究も1件ある[Weitzel et al 2007].
確率モデルのパフォーマンスは,民族集団が異なってもばらつきが出やすく[Oros et al 2006, Vogel et al 2007, Kurian et al 2008,Kurian et al 2009],各民族集団でどの確率モデルが最適であるかを判断するためには,より多くの情報が必要であることが示されている.最近になって,エストロゲン受容体(ER),プロゲステロン受容体(PR),ヒト上皮増殖因子受容体2(HER2/neu)などの乳がんマーカーが加わったことにより,BRCAPROやBOADICEAの性能が向上したことが明らかになった[Tai et al 2008,Mavaddat et al 2010, Biswas et al 2012].
BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の分子遺伝学的検査の受検者数が増加したため,リスク評価モデルが改善された.とはいえ,リスク評価には「熟練の技」が必要であるため,臨床的判断の代わりに変異の確率モデルを用いることはできない.また,正確なリスク評価を行うことを阻むような要因(家系の規模が小さい場合,女性血縁者の少ない場合,予防的手術など)が存在することに留意しておくことも重要である.

表1.汎用されているBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異の確率推定モデルの特徴

Myriad社の頻度表(Myriad Prevalence Tables)1 BRCAPRO2

BOADICEA3

Tyrer-Cuzick4

方法

申込用紙で報告された家族歴と個人歴に基づくMyriad Genetics社の経験的データ

統計モデル

統計モデル

統計モデル

モデルの特徴

発端者は乳がん/卵巣がんを発症しているかもしれないし,発症していないかもしれない

発端者は乳がん/卵巣がんを発症しているかもしれないし,発症していないかもしれない

発端者は乳がん/卵巣がんを発症しているかもしれないし,発症していないかもしれない

発端者は確実に罹患者ではない

乳がんの診断年齢は50歳未満/50歳以上であると思われる

乳がん・卵巣がんの正確な診断年齢

乳がん・卵巣がんの正確な診断年齢

乳がんリスクを推定するため,生殖性因子とボディ・マス・インデックス(BMI)も含める

診断年齢が50歳未満である場合のみ,乳がんに罹患した血縁者が1人以上

これまでの家系内での遺伝子検査(すなわち,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異が陰性の血縁者)

がんの有無にかかわらず,すべての1度近親と2度近親を含める

1人以上の卵巣がん患者の血縁者(年齢不問)

卵巣摘出状態

アシュケナージ系ユダヤ人を含める

アシュケナージ系ユダヤ人を含める

がんの有無にかかわらず,すべての1度近親と2度近親を含める

非常に使いやすい

アシュケナージ系ユダヤ人を含める

制約

家系構造が単純化される/あまり考慮されない

コンピュータソフトが必要であり,データ入力に時間がかかる

コンピュータソフトが必要であり,データ入力に時間がかかる

乳がんに罹患していない者向けに設計されている

乳がんの発症年齢が低い

1度近親と2度近親のみを組み入れている.最善のリスク評価を行いたい場合や,父系の疾患について調べたい場合には,発端者の変更が必要となることもある.

1度近親と2度近親のみを組み入れている.最善のリスク評価を行いたい場合には,発端者の変更が必要となることもある.

父系・母系双方による乳がんのリスクが過大評価されることがある 5

マイノリティ民族より,北欧系での性能がよい場合がある6

米国国立がん研究所「乳がんおよび卵巣がんの遺伝学」(PDQ®)より
BOADICEA = breast and ovarian analysis of disease incidence and carrier estimation algorithm

  1. Frank et al [1998]
  2. Parmigiani et al [1998]Katki [2007]
  3. Parmigiani et al [1998]Antoniou et al [2004]
  4. Tyrer et al [2004]
  5. Ready et al [2009]
  6. Huo et al [2009]Kurian et al [2009]

その後,2010年に米国臨床腫瘍学会(ASCO)の声明が改訂され,遺伝子検査の実施と適切な管理手順の活用に関する情報を医療セクターに伝えていくことの重要性が強調された.このなかで,臨床的意義が不明の遺伝子に対する検査については,臨床試験で実施すべきであることが強く呼びかけられ,臨床遺伝学への資金提供の増額への強力な支持が表明された[Robson et al 2010 (全文)].

分子遺伝学的検査

GeneReviewsは,分子遺伝学的検査について,その検査が米国CLIAの承認を受けた研究機関もしくは米国以外の臨床研究機関によってGeneTests Laboratory Directoryに掲載されている場合に限り,臨床的に実施可能であるとする. GeneTestsは研究機関から提出された情報を検証しないし,研究機関の承認状態もしくは実施結果を保証しない.情報を検証するためには,医師は直接それぞれの研究機関と連絡をとらなければならない.―編集者注.

遺伝子 BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子は,遺伝性乳がん/卵巣がん(HBOC)に関連する変異が存在する2つの遺伝子である.

表2.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の分子遺伝学的検査:遺伝性乳がん/卵巣がん(HBOC)

遺伝子1

当該遺伝子の変異による
HBOCの割合

検査方法

検出される変異2

検査の利用

BRCA1

図1,図2を参照

標的変異解析

民族的特性3

臨床

配列解析/変異スキャニング4,5

配列変異6

欠失・重複解析7

(複数の)エクソン欠失;複合アレル

BRCA2

標的変異解析

民族的特性

臨床

配列解析/変異スキャニング4,5

配列変異6

欠失・重複解析7

(複数の)エクソン欠失;複合アレル

  1. 染色体座と蛋白名については,表A「遺伝子とデータベース」を参照.
  2. アレル変異に関する情報は「分子遺伝学」の項を参照.
  3. 標的変異解析は集団ごとに異なり,特定の民俗的背景をもつ場合に頻度が高くなることが判明している変異を含めることがある.アシュケナージ系ユダヤ人の民俗的背景をもつ場合,c.68_69delAG(BRCA1遺伝子),c.5266dupC(BRCA1遺伝子),c.5946delT(BRCA2遺伝子)という3種類の生殖細胞系の創始者変異が観察されている.アシュケナージ系ユダヤ人の民俗的背景をもつ場合,40人に1人という高率で,この3種類の創始者変異を認める[Struewing et al 1997].
  4. 遺伝子全体の配列解析と変異スキャニングは,それぞれの検出率は同程度であるが,変異スキャニングでの変異検出率は,使用する検査プロトコルにより,大きなばらつきが出ることがある.
  5. アシュケナージ系ユダヤ人の民俗的背景をもつ場合を除き,家系内変異が不明な場合に推奨される(「検査手順」の「アシュケナージ系ユダヤ人の発端者の確定診断」の項を参照).配列解析でも欠失解析でも,エクソン単位の欠失や,数百から数千のヌクレオチド欠失をもち,新たに挿入された配列をもつBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の複合アレルを検出しなければならないことがある(表A参照).
  6. 配列解析で検出される変異には,小規模の遺伝子内欠失/挿入,ミスセンス変異,ナンセンス変異,スプライス部位変異などがある.通常,エクソン単位の欠失/重複や遺伝子全体の欠失/重複は検出されない.配列解析の結果の解釈で考慮すべき問題については,こちらを参照.
  7. ゲノムDNAのコード領域や遺伝子隣接イントロン領域への配列解析での検出が難しい欠失/重複を同定する際には,定量PCR法,ロングレンジPCR法,MLPA法,当該遺伝子・染色体部位の染色体マイクロアレイなど,さまざまな方法が利用される.

発端者の検査結果の解釈

  • 標的変異解析.発端者に対して,アシュケナージ系ユダヤ人に多い3種類の変異の検査を行った際に生じやすい結果:
    • 変異が検出されない場合.この検査で検出されるのはアシュケナージ系ユダヤ人に関連したる3つの創始者変異のみであるため,変異が検出されなくても(すなわち,結果「陰性」でも),BRCA1遺伝子,もしくはBRCA2遺伝子にがんの素因となるこのほかの生殖細胞系変異が存在しないということを意味しない.このような状況で次に考えるべき検査については,「検査手順」を参照のこと.
    • 変異が検出された場合.生殖細胞系変異が存在すること(すなわち,結果「陽性」)は,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子関連腫瘍のリスクが高いことを意味する.
    • 結果が不確定な場合.使用された検査方法によっては,アシュケナージ系ユダヤ人に多い3つの変異の1つに隣接した部位で, BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の臨床的意義が不明の変異が新たに検出される可能性がある.標的変異解析は遺伝子の一断片のみを対象として行われるため,このようなことが起こることは稀である.こうした変異のほとんどが1塩基の変異であり,蛋白質の機能が損なわれる場合もあれば,損なわれない場合もある.こうした結果をさらに評価するため,当該変異が家系内のがんに対して同時分離を示すかどうかを判断するため,他の血縁者(通常は,家系内の罹患者や検査者の両親)の血液検体を入手してほしいと検査機関から依頼されることもある.このような検査により,当該変異が病原性であるか,臨床的意義をもたない正常な多型であるかを明らかにできる.
  • 配列解析.発端者での結果:
    • 変異が検出されない場合. 発端者に生殖細胞系変異が検出されない場合には情報は限られているが,家系でのがんの根本的原因が明らかになっていないため,慎重に解釈しなければならない.このほかの可能性として,家系内のがんが(a)配列解析では検出できないBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異に関連している場合,(b)別のがん感受性遺伝子の変異が原因である場合,(c)非遺伝的要因による場合が考えられる.このため,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異が検出できないといっても,家系内に遺伝性のがんの易罹患性が存在する可能性がなくなったわけではない.
    • 変異が検出された場合.発端者にBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異が存在することは,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子関連腫瘍のリスクが高いことを意味する.
    • 結果が不確定な場合.配列解析で,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に臨床的意義が不明のDNA変異が検出されることがある.この変異ががんの表現型と分離するかを判定するため,家系調査を行うことがある.臨床的意義が不明の変異の割合は次第に低下してきており,幾つかの検査機関の最近のデータでは,BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子の臨床的意義が不明である変異の割合は2.9%[Eggington et al 2012],4.4%[Ambry Genetics]となっている.しかし,臨床的意義が不明の変異の割合は検査機関の実績によって異なり,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の検査を行う機関が増えるにつれて,次第に変化していくことも予期される.
  • 欠失/重複解析.欠失/重複解析では,以下の結果が出やすい.
    • 欠失/重複が検出されない場合.欠失/重複が検出できない(すなわち,結果「陰性」の)場合,家系内のがんの根本的原因が明らかになっていないため,慎重に解釈しなければならない.
    • 欠失/重複が検出された場合.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞に欠失/重複が存在すること(すなわち,結果「陽性」)は,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子関連腫瘍のリスクが高いことを意味する.
  • 遺伝性乳がん/卵巣がんの複数遺伝子パネル検査.大規模な並列配列解析と他のハイスループット法により,BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子のほかにも,こうしたがんの発症に寄与することがわかっている遺伝子や,発症への関与が疑われている遺伝子を追加して検査することができる.注:複数遺伝子パネル検査に含まれている遺伝子と検査方法は,検査機関ごと,また時代によって異なるため,検査パネルに希望する遺伝子が含まれていない場合もある.

リスクの高い血縁者の検査結果の解釈

  • 家系特異的変異.リスクの高い親族に,家系内罹患者に存在することがわかっている生殖細胞系変異の検査を行った際に生じやすい結果:
    • 変異が検出されない場合. 変異が検出できない(すなわち,結果「陰性」の)場合,被検者に家系特異的変異がないことを意味しており,少なくともBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子関連腫瘍のリスクが一般集団と同じであることを意味する.
    • 変異が検出された場合.生殖細胞系変異が存在すること(すなわち,結果「陽性」)は,被検者が家系特異的な変異を受け継いでいる事を意味しており,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子関連腫瘍のリスクが高いことを意味する.

検査手順

アシュケナージ系ユダヤ人の発端者の確定診断

  • 標的変異解析.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異があることがわかっている場合には,最初に配列解析を行うよりも,3つのアシュケナージ系ユダヤ人の創始者変異に対して標的変異解析を行う方が,有効性においても費用対効果においても優れた評価法である.アシュケナージ系ユダヤ人以外の民族に対しては,最初に配列解析を行うとよい.
  • 配列解析.標的変異解析で変異が同定されない場合は,次に配列解析を行うとよい.追加検査を行うかどうかは,個人歴や家族歴を見直し,公開されている診断基準を調べ,変異確率モデルの利用を検討して,慎重に検討を重ねた上で決定すること.
  • 欠失・重複解析.リスクの高いアシュケナージ系ユダヤ人では,現時点では,エクソン単位での欠失や複数エクソンの欠失は発見されていない[Palma et al 2008, Stadler et al 2010].このため,この集団に対してさらに欠失・重複解析を用いた検査を行う必要はない.

BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の有無が不明な家系の発端者の確定診断

  • 家系で初めて検査を受けた者がすでにBRCA1/2遺伝子関連腫瘍,特に乳がんや卵巣がんを,とりわけ通常よりも早期に(すなわち50歳未満)発症している場合には,このほかの血縁者への生殖細胞系変異の検査で非常に多くの情報を得ることができることが多い.このため,可能であるなら,最初に家系内でBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ可能性が最も高く,孤発性の乳がんや卵巣がんの発症リスクが低いと考えられる者の検査を行うとよい.
  • 変異が検出されなくても,家系内にBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異が存在しないことを意味しないと理解しつつ,罹患している血縁者が死亡した場合や,分子遺伝学的検査を受ける意思がなかったり,検査を受けることのできない場合にも,がんの既往歴のない個人に対して,配列解析と欠失/重複解析を用いて生殖細胞系変異の検査を行うことがある.

BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつことがわかっている家系のリスクの高い無症状の成人血縁者に対する発症前診断.家系内で生殖細胞系変異が同定されたならば,(がんの既往のない血縁者も含めた)成人血縁者に対して,その家系特異的な生殖細胞系変異について,精度の高い検査を行うことができる.リスクの高い血縁者には,家系特異的な生殖細胞系変異のみを検査する場合がほとんどである.しかし,以下のような例外もある.

  • アシュケナージ系ユダヤ人には,3種類の生殖細胞系の創始者変異をすべて検査すべきである.その理由は,アシュケナージ系ユダヤ人家系に,1種類以上の生殖細胞系の創始者変異が共存する家系もあることが報告されているからである.
  • BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異が母系と父系双方に存在する可能性のある場合.例えば,母系に生殖細胞系変異が1つ同定され,父系にも遺伝性乳がん/卵巣がんが疑われる場合には,(1)母系に生殖細胞系の変異が存在するならば,母系に家系内の生殖細胞系変異が検出されるかどうか,(2)生殖細胞系が父系でも追跡できるかどうかを調べるため,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の配列解析と欠失・重複解析を勧めることが妥当である.

遺伝的に関連のある疾患

BRCA2遺伝子の生殖細胞系変異と関連性があるものは,以下である.

  • 家族性膵がん[Ferrone et al 2009, Iqbal et al 2012, Mocci et al 2013]
  • ファンコニ貧血相補群(FANCD)1[Howlett et al 2002, Stecklein & Jensen 2012]

臨床像

自然経過

乳がんの予後

乳がんの家族歴の有無が不明の乳がん患者にBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の体細胞変異が比較的少ないことと,BRCA1関連腫瘍(と,恐らくBRCA2関連腫瘍)の明確な病理学的特徴を併せて考えると,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子にがんの素因となる生殖細胞系変異をもつ乳がん患者には病原的素因があり,これに基づいて予後の違いを明らかにできるかもしれないとされている.

入手可能なデータのほとんどは後向きデータや間接的なデータに由来しており,少人数(50症例未満)を対象とした研究に基づいているため,バイアスの違いや,不適切な対照群などが交絡因子となることがある(これらの交絡因子は,年齢や診断時のがんの病期だけでなく,最近の生存率の改善を考慮して,診断年の暦日についてもマッチさせるべきである).例えば,乳がんの予後を扱った研究では,対照群への分子遺伝学的検査が行われていない場合がほとんどであり,対照群については診断時の病期がマッチされていない.

アシュケナージ系の乳がん患者に対する後向きコホート研究で,BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもつ患者の疾患別の生存率は,BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもたない対照群よりも低くなったが,これは補助化学療法を受けていない女性のみのことであった[Robson et al 2004].年齢,腫瘍の進行度と悪性度,リンパ節の状態,ホルモン受容体,診断年でマッチさせた3,220人の女性を対象とする大規模集団を対象とするコホート研究では,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異が検出された患者と検出されなかった患者との間に,再発率と死亡率の差はなかった[Goodwin et al 2012].しかし,がんの素因となる生殖細胞系変異をもつ患者に初めて検出された腫瘍が,進行度の高い腫瘍である場合などでは,診断時の進行度をマッチさせることで,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子関連腫瘍と孤発性腫瘍との実際の生物学的差異が隠れてしまう可能性があると述べる治験責任医師もいる.

幾つかの研究では,乳がん温存療法を受けた女性における対側乳がんの発症率が高いことが報告されている[Malone et al 2010, Pierce et al 2010, van der Kolk et al 2010, Metcalfe et al 2011a, Vichapat et al 2012].対側乳がん(CBC)の予測因子には,診断年齢の低さ,若年発症乳がんの家族歴が含まれる[Malone et al 2010, Metcalfe et al 2011a].予防的な卵巣摘出を受けた女性では,対側乳がんのリスクが低下する[Metcalfe et al 2011a].
乳房温存療法を選択した女性では,乳房切除を選択した女性と比べて,同側乳がんも増加する.化学療法を受けた女性や予防的な卵巣摘出を受けた女性のリスクは低い[Metcalfe et al 2011b].全生存率に違いは認められていない[Pierce et al 2010].

卵巣がんの予後

がんの素因となるBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ卵巣がん女性の生存率に関する研究では相反する結果が出ているが,これも少なくとも部分的に,乳がんの予後に関する研究で生じた方法論的問題に起因している.「乳がんの予後」の項を参照のこと.

26件の観察研究の統合解析では,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異が検出された者での生存率が,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異が検出されなかった者よりも良好であることが明らかになった(BRCA1遺伝子についてはハザード比:0.78,95%信頼区間:0.68〜0.89;BRCA2遺伝子についてはハザード比:0.61,95%信頼区間:0.50〜0.76).進行度,悪性度,組織型,及び診断時の年齢をコントロールした後もこれらの結果は持続した[Bolton et al 2012].
大規模集団を対象とする症例対照研究では,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ場合,白金製剤をベースとした治療への奏効率が高く,無増悪生存期間が長く,全生存が改善されたことが示された[Alsop et al 2012].同様に,白金製剤感受性の卵巣上皮がんでは,白金製剤抵抗性の場合より,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異が生じる確率が高い[Dann et al 2012].これらのデータは,BRCA1遺伝子変異をもつ細胞で,白金製剤への感受性がin vitroで高まることを示すデータに一致している[Lafarge et al 2001, Quinn et al 2003].

卵管がんは現在,BRCA1/BRCA2関連腫瘍の1つとして確立されたがんである.

原発性腹膜がん.BRCA1遺伝子変異のヘテロ接合体は,漿液性卵巣上皮がんと識別不能な悪性腫瘍である原発性腹膜漿液性乳頭状腺がんのリスクも高い.原発性腹膜漿液性乳頭状腺がんは,BRCA2遺伝子変異とも関連がある.この悪性腫瘍の発症頻度は,卵巣がんと同様に,BRCA1遺伝子変異をもつ場合よりもBRCA2遺伝子変異をもつ場合の方が低い[Casey et al 2005].

病理学

乳がんの病理学BRCA1関連腫瘍は,病理組織学的に髄様病巣が過剰で,組織学的悪性度が高く,エストロゲン受容体陰性・プロゲステロン受容体陰性である確率が孤発性がんよりも高く,HER2/neuの過剰発現の確率は低い.このため,BRCA1関連腫瘍は「トリプルネガティブ」乳がんに分類される[Rakha et al 2008].分子レベルでは,BRCA1関連腫瘍では,孤発性がんよりもTP53遺伝子変異の頻度が高い.これらの特徴は,良好な予後因子とも不良な予後因子ともなる.
BRCA1関連乳がんでは,乳腺の表皮基底層の細胞に由来する確率が孤発性がんよりも高いことが,出揃いつつあるデータから示されている.この細胞が乳房幹細胞となり,BRCA1関連腫瘍と同様の悪性度の高いがんを生じさせると考えられている[Foulkes et al 2003, Foulkes et al 2004, Lacroix & Leclercq 2005,Lakhani et al 2005, Atchley et al 2008].
BRCA2関連腫瘍に関する情報はさらに限られているが,病理組織学的特徴はないと考えられており,対照群の腫瘍と少なくとも同程度にホルモン受容体陽性となる.

卵巣がんの病理学がんの素因となるBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性では,対照群よりも漿液性腺がんが多くなる.がんの素因となるBRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性では,その腫瘍の90%以上が漿液性である.これに対して,がんの素因となるBRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもたない女性では,その腫瘍が漿液性である割合は約50%である[Rubin et al 1996, Aida et al 1998, Berchuck et al 1998, Lu et al 1999].漿液性腺がんは一般に悪性度が高く,上皮内リンパ球が多く,核異形成が顕著であり,核分裂像数が非常に多い[Fujiwara et al 2012].
予防的な卵巣摘出で切除した卵管に対して,注意深く組織病理学的解析を行ったところ,原発性卵管がんと卵管上皮内がんが生じやすい部位が卵管采であることが判明した.このような卵管がんの染色ではp53蛋白が陽性となることが多い.p53蛋白は漿液性がんで過剰蓄積される[Crum et al 2007].これらの所見から,卵管采が原発性卵管がんだけでなく,腹膜や卵巣の漿液性がんの原因となる可能性が示されている[Carlson et al 2008].
DNAマイクロアレイ技術を用いてBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子関連の卵巣がんと孤発性の卵巣がんを比較すると,遺伝子の発現が異なることから,分子学的に明確に異なる発がん過程を裏付ける予備的データが得られる[Jazaeri et al 2002].このアプローチにより,最終的に,別個の病理組織学的なサブタイプが確立されるかもしれない.

遺伝子型と臨床型の関連

がんのリスクは,遺伝子によってもまた,遺伝子内の変異が生じた部位によっても異なる.
卵巣がんのリスクは,BRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性より,BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性の方が高い.
BRCA2遺伝子のエクソン11にある卵巣がん多発領域(OCCR)に変異がある家系では,BRCA2遺伝子のこのほかの部位に変異がある家系よりも,乳がんに対する卵巣がんの割合が高いことが示されている.
BRCA2遺伝子陽性の患者のいる440家系の1度近親と2度近親に対して,卵巣がん,男性乳がん,膵がん,前立腺がん,結腸がん,胃がん,黒色腫の有無を調査した[Lubinski et al 2004].ここで得られた所見は以下である.

  • 卵巣がん家系では,卵巣がん多発領域以外の変異よりも,卵巣がん多発領域での変異の割合が高かった.
  • ポーランド系家系では,他の民族と比べて膵がんの発症率が低い.ここから,BRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ家系では,遺伝子における部位と民俗的背景の双方が,臨床型のばらつきの原因となることがわかった.

今日に至るまで,BRCA2遺伝子のエクソン11の卵巣がん多発領域との関連性といったこうした遺伝子型と臨床型の関連は,少数の変異陽性者を対象とした研究に基づいているため,臨床でのリスク評価や臨床管理に用いるには,十分に確立されたものとはいえない.

浸透率(がんのリスク) 


BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の浸透度は,現在,活発に研究が行われている分野である.それぞれの研究の由来する状況によって,浸透度の推定値に大きな違いが出る.特定の民族集団の多数の家系に対して,がんの素因となる同一の生殖細胞系変異を調べた研究のなかで,リスクにばらつきがあることが強力に実証されている(「頻度」の項を参照).集積されたエビデンスから,がんの素因となる生殖細胞系変異の保有者のなかに,がんを発症することなく高齢まで生存する者がいることがわかっている.がんを発症した者のなかでも,発症年齢やがんの種類などはさまざまである.がんの素因となる生殖細胞系変異の保有者に50歳以前に複数の原発性がんを発症する者がいる一方,同一のがんの素因となる生殖細胞系変異の保有者でもがんの発症が70歳以降であったり[Levy-Lahad et al 2001, Antoniou et al 2008],まったく発症しない者もいるが,なぜそうなるかは明確に説明できない.

「複数乳がん家系」(すなわち,60歳以前に乳がんを発症した血縁者が4人以上いる家系)では,とりわけ卵巣がん症例も存在する場合,変異が多いことが多く,乳がんと卵巣がん双方のリスクが高いことが示されている.Eastonら[1995]は,BRCA1遺伝子変異をヘテロ接合で有する場合の乳がん発症の生涯リスクを80%超としたが,この数値はこれまで報告された推定値で最も高いものである.しかし,このようなリスクはすべての家系でのリスクを過剰評価している可能性があるため,乳がんの家族歴で選別せずに乳がん発症リスクが40〜60%である患者を対象とする試験が示すように,重症度の低いがんの家族歴をもつ家系や「新規診断症例」(incident case)(すなわち,乳がんの家族歴をもつという基準から選択されたのでない乳がん患者)には該当しないことがある[Hopper et al 1999].このように推定されるリスクの幅が広いことに加えて,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に同一の変異をもつ家系内であっても浸透度にばらつきがあることがわかっており,ある変異をもつ人すべてに該当する「正確」なリスク評価は存在しないと考えられる.

以下にBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に変異が同定された患者のがん発症リスクをまとめた.現在,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に関連性があることが知られている良性腫瘍や身体的異常はない.

表3.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子関連がん

がんの種類

一般集団のリスク

変異のリスク

BRCA1遺伝子

BRCA2遺伝子

乳がん

12%

50〜80%

40〜70%

2番目の原発性乳がん

5年以内に3.5%
最大11%

5年以内に27%

5年以内に12%
20歳までに40〜50%

卵巣がん

1〜2%

24〜40%

11〜18%

男性乳がん

0.1%

1〜2%

5〜10%

前立腺がん

15%(北欧系)
18%(アフリカ系アメリカ人)

30%未満

39%未満

膵がん

0.50%

1〜3%

2〜7%

女性の乳がんと卵巣がん

BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異BRCA1遺伝子関連の乳がんと卵巣がんのリスクは,どちらの臓器でも上皮がんに限定されているように思われる.

  • 家族歴の有無を問わずBRCA1遺伝子変異をもつ患者を対象とする22件の地域住民調査研究をまとめて解析したところ[Antoniou et al 2003],70歳までに乳がんを発症する平均リスクは65%(95%信頼区間=44〜78%),卵巣がんについては39%(95%信頼区間=18〜54%)であった[Antoniou et al 2003].
  • 別の地域住民調査研究では,80歳までにBRCA1関連乳がんを発症するリスクは90%,卵巣がんについては24%であった[Risch et al 2006].
  • 確認バイアスを修正したところ,BRCA1変異の保有者を対象とする10件の研究のメタ解析から,70歳までに乳がんを発症する累積リスクは57%,卵巣がんについては40%であると報告された[Chen et al 2006].
  • 対側乳がん(CBC)のリスクを推定するため,遺伝性乳がん女性からなるさまざまなコホートを対象とする後向き研究が米国と欧州で数件行われた.
    • BRCA1遺伝子変異をヘテロ接合で有する場合,乳がんの初回診断から5年以内に対側乳がんを発症するリスクは27%である[Metcalfe et al 2004].
    • 乳がんの初発以降,リスクは時間とともに増加し続け,10年目の追跡調査時には20〜30%,20年目の追跡調査時には40〜50%となるとする研究がほとんどである[Robson et al 1998, Verhoog et al 2000,Kirova et al 2005, Robson et al 2005, van der Kolk et al 2010].

BRCA2遺伝子の生殖細胞系変異BRCA2遺伝子関連の乳がんと卵巣がんのリスクは,どちらの臓器でも上皮がんに限定されているように思われる.

  • Antoniouら[2003]による22件の地域住民調査研究で,70歳までのBRCA2関連リスクは乳がんで45%(95%信頼区間=33〜54%),卵巣がんで11%(95%信頼区間=4〜18%)と推定された.
  • 別の地域住民調査研究では,80歳までのBRCA2関連の乳がんと卵巣がんの発症リスクはそれぞれ41%と8.4%で[Risch et al 2006],これまで報告された卵巣がんの浸透度のなかで最も低い数値であった.
  • 確認バイアスを修正すると,BRCA2遺伝子変異をヘテロ接合で有する場合,70歳までの累積がん発症リスクは乳がんで49%,卵巣がんで18%と報告された[Chen & Parmigiani 2007].
  • 卵巣がんのリスクは,BRCA1遺伝子変異をヘテロ接合で有する場合に観察される数値よりも低いとはいえ,一般集団と比べるともずっと高い.
  • BRCA2遺伝子変異をヘテロ接合で有する場合での卵巣がんの発症は,BRCA1遺伝子変異のヘテロ接合での卵巣がん発症と比較すると,50歳以後が多い[Risch et al 2001].
  • BRCA2遺伝子変異のヘテロ接合の場合,乳がんの初回診断から5年以内の対側乳がん発症リスクは12%である[Metcalfe et al 2004].

卵管がん

BRCA1遺伝子の病的変異保有者での卵管がんの相対リスクは120に上ると報告されている[Medeiros et al 2006].

原発性腹膜がん

原発性腹膜がんの発症の累積リスクは,卵巣摘出を経た20年後に3.9〜4.3%となる[Casey et al 2005,Finch et al 2006].

男性乳がん

男性乳がんは一般に,BRCA1遺伝子変異よりもBRCA2遺伝子変異との関連が強い.

  • BRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ男性では,70歳までの乳がんの累積発症確率が5〜10%と報告されている[Fentiman et al 2006, Tai et al 2007, Evans et al 2010].
  • BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもつ男性では,70歳での乳がん発症の累積リスクは1〜2%と推定されている[Tai et al 2007].

前立腺がん.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異をもつ男性では,総じて前立腺がんの生涯発症リスクは最大で30〜39%である[Breast Cancer Linkage Consortium 1999, Risch et al 2001, Thompson & Easton 2002].

BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異

  • BRCA1遺伝子変異をヘテロ接合で有する男性では前立腺がんの発症リスクが増加し,相対リスクは約1.8と推定されるが[Thompson & Easton 2002],BRCA1遺伝子変異の部位によりリスクは大きく異なる[Cybulski et al 2008].
  • このようながんでは,通常,診断年齢の若年化は認められない[Giusti et al 2003].

BRCA2遺伝子の生殖細胞系変異

  • BRCA2遺伝子変異を持つ男性での前立腺がんの相対リスクは4.6%である[Breast Cancer Linkage Consortium 1999].

BRCA1関連の前立腺がんとは対照的に,発症年齢は通常よりも若年化し,進行度も高くなるようである[Tryggvadottir et al 2007, Edwards et al 2010].

膵がん

乳がん家系で膵がん症例が存在することは,統計的に有意なBRCA2遺伝子変異の予測因子の可能性があるが[Petersen & Hruban 2003],BRCA1遺伝子変異をヘテロ接合で有する場合にも膵がんの発症リスクが高くなることがわかっている.BRCA2遺伝子変異をもつ場合,膵がんの生涯発症リスクは2〜7%と指定されている[Breast Cancer Linkage Consortium 1999, Risch et al 2001, Thompson & Easton 2002].

黒色腫

十分に研究されているわけではないが,BRCA2遺伝子変異陽性の家系すべてではないが,幾つかの家系において,皮膚と眼球双方の黒色腫のリスクが高まる場合があることが文献で示されている[Breast Cancer Linkage Consortium 1999, Hearle et al 2003, van Asperen et al 2005].

他のがん

一貫性はないが,さまざまな種類のがんがBRCA1関連腫瘍群とみなされている[Brose et al 2002].

BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異

  • Breast Cancer Linkage Consortiumは,(65歳未満のヘテロ接合体女性に限られた数値ではあるが),膵がん(2.3),子宮体がん(2.6),子宮頚がん(3.7)の相対リスクに統計的に有意な増加を報告した[Thompson & Easton 2002].

BRCA2遺伝子の生殖細胞系変異

  • Breast Cancer Linkage Consortiumは,胆嚢がん(3.5),胆管がん(5.0),胃がん(2.6),黒色腫(2.6)における統計的有意な相対リスクの増加を報告し,胆管がん,胃がん,黒色腫については,BRCA2遺伝子変異との関連性に一貫性がないと報告した[Van Asperen et al 2005].

注:(1)子宮内膜がんとBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異との因果関係を示唆するデータには一貫性がない.このような症例では,タモキシフェンの曝露との関連が示される場合がある[Beiner et al 2007].また,(2)結腸直腸がんのリスクが増加したという初回報告は,一般に再現されていない.

個別の集団におけるがんリスク

BCA1遺伝子に185delAG変異と5382insC変異の2種類のアシュケナージ系創始者変異をもつヘテロ接合の場合,70歳までの乳がん発症リスクはそれぞれ64%(95%信頼区間=34〜80%)と67%(95%信頼区間=36〜83%)である[Antoniou et al 2005].同様の数値を卵巣がんで見た場合,14%(95%信頼区間=2〜24%)と33%(95%信頼区間=8〜50%)である.

がん家系の研究から導き出される浸透度の推定値が過剰に上昇しないようにするため,Satagopanら[2001]が新規に診断されたアシュケナージ系ユダヤ人の乳がん女性を対象として,80歳時点での乳がんの浸透度を調べたところ,BRCA1遺伝子変異のヘテロ接合体では59%(95%信頼区間=40〜93%),BRCA2遺伝子変異のヘテロ接合体では38%(95%信頼区間=20〜68%)であった.同様の研究デザインを用いてSatagopanら[2002]は,70歳時点での卵巣がんの浸透度について,BRCA1遺伝子のヘテロ接合体が37%(95%信頼区間=25〜71%),BRCA2遺伝子変異のヘテロ接合体が21%(95%信頼区間=13〜41%)と算出した.

米国ではChenら[2006]が,アシュケナージ系の676家系と非アシュケナージ系民族の1,272家系を対象にしてBRCA1遺伝子変異のヘテロ接合体における70歳までの累積発症リスクを,乳がんで46%(95%信頼区間=0.39〜0.54%),卵がんで39%(95%信頼区間=0.30〜0.50%)と算出した.

アシュケナージ系のBRCA2遺伝子変異(6174delT変異)のヘテロ接合体では,70歳までの発症リスクは,乳がんで43%(95%信頼区間=14〜62%),卵巣がんで20%(95%信頼区間=2〜35%)である[Antoniou et al 2005].
アイスランド系のBRCA2遺伝子変異である999del5変異(c.771_775delTCAAA)の乳がん発症率(浸透度)は,50歳までが17%,70歳までが37%であった[Thorlacius et al 1996].

表現促進現象

遺伝性乳がんでは,表現促進現象の報告が増えている.

  • BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異陽性の132家系に対する後向き研究では,発症年齢が母親から娘の間で統計学的に有意に低下した(7.9年).BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異とBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ場合でも,結果は同様であった[Litton et al 2012].
  • 家族性乳がん/卵巣がんの623家系を対象とする別の研究では,母親から娘の間で,診断年齢が一貫して低下していることが明らかになった.年数は,BRCA1遺伝子変異陽性患者での6.8年から,BRCA変異陽性患者での12.1年までに及んでいる.発症年齢の低下は,テロメア短縮の進行に関連している[Martinez-Delgado et al 2011].

頻度 

RCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異によって発症する遺伝性乳がん/卵巣がん(HBOC)は,遺伝性乳がん/卵巣がんの双方で最も頻度の高いものであり,すべての民族・人種集団で発症する.(アシュケナージ系を除く)一般集団でのBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異の全体的な頻度は,400人当たり1人[Anglian Breast Cancer Study Group 2000,Whittemore et al 2004b]と推定されているが,民族ごとにばらつきがある.
しかし,民族的背景ごとに,変異の頻度を直接比較する研究も少数ある[Szabo & King 1997, Liede & Narod 2002, Olopade et al 2003, Haffty et al 2006, John et al 2007].米国では,多くの研究がアシュケナージ系(中欧・東欧系)ユダヤ人を対象としている.
アシュケナージ系ユダヤ人,オランダ人,アイスランド人に固有のBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異を以下で説明するが,このほかの幾つかの民族でもBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の創始者変異は同定されている[Ferla et al 2007].
アシュケナージ系ユダヤ人.アシュケナージ系ユダヤ人では,研究の進んだ3種類の創始者変異に起因するBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異が高頻度でみられるため,遺伝性乳がん/卵巣がんの発症リスクが大幅に上昇している.アシュケナージ系ユダヤ人における以下に掲げる3種類の変異の頻度を合わせると,40人に1人となる[Oddoux et al 1996, Struewing et al 1997, King et al 2003].この頻度の高さは,アシュケナージ系ユダヤ人に遺伝子検査を勧める際に影響が出てくる(「検査手順」の項を参照のこと).

BRCA1遺伝子

  • 187delAG(NC_000017.9)変異.アシュケナージ系ユダヤ人での頻度は約1.1%[Struewing et al 1995, Oddoux et al 1996, Roa et al 1996, John et al 2007].
  • 5385insC(g.38462606dupC)変異.頻度は0.1〜0.15%と推定[Roa et al 1996].

BRCA2遺伝子

  • 6174delT変異.頻度は約1.5%[Struewing et al 1995, Oddoux et al 1996, Roa et al 1996, Struewing et al 1997].

診断時65歳未満のアシュケナージ系ユダヤ人女性におけるBRCA1遺伝子変異の頻度は8.3%である[John et al 2007].
BRCA1遺伝子の創始者変異である185delAG変異は,42歳以前に乳がんと診断されたアシュケナージ系ユダヤ人女性の20%に見つかっている[Offit et al 1996].

BRCA2遺伝子の創始者変異である6174delT変異は,42歳以前に乳がんと診断された女性の8%と,任意抽出されたアシュケナージ系ユダヤ人の1.5%に存在する[Berman et al 1996, Roa et al 1996].
オランダ人.これまで報告されてきたBRCA1遺伝子変異の大多数はごく少数の塩基に係るものであるが,オランダ人に対する研究でBRCA1遺伝子における3種類の大規模欠失が同定された.これらの欠失はサザンブロット解析で検出されたものであり,リスクの高いオランダ系の家系のうちの1家系では,変異の36%を占めていた[Petrij-Bosch et al 1997].オランダ系以外にもBRCA1遺伝子の大規模欠失が起こりうるが,より一般的に用いられているPCR法(変異スキャニング,蛋白質トランケーションテスト[PTT法],直接配列決定法など)に基づく変異スクリーニング法では同定されないこともある.

アイスランド人.BRCA2遺伝子変異である999del5変異は,アイスランド人の0.6%と,アイスランド人の乳がん女性の10.4%およびアイスランド人の乳がん男性の38%に発現する[Thorlacius et al 1998].この変異は50歳までに乳がんと診断された女性の17%,50歳以降に乳がんと診断された女性の4%に認められた.999del5変異をもつ44人のうち17人(39%)には1度近親や2度近親にがん患者がいないことから,変異が不完全浸透であることが窺われる[Thorlacius et al 1996].


鑑別診断

本稿で扱われる疾患に対する遺伝学的検査の実施可能性に関する最新情報は,GeneTests Laboratory Directoryを参照のこと.―編集者注.

症候性乳がん.以下に掲げるがん感受性症候群や遺伝子をもつ場合,乳がんリスクが高くなる.遺伝性乳がん/卵巣がんは当該家系で発症した腫瘍の種類によって多くは他の疾患と鑑別可能であるが,なかには分子遺伝学的検査が必要となることもある.

  • リ・フラウメニ症候群(LFSは,軟部組織腫瘍,骨肉腫,閉経前乳がん,脳腫瘍,副腎皮質がん,白血病を伴うがん多発症候群である.これに加えて,さまざまな種類の新生物が生じることもある.リ・フラウメニ症候群関連がんは小児期や若年成人期に生じることが多く,罹患後は複数の原発がんのリスクが高い.リ・フラウメニ症候群は,臨床診断基準を満たす場合や,家系でのがんの既往の有無にかかわらず,TP53遺伝子に生殖細胞系変異を認める場合に診断される.リ・フラウメニ症候群と臨床診断された患者の70%以上に,TP53遺伝子の生殖細胞系変異が同定される.この遺伝子は,現時点でリ・フラウメニ症候群との関連性が確証されている変異が同定されている唯一の遺伝子である.遺伝形式は常染色体優性である.
  • カウデン症候群(CSはPTEN過誤腫症候群(PHTS)の1つである.カウデン症候群は,甲状腺,乳腺,子宮内膜に良性および悪性の腫瘍を発症するリスクの高い多発性過誤腫症候群である.罹患者は通常,20歳代後半までに発症し,巨頭症,毛根鞘腫,乳頭腫様丘疹が現れる.乳がん発症の生涯リスクは25〜50%で,診断時の平均年齢は38〜46歳である.甲状腺がん(濾胞腺がんであることが多い,ときに乳頭がんのこともあるが,髄様がんは生じない)の生涯リスクは約10%である.子宮内膜がんの発症リスクはよくわかっていないが,5〜10%に達すると思われる.PTEN過誤腫症候群の診断はPTEN遺伝子変異が同定された場合にのみ下される.常染色体優性遺伝疾患である.
  • 遺伝性びまん性胃がん(HDGCは,常染色体優性で遺伝するびまん性胃がんの易罹患性を指す.びまん性胃がんとは,明らかな腫瘍塊を形成せず,胃壁の肥厚(形成性胃組織炎)をきたしながら浸潤していく低分化腺がんである.びまん性胃がんは印環細胞がんあるいは「isolated cell type carcinoma」とも呼ばれる.遺伝性びまん性胃がんの平均発症年齢は38歳である(発症年齢:14〜69歳).遺伝性びまん性胃がんの原因の30〜50%がCDH1遺伝子変異と推定される.CDH1遺伝子変異が陽性であると,40歳以前に発症する場合がほとんどである.80歳までの胃がん発症の累積リスクは,男性で67%,女性で83%である.女性の場合,乳腺小葉がん発症リスクも39〜52%となる.
  • CHEK2遺伝子.CHEK2遺伝子の1100delC多型(NM_007194.3)は,女性乳がんの発症リスクを約2〜3倍に,男性乳がんの発症リスクを10倍に高めるようである[CHEK2 Breast Cancer Case Control Consortium 2004, Bernstein et al 2006, Weischer et al 2007].後期発症乳がん家系と比べて,若年発症乳がん家系との関連性が強いことを示すデータもある.ポーランドにおける大規模な症例対照研究では,CHEK2遺伝子の3種類の創始者変異――c.1100delC変異,c.319+1G>A(IVS2+1G>A)変異,p.Ile157Thr(NM_007194.3)変異――のいずれかがあると,甲状腺がん,前立腺がん,結腸がん,腎がんの発症リスクが高まることも明らかになった [Cybulski et al 2004].
  • 毛細血管拡張運動失調(A-Tの特徴は,1〜4歳に発症する進行性の小脳性運動失調,眼球運動失行,易感染性,舞踏病アテトーゼ,結膜の毛細血管拡張,免疫不全症,悪性腫瘍の高い発症リスク(とくに白血病やリンパ腫)である.毛細血管拡張運動失調の患者は,電離放射線に対する感受性が非常に高い.常染色体劣性疾患である.

    ATM遺伝子の病原性変異をヘテロ接合で有する場合,がん発症リスクは一般集団の約4倍であり,主に乳がんのリスクが高くなる[Swift et al 1991, Easton 1994, Athma et al 1996, FitzGerald et al 1997, Stankovic et al 1998, Geoffroy-Perez et al 2001, Olsen et al 2001, Teraoka et al 2001,Chenevix-Trench et al 2002, Sommer et al 2002, Bernstein et al 2003, Bretsky et al 2003, Thorstenson et al 2003,Renwick et al 2006].がんの発症リスクは,腫瘍のタイプ,がんの発症年齢,ヘテロ接合の変異がミスセンス変異であるか短縮型変異であるかといった多数の要因にも影響されると思われる[Gatti et al 2001, Concannon 2002, Scott et al 2002,Spring et al 2002].ATM遺伝子変異をもつ女性の約15%が乳がんを発症すると推定されている[Ahmed & Rahman 2006].
  • リンチ症候群/遺伝性非ポリポーシス大腸がん(HNPCC).リンチ症候群家系でも乳がんが報告されているが,一貫した関連性は確立していない[Gruber & Petersen 2002, Muller et al 2002].最近になってWalshら[2010]は,結腸直腸がん家系登録(Colorectal Cancer Family Registry;Colon CFR)に参加している107人の乳がん患者のうち35人に,リンチ症候群に関連する遺伝子の1つに1種類の変異を認めたと報告した.免疫組織化学検査で35人のうち18人(51%)に,家系内で追跡されたミスマッチ修復(MMR)遺伝子変異に一致して,MMR蛋白が存在しないことが示された.典型的なリンチ症候群関連腫瘍が認められない家系において,乳がん組織の解析がMMR欠損の検出に有効な選択肢となりうると結論づけた.しかし,この試験デザインは限定されたものであったため,Walshら[2010]はリンチ症候群関連変異をヘテロ接合で有する患者で乳がん発症リスクが高まるかについて言及することはできなかった.リンチ症候群では卵巣がんも増加し,生涯リスクは4〜12%である.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異と関連した卵巣がんとは異なり,リンチ症候群関連腫瘍では,類内膜がんや明細胞がんが生じる確率が高い[Ketabi et al 2011].
  • ポイツ・イェガース症候群(PJSの特徴は,消化管ポリポーシスと粘膜色素沈着である.ポイツ・イェガース型過誤腫性ポリープは小腸(空腸,回腸,十二指腸の順に多い)に好発するが,胃や大腸,鼻孔にも発生することがある.Limら[2003]の報告によれば,ポイツ・イェガース症候群の女性で40歳までに乳がんを発症した患者は8%,60歳までに発症した患者は32%であった.家族歴の有無にかかわらず,STK11遺伝子(LKB1)変異が同定される患者はかなりの割合に上る.常染色体優性疾患である.
  • ブルーム症候群の特徴は,出生前と出生後の重度の成長障害,乳児期から幼児期にかけて皮下脂肪組識が極めて特徴的に低密度であること,生後の低身長であり,顔面に紅斑や日光過敏性の皮膚病変が生じる患者がほとんどである.乳がん,皮膚がん,気道消化管(頭部,頚部,食道)がん,胃腸のがんを含むさまざまながんが報告されている[Schneider 2002].BLM(RECQL3)遺伝子変異が原因である.常染色体劣性疾患である.
  • ウェルナー症候群の特徴は,多くの場合,本来,加齢とともに現れる身体症状が20歳代に生じることと,乳がん,肉腫,黒色腫,甲状腺がん,血液腫瘍などの悪性腫瘍に罹りやすいことである[Schneider 2002].WRN(RECQL2)遺伝子変異が原因である.常染色体劣性疾患である.
  • 色素性乾皮症(XPの特徴は,日光過敏症,眼球症状であり,皮膚の新生物のリスクが非常に高い.約25%の罹患者には神経症状が生じる.良性,悪性両方の皮膚病変が高率にみられる.色素性乾皮症患者の少数で,脳や脊髄の神経膠腫,肺がん,子宮がん,乳がん,膵がん,胃がん,腎がん,精巣がん,白血病が報告されている.このような患者から採取した色素性乾皮症細胞ではヌクレオチド除去修復(NER)が損なわれており,正常細胞よりも高率に紫外線による細胞死が生じやすく,不定期DNA合成が異常である.色素性乾皮症は,XPA遺伝子,ERCC3(XPB)遺伝子,XPC遺伝子,ERCC2(XPD)遺伝子,DDB2(XPE)遺伝子,ERCC4(XPF)遺伝子,ERCC5(XPG)遺伝子,ERCC1遺伝子,POLH(XP-V)遺伝子における変異との関連が知られている.常染色体劣性疾患である.
  • PALB2遺伝子.「BRCA2遺伝子のパートナーかつローカライザー(Partner And Localizer of BRCA2)」であることから命名されたPALB2遺伝子は,BRCA2蛋白と相互作用し,DNA修復にも関与する.PALB2遺伝子に生殖細胞系変異をもつ女性では,乳がんの累積リスクが2倍に増加すると推定されている[Tischkowitz et al 2007].PALB2遺伝子の生殖細胞系変異は,膵がん症例を複数認める家系で同定された変異であるが,PALB2遺伝子の生殖細胞系変異が膵がんに関与する正確なリスクは,まだ確定していない.PALB2遺伝子陽性の乳がん家系では,男性乳がんも観察されている[Casadei et al 2011, Ding et al 2011].
  • RAD51C遺伝子とRAD51関連遺伝子ファミリーは,DNA損傷修復に関与する蛋白をコードすると考えられている.RAD51蛋白は,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子などの他の多数のDNA修復蛋白と相互作用する.5種類のRAD51関連遺伝子の1つであるRAD51C遺伝子は,ファンコニ貧血様障害や家族性の乳がんや卵巣がんの双方とも関連していると報告された.しかし,相対する結果を報告する文献もある.とはいえ,RAD51C遺伝子の生殖細胞系変異と乳がん・卵巣がんとの間に何らかの関連性があることを示すエビデンスは豊富にある.

臨床医への注:本疾患に関して,個別の患者に対する「simultaneous consult」については,を参照のこと.SimulConsult(R)は患者の所見を基に鑑別診断を提供する双方向型の診断決定補助ソフトである(登録または施設からのアクセスが必要).


臨床的マネジメント

初回診断後の評価

BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子にがんの素因となる生殖細胞系変異があると診断された未発症女性には,分子遺伝学的検査の結果を開示の際に,今後の経過観察や一次病変予防の選択肢についてカウンセリングを行う.

症状の治療

BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に関連した乳がんや卵巣がんの治療は,非遺伝性の乳がんや卵巣がんの治療と同様である.米国総合がんセンターネットワーク(NCCN)のガイドラインでは,乳がんに対して最初に行う外科的治療として,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に変異がある女性では同側乳がんや対側乳がんの発症率が高いため,両側乳房切除が検討可能であるとされている.乳がんの治療に関しては,米国総合がんセンターネットワークのガイドラインを参照のこと(要登録).

一次病変の予防

乳がんをすでに発症した人.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性で,初発の乳がんに対して温存療法を受けた患者では,同側もしくは対側の乳がん発症リスクがきわめて高いことが幾つかの研究で示されており,一部の専門家は二次がんを予防する目的で,両側乳房の予防的切除を検討している[Sabel 2002].
乳房腫瘤摘除と放射線療法による乳房温存療法が選択された場合には,予防的卵巣摘出や綿密な経過観察といった他の手段が考えられうる[Pierce 2002].

発症リスクのある人.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の保有者において,がん発症リスクを低減させるための方法が幾つか提唱されている.このような予防策には,予防的乳房・卵巣摘出や化学予防がある.これらはいずれも,高リスク女性に関しては,ランダム化試験で評価されていない.しかし,予防的手術に関する後向き観察研究や前向き観察研究は多い.

予防的手術

遺伝学的に乳がんや卵巣がんを罹患しやすい人のがん発症リスクを低減する手段として,予防的手術(乳房切除と卵巣摘出)が提案されている.発症リスクの高い女性のリスク軽減手術について,その有用性を認める説得力のある報告を行っている研究は数多くあるが,手術の至適時期や術後の長期経過観察のあり方など,幾つかの重要な問題が残っている.

予防的乳房切除

  • 過去30年間にミネソタ州のメイヨー・クリニックで予防的乳房切除を受けたすべての女性を対象とする後向きコホート試験で,予防的乳房切除により乳がん発症リスクが90%低下したことが示された.メイヨー・クリニックの試験への参加女性の3分の1は濃厚な家族歴をもつとみなされたが,このような女性におけるリスク低下も試験参加者全員のリスク低下と同程度であった[Hartmann et al 1999].
  • 続いて行われた同一コホートに対するフォローアップ試験では,176人の女性についてBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の有無を検査した.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子変異の生殖細胞系変異をもつ26人のうち,追跡期間の中央値である13年間に乳がんを発症した者は皆無であった[Hartmann et al 2001].
  • より最近になって行われた研究では,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ483人について,乳がんの発症頻度が検討された.乳がんと診断されたのは,予防的両側乳房切除を受けた105人の女性では2人(1.9%),手術を受けなかった378人の対照群では184人(48.7%)であり,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性において予防的両側乳房切除が乳がん発症リスクを約90%低減させることが示された[Rebbeck et al 2004].
  • BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性では,原発性乳がんの発症後に対側乳がんのリスクが高くなるため,このような女性が診断時に温存手術ではなく両側乳房切除を選択する傾向が強くなっている[Tuttle et al 2007].

予防的卵巣摘出.幾つかの研究では,リスク低減のための卵巣摘出後,卵巣がんの発症リスクが顕著に(80〜96%)低下したと報告されている[Kauff et al 2002, Rebbeck et al 2002, Rutter et al 2003].

  • 10件の後向き症例対照研究や前向きコホート研究について行われたメタ解析では,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子関連の卵巣がんや卵管がんにおいて,統計的に有意な減少(ハザード比=0.21,信頼区間:0.19〜0.39)が示された[Rebbeck et al 2009].
    • リスク低減のために切除された組織の組織学的評価から,潜在性卵巣がんや原発性卵管腫瘍が幅広く見つかっている.この所見は手術時に卵巣と卵管をともに摘出することが妥当であることを示すものである[Leeper et al 2002, Olivier et al 2004, Powell et al 2005].
    • しかし,リスク軽減のための卵巣摘出を行っても原発性腹膜がんのリスクは残っており,手術後の発症率は約2〜4%である[Piver et al 1993, Casey et al 2005, Finch et al 2012].
  • また,Rebbeckら[2004]は予防的両側卵巣摘出を受けた女性において,乳がん発症リスクが53%低下したと報告した.これらの報告はOlopadeとArtioliによる報告[2004]に一致している.
  • 1,079人の女性を30〜35ヶ月(追跡期間中央値)を追跡した多施設共同試験では,予防的卵巣摘出を受けたヘテロ接合女性全員の乳がん発症リスクが低下したが,BRCA1遺伝子変異のヘテロ接合女性よりもBRCA2遺伝子変異のヘテロ接合女性に大幅な発症リスクの低減が認められた[Kauff et al 2008].

乳がんや卵巣がんのリスクの低減に加えて,予防的乳房切除や予防的卵巣摘出により,全生存率が改善する[Domchek et al 2010].BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性では,すべてに該当するわけではないが,ほとんどの漿液性卵巣がんが,卵巣の表面上皮ではなく卵管の遠位部に生じるというコンセンサスが広がっていることから,自然閉経時まで卵巣機能を維持するための経過措置として,両側卵管摘除の実施が真剣に検討されている[Medeiros et al 2006, Greene et al 2011].予防的手術を行う至適時期や長期経過観察のあり方など,予防的手術に関する重要な問題点は幾つか残っている.外科的閉経による副作用(血管運動性症状,腟乾燥,骨粗鬆症,心疾患の発症リスクの上昇など)も考慮しなければならない.

卵管結紮.幾つかの症例対照研究では,一般集団で卵管結紮後に卵巣がんのリスクが減少したと報告されている.13件の研究に対して行われたメタ解析では,卵巣がんが34%減少し,リスク低下が卵管結紮後10〜14年間持続したことが示された[Cibula et al 2011].BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性において,卵管結紮の効果を検討したデータはない.

化学予防

タモキシフェン.Gailモデルで乳がんの発症リスクが高いと判定された女性に対するタモキシフェン(部分的エストロゲン拮抗薬)の投与に関するランダム化臨床試験では,治療群で乳がん発症リスクが49%低下したと報告された[Fisher et al 1998].Gailら[1999]は,乳がん発症リスクが高い50歳未満の女性において,予防的なタモキシフェン投与がきわめて有効であると結論付けた.しかし,タモキシフェンはエストロゲン受容体陽性乳がんの発症率を低下させるが,エストロゲン受容体陰性乳がんの発症率は低下させなかった.BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性の乳がんはエストロゲン受容体陰性であることが多いため(「自然経過」の項を参照),タモキシフェンの有効性はBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性の方が高くなると予測される.このように,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性へのタモキシフェンの予防的投与の有効性を調べる幾つかの臨床試験が実施されている.

  • ランダム化試験のサブセット解析で,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異を遺伝的に受け継いでいるが,がんを発症していない女性に関して,乳がんの発症頻度に対するタモキシフェンの効果が評価され,タモキシフェンによりBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ健常女性において,乳がん発症リスクが62%低下することが示された[King et al 2001].
  • BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ538人の女性に対する症例対照研究では,タモキシフェンの投与が対側乳がん発症リスクの50%低下に関連していた[Narod et al 2000].
  • 最近になって行われた491人の遺伝性乳がん患者女性に対する後ろ向きコホート研究では,10年間で対側乳がん発症リスクが41%低下したことが示された[Metcalfe et al 2005a].
  • タモキシフェンはBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性での乳がんの発症リスク低下に効果的であるように思われるが,他のリスク低減手段と比べるとタモキシフェン投与の効果は限られたものである[Metcalfe et al 2005b].

タモキシフェン投与の重大な有害事象として,投与を受けていない場合と比べて,投与を受けた場合に子宮内膜がんや血栓塞栓症(肺塞栓症など)が高頻度に発症することが挙げられる.

経口避妊薬.一般集団を対象とした幾つかの症例対照研究では,経口避妊薬の使用が卵巣がん発症リスク低減と関連していた.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性に対する研究に対して行われたメタ解析では,卵巣がん発症リスクが顕著に低下し,使用期間が長くなればなるほど予防効果が高まることが示された(相対リスク=0.50,信頼区間:0.33〜0.75)[Iodice et al 2010].

  • Whittemoreら[2004]は,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ451人の女性における経口避妊薬の服用状況を調べ,経口避妊薬をこれまで使用したことのある女性では卵巣がん発症リスクが14%,長期間服用者では38%低下したことを明らかにした.これは,(一般集団と比較すると,関連性はやや弱いが)一般集団で観察された発症リスク低下に一致するものである[Whittemore et al 2004].
  • 現在(1975年以降)使用されている経口避妊薬が,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性の若年発症の乳がん発症リスクを高めるというデータはないため,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性への経口避妊薬の適用を禁忌とすべきでないことが裏付けられる[Milne et al 2005].

授乳

最近行われた研究では,BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性において,累積授乳期間が1年以上である場合,乳がんの発症リスクに統計的に有意な低下を認めた[Jernstrom et al 2004].

経過観察

高い乳がん発症リスクと若年発症の可能性があることから,遺伝性乳がん症候群の女性には乳がんスクリーニングが推奨される.

女性乳がん.リスクの高い女性において,定期的な乳房撮影を補う乳房MRIに関する研究が行われている.

  • 幾つかの前向き研究では,遺伝性乳がん症候群や乳がんの家族歴が濃厚な女性について,乳房撮影と乳房MRIを併用が研究されている.すべての研究で,乳房MRIは乳房撮影より優れた感受性を有していた.
  • 加えて,乳房MRIを用いた経過観察により,診断を受ける時点での進行度が,進行期から早期や浸潤前の段階に変化した[Leach et al 2005, Kuhl et al 2010, Sardanelli et al 2011, Warner et al 2011].
  • このような累積データの結果を受けてアメリカがん協会は,乳がん感受性遺伝子に生殖細胞系変異をもつ女性や,家族歴に基づく経験的なリスクモデルから乳がんのリスクが20〜25%超であると判定された女性に対して,年1回の乳房撮影に加えて乳房MRIを行うことを推奨している[Saslow et al 2007].
  • 最近になって米国総合がんセンターネットワーク(NCCN)は,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性に対しては,標準的なマンモグラフィーに加えて乳房MRI検査を行うとよいとの提言を行った[Daly et al 2010].

男性乳がん.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ男性は,乳がんリスクも高い.正式に認められた経過観察スケジュールは推奨されていないが,乳房自己検査のトレーニングや月1回の定期的な自己チェックが推奨されている.加えて,半年ごとの乳房触診検査や初回の乳房撮影で女性化乳房や乳腺密度の上昇が検出された場合には,継続的に毎年,乳房撮影による経過観察を行うことも推奨されている[Daly et al 2003].

卵巣がんスクリーニング.利用可能な卵巣がんスクリーニング方法(経腟超音波検査,血清CA-125濃度測定)には感度,特異性とも限界があり,卵巣がんによる死亡率の低減効果は示されていない[Clarke-Pearson 2009, Buys et al 2011].しかし,予防的卵巣摘出を選択しない女性では,35歳以降(もしくは家系で最も早い発症年齢に基づいて),半年ごとに経腟超音波検査とCA-125濃度測定を開始することを考慮してもよい.

前立腺がんスクリーニング.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ男性では,前立腺がん発症リスクが高いとみられるため,前立腺がんスクリーニングに関する選択肢について情報を提供すべきである[Burke et al 1997].

  • 米国がん協会は一般集団に対して,50歳から直腸指診と前立腺特異性抗原(PSA)検査を毎年行うことを推奨しているが,「家系的に易罹患性の高い」者を含む高リスク群には,より早期のスクリーニングを検討するよう勧めている[Mettlin et al 1993].
  • したがって,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ男性には,40歳から前立腺がんの検査を受けることが一貫して推奨されている.

膵がんスクリーニング.BRCA2遺伝子関連腫瘍の1つに膵がんが含まれるという認識が確立している.しかし,膵がんの易罹患性とBRCA1遺伝子変異の生殖細胞系変異との関連性はそれほど強くない.一般に,膵がんの症状がない人に対するスクリーニングは推奨されていないが,臨床研究レベルでは可能である.

黒色腫.皮膚と眼球の黒色腫はどちらもBRCA2遺伝子関連腫瘍に含まれているため,年1回の専門医による皮膚科と眼科の検査が推奨される.

リスクのある親族の検査

がんを罹患しやすいBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異が家系内で同定されたら,リスクのある血縁者の検査により,家系内変異陽性で定期検査を頻繁に行う必要がある血縁者を同定することができ,がんが発見された場合には早期介入が可能となる.
遺伝カウンセリングとして扱われるリスクのある親族への検査に関する問題は,「遺伝カウンセリング」の項を参照のこと.

研究中の治療法

BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子のシグナル経路を標的とした治療法の研究が進められている[Farmer et al 2005].これらの詳細についての記述は,GeneReviewの目的とするところではない.
種々の疾患に対する臨床試験についてはClinicalTrials.govを参照のこと.

その他

ホルモン補充療法(HRT).一般集団に対する研究で,閉経後女性の長期的なエストロゲン補充療法が乳がんの発症リスクを高める可能性が示されたが,閉経期症状に対する短期的な使用でのリスク増加は認められていない.しかし,ホルモン補充療法に関するランダム化プラセボ対照試験で,比較的短期間のエストロゲンと黄体ホルモンの併用でも乳がんの発症頻度が高まることが示された[Chlebowski et al 2003].
Rebbeckら[2005]は,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ462人の女性コホートについて,予防的両側卵巣摘出後のホルモン補充療法に関連する乳がん発症リスクを評価したところ,予防的両側卵巣摘出後はいかなるホルモン補充療法を行っても,手術による乳がん発症リスクの低下以上の統計的に有意な変化は認められなかったと報告した.手術後の追跡期間は3.6年であった.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ女性での続発性乳がん発症リスクについては,短期的なホルモン補充療法は予防的両側卵巣摘出の予防的効果を損なわないと結論付けられた.BRCA1遺伝子変異をもつ472人の閉経後女性を対象とするこの試験に対応する症例対照研究では,ホルモン補充療法と乳がん発症リスクの低下に関連性があるとされた(オッズ比= 0.58;95%信頼区間=0.36〜0.96) [Eisen et al 2008].

喫煙はBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系異をもつ人の乳がん発症リスクを高める危険因子ではないようである[Ghadirian et al 2004].


遺伝カウンセリング

「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」

遺伝形式

BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の遺伝形式は,常染色体優性である.

血縁者のリスク

BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異をもつ発端者の両親

  • BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に生殖細胞系変異を有する人は,ほとんど全員が親の1人から変異を受け継いでいる.
  • 変異をもつ親ががんの診断を受けていたり,受けていなかったりする理由を以下に掲げる.
    • 変異の浸透度
    • 親の性別
    • 親の年齢
    • スクリーニングや予防的手術による親のがんリスクの低減
    • 親の早期死亡
  • リスクがあるのが父系か母系かを判断するため,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ患者の両親に分子遺伝学的検査を受けるよう勧めるとよい.
  • 時に,両親のどちらにもBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異が同定されないことがある.BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の発見以降の数年間に文献報告された新生突然変異は5種類(BRCA1遺伝子に1種類,BRCA2遺伝子に4種類)であり,新生突然変異の頻度が低いことがわかっている[Tesoriero et al 1999, van der Luijt et al 2001, Robson et al 2002, Zhang et al 2011].

BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異をもつ発端者の同胞

  • 発端者の同胞全員のリスクは,発端者の両親の遺伝状況に基づく.
  • 発端症例の同胞がBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつリスクは,親の1人にBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異がある場合は50%である.
  • しかし,がんを発症するリスクは,変異の浸透度,性別,年齢などのさまざまな要因によって異なる.

BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異をもつ発端者の子

  • BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ者の子が変異を受け継ぐ確率は50%である.
  • しかし,がんを発症するリスクは,変異の浸透度,性別,年齢などのさまざまな要因によって異なる.

BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異をもつ発端者のその他の血縁者.他の血縁者のリスクは,発端者の両親の遺伝状態に基づく.親の1人がBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異をもつ場合,親本人とその血縁者にはリスクがある.正確なリスクは遺伝的近親度によって異なる.

遺伝カウンセリングに関連した問題

早期診断目的のリスクのある血縁者の検査や治療に関する情報については,「臨床的マネジメント」,「リスクのある血縁者の検査」を参照のこと.
一見,新生突然変異によって発症したかのようにみえる血縁者への配慮.常染色体優性疾患で,発端者のどちらの親にも病原性変異を認めない場合や疾患の臨床所見を認めない場合には,発端者に新生突然変異が生じた可能性がある.しかし,生物学的な父親や母親が異なる場合(生殖補助医療など)や未公表の養子縁組など,非医学的な理由の可能性も考えられる.稀ではあるがBRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子の新生突然変異が報告されている.

家族計画 

  • 遺伝リスクの判定や出生前診断を利用するかどうかに関する議論を行う最適な時期は妊娠前である.
  • 罹患者である成人やリスクのある成人が若いうちに,(子へのリスクや生殖における選択肢などの議論も含めた)遺伝カウンセリングを提供することが適切である.

遺伝的ながんリスク評価とカウンセリング.分子遺伝学的検査を用いるか用いないかにかかわらず,がん発症リスク評価によるリスク保持者の同定に関する医学的,心理的,倫理的問題については,これらの問題を総合的に扱った「がんの遺伝学的リスク評価とカウンセリング(Elements of Cancer Genetics Risk Assessment and Counseling)(米国国立がん研究所が作成したPDQ®の一部)を参照のこと.
リスクのある無症状の成人血縁者.一般に,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異の保有者の血縁者は,同一の変異を有しているリスク,分子遺伝学的検査に関する選択肢,がん発症リスク,推奨されるがんスクリーニング検査(「経過観察」の項を参照)や予防的手術)「一次病変の予防」の項を参照)について,カウンセリングを受けるべきである.
分子遺伝学的検査についてより詳しく知りたいと考える人に対しては,以下の議論を含めた検査前の教育を実施することが勧められる[American Society of Clinical Oncology 1997, Geller et al 1997, McKinnon et al 1997, 米国臨床腫瘍学会 2003]:

  • 分子遺伝学的検査を受けたいと思う動機と検査への先入観(発症リスクのある無症状の成人親族のなかには,生殖,経済的問題,職業選択といった個人的決定を行うために検査を希望することがあれば,ただ単に「知る必要がある」という理由で検査を希望する場合もある.)
  • がん発症リスクについての認識
  • (検査を希望する)個人の検査を受ける心構えや検査実施の至適時期
  • DNAバンクなどの遺伝子検査以外の方法
  • 遺伝子検査ではがんを発症しているかはわからないこと
  • (検査を希望する)個人に対するサポート態勢と,さらなる心理的サポートの必要性
  • (検査を希望する)個人のプライバシー保護と自発性の必要性
  • 検査が陽性,陰性,もしくは判断不能であった場合,以下の点について影響が考えられる.
    • がん発症リスク
    • がんスクリーニング検査のスケジュール
    • 他の血縁者のリスク
    • 保険加入や就職(遺伝情報差別禁止法が可決されたように,連邦法規や州法が健康保険加入や就職に際しての差別に反対しているとはいえ,遺伝的にがんに罹患しやすいことが判明した人は,健康保険の加入時や就職で差別を受けるおそれがある.)
    • 心理的状況(抑うつ,不安,罪悪感など)
    • 配偶者,子,親族,友人との関係

発端者で同定されたがん易罹患性の生殖細胞系変異については陰性であるが,発症リスクのある成人親族のがん発症リスクは,個人ごとに異なる危険因子により,一般集団と同程度,もしくはそれを上回ると考えられる.たとえば,家系特異的なBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の変異はないが発症リスクのある血縁者女性に,乳房生検で異型乳管過形成が見つかった場合,乳がんの発症リスクは依然として高いと考えられる.
がん発症リスクが一般集団と同等であることが確定した血縁者は,米国がん協会や米国総合がんセンターネットワーク(NCCN)が平均的なリスク保有者に推奨している適切ながんスクリーニング検査を受けることが望ましい.注:このような推定は,家系内罹患者がBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に対する分子遺伝学的検査を受けていない場合や,家系内罹患者にBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に変異が同定されていないことからBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異が同定される可能性のない場合には該当しない.
18歳未満のリスクのある無症状の血縁者への検査.遺伝性乳がん/卵巣がんでは,一般に,18歳未満のリスクのある無症状の血縁者への遺伝子検査は推奨されない.米国臨床遺伝学会と米国人類遺伝学会が共同で作成したガイドラインでは,18歳未満の場合,医学的管理に影響がある場合に限ってのみ,発症前診断目的の遺伝子検査を行うべきであるとされている.遺伝性乳がん/卵巣がん関連がんの管理については,25歳頃からの開始が勧められている.その理由は,成人期に達して独立した決断ができるようになるまで,検査を受けるかどうかを決めない方がよいとされているためである.しかし,非常に若い年齢で診断された遺伝性乳がん/卵巣がん症例も稀に報告されているため,家系で最も早い診断年齢に基づいて個別にスクリーニングを行うとよい.未成年者への成人発症疾患に対する遺伝子検査に関する米国遺伝カウンセラー学会の意見書も参照のこと.

DNAバンキングは,将来の使用のために,通常は白血球から調整したDNAを貯蔵しておくことである.検査手法や,遺伝子,変異,疾患への理解は将来改善する可能性があり,患者のDNAを貯蔵しておくことは考慮されるべきである.このサービスを行っている機関についてはDNA bankingの項を参照のこと.

出生前診断

家系で病原性変異が同定されている場合,羊水穿刺(通常,妊娠15〜18週に実施)や絨毛生検(通常,妊娠10〜12週に実施)で採取した胎児細胞から抽出したDNAを解析することにより,BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の生殖細胞系変異に対する出生前診断は技術的に可能である.
注:妊娠週数とは,最終月経の第1日から換算するか,超音波検査による計測によって算出される.
知的障害が生じることはなく,幾つかの治療が可能な成人発症疾患である(遺伝性乳がん/卵巣がんのような)がんについて,易罹患性をもつ生殖細胞系変異に対する出生前診断の要望は多くない.特に,遺伝子検査が早期診断よりも中絶を目的として考慮される場合は,医療関係者の間やと家族の間に出生前診断に対する見解の相違が生じるかもしれない.多くの医療機関では最終的には両親の意思を尊重するとしているが,この問題については注意深い検討が求められる.


更新履歴

  1. Gene Review著者: Nancie Petrucelli, MS, Mary B Daly, MD, PhD, Julie O Bars Culver, MS, Gerald L Feldman, MD, PhD, FACMG.
    日本語訳者: 櫻井晃洋(信州大学医学部遺伝医学・予防医学講座) )
    Gene Review 最終更新日: 2007.7.19. 日本語訳最終更新日: 2008.3.24.
  2. Gene Review著者: Nancie Petrucelli, MS, Mary B Daly, MD, PhD, Gerald L Feldman, MD, PhD, FACMG.
    日本語訳者: 窪田美穂(ボランティア翻訳者),櫻井晃洋(信州大学医学部附属病院遺伝子診療部)  
    Gene Review 最終更新日: 2011.1.20. 日本語訳最終更新日: 2011.3.20.
  3. Gene Review著者: Nancie Petrucelli, MS, Mary B Daly, MD, PhD, Gerald L Feldman, MD, PhD, FACMG.
    日本語訳者: 窪田美穂(ボランティア翻訳者),櫻井晃洋(信州大学医学部附属病院遺伝子診療部)  
    Gene Review 最終更新日: 2011.1.20. 日本語訳最終更新日: 2011.3.20.
  4. Gene Review著者: Nancie Petrucelli, MS, Mary B Daly, MD, PhD, and Gerald L Feldman, MD, PhD, FACMG.
    日本語訳者: 窪田美穂(ボランティア翻訳者),櫻井晃洋(札幌医科大学医学部遺伝医学)  
    Gene Review 最終更新日: 2013.9.26. 日本語訳最終更新日: 2013.12.25. (in present)

原文 BRCA1 and BRCA2 Hereditary Breast/Ovarian Cancer

印刷用

grjbar
GRJ top > 遺伝子疾患情報リスト