Gene Review著者: Ian M MacDonald, MD, CM, Thomas Lee, MD, Msc
日本語訳者: 吉村 祐実(ボランティア翻訳者),黒川徹(信州大学医学部附属病院眼科)
Gene Review 最終更新日: 2009.4.7. 日本語訳最終更新日: 2012.7.6.
原文 Best Vitelliform Mascular Dystrophy
疾患の特徴
Best Vitelliform Macular Dystrophyは,緩徐に進行する黄斑部のジストロフィー(異栄養症,異形成)である.発症は一般に小児期で,ときに10代後半のこともある.患者は病初期には視力正常であるが,その後中心視力の低下や変視症(像が歪んでみえる)を呈する.周辺部の視力と暗順応は保たれる.発症時期や視力低下の重症度は患者によりさまざまである .
診断・検査
本症の診断は,眼底所見,眼球電位図(EOG),および家族歴に基づいてなされる.患者は眼底検査で,典型的な卵黄様の黄斑部病変を呈する.病変は通常両側であるが,片側の場合もある.EOGでは,間接的に眼の静止電位を測定する.正常なlight peak/dark trough ratio(Arden ratio)は1.8より大きいが,本症ではこの比が減少(ほとんどの場合1.5未満で,典型的には1.0~1.3)する.Arden ratioは患者の年齢によって変わらない.BEST1(VMD2)は本症との関連がわかっている唯一の遺伝子である.BEST1の分子遺伝学的検査は臨床ベースで可能である.最も頻度の高い変異G383C(W93C;Swedenの大家系に由来)の解析も臨床ベースで可能である.
臨床的マネジメント
病変に対する治療:必要に応じて視力低下に対する補装具(low vision aids)の使用.脈絡膜の血管新生と出血を呈する患者に対しては,レーザー光凝固法が行われる.
調査:全年齢の患者において,年1度の眼科検査が推奨される.
回避すべき薬剤や環境:喫煙
遺伝カウンセリング
本症は常染色体優性遺伝形式である.本症と診断されるほとんどの患者の片親が罹患している.新たな突然変異の割合は不明である.患者の子どもが変異を受け継ぐ可能性は50%である.本疾患を発症させる変異のあることが明らかな家族では,出生前検査が可能である
診断
臨床診断
本症の診断は,眼底所見,眼球電位図(EOG),および家族歴に基づいてなされる.
眼底所見:患者は眼底検査において,典型的な卵黄様の黄斑部病変を呈する.病変は通常両眼であるが,片眼の場合もある.多発性の病変や黄斑外病変が,少なくとも1/4の患者に見られる(図1-3参照).
図1 黄斑部病変,Stage 2
図2 偽前房蓄膿,Stage 3
図3 黄斑部の線維性瘢痕,Stage 4
以下の臨床病期について報告されているが,すべての患者が各病期を経過して進行するわけではないことに留意する必要がある.
●stage 0:黄斑部正常.EOGで異常所見.
●stage 1:黄斑部における網膜色素上皮(retinal pigment epithelium; RPE)の障害.蛍光眼底造影でwindow defect(網膜色素上皮の部分的な脱落による過蛍光).
●stage 2:円形で境界明瞭な,黄色く不透明で均一な構造の卵黄様の黄斑部病変(vitelliform病変).蛍光眼底造影では,この病変に覆われた領域の顕著な低蛍光状態を呈する.
●stage 2a:vitelliform病変の内容が不均一になり,スクランブルエッグ様の外観を呈する.蛍光眼底造影では,不均一な過蛍光状態を伴う背景蛍光の部分的ブロックを認める.
●stage 3:偽前房蓄膿(pseudohypopyon)の段階.病変は黄色の卵黄物質の液面を形成する.蛍光眼底造影では,卵黄物質の下方への蓄積が原因の背景蛍光のブロックによる低蛍光と,その上部の低蛍光および過蛍光の混在を示す.
●stage 4a:萎縮したRPEと,それが原因の脈絡膜の透過性亢進によるオレンジ~赤色の病変.蛍光眼底造影では,蛍光色素漏出のない過蛍光状態を呈する.
●stage 4b:黄斑部の線維性瘢痕.蛍光血管造影では,蛍光色素漏出のない過蛍光状態を呈する.
●stage 4c:線維性瘢痕状の新生血管または網膜下出血の様相を伴った,脈絡膜の血管新生.蛍光血管造影では,血管新生とリークのため,高蛍光状態を呈する.
検査
電気生理学的検査
●眼球電位図(EOG)では,間接的に眼の静止電位を測定する.
注:まれに臨床的に本症の所見を認める患者およびVMD2に変異を有する患者のEOGは,正常所見のことがある.
色覚テスト:多くの本症患者は色覚異常,特に第1色盲(赤色盲)傾向を持つ.色覚異常は非特異的所見で,診断的価値はない.
Optical coherence tomography(OCT,光干渉断層計):この画像診断は本症患者の解剖学的な網膜断面を示すことができる.すなわち,本疾患の前卵黄段階である正常網膜~外層の構造の微細な異常を,また中間段階である網膜外層と網膜色素上皮複合体の分離や隆起,委縮段階の網膜と色素上皮の菲薄化を明確に示すことができる.
家族歴:本症の家族歴は常染色体優性遺伝形式に合致する.
分子遺伝学的検査
GeneReviewsは,分子遺伝学的検査について,その検査が米国CLIAの承認を受けた研究機関もしくは米国以外の臨床研究機関によってGeneTests Laboratory Directoryに掲載されている場合に限り,臨床的に実施可能であるとする. GeneTestsは研究機関から提出された情報を検証しないし,研究機関の承認状態もしくは実施結果を保証しない.情報を検証するためには,医師は直接それぞれの研究機関と連絡をとらなければならない.―編集者注.
遺伝子 BEST1は本症との関連がわかっている唯一の遺伝子である.
遺伝子座異質性 BEST1の変異が検出されなかった本症患者も報告されている.
分子遺伝学的検査:臨床的検査法
臨床検査方法
表1.本症で実施される分子遺伝学的試験の要約
検査の実施に関してはGeneTests Laboratory Directoryを参照のこと.Gene
Gene Symbol | 検査方法 | 検出される変異 | 検出率 | 実施可能性 | |
---|---|---|---|---|---|
家族歴 | |||||
陽性 | 陰性 | ||||
VMD2 | シーケンス解析 | 配列変異 | 96% 1 | 50%-70% 1,2 | 臨床ベース |
変異解析 | c.383G>C | Swedenの大家系(pedigree S1)を先祖に持つ患者の大多数 |
Reviewsは,分子遺伝学的検査について,その検査が米国CLIAの承認を受けた研究機関もしくは米国以外の臨床研究機関によってGeneTests Laboratory Directoryに掲載されている場合に限り,臨床的に実施可能としている.
GeneTestsは研究機関から提出された情報の検証および研究機関の承認状態もしくは実施結果の保証は行わない.情報を検証するためには,医師は直接それぞれの研究機関と連絡をとらなければならない.
検査結果の解釈 略
遺伝子レベルでの関連疾患
VMD2 遺伝子における変異が以下で検出されている.
ADVIRC患者は,小眼球症,小角膜,閉塞隅角緑内障,先天白内障(後嚢下白内障)および網膜ジストロフィーに罹患している.網膜ジストロフィーは,周辺の網膜色素,網膜前の白色混濁,明白な嚢胞様黄斑浮腫,網膜の新生血管,脈絡膜の萎縮および硝子体の線維系凝結を特徴とする.ERGおよびEOGは異常所見である.
自然経過
Best Vitelliform Macular Dystrophyは,小児期(時に10代後半)に発症し,緩徐に進行する黄斑ジストロフィーである.網膜所見は通常出生時には見られず,通常は5~10歳までは見られない.患者は最初,視力正常であるが,その後中心部の視力低下や変視症(像のゆがみ)を呈するのが特徴である.病状や発症年齢はさまざまである.無症状の罹患者がいる一方,はっきりと視力障害を呈する患者もいる.周辺部の視機能と暗順応は保たれる.
重症度に影響する遺伝的,環境的因子は明らかでない.
表2:Best Vitelliform Macular Dystrophyの病期別の進行度
Stage 0 & 1 | 10年で病気の変化はない. 75%の患者が20/20の視力. |
Stage 2 & 3 | 5~10年で多くの患者が進行. 大多数は視力20/40以上. |
Stage 4 | 大多数は5年以上変化なし. 4aの10%,4bの16%が4cに進行 10%は視力20/20,19%は8~10年で2段階以上の低下. |
表3:Best Vitelliform Macular Dystrophyの年齢別の進行度
40歳代以下 |
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50歳代以上 |
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病理
光学および電子顕微鏡所見では,黄斑部全体とそれ以外の網膜にも,RPE内にリポフスチン顆粒の蓄積が見られる.遺伝子型と臨床型の関連
ヘテロ接合体:遺伝子型・表現型の関係は明らかになっていない.すなわち,個々の変異と臨床的段階または視力障害との関連についての情報は少ない.しかし,最近EksandhらはV89Aの変異を有する1家系は遅発型の視機能障害(40~50歳)を呈することを示した.
MullinらはBEST1遺伝子のTyr227Asn変異および遅発型の小さな卵黄様病変の表現型を有する家族について述べている.
浸透率
本症は,EOGのみで症状の有無を判定するならば,一般に完全浸透を呈する.しかし,完全浸透ではないことを示す報告もある.
促進現象
Best vitelliform macular dystrophyでは,遺伝的促進現象は認められていない.
名称
以下の病名も用いられている.
頻度
本症はまれでその頻度は明らかでない.
本稿で扱われる疾患に対する遺伝学的検査の実施可能性に関する最新情報は,GeneTests Laboratory Directoryを参照のこと.―編集者注.
本症は,その特徴的な黄斑部所見により,容易に診断される.以下の網膜症と診断に迷う場合もある.
臨床的マネジメント
最初の診断時における評価
Best vitelliform macular dystrophyであると診断された患者の疾患の病期を判定するために,眼科検査を行う必要がある.
病変に対する治療
視力低下が著しい患者では,ロービジョンエイド(補装具)が有用である.
病期4cの眼底病変または脈絡膜新生血管および出血はレーザー光凝固法を行う. Maranoらは,視力が改善した本症患者2例の経験から脈絡膜新生血管の保存的療法について提案した.レーザー光凝固法と保存療法の有効性を比較する臨床試験は実施されていない.
Andradeらは,Best vitelliform macular dystrophy患者の中心窩下の脈絡膜新生血管(CNV)に対してベルテポルフィンを使用した光線力学療法 (PDT)を実施したところ,CNVは退化し,網膜下の出血は軽快したと報告した.その著者らは,PDTは本症におけるCNVに対する治療選択肢となりうると示唆した.
CNVに対して,ベバシズマブなどの抗VEGF(血管内皮増殖因子)製剤の使用が増加している.Leuらは,13歳のBest vitelliform macular dystrophyのCNVを伴う患者の硝子体内にベバシズマブを注射したところ,視機能の回復が促進され,CNVが消退した.この患者の長期経過はは明らかにされていない.現在,Best vitelliform macular dystrophyのCNVに対する抗VEGF製剤の有効性を示す臨床試験はない.
遺伝的カウンセリングおよび職業的カウンセリングが提供されるべきである.
経過観察
眼底病変の進行を観察するために,年に1度眼科検査を受ける必要がある.幼少患者では,弱視を予防するために,年1度の検査は重要である.
回避すべき薬物や環境
禁煙は網膜新生血管形成の予防に役立つ. [Clemons et al 2005]
リスクのある親族への検査
遺伝カウンセリングが必要とされるリスクのある親族への検査に関する問題は「遺伝カウンセリング」の項を参照のこと.
研究中の治療法
病気についての広範な臨床試験の情報は,ClinicalTrials.govにアクセスして探すことができる.
注:本疾患に関する臨床試験は行われていないと思われる.
その他
遺伝子の専門家による遺伝クリニックは,患者や家族に自然経過,治療,遺伝形式,患者家族の遺伝的発症リスクに関する情報を提供とするとともに,患者サイドに立った情報も提供する.
GeneTests Clinic Directoryを参照すること.
患者情報: 支援グループや複数疾患にまたがった支援グループについては「患者情報」を参照のこと.これらの機関は患者やその家族に情報,支援,他の患者との交流の場を提供するために設立された.
遺伝カウンセリング
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
遺伝形式:常染色体優性遺伝形式.
患者家族のリスク
発端者の両親
注:本症と診断された大部分の患者の親は罹患しているが,家族が疾患を認識できていないことにより,家族歴がないように見えることがある.
発端者の同胞
発端者の子
本症罹患者の子供がこの疾患を受け継ぐリスクは50%である.
他の家族
発端者の親の遺伝的状況による.片親が罹患していれば,その家族メンバーは罹患のリスクがある.
遺伝カウンセリングに関連した問題
明らかに新生突然変異による家族 発端者の両親が罹患していない場合は,父親が異なる場合や明らかにされていない養子縁組など,医学的要因以外の原因も考えられる.
家族計画
遺伝的リスクの評価や遺伝カウンセリングは妊娠前に行われるのが望ましい.患者家族が遺伝子検査を受ける場合も同様である.
DNAバンキング DNAバンクは主に白血球から調製したDNAを将来の使用のために保存しておくものである.検査法や遺伝子,変異あるいは疾患に対するわれわれの理解が進歩するかもしれないので,DNAの保存は考慮に値する.ことに現在用いられている分子遺伝学的検査の感度が100%ではないような疾患では特に重要である.
出生前診断
リスクのある妊娠について出生前診断が技術的に可能である. DNAは胎生16-18週に採取した羊水中細胞や10-12週*に採取した絨毛から調製する.成人発症型疾患の出生前診断の希望に対しては注意深い遺伝カウンセリングを必要とする.出生前診断を行う以前に,罹患している家族において病因となる遺伝子変異が同定されている必要がある.
注:胎生週数は最終月経の開始日あるいは超音波検査による測定に基づいて計算される.
BEST病のように知的障害を伴わず,治療法も存在する疾患に対して出生前診断を求められることは通常ない.特に遺伝子検査が早期診断よりも中絶を目的として考慮される場合は,医療関係者と家族の間では出生前診断に対する見解の相違が生じるかもしれない.多くの医療機関では最終的には両親の意思を尊重するとしているが,この問題については注意深い検討が求められる.
訳注:一般にBEST病に対して出生前診断の適応があるとは考えられておらず,日本では行われていない.