Gene Review著者: Nathan D Pankratz, PhD, Joanne Wojcieszek, MD, Tatiana Foroud, PhD.
日本語訳者: 窪田美穂(ボランティア翻訳者),櫻井晃洋(信州大学医学部附属病院遺伝子診療部)
Gene Review 最終更新日: 2006.3.15. 日本語訳最終更新日: 2008.3.24.
疾患の特徴
カナバン病は,大頭症,頭部制御不能,生後3~5ヶ月より見られる発達遅延,重度の筋弛緩を特徴とし,自力での座位姿勢保持,歩行,発語は不可能である.筋弛緩は最終的に痙性となる.食事介助が必要となる.寿命は通常20歳未満である.
診断・検査
症状のある患者のカナバン病の診断は,著しく高い尿中Nアセチルアスパラギン酸(NAA)濃度に基づく.アスパルトアシラーゼ酵素をコードするASPA遺伝子がカナバン病に関わる唯一の遺伝子である.3つのよく見られる変異で,アシュケナジーユダヤ人患者の発病型アレルの約90%と,非ユダヤ系患者の発病型アレルの約50~55%が占められる.分子遺伝学的検査は,確定診断,保因者診断,集団スクリーニング検査,出生前診断のため臨床的に用いられており,東欧系ユダヤ系に対しては第一に行われる.
臨床的マネジメント
カナバン病の治療は支持療法であり,適切な栄養水分摂取,感染症管理,気道確保が中心となる.理学療法により,拘縮の発現は最小限に抑制され,運動能力と座位姿勢保持能力は最大限に引き出される.特別な教育プログラムにより,コミュニケーション能力が増す.痙攣には抗てんかん薬が用いられる.嚥下困難がある場合には,胃瘻造設により水分栄養摂取が適切に維持される.
遺伝カウンセリング
カナバン病は常染色体劣性遺伝形式により受け継がれる.受精段階で患者の同胞が持つ発症リスクは25%,発症せずに保因者となる確率は50%,発症もせず保因者ともならない確率は25%である.両親ともにASPA遺伝子に発病型変異を1つずつ持つ場合,各妊娠でカナバン病を発症する子を持つ確率は25%である.両親それぞれに特異的なASPA発病型アレルが確認されている発症リスク25%の妊娠に対して,分子遺伝学的検査による出生前診断が可能である.両親の1人が保因者であり,もう1人は変異の有無や保因者かどうかが不明である場合,16~18週の羊水中NAA濃度の測定により出生前診断が行うことができる.
臨床診断
生後3~5ヶ月以降の乳児にカナバン病の3徴候である筋弛緩,大頭症,引き起こし反応におけるヘッドラグが認められる場合は,カナバン病を疑うべきである.
検査
N-アセチルアスパラギン酸
注:NAA排泄レベルが低いカナバン病患者もいるが,このような患者でもNAA濃度は正常とされている値の5倍から10倍である.
アスパルトアシラーゼ酵素活性
分子遺伝学的検査
遺伝子 ASPA遺伝子はカナバン病と関連のある唯一の遺伝子である.
分子遺伝学的検査:臨床的利用
分子遺伝学的検査:臨床的検査法
表1 カナバン病で用いられる分子遺伝学的検査
検査方法 | 検出変異 | 変異検出率 | ||
---|---|---|---|---|
ユダヤ系 | 非ユダヤ系 | |||
既知の変異の分析 | ASPAパネル(注1) | E285AとY231X | 98% | 3% |
A305E | 1%以下 | 40~60% | ||
433-2A-G | 1%以下 | |||
欠失・重複分析 | 1エクソン以上に及ぶ広範囲の欠失・重複 | 不明10%未満 | ||
シークエンス分析 | ASPA塩基置換 | 87% |
注1:全ての検査機関でユダヤ系の変異に対して少なくとも2アレル・パネルを用いている。3アレル・パネルの使用は多数あり,4アレル・パネルの使用も少数ある.
検査結果の解釈
検出されうる変異
変異が検出されない場合に考えられる可能性
発端者の検査手順
遺伝学的に関連する疾患
ASPA遺伝子変異が関連する他の病態は知られていない.
臨床像
自然経過
カナバン病には新生児型,乳児型,遅発型の3タイプが報告されているが,患者60人の研究では明らかに若年型といえる病態が存在する証拠は見つからなかった.むしろこの研究では,乳児期に発症する「古典的乳児型カナバン病」を典型的病態と断定しているが,病状の進行度にはかなりのばらつきがある.
大多数のカナバン病患児は,生後直後は正常に見える.生後3~5ヶ月までに,大頭症,頭部制御不能,発達遅滞が目に付き始める.発達遅滞は年とともにますます目立ってくる.カナバン病患児は特に運動能力で発達が遅滞する.人との関わり方や,笑ったり微笑んだり,物に手を伸ばしたり,うつぶせでは頭を持ち上げるといったことを習得する.ときに興奮しやすく,座ったり立ったり歩いたり話したりすることはできない.カナバン病患児では年を追うごとに弛緩は見られなくなり,代わって痙性が見られるようになる.
視神経萎縮は存在するが失明はせず,対象を目で追うことができる場合が多い.聴覚は通常損なわれない.年を追うにしたがって,睡眠障害,痙攣,摂食困難が現れることもある.経鼻経管栄養チューブもしくは永久的胃瘻造設による食事介助が必要となる場合もある.寿命は様々である.病態の臨床経過や提供される医療的看護的ケア状況により,2,3歳で死亡する患児もいれば10歳代,もしくはそれ以降の存命が可能な場合もある.
非定型カナバン病 軽症型変異(Y288C)のヘテロ接合型保因者の中には,尿中NAA濃度の軽度の上昇と軽度の発達遅滞が報告されている患者もいる.このような患者には網膜色素変性症が発症する可能性がある.
神経画像診断 乳児期に行われたCTやMRI画像検査は正常と判断されることがある.皮質下及び大脳皮質に広範性の左右対称的な白質変性が見られる.小脳と脳幹における所見はそれほど顕著ではない.
超音波検査で白質は正常脳とエコー輝度が異なっている.
Y288C変異のヘテロ接合と関連のある非定型カナバン病では,脳MRIで大脳基底核の海綿状所見やシグナル強度変化が見られない.
神経病理学 皮質下に海綿状変性が見られる.電顕所見では星状細胞の膨張とミトコンドリアの変性が見られる.
遺伝子型と臨床型の関連
カナバン病において,遺伝子型と臨床型の相関が強く見られることはない.
頻度
カナバン病は全ての人種に発症するが,大多数はアシュケナジーユダヤ人の祖先を持つ人々からの症例である.
非ユダヤ系の保因者人は不明であるが,アシュケナジーユダヤ人の保因者人よりはずっと低いと想定される.
乳児期発症性で,正常もしくは大きい頭囲と関連のある他の神経変性疾患には,アレクサンダー病,テイ・サックス病,異染性白質ジストロフィー,グルタル酸血症がある.カナバン病とこれらの疾患との鑑別には,臨床検査もしくは分子遺伝学的検査が用いられる.
脳の海綿状変性は,ウイルス感染,ミトコンドリア異常症なかでも特にリー(Leigh)症候群,またはグリシン脳症(非ケトーシス型高グリシン血症)といった代謝異常でも見られる.
非定型(軽症)カナバン病患者はミトコンドリア異常症と誤診されることもある.臨床的マネジメント
最初の診断時における評価
病変に対する治療
カナバン病の治療は支持療法であり,適切な栄養水分摂取,感染症管理,気道確保が中心となる.
理学療法により,患児は拘縮の発現を最小限に抑制し,運動能力と座位姿勢保持能力を最大限に引き出せる.コミュニケーション能力を向上させるために,(特により緩徐な臨床経過をたどる患児に対しては),他の療法が用いられる.また早期介入と特別教育プログラムも患児の役に立つ.
痙攣に対しては抗てんかん薬を用いることもある.
嚥下困難が認められる場合には,適切な栄養水分摂取を維持するために胃瘻造設が実施されることもある.
研究中の治療法
ヒト・カナバン病の表現型を呈するノックアウトマウスを用いた病態生理学的研究と遺伝子治療が試みられている.
非ウイルスベクターによるカナバン病患児2人の脳への遺伝子導入における忍容性は良好であった.多少の生化学的変化,放射線診断に見られる変化,臨床症状の変化が起きている可能性もある.
種々の疾患に対する臨床試験治験についてはClinicalTrials.govを参照のこと.
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
カナバン病は常染色体劣性遺伝で受け継がれる.
患者家族のリスク
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の子
カナバン病患者で子どもを持った人は報告されていない.
発端者の他の家族
発端者の両親の同胞が保因者であるリスクは50%である.
保因者診断
発端者の変異が同定された場合,ASPAのDNA解析により家系内のリスクのある保因者を同定することができる.生化学的測定による保因者診断は,培養皮膚線維芽細胞における複雑な酵素測定を用いるため,行われない.
集団スクリーニング
アシュケナジーユダヤ人を祖先に持つ人 アシュケナジーユダヤ人の保因者頻度が比較的高いことと,遺伝カウンセリングと出生前診断が利用できることから,出産年齢期のユダヤ系住民に対する集団スクリーニング検査が実施されている州もある.スクリーニング検査を推奨するガイドラインが出版されている(アメリカ臨床遺伝学会及び米国産科婦人科学会).このようなスクリーニングプログラムを通じて,パートナーが2人とも保因者である夫婦が,カナバン病を発症する子どもを持つ前に,自らの遺伝的状態とリスクを知ることが可能となる.そして,遺伝カウンセリングと出生前診断を通じて,このような家族は,もし彼らが選択するならば,胎児が罹患していない妊娠のみを開始することが可能である.ユダヤ系の祖先を持つ人々に対する集団スクリーニング検査では,よく見られる2~3種のASPA変異(E285A変異・Y231X変異・A305E変異)のパネルにより,ヘテロ接合型の99%の同定が期待できる.
生殖補助医療 配偶子(卵細胞もしくは精子)の提供を含む生殖医療を利用しようとする人,及び家族歴や民族的背景からASPA変異のヘテロ接合型のリスクが高い人に対しては,スクリーニング検査が提供されるべきである.配偶子を受ける人が保因者である場合は,配偶子提供者となる人々は保因者状態を確認するためにスクリーニング検査を受けることができる.遺伝カウンセリングに関連した問題
家族計画 遺伝的リスクの評価や保因者診断,出生前診断に関する議論は妊娠前に行なうのが望ましい.
DNAバンキング DNAバンクは主に白血球から調製したDNAを将来の使用のために保存しておくものである.検査法や遺伝子,変異あるいは疾患に対するわれわれの理解が進歩するかもしれないので,DNAの保存は考慮に値する.ことに現在用いられている分子遺伝学的検査の感度が100%ではないような疾患では特に重要である.
出生前診断
分子遺伝学的検査 出生前診断は分子遺伝学的検査の項で述べた方法を用いて,技術的には可能である.DNAは胎生16-18週に採取した羊水中細胞や10-12週*に採取した絨毛から調製する.出生前診断を行う以前に,罹患している家族において病因となる遺伝子変異が同定されている必要がある.
注:胎生週数は最終月経の開始日あるいは超音波検査による測定に基づいて計算される.
遺伝生化学的検査 1人が保因者で,もう1人の変異の有無もしくは保因者かどうかが不明である夫婦では,胎生週数15~18週の羊水中のNAAレベル測定による出生前診断が可能である.
着床前診断
着床前診断は家系内に発病型変異が同定された患者がいる場合に利用可能である.着床前診断を行っている施設に関しては「Testing」参照.