Gene Review著者: Liana Veneziano,PhD and Marina Frontali, MD.
日本語訳者: 吉田誠克(京都府立医科大学 神経内科)
Gene Review 最終更新日: 2016.6.9. 日本語訳最終更新日: 2016.12.19
原文 DRPLA
疾患の特徴
歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症 (DRPLA)は,小児では運動失調,ミオクローヌス,てんかん,進行性の知能低下を,成人では運動失調,舞踏アテトーゼ,認知症や性格変化をきたす進行性の疾患である.発症年齢は1歳未満から72歳であり,平均発症年齢は31.5歳である.臨床症状は発症年齢により異なる.成人の主要症状は運動失調,舞踏アテトーゼ,認知症である.小児の主要症状は,進行性の知能低下,行動障害,ミオクローヌス,てんかんである.
診断・検査
DRPLAの診断はそれを疑わせる臨床症状,DRPLAの家族歴を有する発端者,あるいは分子遺伝学的検査にてATN1 (DRPLA)遺伝子のヘテロ接合体病的CAGリピートの伸長を同定することにより確定する.DRPLA患者のCAGリピート数は48~93回である.
臨床的マネジメント
対症療法:てんかん発作には標準的な抗てんかん薬(AED);精神症状には適切な抗精神病薬;失調に対するリルゾールやリハビリテーションによる症状の治療;認知症の程度に応じた環境と介護の整備;小児に対しては適当な教育プログラム.
回避すべき薬剤/環境:一般的な麻酔薬は術中あるいは術後のけいれんを増加させる可能性がある.
遺伝カウンセリング
DRPLAの遺伝形式は常染色体優性である.罹患者の子が伸長したCAGリピートを受け継ぐリスクは50%である.子に遺伝するリピート数は親のリピート数と変異遺伝子を有する親の性別によって異なる.家系で診断が確立している場合は分子遺伝学的検査を用いて,リスクの高い妊娠に対する出生前診断の実施が可能である.
DRPLAに関する正式な臨床診断基準はない.
本病を示唆する所見
歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)は,以下の臨床症状(年齢別),頭部MRI所見,家族歴を示す患者において疑われる.
注:(1) DRPLAの家族歴がないことが診断を除外するわけではない.(2) DRPLAはアジア系以外ではきわめてまれである[Tsuji 2012].
確定診断
DRPLAの診断は,それを示唆する臨床所見とDRPLAの家族歴をもつ,あるいは分子遺伝学的検査にてATN1にヘテロ接合体でCAGリピートの伸長を特定された発端者において確定される(表1を参照).
注:失調性疾患の診断に対する総合的な検査方針についてはvan de Warrenburgら[2014]と"遺伝性失調症総説"に記載されている.
アレルの大きさ
分子検査手法は典型的には標的変異解析を行う.検査はATN1のトリプレットリピートをPCR法で増幅したのち,ゲルもしくはキャピラリー電気泳動を行う.
注:(1)一般にCAGリピート疾患において,高度に伸長したアレル(通常CAGリピート数100回超)はPCR法で検出できないことがあり,PCR解析で見かけ上ホモ接合体の患者の高度に伸長したアレルを同定するためには追加的な検査(サザンブロット解析やtriplet repeat primed [TP] PCR[Warner et al 1996])が推奨される.(2)配列解析により検知可能なバリアントはDRPLAとの関連はない.
表1 DRPLAに用いられる分子遺伝学的検査
遺伝子1 | 検査法 | 本法により決定される病原性バリアントを保有する発端者の割合2 |
---|---|---|
ATN1 | 病的バリアントに対する標的変異解析 | 100% |
臨床像
歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症 (DRPLA)は,小児おいては運動失調,ミオクローヌス,てんかん,および知能障害を,成人においては運動失調,舞踏アテトーゼ,認知症あるいは性格変化をみとめる進行性の疾患である.DRPLAの発症年齢は乳児から成人後期に及ぶ(0~72歳;平均年齢31.5歳)[Hasegawa et al 2010].罹病期間は平均8年(0-35年)で死亡年齢は平均49歳(18-80歳)である[Hasegawa et al 2010].臨床像は発症年齢により異なる.小児の主要な症状は運動失調,知能障害,行動変化,ミオクローヌス,てんかんで,成人の主要な症状は運動失調,舞踏アテトーゼ,認知症である[Tsuji 2012].
発症年齢を問わず,運動失調と認知症が主症状であることがいくつかの研究で示されている[Ikeuchi et al 1995b].
20歳未満で発症する患者は通常,ミオクローヌス,けいれん,運動失調,進行性の知能障害を特徴とする進行性ミオクローヌス(PME)型を示す[Naito & Oyanagi 1982, Ikeuchi et al 1995b,Tsuji 2012].様々な全般性けいれんの発作型(強直性,非強直性,間代性,強直間代性)も観察される.[Tsuiji 2012].
けいれんは発症年齢が20~40歳の患者においては頻度が下がる.発症年齢が40歳以上でCAGリピート数が65未満の患者ではけいれんはまれである[Hasegawa et al 2010,Tsuji 2012].
発症年齢が20歳以降の患者では,小脳性運動失調,舞踏アテトーゼ,認知症,精神障害を呈する傾向がある(非PME型).患者によっては,不随意運動や認知症によって運動失調の存在がマスクされることがある.精神症状が主症状となる場合もある[Adachi et al 2001].
頚部ジストニアが主症状であった1家系の報告がある[Hatano et al 2003].
神経画像.小脳と脳幹,特に橋被蓋の萎縮性変化がDRPLAの典型的なMRI所見である.定量的解析により,MRIを施行した年齢と伸長CAGリピート数の大きさが萎縮の程度に相関していることが明らかにされている.
経過の長い成人発症のDRPLA患者では,深部白質のびまん性高信号域が T2強調MRIにて観察されることが多い[Koide et al 1997].18F-FDG-PETにおける両側線条体のグルコース代謝の低下が2人の思春期前発症の患者で報告された;この所見は晩期発症の患者では認められなかった[Sone et al 2016].
病理所見:主要な神経病理学的変化は比較的単純で,歯状核赤核路と淡蒼球ルイ体路の複合変性からなる.大脳白質病変は剖検にて記載されており、びまん性のミエリン染色性の低下,軸索の保持,軽度の動脈硬化性変化しか伴わない反応性グリオーシスが認められる[Muños et al 2004].組織学的には,他のポリグルタミン病と同様に,ニューロンに核内封入体が認められる[Mori et al 2012a,Mori et al 2012b].
DRPLAの病理についてのさらなる情報についてはMolecular Genetic Pathogenesisを参照.
遺伝子型と臨床型の関連
ヘテロ接合体. 一般に,発症年齢とATN1における伸長CAGリピートには反比例関係が認められる[Koide et al 1994, Ikeuchi et al 1995b] (表2を参照).
注:ATN1のCAGリピート数の範囲は重複しており,その境界は明確には定義されていない.
表2. 発症年齢とATN1リピート数との相関関係
発症年齢 | ATN1 CAGリピート数 | |
---|---|---|
範囲 | 中央値 | |
21歳未満 | 63-79 | 68 |
21-40歳 | 61-69 | 64 |
40歳以上 | 48-67 | 63 |
20歳未満での発症は進行性ミオクローヌスてんかん(PME)型と,20歳以上の発症は非PME型と関連しているため,臨床症状はCAGリピート数と強く関連する.CAGリピート数が65未満の罹患者と65以上の罹患者における頻度の高い症候についてはHasegawaら[2010]がまとめている.
ATN1のCAGリピート数が90~93回[c.1462CAG(90_93)]と極端に多いアレルをもつ乳児発症の重症例が報告されている[Shimojo et al 2001].
ホモ接合体. 比較的小さな両アレルのATN1の伸長CAGリピートをもつ罹患者が1名報告されているが,発症は14歳であり,量的効果の可能性が示唆される[Sato et al 1995].
浸透度
伸長アレルは完全浸透であるが,軽度のCAGリピート数の伸長(51回)をもち,81歳まで無症状だった症例が1例のみある[Hattori et al 1999].
用語
DRPLAは,年齢依存性の発症と著明な遺伝性を最初に観察した医師にちなんでNaito-Oyanagi病とも呼ばれる[Kanazawa 1998].ノースカロライナ州のアフリカ系アメリカ人のDRPLAの大家系はHaw River症候群と呼ばれてきた[Burke et al 1994a, Burke et al 1994b].
頻度
日本人におけるDRPLAの頻度は全国規模の調査により10万人中0.48人と推定されている[Tsuji et al 2008].正常ATN1アレルのサイズの分布の解析では,日本人では17回超のCAGリピートが認められる頻度がヨーロッパ系の人種よりも顕著に高いことが示された.これは他の民族と比べて日本人にDRPLAが多いという観察に合致している[Takano et al 1998].
DRPLAは日本人に発症しやすいことが報告されているが,分子学的に確定されたDRPLAはヨーロッパや北南米といった他の民族でも同定されている[Burke et al 1994b,Le Ber et al 2003,Martins et al 2003,Wardle et al 2009,Paradisi et al 2016].あるイタリア家系の解析ではDRPLAに関連するハプロタイプは日本人とポルトガル人のハプロタイプに非常に類似することが示され、創始者効果が示唆される[Veneziano et al 2014].
米国ではまれであるが,ノースカロライナ州にアフリカ系アメリカ人の大家系が特定されており[Burke et al 1994a,Burke et al 1994b]、さらに2家系目も特定されている[Licht & Lynch 2002].
遺伝的関連疾患
このGeneReviewで議論されている以外の表現型についてはATN1における病原性バリアントと関連するものは知られていない.
運動失調,認知症,舞踏アテトーゼ(非PME表現型)を呈する成人発症の歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)患者に対しては以下の疾患を鑑別する:
ハンチントン病およびHuntington disease-like 1(「遺伝性プリオン病」を参照)やHuntington disease-like 2といったハンチントン病類似の表現型.DRPLAをハンチントン病から鑑別する際には運動失調の存在が重要となる.非PME表現型のDRPLA患者は,最初はハンチントン病と診断されることがあるが,これは患者の主な臨床症状が不随意運動と認知症であり,運動失調がマスクされるためである.初期症状として運動失調が画像診断における小脳や脳幹(とりわけ橋被蓋)の萎縮とともにみられることが鑑別診断の際に重要となる.尾状核の萎縮はハンチントン病の診断を支持する所見である.説明不可能な進行性の認知症や不随意運動を呈する患者においては,ハンチントン病,Huntington disease-like phenotype,およびDRPLAに対する遺伝学的検査が必要な場合が多い.
運動失調. CAGリピートの伸長が軽度なDRPLA患者[c.1462CAG(49-55)]では,特に病初期において認知症・舞踏アテトーゼ・人格変化を伴わない運動失調などの純粋な小脳症状を示す傾向があり,DRPLAの臨床診断が困難である.このような患者では,原因遺伝子が同定されている常染色体優性遺伝の運動失調症(SCA1,SCA2,Machado-Joseph病[SCA3],SCA6,SCA7,SCA17)や,原因遺伝子が同定されていないその他の常染色体優性遺伝の運動失調症(SCA)がある(「運動失調概説」を参照)などその他の原因による小脳失調症を鑑別する必要がある.
進行性の知能低下,ミオクローヌス,てんかん. 若年発症DRPLA患者(20歳未満)に対しては,以下の疾患の鑑別を要する(Malek et al [2015]):
初期診断後の評価
歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)と診断された患者の疾患および必要性の程度を確立するためには,以下の評価が推奨される:
対症療法
以下のことが適切である:
経過観察
経過観察は疾患の進行に基づいて個別に行う
避けるべき薬剤や環境
一般的な麻酔は術中および術後けいれんの危険性が高まる[Takayama et al 2002]
リスクのある血縁者に対する検査
リスクのある血縁者の検査に関連する問題については「遺伝カウンセリング」を参照.
妊娠に対するマネジメント
いかなる原因であれ,一般的にてんかんあるいはけいれん性疾患に罹患している女性は非罹患妊婦と比較して妊娠中の死亡のリスクが高い;妊娠中の抗てんかん薬の使用がこのリスクを低下させる.しかし,抗てんかん薬への暴露は胎児に有害な結果をもたらす危険性を高める(使用する薬物,投与量,服薬時の妊娠時期による).それにもかかわらず,薬剤暴露により胎児にもたらされる有害な結果のリスクは治療を行っていないけいれん性疾患の母親によりもたらされる有害な結果のリスクと比較すればしばしば小さいものである.したがって,妊娠期間中の抗てんかん薬の使用は一般的には推奨される.妊娠期間中に使用する抗てんかん薬のリスクとベネフィットに関する議論は理想的には妊娠前に行うべきである.妊娠前によりリスクの小さい処方に変更することも可能かもしれない[Sarma et al 2016].
妊娠期間中のリルゾールの使用についてはヒトでは十分に調べられていない.全妊娠期間を通してリルゾールを服用した女性で健常な子供を出産した症例もあれば,成長障害をきたした子供を出産した症例もある[Kawamichi et al 2010, Scalco et al 2012].
妊娠期間中の薬剤使用に関するさらなる情報についてはmotherbaby.orgを参照のこと.
研究段階の治療法
大規模な疾患に対する臨床研究に対する情報についてはClinicalTrials.govを参照のこと.
注:本疾患に関して臨床治験はないと思われる.
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
DRPLA は常染色体優性の遺伝形式をとる.
患者家族のリスク
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の同胞におけるリスクは両親の遺伝学的状態による
発端者の子
発端者の他の家族
その他の血縁者のリスクは発端者の両親の遺伝学的状況に依存する:両親の1人が罹患している,易変異性の正常アレルをもつ,もしくは完全浸透アレルを持っていることが判明した場合,その血縁者にはリスクがある.
遺伝カウンセリングに関連した問題
家族計画
リスクのある成人血縁者の検査.
発症前診断(無症候性のリスクのある個人に対する検査)
年少者における発症前診断(18歳未満のリスクのある無症状者の検査など)
DRPLAの診断が確定した家系において,症状のある患者に対する確定診断はその年齢に関係なく適切とみなされる.
DNAバンキング は,将来利用する可能性があるという理由で,(通常は白血球から調整した)DNAを貯蔵しておくことである.検査手法や,遺伝子,変異,疾患の解明が将来進展する可能性は十分あり得ることなので,患者のDNAを貯蔵しておくことを検討するべきである.
出生前診断と着床前診断
ATN1(DRPLA)のCAGリピートの伸長が家族内の罹患者で同定された場合は,DRPLAの妊娠のリスクがあるために出生前診断と着床前診断は選択肢となりうる.Gene Review著者: Liana Veneziano,PhD and Marina Frontali, MD.
日本語訳者: 吉田誠克(京都府立医科大学 神経内科)
Gene Review 最終更新日: 2016.6.9. 日本語訳最終更新日: 2016.12.19(in present)
原文 DRPLA