GRJ top > 遺伝子疾患情報リスト

grjbar

遺伝性プリオン病
(Genetic Prion Dieases)

[Synonyms: Transmissible Spongiform Encephalopathies, TSEs(伝達性海綿状脳症)]

Gene Review著者: James A Mastrianni, MD, PhD
日本語訳者: 江田 肖(瀬戸病院 遺伝診療科),櫻井晃洋(札幌医科大学附属病院遺伝子診療室)
Gene Review 最終更新日: 2014.1.2 日本語訳最終更新日: 2016.9.14

原文 Genetic Prion Disease


要約

疾患の特徴 

遺伝性プリオン病は通常、認知障害、運動失調とミオクローヌス(筋群および/または四肢の不随意運動)を呈する。これらの症状の発症順序、優位性および合併する精神神経症状は患者によって異なる。家族性クロイツフェルト・ヤコブ病(Familial Creatzfeldt-Jakob disease, fCJD)、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー(Gerstmann-Sträussler-Scheinker, GSS)症候群、および致死性家族性不眠症(fatal familial insomnia, FFI)は遺伝性プリオン病の主な表現型である。

注:ハンチントン病類縁疾患1型(HDL-1)はプリオン病の第四の表現型として報告されていた。しかし、この報告はたった1家系によるもので、根本的な臨床所見はGSSにも分類できる。遺伝性プリオン病の四つの表現型において、臨床的、病理学的特徴は重なるが、鑑別診断は、患者や家族に余命予測などの情報を提供する際に有用である。遺伝性プリオン病の発症年齢は30歳代から90歳代まで、幅がある。発症からの余命は数ヶ月から数年(一般的に5~7年、稀に10年以上)である。

診断・検査

PRNPは遺伝性プリオン病と関連する唯一の遺伝子である。遺伝性プリオン病の確定診断には、PRNP病的変異の存在が必要である。PRNP遺伝子配列解析では、すべての病的変異を検出できないため、PRNP病的変異がなくても、ヒト遺伝性プリオン病から除外することができない。

臨床的マネジメント 

対症療法:
てんかん発作に対しdyphenyhydantoinやcarbamazepineを含む抗てんかん薬、ミオクローヌスに対しclonazepam、嚥下障害に対し永久的栄養チューブの使用は患者個々の状況に応じる。患者のマネジメントプランを立てる際に、ソーシャルワーカーが一緒に参加する。

二次感染の予防
内視鏡検査、脳生検などの外科的処置を行う際に注意が必要である。二次感染を予防するために、使用したすべての器具は適切に除染もしくは破棄すべきである。

サーベイランス
定期的に各合併症(嚥下障害、介入性感染、およびその他の病的症状)に対する検査を行う

避けるべき薬剤/環境:
プリオン病を特異的に悪化させる薬剤はまだ知られていないが、一般の認知症と同様に、抗コリン薬および高度な抗コリン作用のある抗ヒスタミン剤は回避すべきである。

開発中の治療法
臨床試験では、quinacrineはCJDに有効性を示せなかった。いくつかの研究段階の治療法(抗Prp抗体、RNA阻害によるDNAサイレンシングや抗アミロイド剤)は動物実験による検証が行われている。

遺伝カウンセリング 

遺伝性プリオン病は、常染色体優性遺伝の形式をとる。患者の多くは罹患した親を持つ。しかし、新規突然変異(de novo)による患者もいる。遺伝性プリオン病における新規突然変異率は分かっていない。PRNP病的変異を持つ患者の子は50%の確率で変異遺伝子を受け継ぐ。家系内変異が事前に同定されていれば、出生前診断は可能である。
(訳注:日本国内では本症に関する出生前診断は実施していない)


GeneReviewの範囲

下記の疾患は遺伝性プリオン病に含まれる。
  • 家族性クロイツフェルト・ヤコブ病(fCJD)
  • ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー(GSS)症候群
  • 致死性家族性不眠症(FFI)

診断

臨床診断

遺伝性プリオン病は、家族性クロイツフェルト・ヤコブ病(fCJD)、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー(GSS)症候群、および致死性家族性不眠症(FFI)を含む。注:ハンチントン病類縁疾患1型(HDL-1)は第四の表現型として報告されていた。しかし、この報告の症例数が少なく、根本的な病理学的特徴はGSS症候群にも分類できる[Moore et al 2001]。
現在、各表現型はそれぞれ別の疾患ではなく、遺伝性プリオン病の臨床的、病理学的所見の範囲を表していると考えられている。各表現型の鑑別は診断とケアに有用である。遺伝性プリオン病の正式な診断基準はまだ確立されておらず、非遺伝性CJDの診断基準が遺伝性プリオン病の一般的評価に用いられている。
遺伝性プリオン病の診断は以下の項目からなされる。

ほかに、脳波図(EEG)、脳画像診断や脳脊髄液(CSF)検査は診断の補助材料として有用であるが、それらだけでは確定診断にはならない。これらの検査は治療法のある中枢神経系疾患を評価するために良く実施される(鑑別診断の項を参照する)。これらの検査は多く検証されており、非遺伝性プリオン病(例:孤発性CJD)の診断に最も有用であることを強調したい。しかし、遺伝性プリオン病において、これらの検査の信頼性には注意すべきである。

孤発性CJDのWHO診断基準

Figure1.孤発性CJD(sporadic CJD, sCJD)の修正WHO診断基準

ほぼ確実例(probable 下記項目をすべて満たす。

  • 急速進行性認知症
  • 下記4項目中2項目以上を満たす。
    • ミオクローヌス
    • 視覚または小脳症状
    • 椎体路もしくは椎体外路症状
    • 無動無言
  • 下記項目1つ以上を満たす。

a. 周期的EEG
b. 発症2年未満の患者において、脳髄液中14-3-3タンパク陽性(もしくは全tauタンパクの著しい上昇、eg: 1200-1500pg/mL以上)
c. 拡散強調画像法(DWI)もしくはFLAIR(fluid-attenuated inversion recovery)法の脳MRIで、大脳基底核(もしくは*大脳皮質リボン)における高信号異常

  • 通常の検査で他疾患を示唆する所見がない

注:*は著者がWHO診断基準を修正したものである。tau値は3000pg/mL以上の可能性もある。

疑い例(possible) 下記項目全てを満たす。

  • 進行性の認知症
  • 下記2つ以上を満たす
    • ミオクローヌス
    • 視覚または小脳症状
    • 椎体路または椎体外路症状
    • 無動無言
  • 上記(a-c)検査のうち、いずれかが陰性である
  • 発症してから2年未満
  • 通常の検査で他疾患を示唆する所見がない

確実例(definite) 下記のいずれかもしくは両方を満たす。

  • 病理組織学的に、海綿状変性およびグリオーシスを認める 
  • ウェスタンブロット法で、プロテアーゼ耐性プリオンを認める

注:これはCJDだけの病理組織学診断であり、プリオン病のほかの表現型には使用できない(自然歴の項を参照)


分子遺伝学的検査

GeneReviewsは,分子遺伝学的検査について,その検査が米国CLIAの承認を受けた研究機関もしくは米国以外の臨床研究機関によってGeneTests Laboratory Directoryに掲載されている場合に限り,臨床的に実施可能であるとする. GeneTestsは研究機関から提出された情報を検証しないし,研究機関の承認状態もしくは実施結果を保証しない.情報を検証するためには,医師は直接それぞれの研究機関と連絡をとらなければならない.―編集者注.

遺伝子 PRNPは遺伝性ヒトプリオン病の唯一の原因遺伝子である。

臨床検査

表1.遺伝性プリオン病の診断に使用される分子遺伝学的検査の概要

遺伝子1 検査方法 検出される変異2 当該遺伝子変異の割合3
PRNP シークエンス解析4 シークエンス変異 不明5
病的変異を標的
とした解析
1~9回の過剰なオクタペプチド反復配列
(Pro-His-Gly-Gly-Gly-Trp-Gly-Gln)
不明
  1. 遺伝子座位またはタンパク質はTable A.遺伝子とデータベースを参照する。
  2. アレル変異は分子遺伝学を参照する。
  3. 表示された遺伝子における変異の検出能力である。
  4. シークエンス解析で検出できる変異は微小な遺伝子内欠失/挿入、ミスセンス、ナンセンス変異、スプライスサイト変異がある。一般的に、エクソンや全遺伝子欠失/重複が検出できない。
  5. 〝遺伝学的に伝達する〝プリオン病を診断するには、PRNP病的変異の存在が必要である。しかし、イントロンおよびその隣接領域におけるシークエンス解析ではすべての病的変異を検出できない。よって、病的変異がなくても、遺伝性プリオン病との診断から除外することができない。

検査の特徴

PRNP病的変異の確認は遺伝的に伝達するヒトプリオン病の診断に必須であるため、可能なシークエンス解析結果を考慮することは重要である。

検査手順

発端者における確定診断のための検査 病的変異を標的とした解析、もしくは全PRNP遺伝子シークエンス解析によって、PRNP病的変異が確認されることは必須である。


臨床像

遺伝性プリオン病は通常、認知障害、運動失調とミオクローヌス(筋群および/もしくは四肢全体の突然の痙攣性の動き)を呈する。しかし、発症の順序、症状の優位性および合併する精神神経症状は遺伝性プリオン病の各表現型やPRNP病的変異によって異なる。発症年齢は30歳代から90歳代まで幅がある。特記すべきは、13歳にプリオン病を発症したp.Pro105Thr病的変異を有する患者の報告がある。しかし、この症例において、病理学的診断は記載されていない [Rogaeva et al 2006]。10歳代で発症する報告は初めてで、この患者の血縁者の発症年齢は50歳代や60歳代である。また、神経学的所見はCJD様であり、散在性の海綿状変性および一部の単一性プラーク(unicentric plaque)様沈殿を伴うと報告されている[Polymenidou et al 2011]。

発症からの余命は数ヶ月から数年(一般的に5~7年、稀に10年以上)である。肺炎(誤嚥によるものがほとんど)もしくは尿路性敗血症による感染症が主な死因である。

分子レベルで疾患機序が解明されるずっと以前から、遺伝性プリオン病の典型的な表現型(fCJD,GSS及びFFI)は、臨床的および神経病理学的所見から明らかにされている。ハンチントン病の臨床的特徴を有する一部の家系からPRNP病的変異が検出されたことによって、プリオン病の臨床的スペクトルが拡大した。これらの表現型はプリオン病としての連続体であり、特徴は重なるが、ヒト遺伝性プリオン病の一部との考えは、患者および家族に予想される臨床経過に関する情報を提供する際に有用である。

家族性クロイツフェルト・ヤコブ病(fCJD) は進行性の錯乱と記憶障害に続き、運動失調とミオクローヌスが現れる。fCJDは通常30歳代から50歳代に発症するが、30歳前にもしくは80歳代に発症する患者もいる。発症して、数ヶ月から5年以内に死に至る。末期の患者は通常、寝たきり状態で、ミオクローヌス発作以外に、無言無動である。
認知障害は最初に、軽度な錯乱もしくは言語や構成能力のような、ある特定の大脳皮質機能障害として現れる。しかし、これらの症状は最終的に全般的認知症となる。神経行動学的症状は疾患の進行によって異なる。妄想や幻覚などの精神症状も現れる。

運動失調は体幹的もしくは四肢的なもので、日常では不安定歩行や動きの鈍さ(例えば食事中に塩入れを取る際に)、もしくは進行性の構音障害(不明瞭な発語)が見られる。運動失調が進行すると、患者は頻繁に転倒し、怪我防止のために車椅子が必要となる。

いつもとは限らないが、ミオクローヌスは通常認知障害の後に明らかとなる。ミオクローヌスは局部から、徐々に全身に広がる。拍手やライトをつけるなどの単純な動きでも、〝Startle myoclonus″(驚愕ミオクローヌス)を引き起こす。例え事前に周囲からの注意があっても、患者は驚愕反応を抑えることができない。

ほかの神経学的所見と症状としては、局部もしくは全身性の筋力低下、硬直、運動緩慢、震え、舞踏病、エイリアンハンド症候群、脳卒中様症状、視覚障害および発作が報告されている。

Gerstmann-Sträussler-Scheinker (GSS)症候群 は通常、40歳代から60歳代に不安定歩行と軽度な構音障害のような潜在性の小脳機能不全として現れる。認知障害は早期では通常不明瞭である。しかし、進行とともに、精神緩慢(思考プロセスの緩慢)は明らかとなる。大脳椎体路が関与する拘縮および/もしくは椎体外路が関与する運動緩慢、歯車様拘縮(cogwheeling)を伴うもしくは伴わない筋緊張の増加と仮面様顔貌はよく見られる。通常、精神学的もしくは行動学的症状はない。GSS症候群は、比較的に緩やかであるが、数年から7年、もしくはそれ以上の時間にわたって、確実に進行する。小脳機能不全の結果として、重度な構音障害、歩行および四肢運動失調、眼球運動失調と嚥下協調性の欠如が生じる。認知能力の低下、特に集中力と注視力の低下は末期に明らかとなる。末期において、患者は意識が保たれているにもかかわらず、運動失調による寝たきり、重度な嚥下協調性の欠如によって摂食不能となり、さらに構音失調によってコミュニケーションができなくなる。このような進行様式は、GSS症候群が脳幹から徐々に大脳全体に広がるためである。

致死性家族性不眠症(FFI)は通常中年(40~50歳代)に、睡眠時間の減少をはじめ、徐々に重症化し、潜在性もしくは亜急性の不眠症となる。患者は通常、睡眠時に鮮明な夢を見る。次第に、自律神経機能障害が生じ、血圧の上昇、一時的な過換気、過度な流涙、性機能および尿路機能障害、および/あるいは基礎体温の変化が現れる。脳幹が関与する上方視能力の低下、複視、律動性追視運動、または構音障害は一部の患者に見られる。数ヶ月の進行に続き、体幹および/もしくは四肢の運動失調を呈する。

思考処理の速度が落ち、それは皮質下認知症によくみられる。また、記憶障害の程度は時に変化する。しかし、ほかのより顕著な特徴に比較して、認知能力は末期までにある程度保たれている。症状の進行に伴い、睡眠時間が少なくなり、運動失調が増悪し、錯乱がより顕著となり、最終的に目覚めているにもかかわらず、昏睡状態となり、死に至る。プリオン病のほかの表現型と同様に、ほとんどの患者において、衰弱による摂食困難および気道確保ができなくなることは直接な死因である。一般的にFFIの発症からの余命は12~16ヶ月であるが、数ヶ月から5年と幅がある。

神経病理学 遺伝性プリオン病の各表現型において、比較的に特徴的な神経病理学的変化が見られる。GSSでは、抗PrP抗体に染色多される大量なアミロイド斑、FFIでは限局的視床ニューロンの喪失とグリオーシス、fCJDではニューロン細胞死を伴う広範囲の海綿状変性がある。HDL-1関連病態では、一部の患者にPrpを含むプラークの沈着、ほかの患者に海綿状変性が見られるため、上記3つの表現型とは異なる病像であることに留意する。現時点でHDL-1の特徴は良く分かっていない。

各表現型の特徴や神経病理学所見は100%特異的ではないが、症例によって明白である場合もある [Gambetti et al 1999Kovacs et al 2002,Liberski et al 2005]。

遺伝型‐表現型の相関

Mastrianni [1998]Gambetti et al [1999], 及び Kovacs et al [2002]はそれぞれの遺伝性プリオン病における遺伝型‐表現型の相関に関する詳細を報告した。

家族性CJD(fCJD) fCJDを引き起こすPRNP単一遺伝子変異は複数報告されている(正常多型p.Val129を伴う病的変異p.Asp178Asn、および病的変異p.Val180Ile, p.Thr183Ala, p.Glu200Lys, p.Arg208His, p.Val210Ile, p.Met232Arg)。Table 2を参照のこと。

GSS  病的変異は、p.Pro102Leu, p.Pro105Leu, p.Ala117Val, p.Tyr145Ter, p.Gln160Ter, p.Phe198Ser, 及びp.Gln217Argを含む。Table 2を参照のこと。

FFI  ハプロタイプ(p.Asp178Asn + 正常多型 p.Met129)はFFIを引き起こす唯一の遺伝性変異である。
p. His187Arg  p.His187Arg病的変異による若年発症や神経精神障害および前頭側頭側様症状が報告されている[Hall et al 2005]。

挿入型病的変異はfCJDとGSSの表現型に関連している。これらの挿入はすべてPRNP遺伝子にプロリン、グリシンおよびグルタミンが多く存在する不安定な領域に生じる(分子遺伝学の項を参照する)。正常PRNPアレルはノナペプチドの後に4つのオクタペプチド重複配列の構造を取る。これらのオクタペプチドは全て、Pro-(His/Gln)-Gly-Gly-Gly-(-/Trp)-Gly-Glnのアミノ酸配列を持つ。オクタペプチドをコードする塩基配列は異なる可能性があるため、このような繰り返し配列は24個の塩基配列ではなく、通常1つのオクタペプチドとして定義する。

遺伝性プリオン病の家系に1~9回の過剰なオクタペプチド重複配列が検出されている。オクタペプチドの重複回数は表現型と相関すると考えられている。

一部のオクタペプチド挿入変異を有する家系において、患者によって明らかな違いが見られることに注意する [Mead et al 2006]。

コドン129における正常/疾患修飾多型 PRNPのコドン129における正常多型(c.385A>G)はアミノ酸のメチオニン(Met; p.Met129もしくはバリン(Val; p.Val129)をコードする。北ヨーロッパ出身の祖先をもつ患者の約50%がMetもしくはValのホモ接合体であるのに対し、孤発性CJD患者の80%-90%は ホモ接合体である。

浸透率

PRNP病的変異p.Glu200Lys と p.Val210Ileでは、幅はあるが、通常浸透率は年齢に依存する。すなわち、年齢が高ければ高いほど、発症の可能性が高くなる。しかし、患者の両親や血縁者にPRNP病的変異を有するにも関わらず、発症していない変異保有者と遭遇するのもしばしばである [Kovacs et al 2005]。興味深いことに、p.Val180Ile変異はほとんどの晩年発症のCJD患者に認められる唯一の変異である [Kovacs et al 2005]。

PRNPにおけるほかの病的変異は完全浸透で、65歳以下に完全な症状が出現する。

表現促進現象

表現促進現象は認められていない。

病名

歩行および四肢の拘縮を伴う多発性硬化症を意味する痙性仮性硬化症は以前、劇症型CJDに使われていた。

ハイデンハイン亜型(Heidenhain's variant) は、非遺伝性プリオン病の約10%を占める特徴的なCJDに使用される用語である。失明、ぼやけ及び/もしくは視野のゆがみ(例:壁が曲がっているように見える)などの視覚症状が見られる。これらの症状は早期の大脳後頭葉の関与が原因である。このタイプのプリオン病において、拡散強調MRIでは、最初に大脳後頭葉の高信号が見られる。

頻度

遺伝性プリオン病は稀である。世界中で、遺伝性および非遺伝性プリオン病の年間発生率は1~1.5人/百万人である。しかし、米国では毎年新規にプリオン病と診断される患者は300人以上である。プリオン病の中で、遺伝性プリオン病はおおよそ10%を占めている。

p.Glu200Lysとp.Asp178Asn変異は遺伝性プリオン病の最も頻度の高い遺伝子変異であり、前者は中東(リビアのユダヤ人)と東欧(スロバキア)に集中するが、後者は世界中に見られる [Kovacs et al 2005]。

イタリアでは、 p.Val210Ile と p.Glu200Lys が頻度の最も高い遺伝子変異であり、報告されたプリオン病の約18%はこの二つの遺伝子のいずれかが関与する[Ladogana et al 2005]。

遺伝学的に関連した疾患

遺伝性プリオン病以外に、PRNP遺伝子変異による疾患はまだ知られていない。

PRNP 遺伝子p.Met232Argによるレビー小体型認知症に関する報告が一件ある。この変異と表現型の相関はまだ不明であるが[Koide et al 2002]、追跡情報がないことから、相関する可能性は低い。


鑑別診断

本稿で扱われる疾患に対する遺伝学的検査の実施可能性に関する最新情報は,GeneTests Laboratory Directoryを参照のこと.―編集者注.

ほかのプリオン病 プリオン病の約10%は遺伝的に伝達しうるが、残りは不明なリスク因子やプリオン感染によるものである。非遺伝性プリオン病には、孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病((sCJD)、医原性CJD (iatrogenic CJD, iCJD)、変異型CJD (variant CJD, vCJD)、孤発性致死性不眠症(sporadic fatal insomnia , sFI)および、最近報告された可変プロテアーゼ感受性プリオン病(variably protease-sensitive prionopathy, VPSPr) [Gambetti et al 2008]を含む。ニューギニア原始文化の人食い風習で感染されるプリオン病、すなわちクール―病(Kuru)は歴史的に重要な意義を持つ。

関連脳症を伴う橋本病、辺縁系脳炎のような傍腫瘍性症候群、および/もしくは全身性CNS脈管炎、多発性硬化症、中毒(ビスマスを含む重金属)、および代謝異常も考慮しなければならない。


臨床的マネジメント

初診時の評価

遺伝性プリオン病と診断された患者に下記の追跡評価項目が推奨されている。

症状に対する治療法

治療は合併症による不快感の緩和を目的とする。

進行期および終末期に多くのことを決める必要があり、ソーシャルワーカーによる評価は家族が患者のマネジメントプランを決める際に必須である。診断情報は家族にとっては重要であるため、死後解剖を考慮すべきである。

二次的合併症の予防

遺伝性プリオン病の一部は、非遺伝性プリオン病のように他の人に伝播する可能性がある。そのため、患者に外科的処置(例:内視鏡検査、脳生検)を行う際に注意する必要がある。ほかの人にプリオン病を伝播しないように、使用後の手術器具は適切に除染もしくは廃棄すべきである。

サーベイランス

罹患者に対しては、嚥下困難、併発感染およびほかの合併症を評価するために、定期的な診察を行う。

回避すべき薬剤/環境

プリオン病を特異的に増悪する物質は知られていない。しかし、すべての認知障害に対し、抗コリン作用の高い抗コリン剤および抗ヒスタミン剤は回避すべきである。

リスクのある血縁者の評価

リスクのある血縁者の検査は「遺伝カウンセリング」の項目を参照のこと。

周産期の健康管理

プリオン病患者の妊娠に関する報告はない。もし、プリオン病の妊婦がいる場合、胎児の安全や生存能力、母体の余命(病的変異および発症年齢によって推測する)に基づき、妊娠中に最善な措置を決めるべきである。

研究中の治療

抗マラリア薬のキナクリン(quinacrine)は培養組織に効果がみられ、有望な治療薬として米国とイギリスに治験を行った。しかし、いずれの治験でもプリオン病の進行抑制や症状改善に有効性が認められなかった。

抗PrP抗体、RNA阻害剤による遺伝子サイレンシング、または抗アミロイド剤(Anle138b[Wagner et al 2013])を含むいくつかの研究レベルの治療法は動物モデルを用いて、検証を行っている。

臨床研究に関する情報はClinicalTrials.govを参照のこと。
訳注:日本国内の情報はhttp://prion.umin.jp/index.htmlを参照のこと)

その他

米国国内のすべてのプリオン病症例の登録と記録は国立プリオン病サーベイランスセンターに管理されている。すべてのプリオン病の疑い症例についても、センターに報告する必要がある。
訳者注:日本国内では、厚生労働省(http://www.mhlw.go.jp)に届出を提出する必要がある。)

遺伝性プリオン病の患者は隔離される必要はない。すべてのプリオン病は汚染された神経組織の摂取や投与によって伝播する可能性があるが、一般的に患者との緊密な接触による感染はしない。症状のある患者の体液はバイオハザード廃棄物として扱うのが望ましい。

抗ウイルス療法の効果は検証されたが、その有効性は認められていない。
アムホテリシンB、ポリ硫酸ペントサンなどの複数の薬剤は動物実験の前に効果がみられたものの、齧歯類動物の研究において、有効性を示した臨床結果が得られていない。


遺伝カウンセリング

「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」

遺伝形式

ヒト遺伝性プリオン病は常染色体優性遺伝形式をとる。

患者家族のリスク

発端者の両親

発端者の同胞 

発端者の子

発端者の他の家族

遺伝カウンセリングに関連した問題

神経疾患の家族歴のない患者における分子遺伝学的検査 Goldman et al [2004]は神経疾患の家族歴のない患者にプレカウンセリングを行うことの重要性を強調した。プレカウンセリングによって、患者の家族は遺伝学的検査を受けるための準備をし、検査結果を受け入れるための「インフォームド・ディシジョン」ができる。

リスクのある未発症成人の検査 分子遺伝学的検査の項に記載されている検査法を用いる。しかし、これらの検査法は発症年齢、重症度、症状のタイプあるいは進行の予測に有用ではない。未発症の血縁者に検査を行う前に、家系内罹患者の分子学的診断を確定しなければならない。

確実な症状が現れる前に病的変異の有無を調べる検査を、発症前診断という。リスクのある未発症者は、生殖、経済またはキャリアプランに関する問題を決断するために、発症前診断を希望するかもしれない。しかし、単に「知りたいから」との動機から発症前診断を希望する人もいる。発症前診断は通常、検査前に面談を行い、検査の希望動機、遺伝性プリオン病に関する知識、陰性もしくは陽性の結果による影響、および検査希望者の精神状態を評価する。発症前診断の希望者は、健康、生命、障害保険、雇用や教育差別、または社会や家族との相互作用における変化に関して、起こりうるすべての問題について、カウンセリングを受けるべきである。ほかに考慮すべき問題としては、検査結果が他の血縁者のリスク状態に影響を与えることである。インフォームド・コンセントを取得し、その記録は機密として保持すべきである。

陽性結果の患者には、長期的フォローアップと評価を受けるための準備が必要である。

リスクのある未成年者(18歳以下)の検査 リスクのある未発症の未成年者(18歳以下)に対し、成人発症疾患の発症前診断を行うべきではない。症状のない未成年者の遺伝学的検査を反対する根本的な理由としては、検査によって、本人の知る・知らない権利が奪われ、家族や社会において、「遺伝性プリオン病」という烙印を押され、本人の今後の教育およびキャリアに深刻な影響を与えうることが挙げられる。また、プリオン病に予防法がないことも反対する理由のひとつである。

米国遺伝カウンセラー協会の「未成年者に対する成人発症疾患の遺伝子検査の意見書」、および米国小児科学会と米国臨床遺伝学会の意見書である「子どもの遺伝子検査およびスクリーニングにおける倫理的政策的課題」を参照のこと。

明らかな新規突然変異の家系について 常染色体優性遺伝形式の病的変異を有する発端者の両親のいずれも遺伝子変異もしくは臨床所見がなければ、新規突然変異が考えられる。しかし、第三者の精子・卵子による妊娠(生殖補助医療)や公開していない養子縁組を含む非医学的要素も考える必要がある。

家族計画

DNAバンク DNAバンクは主に白血球から調製したDNAを将来の使用のために保存しておくものである。検査法や遺伝子,変異あるいは疾患に対するわれわれの理解が進歩するため,罹患者のDNAを保存することは考慮すべきかもしれない。
 
出生前診断

家系内におけるPRNP病的変異が確定されていれば、遺伝性プリオン病のリスクのある妊娠に対し、出生前診断や着床前診断は選択肢となる。

遺伝性プリオン病のような成人発症の疾患に出生前診断を行うのは一般的ではない。出生前診断の適応、特に妊娠中絶を目的とする場合は、医療専門家や家族において、考え方が異なるかもしれない。ほとんどの医療機関は出生前診断を親の選択肢として考えているが、これらの問題について議論を重なるのが適切である。

訳注:本疾患に対して出生前診断の適応があるとは考えられていないし,着床前診断も行われていない。


関連情報

 http://www.cjdnet.jp/


分子遺伝学

下記の記述は最新の情報が含まれているため、GeneReviewsに記載されているほかの情報と異なる場合がある。

Table A 

遺伝性プリオン病:遺伝子とデータベース

遺伝子記号 遺伝子座 タンパク質 座位特異性 HGMD
PRNP 20p13 主要プリオンタンパク Prion Protein/CJD database
PRNP database
PRNP

Table B 

OMIMにおける遺伝性プリオン病の関連情報(View All in OMIM)

123400

CREUTZFELDT-JAKOB DISEASE; CJD

137440 GERSTMANN-STRAUSSLER DISEASE; GSD
176640 PRION PROTEIN; PRNP
245300 KURU, SUSCEPTIBILITY TO
600072 FATAL FAMILIAL INSOMNIA; FFI
603218 HUNTINGTON DISEASE-LIKE 1; HDL1

遺伝子構造 正常PRNPは2つのエクソン、計756個のヌクレオチドのコード領域を持つ。詳細な遺伝子やタンパクの情報は、Table A、遺伝子の項を参照する。

正常アレル多型 プリオン病の異罹患性に関係のないPRNP正常変異は複数検出されている。しかし、これらの変異は表現型を孤発性プリオン病から遺伝性プリオン病に転換させる働きがある(Table 2を参照)。これらの変異にp.Met129Val(遺伝子型-表現型の相関の項を参照)、p.Glu219Lys、p.Asn171Serおよび単一のオクタペプチド重複配列[Palmer et al 1993]の欠失が含まれる。これらの変異はプリオン病の発症に関与しないが、コドン129のホモ接合体はプリオン病の易罹患性を上昇させ、また塩基置換によって、この多型部位は、プリオン病の表現型に影響を与えると思われている。p.Glu219Lysは日本人集団に限られているが、プリオン病の発症に予防的である。p.Asn171Serは病的変異p.Asn178Aspが原因であるfCJDの表現型に影響を与え、顕著な精神症状をもたらすと最近報告されている[Appleby et al 2010]。

正常アレルは51から91個のアミノ酸残基の重複領域を持ち、51番残基から始まるPro-Gln-Gly-Gly-Gly-Gly-Trp-Gly-Glnとのノナペプチドをコードする。このノナペプチドの後に、60番残基から始まるPro-His-Gly-Gly-Gly-Trp-Gly-Glnとのオクタペプチドが4回続く。これらのオクタペプチド配列は不安定であり、病的変異が生じる際に複製される。このオクタペプチドをコードする塩基配列が僅かに異なる可能性があるため、この領域における塩基配列は通常特異的ではない。

病的アレル変異 多くの病的変異が知られている(遺伝型‐表現型の相関の項を参照)。下記は3つの主要な病的変異である。

Table 2

選択されたPRNP変異

変異の分類 DNAヌクレオチドの変化 予測されるタンパク質の変化 参考配列
正常多型/
疾患修飾
24-bp欠失 オクタペプチドの欠失
NM_000311.3
NP_000302
c.385A>G p.Met129Val
c.512A>G p.Asn171Ser
c.655G>A p.Glu219Lys
病的変異 オクタペプチド重複
c.305C>T p.Pro102Leu
c.314C>T p.Pro105Leu
c.313C>T p.Pro105Ser
c.313C>A p.Pro105Thr
c.350C>T p.Ala117Val
c.435T>G p.Tyr145Ter
c.478C>T p.Gln160Ter
c.532G>A p.Asp178Asn
c.538G>A p.Val180Ile
c.547A>G p.Thr183Ala
c.560A>G p.His187Arg
c.593G>C p.Phe198Ser
c.598G>A p.Glu200Lys
c.623G>A p.Arg208His
c.628G>A p.Val210Ile
c.650A>G p.Gln217Arg
c.695T>G p.Met232Arg1

注:上記に記されている変異は著者が提示したものであり、GeneReviewsはその内容に対し、検証を行っていない。

正常遺伝子産物 プリオンはDNA翻訳時に小胞体(ER)に移行する、253個のアミノ酸からなるタンパクである。プリオンがいったん小胞体に入ると、最初の23個のアミノ酸(シグナル配列はこの部分に位置する)は切断される。最後の23個のアミノ酸はグリコシルホスファチジルイノシトールアンカーが付加するシグナルであり、これによってプリオンは細胞表面に付着する。オクタペプチド重複配列は51番目と90番目のアミノ酸の間に存在する。また、プリオンは2つのアスパラギン糖鎖付加サイトを持つ。正常プリオンの働きは分かっていないが、シナプス形成、銅の細胞内輸送や細胞シグナル伝達に関わると考えられている。プリオンには2つのアイソタイプが存在し、すなわち正常型PrP(PrPc)と変異型(スクレピー誘発型)PrP(PrPSc)である[Prusiner 1998]。アミノ酸配列は全く同じであるにも関わらず、この2つのタンパクの生化学的特徴が異なる。PrPcはα-helixの構造を取るが、PrPScの40%はβ-sheetの構造を持つ。PrPcは非変性洗剤に可溶であるが、PrPScは不溶である。PrPcはプロテアーゼに分解されるが、PrPScはプロテアーゼ耐性をもつ。

異常遺伝子産物 異常プリオンが存在する場合、正常プリオンは不安定となり、PrPScの構造に変化していくと推測されている。PrPScは正常プリオンPrPcとの複合体の立体配座テンプレートとして働く。PrPScの蓄積による細胞毒性の機序はまだ分かっていない。


更新履歴:

  1. Gene Review著者: James A Mastrianni, MD, PhD
    日本語訳者: 江田 肖(瀬戸病院 遺伝診療科),櫻井晃洋(札幌医科大学附属病院遺伝子診療室)
    Gene Review 最終更新日: 2014.1.2 日本語訳最終更新日: 2016.9.14 [in prenset]

原文 Genetic Prion Disease

印刷用

grjbar

GRJ top > 遺伝子疾患情報リスト