Gene Review著者:Barbara A Konkle, MD, Neil C Josephson, MD, and Shelley Nakaya Fletcher, BS.
日本語訳者:窪田美穂(ボランティア翻訳者),櫻井晃洋(札幌医科大学医学部遺伝医学)
Gene Review最終更新日:2014.6.5.日本語訳最終更新日: 2014.1.18
原文 Hemophilia B
要約
疾患の特徴
血友病Bの特徴は第IX因子の凝固活性の欠損であり,この欠損のため外傷,抜歯,もしくは手術後に毛細血管性出血が延長したり,創傷治癒までの止血遅延や再出血が起こる.出血エピソードの診断年齢と頻度は,第IX因子の凝固活性値と相関している.診断・検査
血友病Bと診断されるのは,第IX因子の凝固活性が低い場合である.第IX因子をコードする遺伝子であるF9遺伝子の分子遺伝学的検査を通じて,血友病B患者の99%以上で病的変異が同定される.臨床的マネジメント
症状に対する治療:評価,教育,遺伝カウンセリング,円滑な臨床管理のため,米国内外にある約140の連邦血友病治療センター(HTC)へ患者を紹介すること.指導を行い,両親による在宅自己注射後,患者自身による自己注射ができるようになることが極めて重要である.特に重症患者には,出血が生じてから1時間以内に遺伝子組換え型,もしくは血漿由来の第IX因子濃縮製剤を投与すると最も効果的である.遺伝カウンセリング
血友病Bの遺伝形式はX連鎖性である.発端者の同胞のリスクは,母親の保因者状態によって異なる.保因者女性が各妊娠でF9遺伝子の病的変異を遺伝する確率は50%である.病的変異を遺伝した息子は発症し,病的変異を遺伝した娘は保因者となる.罹患男性から娘には必ず病的変異が遺伝するが,息子には遺伝しない.リスクの高い血縁者の保因者診断とリスクの高い妊娠の出生前診断は,血縁者のF9遺伝子の病的変異が同定されているか,リスクの有無を判定できる遺伝子内連鎖マーカーが同定されている場合には可能である.臨床診断
臨床所見に基づいて血友病Bと診断することはできない.以下の所見を呈する患者に凝固障害が疑われる.検査
出血スコア.出血障害が疑われる患者への診断支援用の出血スコアが開発された.国際血栓止血学会議がコンセンサスをまとめ,出血評価ツール(Bleeding Assessment Tool[ISTH BAT];www.isth.org)を作成した.現時点では,スコアが陰性の患者や,研究に参加している患者を除く出血障害の患者にとって,BATが最も有効なツールである[James & Coller 2012]. 凝固スクリーニング検査.出血障害が疑われる場合,血小板数,活性化部分トロンボプラスチン時間(aPTT),プロトロンビン時間(PT)を検査する.トロンビン時間や血漿フィブリノゲン濃度は稀少疾患の診断に有用である.出血時間や血小板機能分析器(による閉鎖時間)の測定は,感受性や特異性が不十分であるため,血小板障害のスクリーニングとしては推奨されないが[Hayward et al 2006],任意抽出集団でフォンウィルブランド病を除外する際には有用であると思われる[Castaman et al 2010].注:幾つかの検査機関では,軽症の出血障害を診断できるほどaPTT検査の感受性が高くないこともある.凝固因子測定.生後から出血傾向を認める場合は,凝固スクリーニングがすべて基準範囲内であっても,個別の凝固因子測定を行うこと.
分子遺伝学的検査
GeneReviewsは,分子遺伝学的検査について,その検査が米国CLIAの承認を受けた研究機関もしくは米国以外の臨床研究機関によってGeneTests Laboratory Directoryに掲載されている場合に限り,臨床的に実施可能であるとする. GeneTestsは研究機関から提出された情報を検証しないし,研究機関の承認状態もしくは実施結果を保証しない.情報を検証するためには,医師は直接それぞれの研究機関と連絡をとらなければならない.―編集者注.
遺伝子.F9遺伝子は血友病Bを発症させる病的変異が生じる唯一の遺伝子である. 臨床検査 英国では,F9遺伝子の臨床現場での分子学的解析に関するガイドラインが確立している[Mitchell et al 2010 (全文)].
表1.血友病Bに対して用いられる分子遺伝学的検査
遺伝子1 | 検査方法 | 検査方法ごとの病的変異を有する発端者の割合 | |
---|---|---|---|
罹患男性 | 保因者女性 | ||
F9 | 配列解析2 | ~100%3,4, 5,6,7,8 | 97%3,9 |
欠失・重複解析10 | 3%4,11 | 3% |
検査手順
発端者で血友病Bの診断を確立するためには,第IX因子の凝固活性を測定しなければならない. リスクのある血縁者の遺伝カウンセリングに関する情報を獲得するためには,発端者に分子遺伝学的検査を行い,F9遺伝子の家系特異的な病的変異を検出する.罹患者に検査ができない場合には,絶対的保因者女性を検査してもよい. 孤発例として現れている患者でF9遺伝子の病的変異が同定できると,臨床像の予測や,第IX因子に対するインヒビター産生リスクの評価に役立つ.(「遺伝型と臨床型の関連」を参照). (a)血友病B患者,(b)家系特異的な病的変異が不明の血友病Bの家族歴を有する女性には,通常,変異(や連鎖)が確認されるまで,以下の手順で分子遺伝学的検査が行われる.注:家系内でF9遺伝子の病的変異が同定されないまま保因者診断を実施すると,リスクのある血縁者にも陰性結果が出ることがあり,有用性は低い.
遺伝的に関連のある疾患
第IX因子のプロペプチド領域内の特定のミスセンス変異は,翻訳後のγ-カルボキシル化グルタミン酸残基生成に係わるγ‐カルボキシラーゼの結合能を変化させ,ワルファリンへの感受性を高める[Oldenburg et al 2001]. ある1家系では,機能獲得型のミスセンス変異(p.Arg384Leu)が第IX因子の循環量を増加させ,若年での静脈血栓症の発症数の顕著な増加と関連していることが示された[Simioni et al 2009].このアミノ酸変化は,現在,遺伝子治療に関する臨床試験で用いられている第IX因子の構築体の1つに組み入れられている[Finn et al 2012].臨床像
自然経過
未治療患者の血友病Bの特徴は,外傷,抜歯,手術直後の出血や出血の延長,毛細血管性出血の延長や,初回止血後の出血の再開である[Fogarty & Kessler 2013, Josephson 2013].初回の外傷から4,5日後に筋血腫や頭蓋内出血が起こりやすい.抜歯後の断続的な毛細血管性出血が数日間,もしくは数週間続くことがある.手術後には出血が延長したり,止血が遅延したり,創傷血腫が形成されることが多い.環状切除後の血友病B男性では,重症度を問わず,毛細血管性出血が延長することがあるが,治療を行わなくとも正常に治癒することもある.重症血友病Bでは,関節の自然出血が最も多く生じる症状である. 出血エピソードの診断年齢と頻度は,第IX因子の凝固活性値と相関している(表2参照).重症度にかかわらず,出血エピソードは成人期と比べて小児期や青年期に多い.このような高い頻度は,ある程度,成長の早い時期での身体の活動性レベルと脆弱性に関連している.
重症血友病Bの患者は通常,(分娩・新生児期の処置の結果)新生児期に診断されるか,1歳までの時期に診断される[Kulkarni et al 2009].治療を行っていない幼児には小さな口腔内損傷や,軽く頭部をぶつけただけで生じる大きな「こぶ」からの出血が頻発するが,これは重症血友病Bに最も多く現れる症状である.頭部損傷から頭蓋内出血が生じることもある.未治療の小児には,ほぼ常時,皮下血腫が生じる.非事故性外傷でないかを調べるため,検査が勧められることもある
小児が成長して活動性が高まると,予防治療プログラムを行っていない場合には,関節からの自然出血が生じる回数が増える.関節からの自然出血や深部筋血腫では,腫脹の前に,まず疼痛やひきずり足歩行が生じる.重症血友病Bの未治療の小児や若年成人には,1ヶ月に平均2~5回,自然出血エピソードが生じる.自然出血が最も起きやすい部位は関節であるが,その他,筋肉,腎臓,消化管,脳,鼻にも出血が起きる.予防治療を行わなければ,重症血友病B患者の出血は延長したり,軽い損傷や手術,抜歯による疼痛や腫脹が過剰となる.中等症血友病B患者が自然出血を起こすことはめったにないが,比較的軽度の外傷から出血エピソードが起こりやすくなることがある.(侵襲的処置を受けることにした場合),事前に治療をしなければ,比較的軽度の外傷後に毛細血管性出血が延長したり,止血が遅延したりするため,通常,5~6歳前に診断される.
第IX因子濃縮製剤の投与を要する出血エピソードが起きる頻度は,1ヶ月に1回から1年に1回までとばらつきがある.その他の出血徴候や出血症状は,重症血友病B患者に類似している.
軽症血友病B患者に自然出血エピソードは生じない.しかし,治療を行わないと,手術,抜歯,大損傷で異常出血が起こる.出血エピソードの頻度は,年1回から10年に1回とばらつきがある.軽症血友病B患者では,後年になって手術や抜歯を行ったり,大外傷が生じるまで診断されないことが多い.保因者女性.第IX因子の凝固活性が30%未満に低下している保因者女性には,通常,軽症血友病男性と同等の出血リスクがある.しかし,ベースライン時の第IX因子凝固活性が30~60%の場合,異常出血はより軽度となる[Plug et al 2006].
表2.未治療の血友病B患者における重症度ごとの関連症状
臨床的重症度 | 第IX因子の凝固活性1 | 症状 | 通常の診断年齢 |
---|---|---|---|
重症 | <1% | 頻回の自然出血;軽度外傷,手術,抜歯後の出血過多や出血の延長. | 年齢:2歳以下 |
中等症 | 1%-5% | 自然出血は稀;軽度損傷,手術,抜歯後の出血過多や出血の延長. | 年齢:5~6歳未満 |
軽症 | 5~40%超 | 自然出血は生じない.大損傷,手術,抜歯後の出血過多や出血の延長. | 後年になって止血困難な状況が生じてから診断される場合が多い. |
未治療出血の合併症.出血関連の死因では頭蓋内出血が最多である.出血による障害の最も大きな原因は慢性関節疾患である[Luck et al 2004].現在行われている凝固因子濃縮製剤による治療により,血友病Bの小児・成人患者の余命は正常化し,慢性関節疾患も減少した.このような治療が可能になる以前は,重症血友病B患者の寿命の中央値は11歳であった(現在でも,幾つかの開発途上国での患者の寿命は11歳である).HIVによる死亡を除き,適切な治療を受けている重症患者の寿命は63歳であり[Darby et al 2007],凝固因子の補充療法により大幅に改善した[Tagliaferri et al 2010].
その他.1960年代中頃からの出血エピソードに対する治療の主流は第IX因子濃縮製剤であり,当初はドナー血漿由来のみであった.1970年代後半までに精製度の高い製剤が入手できるようになり,血栓形成リスクが低下した.1990年までにウイルス不活化方法と血漿のドナースクリーニングが導入され,その後すぐに遺伝子組換え型の第IX因子濃縮製剤が導入された[Monahan & Di Paola 2010].2013年には2番目の遺伝子組換え型の第IX因子濃縮製剤がFDAの承認を受けた.濃縮製剤からHIV感染が起きたのは1979年から1985年までである.こうした患者の約半数は,有効なHIV療法が誕生する前にAIDSにより死亡した.
初期の血漿由来濃縮製剤によるB型肝炎は,1970年代,ドナーに対するスクリーニングとその後のワクチン接種により消滅した.1980年代後半までに血漿由来濃縮製剤を投与されたことのある患者の大多数が,C型肝炎ウイルスの慢性保因者となった.1990年までに濃縮製剤に対するウイルス不活化方法とドナーに対するスクリーニング検査が開発され,血漿由来の濃縮製剤からのC型肝炎感染は根絶された.
血友病Aと比べ,同種免疫性のインヒビターが産生されることは少ない.第IX因子への同種免疫性のインヒビターが生じるのは,重症血友病B患者の約2%である[Puetz et al 2014].こうした患者には部分的もしくは完全な遺伝子欠失がみられるか,ある種のナンセンス変異があることが多い(「遺伝子型と臨床型の関連」及び表A「遺伝子座特異的データベース」を参照のこと).第IX因子投与に対するアナフィラキシーや,ネフローゼ症候群の発症に関連して同種免疫反応が生じる場合もある[DiMichele 2007, Chitlur et al 2009].
遺伝子型と臨床型の関連
疾患の重症度
同種免疫性のインヒビター
血友病Aと異なり,重症血友病Bはミスセンス変異によって生じることが多く,このような変異の幾つかは正常な交差反応物質(第IX因子抗原)値と相関している(表A「遺伝子座特異的データベース」を参照).
ベースライン時に出血傾向を認めない患者でも,プロペプチドのカルボキシラーゼ結合ドメイン内に生じる稀な変異により,ワルファリンによる抗凝固療法への感受性が高まる[Oldenburg et al 2001](「臨床的マネジメント」を参照).
(F9遺伝子のプロモーター領域にあたる限定された5'非翻訳領域での変異により生じる)血友病Bライデン変異では,思春期以降に疾患の重症度が低下する.病的変異に応じて,軽症の場合は疾患が消失したり,重症の場合には軽症化したりする.
浸透度
F9遺伝子に病的変異を有する男性はすべて発症し,血友病Bの重症度は家系内の他の罹患男性とほぼ同程度となる.しかし,他の遺伝的要因や環境的要因の影響により,臨床上の重症度が若干異なることがある.
F9遺伝子の病的変異と正常アレルを有する女性の約10%は,第IX凝固因子活性が約30%で,出血障害が生じる.第IX因子活性が低めの基準範囲の保因者は,軽症出血障害が生じやすい[Plug et al 2006].
表現促進現象
表現促進現象は観察されていない.
頻度
全世界での血友病Bの出生率は,約20,000人の男児の生児出産あたり1人である.
出生率は国や民族にかかわらず同程度であるが,この原因はF9遺伝子の自然突然変異率が高く,F9遺伝子がX染色体上にあるためであると推定されている.
凝固因子濃縮製剤による適切な治療を受けやすい米国やその他の国々での罹患率は,男性約25,000人に1人である(血友病Aの頻度の約5分の1)[Fogarty & Kessler 2013].
本稿で扱われる疾患に対する遺伝学的検査の実施可能性に関する最新情報は,GeneTests Laboratory Directoryを参照のこと.―編集者注.
出血が生じている場合や,「血が止まりにくい」と言われた経験のある場合には,まず,この男性/女性の出血が本当に異常であるかを判断する.大外傷が生じている間やその直後,扁桃摘出の後,または抜歯後の数時間の「大量出血」は重要徴候でないかもしれない.対照的に,抜歯や口腔内損傷後,毛細血管性出血が延長したり,断続的に数日間続く場合や,損傷から数日後に出血が新たに始まったり痛みや腫脹が悪化する場合,手術から数日後に創傷血腫ができる場合には,ほぼ常に凝固障害が存在する.これまでの出血エピソードを詳細に聴取すると,生涯にわたる遺伝性の出血障害を有しているのか,もしくは後天性(感染性である場合が多い)の出血障害を有しているかを判断できる.
身体的診察から得られる具体的な診断の手がかりは少ない.重症や中等症の血友病Bの高齢患者では,関節変形や筋肉拘縮を認めることがある.外傷が確認できない大きな挫傷や皮下血腫がみられることがあるが,軽症の出血障害患者では,急性の出血エピソードを除いて,目に見える外見上の徴候はない.点状出血は重度の血小板減少症を示すが,血友病Bの特徴ではない.
常染色体優性,常染色体劣性,X連鎖性の遺伝形式を有する家族歴から出血障害との診断の手がかりが得られることがあるが,確定的なものではない.重症度にかかわらず,少なくとも血友病B保因者女性の10%では,第IX因子の活性が低く,軽度の出血が生じるため,誤ってX連鎖性ではなく常染色体性と考えられる家系もある.
血友病Bは,幾つかの生涯続く出血障害の1つであり,特異的診断には主に凝固因子活性測定が用いられる.血友病以外の第IX因子の凝固活性の低下を伴う遺伝性の出血障害を以下に掲げる.
以下は,第IX因子の凝固活性が正常なその他の出血障害である.
臨床医への注:本疾患に関連して行われる患者に応じた「医療相談(simultaneous consult)」には,親の所見に基づいた鑑別診断を提供する双方向性診断支援ソフト(要登録,アクセス制限あり)を参考にしてもよいだろう.
初回の診断時における評価
血友病Bと診断された患者の疾患の程度を測るためには,以下の評価が推奨される.
症状に対する治療
先進国では,血友病B患者の寿命は過去40年間で格段に延長した[Darby et al 2007].第IX因子濃縮製剤の静脈内投与,在宅注射プログラム,予防治療,患者教育の改善により,障害は減少した.世界血友病連合が血友病患者の診断と管理の治療ガイドラインを発表した.
約140の連邦血友病治療センター(HTC)へ紹介され,評価,教育,遺伝カウンセリングを受けることは,血友病B患者にとって有益である.血友病治療センターの所在地は,米国血友病協会(National Hemophilia Foundation)を通じて入手できる.国外の治療センターに関しては,世界血友病連合(World Federation of Haemophilia)を通じて情報を入手できる.治療センターでは,遺伝性出血障害の患者への適切な治療計画の作成や別施設への紹介が行われたり,その施設で直接,治療されることもある.また,治療センターは血友病の新しい治療方法の最新情報の提供の場でもある.こうした施設で行われる評価には,通常,広範的な患者教育,遺伝カウンセリング,臨床検査なども含まれる.
第IX因子濃縮製剤の静脈内投与.遺伝子組換え型の第IX因子濃縮製剤には,ヒトや動物由来の蛋白は一切含まれていない[Fogarty & Kessler 2013, Windyga et al 2014].1985年から血漿由来濃縮製剤へ殺ウイルス処置が行われるようになり,HIV感染リスクは消失し,B型,C型肝炎への感染リスクは1990年以降に消失した.
出血エピソードは,血漿由来もしくは遺伝子組換え型の第IX因子濃縮製剤の静脈内投与により,予防やコントロールが可能である.出血エピソードに対して迅速に有効な治療を行うことで疼痛や障害が軽減し,慢性関節疾患のリスクが低減する.理想的には,患者の症状や外傷に気づいたら,1時間以内に凝固因子を投与するとよい. 血友病B患者では,以前の生体内での回復値を知っておくと,適切な用量を推定する際に役立つ[Björkman et al 2007].
小児科での問題.血友病Bの乳児や小児のケアに際しては,以下のような特別な配慮が必要である[Chalmers et al 2011]:
インヒビター.重症血友病B患者の1~3%にみられる第IX因子への同種免疫性のインヒビターにより,出血エピソードの管理が著しく損なわれる[Hay et al 2006].インヒビターの産生は第IX因子製剤へのアナフィラキシー反応とネフローゼ症候群に相関している[DiMichele 2007, Chitlur et al 2009].
一次病変の予防
関節出血が起きる前,もしくは数回生じた後,すぐに第IX因子濃縮製剤の予防投与を開始することで,自然出血がほぼ完全に抑制され,慢性関節疾患が予防できることが示された[Nilsson et al 1992, Manco-Johnson et al 2007].米国血友病協会と世界血友病連合は,重症血友病の小児への予防投与を推奨している.第IX因子の凝固活性を1%超に維持するため,第IX因子濃縮製剤を週3回投与,もしくは隔日投与されることが多いが,これよりも強度の低い投与レジメンでも予防効果が得られる場合もある[Fischer et al 2002].
続発性病変の予防何らかの関節損傷が生じた後に開始される「二次的」予防は,長期的に行ってもよいし,疾患活性が高まったり,外科処置を受ける時期に行ってもよい.小児期後半や成人期に定期的な予防投与を開始すると,出血エピソードは大幅に減少する[Manco-Johnson et al 2013, Mondorf et al 2013].関節への長期的影響が研究中である.
経過観察
血友病治療センター(関連情報を参照)で経過観察を受けている血友病患者は,そうでない患者に比べて死亡率が低い[Soucie et al 2000].
重症もしくは中等症血友病Bの年少児は,これまでの出血エピソードの再評価を受けたり,必要な場合には治療計画を調整するため,6~12ヶ月に1回(両親とともに)血友病治療センターで評価を受けるとよい.評価時には,関節や筋肉の評価やインヒビターのスクリーニングを行ったり,患者の血友病に関連するさまざまな問題や家族は地域の支援について話し合うこと.
同種免疫性のインヒビターのスクリーニングは,通常,出血への治療,もしくは予防治療として第IX因子濃縮製剤の投与が開始された重症血友病Bに対して行われる.その後のスクリーニングは,遺伝子型がF9遺伝子の大きな部分欠失,もしくは遺伝子全体の欠失である場合や, p.Arg29X(c.85C>T)のナンセンス変異である場合には,生後2,3年のうちに行われることが多い( 「遺伝子型と臨床型の関連」と,「分子遺伝学」の「病的変異」を参照).治療への臨床反応が最適以下であると思われる血友病患者には,疾患の重症度にかかわらず,必ずインヒビターに対する試験も行うこと.血友病Bでは,第IX因子の濃縮製剤へのアレルギー反応が先に生じることがある.
重症もしくは中等症の血友病Bの年長児と成人にとっては,定期的に血友病治療センター(関連情報を参照)の診察を受け,定期的評価を受け,出血エピソードや治療計画の見直しや,関節や筋肉の検査やインヒビターに対するスクリーニングや,必要な場合にはウイルス検査などを行ったり,教育を受けたり,患者の血友病に関連するその他の問題について話し合うことが有益である.
軽症血友病B患者にとっては,血友病治療センターとのかかわりを維持し,2~3年に1回,定期的に評価を受けることが有益である.
回避すべき薬物や環境
以下を避けるべきである.
血小板機能に影響を与える他の薬剤やハーブ治療薬の使用に際しては,慎重を期すること.
古くなった純度が中くらいの血漿由来「プロトロンビン複合体」濃縮製剤は血栓を形成しやすいので,(万が一,使用することになった場合には),血友病B患者には慎重に使用すべきである.
リスクの高い親族への検査
リスクの高い血縁者の同定.(特に軽症血友病B家系では),詳細な家族歴聴取により,まだ検査を受けたことのない男性血縁者のなかからリスクの高い者を同定できることがある.
リスクの高い男性の遺伝学的状態の早期判定.(羊水や胎盤組織による汚染を避けるため)臍静脈への静脈穿刺によって採取した臍帯血検体を用いた第IX因子の凝固活性測定,もしくはF9遺伝子の家系特異的な病的変異の分子遺伝学的検査により,リスクのある男性新生児を血友病Bである/血友病Bではないと判別できる.血友病Bの家族歴を有する男性乳児は,血友病Bが除外されない限り,環状切除を受けるべきではない.血友病Bを発症している場合は毛細血管性出血の延長や創傷治癒障害を防ぐため,処置の直前と直後に第IX因子濃縮製剤を投与する.
注:(1)臍帯血を用いた第IX因子の凝固活性測定では,凝固を予防し,検体と抗凝固薬の混合を最適とするため,クエン酸ナトリウムを10分の1入れたシリンジに臍帯血を採取すること.(2)正期産で生まれた新生児の臍帯血での第IX因子の凝固活性は成人よりも低いため(平均値:~30%,基準範囲:15~50%),血友病Bの診断が確立するのは活性が1%未満の場合であるが,活性が中等度に低い場合には(15~20%)判断がつかない.
リスクの高い女性の遺伝学的状態の判定.保因者の約10%の第IX因子の凝固活性は30%未満であり,異常出血を呈することがある.血友病保因者に対する最近のオランダの研究では,出血症状はベースライン時の凝固因子活性に相関しており,第IX因子の凝固活性が40~60%の場合,出血のごくわずかな増加が示されている[Plug et al 2006].このため,罹患男性やリスクの高い女性の娘や母親では,分子遺伝学的検査により保因者ではないと裏付けられている場合を除き,出血リスクが高まっているかどうかを判断するため,必ずベースライン時の第IX因子の凝固活性を測定すべきである.稀であるが,X染色体不活化の異常を伴うF9遺伝子変異のヘテロ接合体により,またごく稀ではあるが2種類のF9遺伝子の病的変異のヘテロ接合体により,第IX因子の凝固活性が低下する女性もいる.
妊娠前,もしくは妊娠のできるだけ早期に,リスクの高い女性の保因者状態を確定するとよい.
遺伝カウンセリング目的のリスクのある血縁者に対する検査に関連する問題は,「遺伝カウンセリング」を参照のこと.
妊娠管理
産科に関する問題.リスクのある女性は,妊娠前,もしくは妊娠期のできるだけ早い段階に保因者状態を確認することが勧められる[Lee et al 2006].
第VIII因子とは異なり,妊娠中に母親の第IX因子は増加しないため,分娩時の支持療法や分娩後の出血予防のため,保因者への凝固因子の投与が必要となる可能性が高い.保因者のなかには,月経過多は見られないが分娩後出血が主な徴候である者もいる[Yang & Ragni 2004].
母親が症候性の保因者である場合(ベースライン時の第IX因子の凝固活性が30%未満である場合),特に分娩後に出血過多が生じるリスクが生じ,第IX因子の濃縮製剤を投与しなければならなくなることがある[Yang & Ragni 2004].
男性新生児.帝王切開の適応とするか,経腟分娩を行うかについては議論がわかれている[James & Hoots 2010, Ljung 2010].選択的帝王切開分娩に関しては,特に男児が出生前に血友病Bと診断されている場合,帝王切開と経腟分娩との相対的リスクを考慮すべきである.
たとえ経腟分娩で出産された男児が重症血友病Bである場合でも,出生時や新生児初期に罹患男児に頭蓋内出血が起こることは稀である(1~2%未満).
研究中の治療法
長期作動型の遺伝子組換え型の第IX因子蛋白.半減期を延長させた製剤(Fc融合蛋白やアルブミン融合蛋白や,部位特異的ペグ化など)が第III相臨床試験段階にある[Peyvandi et al 2013,Powell et al 2013].臨床試験データから,融合蛋白による第XI因子の半減期の3~5倍の延長が示された.
血友病Bの遺伝子治療.第IX因子を発現するアデノ随伴ウイルスベクターを静脈内投与する遺伝子治療に関する幾つかの臨床試験が行われている.こうしたベクターでは,元来の第IX因子合成部位の合成を目的とする肝臓特異的プロモーターが使用されている.
様々な疾患や病態に対する臨床試験に関する情報入手についてはClinicalTrials.govを参照のこと.
その他
血友病Bの出血は,ビタミンKで予防したりコントロールできない.
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
血友病Bの遺伝形式はX連鎖性である.
患者家族のリスク
男性発端者の両親
男性発端者の同胞
男性発端者の子
発端者のその他の血縁者.
発端者の母系の伯/叔母とその子には,(性別,血縁関係,発端者の母親の保因者状態によっては),保因者リスクと発症リスクが存在する.
保因者診断
家系内で病的変異が同定されている場合には,リスクが非常に高い女性に分子遺伝学的検査を用いた保因者診断を行うことができる.
第IX因子の凝固活性は,保因者状態を判定する試験としては信頼性が低く,これらの値が低い場合に,保因者である可能性が疑われるだけである.
遺伝カウンセリングに関連した問題
早期診断と早期治療を目的とするリスクの高い血縁者に対する検査に関する情報は,「臨床的マネジメント」,「リスクの高い血縁者の検査」を参照のこと.
英国の遺伝学的サービスに関して発表されているガイドラインに関してはLudlam et al [2005]を参照のこと.遺伝子検査に対する親の態度に与える文化的宗教的問題に関するオーストラリアの定性的研究で得られた所見についてはThomas et al [2007]を参照のこと.
家族計画
DNAバンキング は,将来の使用のために,通常は白血球から調整したDNAを貯蔵しておくことである.検査手法や,遺伝子,変異,疾患への理解は将来改善する可能性があり,患者のDNAを貯蔵しておくことは考慮されるべきである.
出生前診断
分子遺伝学的検査.血縁者に病的変異が同定されている場合や,家系内連鎖が判明している場合は,本疾患/遺伝子の検査や,個別の出生前診断を行っている臨床施設でリスクの高い妊娠に対する出生前診断を受けることができる.
通常の方法では,妊娠週数が約10~12週に絨毛生検(CVS)により採取した胎児細胞,もしくは通常,妊娠週数が約15~18週に行われる羊水穿刺により採取した胎児細胞の染色体検査で胎児の性別を判定する.核型が46,XYの場合,胎児細胞から取り出したDNAを用いて,F9遺伝子の病的変異,もしくは有用マーカーに対する解析を行う.
経皮的臍帯血採取(PUBS).F9遺伝子の病的変異が不明で連鎖解析からも情報が得られない場合,妊娠週数が約18~21週で行われる経皮的臍帯血採取で得られた胎児の血液検体(クエン酸ナトリウムと抗凝固薬入りシリンジに採取)の第IX因子の凝固活性を測定することにより,出生前診断が可能である.妊娠週数が20週の胎児の第IX因子の凝固活性は平均して10%(基準値:6~14%)であるため,活性が1%未満の場合に血友病Bと確定診断できることから,活性が中等度に低い場合(15~20%)には判断がつかない.
注:妊娠週数とは最終月経の第1日から換算するか,超音波による計測によって算出される.
(血友病Bのような)知能に影響がなく治療が可能な病態に対する出生前診断の要請は多くない.出生前診断の利用に関しては,特に出生前診断の目的が早期診断でなく中絶を考慮している場合,医療従事者内でも家族内でもさまざまな意見があるだろう.出生前診断の決定を両親の選択として捉えている医療機関がほとんどであるが,これらの問題について慎重な議論を行うことが望ましい.
着床前診断(PGD)は病的変異が同定されている家系で可能であり,幾つかの家系で病的変異が確定されている [Laurie et al 2010].
原文 Hemophilia B