Gene Review著者: Pardeep Kaurah ,MSc , CCGC, David G Huntsman, MD
日本語訳者 :岩泉守哉(ミシガン大学内科学講座 消化器内科部門 研究員)
Gene Review 最終更新日: 2011.6.21. 日本語訳最終更新日: : 2012.1.19.
原文 Hereditary Diffuse Gastric Cancer
疾患の特徴
遺伝性びまん性胃がん(Hereditary Diffuse Gastric Cancer, HDGC)は、常染色体優性の遺伝形式をとり、明確な腫瘤形成を伴わず、腫瘍細胞が胃壁に浸潤することで壁肥厚を引きおこす低分化腺癌の形態をとるのが特徴である (linitis plastica型胃癌)。びまん性胃癌は、印環細胞癌あるいはisolated cell-type carcinomaとも呼ばれる。HDGCの平均発症年齢は38歳(range; 14-69歳)であり、CDH1遺伝子変異を伴う症例では、大部分が40歳以前に発症する。80歳までの胃癌の推定累積リスクは男女共に80%である。女性では、39-52%の乳癌(乳腺小葉癌)発症リスクを伴う
診断・検査
国際胃がんリンケージコンソーシウム(The International Gastric Cancer Linkage Consortium; IGCLC)は、HDGCを次のように定義している。1)一度近親または二度近親者において、50歳以前にびまん性胃がんと診断された患者が2人以上いる。あるいは2)一度近親者または二度近親者において、3人以上のびまん性胃癌患者がいる。発症時の年齢は問わない。現在のところ、唯一CDH1遺伝子の変異が遺伝性びまん性胃がんの原因遺伝子変異として知られている。CDH1遺伝変異検査は臨床診療の場で測定可能である。
臨床マネジメント
症状出現時の治療;疾患感受性CDH1遺伝子変異を有する者は胃がんの早期発見早期治療のために厳重なサーベイランスを、あるいは予防的胃摘出術を行うのが理想である。
サーベイランス;現時点では、科学的根拠に基づいたリスク管理や予防的胃摘出術による罹患率死亡率の変化が報告されていないため、疾患感受性遺伝子変異のリスクを有する者に対する最適なリスク管理が一定化されていない。
遺伝カウンセリング
遺伝性びまん性胃がんは常染色体優性の遺伝形式をとる。疾患感受性遺伝子変異を有する者の大多数は、片親から変異遺伝子を受け継ぐ。De novo変異についてはこれまでのところ報告されていない。発端者の子供が本疾患感受性遺伝子変異を受け継ぐリスクは50%である。疾患感受性遺伝子変異を家系内で有していることが判明している場合、リスクのある妊娠に対する出生前診断は可能であるが、HDGCのように、知能に影響せず、治療法の存在する疾患に対する出生前診断は一般的ではない。
臨床診断
びまん性胃がん(DGC)症例に対するCDH1遺伝子変異検査を考慮するか否かの基準は、最近HDGC家系のコーホート分析が行われた結果を反映して(Surinano et al 2005)、2005年に改定された。この基準は北米、北欧、および胃癌の罹患率が低い地域で適用されているが、日本や韓国のように、胃癌の罹患率が高い地域でも使用されている。
修正後のCDH遺伝子検査適用基準
CDH遺伝子検査適用の追加基準(potentialなもの)
最近、国際胃がんリンケージコンソーシアム(The International Gastric Cancer Linkage Consortium; IGCLC)で再定義されたコンセンサスガイドラインの診療基準。
分子遺伝学的検査
遺伝子 E-cadherinをコードするCDH1の変異が唯一HDGCに関連する遺伝子変異として知られている。
可能性のある遺伝子座のheterogeneityに対するエビデンス:北米のHDGC家系におけるCDH1変異を有するのは30-50%である。
50-70%のHDGC家系ではCDH1生殖細胞変異は同定されていないため、これらの家系においてはこれまでに同定されていないHDGC感受性遺伝子変異を有している可能性がある。候補遺伝子が解析されているが、これまでのところこれらの候補遺伝子から本疾患感受性遺伝子は同定されていない。これまでに考えられた(あるいは考えられたが除外された)候補遺伝子は以下のとおりである。
胃癌患者を多く含む計66家系に対する2つの調査では、2家系でTP53生殖細胞変異が認められた。
CDH1遺伝子変異を認めなかった、29のHDGC家系では、TP53遺伝子変異は認められなかった。
胃癌患者を含む32家系での調査では、SMAD4生殖細胞変異は認められなかった。
Huntsmanによる29家系での調査ではSMAD4生殖細胞変異は認められなかった。
DHGCの29家系のうち、CDH1遺伝子変異を伴わない家系でCTNNA1とCTNNB1遺伝子変異検索が行われたが、変異は同定されなかった。
Leeらは、腸型胃癌家系の発端者でMETの生殖細胞ミスセンス変異を同定した。しかし、その家族歴についての記載がなされていない。
びまん性胃癌とMETの生殖細胞変異との関連について、Kimらは韓国での胃癌家系21家系の中の1家系で、MET生殖細胞ミスセンス変異を同定した。
Chenらによる検討では、欧州とインドの18家系の中の発端者ではMETの生殖細胞変異は認められなかった。
臨床的検査
表1.遺伝性びまん性胃がんで使用される分子遺伝学的検査
遺伝子記号 | 検査法 | 検出された変異型 | 変異検出率1 | 検査の実施レベル |
---|---|---|---|---|
CDH1 | シーケンス解析 | 塩基配列変化2 |
30%-50% | 臨床レベル |
欠失/重複解析3 | エクソン欠失合あるいは全ゲノム欠失 |
4%4 |
「検査の実施」はGeneTests Laboratory Directoryに掲載されている検査実施状況である。検査の実施に関してはGeneTests Laboratory Directoryを参照のこと.GeneReviewsは,分子遺伝学的検査について,その検査が米国CLIAの承認を受けた研究機関もしくは米国以外の臨床研究機関によってGeneTests Laboratory Directoryに掲載されている場合に限り,臨床的に実施可能としている.GeneTestsは研究機関から提出された情報の検証や,研究機関の承認状態もしくは実施結果の保証はしない.情報を検証するためには,医師は直接それぞれの研究機関と連絡をとらなければならない.
検査結果の解釈
注)ミスセンス変異を有する者に対する臨床的管理の必要性については問題点が残る。なぜならば、ミスセンス変異産物が実際に病因となり得るか否かを特定するために、更なる家系のデータ調査と変異産物に対する機能解析を必要とするからである。
検査手順
診断確定
胃癌罹患者で、HDGCの発端者として疑われる場合、診断確定のためのコンセンサスガイドラインがIGCLCにより作成されている。(Fitzgerald et al 2010)
予測的検査
リスクのある無症候性の成人家系には、家系内の疾患感受性遺伝子変異の同定に優先して行う必要がある。
出生前診断と着床前診断(PGD)
リスクのある妊娠には、家系内の疾患感受性遺伝子変異の同定に優先して行う必要がある。
遺伝学的に関連する疾患
散発性のびまん性胃癌あるいは乳腺小葉癌におけるEカドヘリン蛋白の欠損はCDH1の体細胞点突然変異、LOH、あるいは腫瘍細胞におけるプロモーター領域のhypermethylationと関連がある。臨床像
自然経過
発症年齢:HDGCの平均発症年齢は38歳(range:14歳-69歳)である。大多数は40歳以前に胃癌を発症するが、家系間および家系内で変化に富んでいる。CDH1の生殖細胞へテロ変異を保有する者(男性および女性)のびまん性胃癌発症の生涯リスクは80%である。
症状:本疾患の早期における症状は非特異的である。従って、罹患者の立場からも医師の立場からも非特異的症状は気づかれないことがある。症状出現時には、罹患者は進行期の病状である。晩期症状として、腹痛、悪心嘔吐、嚥下困難、辛いと感じる食後のもたれ感、食思不振および体重減少が出現する。胃癌の晩期症状として、腫瘍が触知されるようになる。
腫瘍の進展や転移により、肝腫大、黄疸、腹水貯留、皮膚結節、骨折を伴うことがある。
びまん性胃癌以外に伴いうる他の癌として、以下の癌が挙げられる。
乳腺小葉癌 (LBC):CDH1の生殖細胞変異を伴う女性はLBCの生涯リスクが高い(39%-52%)。平均発症年齢は53歳である。
大腸癌:Brooks-Wilsonらにより、CDH1ミスセンス変異が原因と考えられ、大腸の印環細胞癌(SRCC)と組織学的に診断された症例が報告された。彼らは以前に、DGCとSRCCを発症している他の家系でもCDH1のミスセンス変異を同定している。
生存率:散発性びまん性胃癌が早期に(例えば胃壁への浸潤前に)発見された場合、5年生存率は90%以上である。晩期に診断された場合、5年生存率は20%以下に低下する。
DGCの早期発見は困難であるため、CDH1変異保持者の生存率は散発性DGC症例の生存率と同等と考えられている。
病理:DGCでは、Eカドヘリン蛋白の欠損は腫瘍細胞の発育および浸潤を促進させる。したがって、本疾患での癌細胞は組織学的に正常組織の間を浸潤進展し、その結果広範囲に渡って胃壁肥厚および硬化を伴うようになる(この現象をlinitis plasticaと呼ぶ)。腸型胃癌に認められるような腫瘍塊は形成しない。腫瘍細胞質内にムチンが充満し、核が辺縁におされるため、印環様の形態を呈する。DGCでのpremalignant lesionは知られていない。
遺伝子型と臨床型の関連
今のところ、本疾患での関連は報告されていない
浸透率
HDGCの浸透率は不完全である。Pharoahらが報告した11家系からのデータによると、80歳までの胃癌発症の累積リスクは男性で67%(95%信頼区間は39-99歳)女性で83%(95%信頼区間は58-99歳)である。修正浸透率のデータから、CDH1の生殖細胞へテロ変異を保有する者(男性および女性)のびまん性胃癌発症の生涯リスクは80%である。
CDH1の生殖細胞へテロ変異を保有する女性のLBCのリスクは39-52%である。
CDH1 2398delC 変異を伴う4家系において(300人以上の大家系を1つ含む)、
促進現象
本疾患での促進現象について、今のところ報告されていない
頻度
世界における胃癌の重荷は肺癌についで第2位である。胃癌の罹患率は国際間で異なる。最も効率なくには日本(80例/100,000人)と東アジア諸国である。他の地域で胃癌の罹患率の高い地域は東ヨーロッパとラテンアメリカである。西ヨーロッパと米国では概して罹患率が低い(10-40例/100,000人)
中国と日本での胃癌の罹患率は高いが、ほとんどのCDH1変異例は欧米人に認められている。しかしながら、最もHDGCの罹患率が高いのはニュージーランドのマオリ族である。
腸型胃癌(IGC)とびまん性胃癌(DGC)
全胃癌症例のおよそ5-10%は家族性であると考えられている。家族性胃癌は臨床的にも遺伝学的にもheterogeneousである。
これらふたつの異なる形態的な違いは細胞間接着の鍵となる分子であるEカドヘリンの発現の有無の結果から生じる。びまん性胃癌では、Eカドヘリン蛋白の欠損が認められ、それに対しIGCではEカドヘリンは十分発現している。その結果、この2病型のうち罹患が高頻度である腸型胃癌は腸管の腺癌の形態に類似した、さまざまな分化度の管状形成あるいは腺管形成から成る。前癌病変である腸上皮化生からIGCへと進行し、肉眼的には隆起型、潰瘍型あるいは浸潤型の形態をとる。
ICGでは
H. Pylori感染者がIGCへと進展するには以下の3つの要因によるといわれている。
菌株の遺伝学的因子 Tiwariらは2008年に、cagT+ve/hrgA+ve/cagA+ve/cagE+ve/vacAs1+veのgenotypeを持つ若年のH. Pylori感染者で発癌リスクが高いことを報告している。また、Tiwariらは2010年に、H. Pyloriのgenotype、血漿中のマロンジアルデヒド値、窒素酸化物の値と、胃粘膜病理組織との関連性が高いことを報告している。他の研究では、cagAはコントロールと比べて胃癌発症リスクが20倍高くなると報告されている。
宿主の遺伝学的因子 Interleukin-1遺伝子クラスターを構成するTNF(TNFaをコードする遺伝子)とIFNGR1(INFgRをコードする遺伝子)、なかでも毒性菌株の感染は有意に胃癌のリスクを上昇させる。菌体と宿主の遺伝学的因子は胃炎→慢性萎縮性胃炎→腸上皮化生→胃癌での進展に関与する。
環境因子。コロンビアでの抗酸化物による介入試験によると、H. Pyloriの除菌だけでなく、vitamin Cやb-caroteneが胃での前癌病変、萎縮、腸上皮化生への進展を抑制する結果が示され、継続して抗酸化サプリメントの摂取が発癌から守るために必要であると結論付けている。発展途上国での衛生学の普及も細菌感染、ひいてはH. Pylori関連癌を抑えることへとつながる。
他の環境要因として、喫煙、亜硝酸や食塩を高度に含む食事、燻製、漬物、あるいは野菜や果物の摂取不足が胃癌の発育に関与すると考えられている。
DGCの発症率は低下しておらず、顕著な地域差も見られない。びまん性胃癌の発症要因は明らかではないが、北米で発症の増加傾向にある。
DGCは前癌病変(萎縮性胃炎や腸上皮化生)との関連は言われていないが、H. Pylori感染によるIGCとDGCへの発症リスクは同等である。
菌株側の遺伝学的要因。H. Pylori感染が胃粘膜細胞のCDH1のプロモーター領域のメチル化を起こすという事実は、H. Pyloriの除菌を行うと同領域の脱メチル化が起こる、すなわちH. Pylori感染の有無でCDH1のプロモーター領域のメチル化は可逆的であるという報告によっても支持されている。Blairらによる、H. Pylori既感染患者からの予防的胃切除術標本とH. Pyloriの血清型との関連の報告とは別に、予防的胃切除術標本での検討での、顕微鏡的DGC病変とCDH1領域の疾患感受性変異の関連性は認められなかったという報告がある。
他のCancer Predisposition Syndrome
Lynch syndrome (hereditary nonpolyposis cancer, HNPCC), Li-Fraumeni syndrome, familial adenomatous polyposis (FAP), Peutz-Jegers syndrome, および Cowden syndrome (PTEN過誤腫症候群の一病型)など、いくつかのCancer Predisposition Syndromeで胃癌が認められる。
Lynch syndrome. Lynch syndromeはミスマッチ修復遺伝子の生殖細胞変異と関連があり、大腸その他の癌へと進展する例がある。胃癌は本症候群の中で3番目に頻度の高い癌であり、IGCを呈することが多い。
胃癌発症の高リスク地域であるイタリアのFlorenceでは、マイクロサテライト不安定性(MSI)が胃癌症例の15%で認められる。MSI-Highの胃癌はとくに胃前庭部に発生し、腸型胃癌の組織型であり、生存率が比較的良好である傾向がある。
Familial adenomatous polyposis (FAP). FAP はAPCの生殖細胞変異が原因の疾患である。胃癌はFAP患者の0.6%で認められる。
Li-Fraumeni syndrome (LFS). LFSで認められる癌はTP53あるいはCHEK2遺伝子変異が原因である。DGCもIGCも本症候群で認められる。
BRCA1およびBRCA2遺伝性乳癌・卵巣癌.胃癌のリスクはBRCA1およびBACR2遺伝子変異と関連がある。
BRCA2 6174delT を保有する家系の5.7%で胃癌が発症する。
Jakubowsakaらの報告では、胃癌症例のうち7%でBRCA2遺伝子変異が基盤にある。しかしながら、それらの組織型については言及されていない。胃癌患者は死亡しているため、その家系内での遺伝子変異検索が不可能な状況であった。その後、これらの報告は今のところ更新されていない。
カーニー複合。本疾患において胃平滑筋肉腫といったまれな病変を認めることが報告されている。
Carney-Stratakis syndrome (CSS). 胃間質肉腫および傍神経節腫が認められることがある。SDHB, SDHC, およびSDHD遺伝子の生殖細胞変異が原因である。常染色体優性遺伝形式を伴う。
IGCLCはCDH1遺伝子変異を保有する臨床マネジメントのガイドラインを更新している。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2991043/?tool=pubmed最初の診断に続いて行なう評価
HDGCと診断された症例に対して行われる評価方法は以下のとおりである。
症候に対する治療
遺伝科、胃外科、消化器科、病理科、栄養科など、多方面の専門からなるチームにより管理がなされる。
H. pylori感染症に対する除菌を行う。
胃癌に対する根治的治療の第一選択は外科的切除術である。胃癌手術の方法いかんにかかわらず、最終的な目標が治癒率におかれた場合、外科的切除の効果は小さい。臨床的検討によると、手術単独のみでは早期胃癌の管理においては不十分であり、治癒率は40%でしかない。3つのグループのランダム化比較試験より、術後治療が手術単独よりも延命効果があると結論付けられてから術後治療の重要性が認識された。
大規模ランダム化比較試験では、胃癌の治療として、術後放射線療法および術後化学療法のみではconsistent survival benefitsが示されなかった。
一次病変の予防
生検によって確定されたびまん性胃癌.生検でびまん性胃癌が確定された場合、予防的胃全的術が推奨される。
CDH1生殖細胞変異.HDGC発症者を有する家系に対する発癌感受性の遺伝学的素因を検索する重要性はCDH1生殖細胞変異を有する予防的胃全的術標本での結果から報告されている。これらの結果から、CDH1生殖細胞変異を有する症例に対しては内視鏡検査による敵的検査よりも予防的胃全的術のほうで予防効果があると結論つけられている。
予防的胃全的術(PTG).PTGでは、D2リンパ節郭清、Roux-en-Y 吻合、および胃粘膜の完全除去を確実にするために摘出胃のproximal marginの確保が含まれる。
若年健常人でPTGによる死亡率は通常1%以下である。しかしながら、予防的胃摘出術後の合併症の発生率は高い。長期合併症としてはrapid intestinal transit、ダンピング症候群、下痢、摂食異常、体重減少が挙げられる。吸収不良のリスクは術後に高くなり、ひいては骨粗しょう症、骨軟化症、あるいは胃癌患者でも見られる栄養失調を引き起こす。
このような合併症が起こりうる状況下で、外科、消化器科、栄養科などを含む多分野混合専門チームがPTGを行ったものに対し管理を提供する。多分野混合専門チームはこの手術のリスクと利益について、手術候補者の相談に応じることができる。PTGを行うか否かの決定は罹患者および主治医の考えに影響される。
年齢特異的な胃癌リスクが存在する。栄養学的な意味から、PTGを成長期終了以前に行うことは推奨されていない。早期発症胃癌罹患者の家族においては、PTGを行うか否か個々の状況による。このような例では、PTGを考慮する前に内視鏡での通常観察によるスクリーニングが行われる。
PTGによる合併症および死亡率はそれぞれ100%および1%である。
CDH1遺伝子変異を有する者に対しては、胃癌以外の癌(例えば小葉乳癌や大腸癌)に進展するリスクを考慮してこれら3つの癌に対するスクリーニングが推奨される。
乳癌.
乳腺科への紹介が推奨される。
CDH1生殖細胞変異を有する者に対して予防的乳房摘出術が考慮されうる。しかし、本手術を行うにあたって心理的な影響を及ぼすため、扱いにくい。従って、身体的、性的面においての適切なカウンセリングが行われるべきである。
経過観察
胃癌
CDH1生殖細胞変異を有する者に胃癌に対する通常経過観察が行われると報告されているが、観察の評価方法が定められていないために最適な通常経過観察の方法については議論のあるところである。多くの場合、進行かつ根治不能な状況になって検出される。CHD1生殖細胞変異を伴う無症候性の胃癌症例(6症例)に対する予防的胃摘出術で得られた臨床検体で顕微鏡的観察を行ったところ、手術前に通常のスクリーニング観察を行っていたにもかかわらず、occult diseaseが検出されている。
CDH1生殖細胞変異によるHDGCは高浸透性であるため、PTGを受ける準備ができていない者、あるいはPTGを拒否した者は6-12ヶ月ごとに上部消化管内視鏡検査を行い、ランダム生検を多ヶ所で行うことが推奨される。スクリーニングは家系内で最も若い年齢で癌と診断された年齢よりも5-10年若い年齢で開始するべきである。
内視鏡検査.胃癌の早期病変を検出するのに内視鏡が有効であるという根拠は今のところ確立されていない。内視鏡検査により、直接病変部が観察でき、疑われる部位は生検で確認可能であるが、早期かつ治療可能な時期にびまん性胃癌を検出することは困難である。理由としては、病変が腫瘤を形成するというよりも粘膜下に進展する傾向がある点が挙げられる。問題点をまとめると、(1)粘膜下病変の検出が困難。(2)肉眼で一見正常と思われる部分が生検されにくいという、sampling bias。が挙げられる。予防的胃摘出術を望まない者で罹患リスクの高い者に対しては、30分かけて上部内視鏡検査を詳細に行い、ランダム生検を多ヶ所行うことが推奨され、6-12ヶ月ごとに行われるのが望ましい。
色素内視鏡検査.インジゴカルミンを使用した検査は早期胃がんの検出率を向上させることが示されている。Charltonらは、6症例における、通常内視鏡観察で異常なしと判断され、その後に予防的に摘出された胃の標本を用いて検討したところ、コンゴレッド染色とpentagastric stimulationを観察すると、他の検出法に比較して印環細胞領域が遠位胃の移行帯付近に5倍優位に検出されることを示した。移行帯は胃全域の10%以下を占め、G細胞が欠如している。筆者らは、コンゴレッドとpentagastric stimulationによる観察が病変検出の向上に役立つのではないかと提案している。今後更なる検討が必要であると思われる。
同じグループがこの報告の一年後に、5年以上内視鏡検査で経過観察された、合計99回の内視鏡検査結果について、以下のように報告している。
CDH1生殖細胞変異陽性症例についてさらに大きな母集団で検討されるべきではあるが、色素内視鏡検査では、コンゴレッドの毒性については許容される範囲内であるとの事であった。
超音波内視鏡検査.本検査は胃癌検出およびstagingのために重要である。しかしながら、前癌病変の検出には有用ではない。
その他.多に有用な検査としてPETスキャン、グアヤック法便鮮血検査、腹部CT、多ヶ所ランダム胃粘膜生検が挙げられる。残念ながら、これらの検査でDGCは検出できない。
乳腺小葉癌 (LBC)
近年のデータから判断すると、 CDH1生殖細胞変異を有する女性でLBCの進展を検出するに当たって、通常の乳癌スクリーニングの方法では不十分である。CDH1変異を有する高リスクの女性に対するLBCのリスク管理は、BRCA1およびBRCA2生殖細胞変異を持つ女性に対するリスク管理の方法に準ずるが、まずは通常の乳癌スクリーニングとして月一度の自己検診と6ヶ月ごとの医師による受診が行われる。
大腸癌
大腸癌がHDGCの表現型の一つと結論つけるには不十分だが、40歳台はじめ、あるいは家系内でDGCと大腸癌の両方を発症した者で、大腸がん発症の最年少年齢よりも10年早い時期から下部消化管内視鏡を開始することが推奨される。
リスクのある親族の検査
罹患家系内の親族でCDH1疾患関連変異が同定された場合、早期診断および早期治療で罹患率と死亡率が減るように、分子遺伝学的検査を受けることが適当である。(遺伝カウンセリングの項、および18歳未満で無症候性の高リスク例に対する検査の項参照のこと。)
遺伝カウンセリング目的のための高リスク親近者の検査に関しては、遺伝カウンセリングの項参照のこと。
リスクのある母集団の検査
日本では、胃癌の罹患率が高いため、上部消化管内視鏡によるマススクリーニングが早期癌の検出で成功を収めている。このプログラムでは、上部消化管内視鏡検査で認められた疑い病変すべてを生検し
病理組織学的に診断される。疑い病変とは、粘膜色調の微小変化、血管パターンの変化、表面の粗雑、平坦病変、および微小粘膜変化のある病変である。
妊娠管理
PTG後の妊娠は問題ないことが実証されている。Kaurahらは、4人の胃全摘出術後の計6回の妊娠について特に問題なかったと報告している。
現在研究中の治療
ClinicalTirals.gov のサイトを参照のこと。
その他
遺伝クリニックは、遺伝学の専門家から構成され、個人、あるいはその家族に消費者の目線からであるだけでなく、自然経過、治療、遺伝形式および他の家族に対する遺伝リスクについての情報を提供する。GeneTests Clinic Directoryを参照のこと。
HDGCをサポートする団体についての詳細はConsumer Resourcesを参照のこと.
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質、遺伝、健康上の影響などの情報を提供し、彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである。以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価、遺伝子検査について論じる。この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし、遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない。」
遺伝形式
HDGCは常染色体優性の遺伝形式をとる。
患者家族のリスク
発端者の両親
注)HDGCと診断された多くの者は、罹患した親絵を持つが、異常が認識されなかったために、症状の出現前に死亡した場合、もしくは不完全浸透のために家族歴でHDGCが認められないように一見思われることがある。
発端者の同胞
発端者の子
発端者の子は50%の確率で癌感受性遺伝子変異を受け継ぐ。
他の家族
他の家族のリスクは発端者の親の状況による。もし、親が罹患している、あるいはCDH1変異を有する場合、発端者の他の家族はリスクを有する。
遺伝カウンセリングに関連した問題
Managementの項参照のこと
癌リスク評価と遺伝カウンセリング
分子遺伝学的な、あるいは非分子遺伝学的な癌のリスク評価に対する医学的、心理学的、倫理学的な事項に関しての包括的な記載はElements of Cancer Genetics Risk Assessment and Counseling(NCIのPDQの一節)を参照のこと。
無症候性リスク成人例に対する検査
HDGCに対する無症候性成人に対する検査は、CDH1疾患感受性変異が家系内で同定された後に可能である。無症候性リスク例に対する検査は確定診断ではなく、予測的診断であることを考慮する。Lynchらは、HDGCの大家系で追跡した遺伝カウンセリングのプロセスを報告している。HDGCに対する予測的検査の実施に関して、以下の項目について家族と議論する必要がある。
HDGC家系の50%から70%では、発癌感受性は未だ不明な遺伝学的要素に起因する。したがって、予測的診断は現時点では不可能である。
18歳未満の無症候性リスク例に対する検査
18歳未満の者に対する遺伝学的検査は議論の余地があるところである。HDGCと診断された18歳未満の症例が報告されているため、彼らに対する検査は利益があると示唆されている。Kodishらは、このような例に対する検査に関して、以下のような決まりを提案している;遺伝学的検査は最初に癌が発症した年齢以降に行われるべきである。彼は小児に対する検査による利益を最大限ひきだし、リスクを最小限にしようとしている。総じて、18歳未満の無症候リスク例に対する、親からの検査の要請に関しては気を遣いかつ子供と親の両方が理解できるようにカウンセリングする必要がある。IGCLCは、家系内の癌発症年齢が低い場合は16歳からでも遺伝学的検査をすることに同意している。
新生突然変異と思われる家系の問題
発端者の両親共に常染色体優性遺伝形式をとる疾患原因遺伝子変異が認められない場合、発端者はde novo変異である可能性がある。しかし、代替父親(母親)、あるいは本人に知られていない養子縁組などの場合、除外される。
家族計画
DNAバンキング
DNAバンキングは、将来使用するときのためのDNA(典型的には白血球から抽出されたもの)の保管庫である。遺伝子や遺伝子変異に対する検査法や知識、あるいは疾患についての理解が将来向上する可能性があるため、その時のために罹患者のDNAを保管することは考慮すべきである。DNAバンキングについてTestingサイトを参照のこと。
出生前診断
CDH1遺伝子変異を受け継いでいるリスクのある妊娠に対し、妊娠15-18週に採取した羊水中細胞や妊娠12週に採取した絨毛から調製したDNAを解析することで出生前診断が可能である。罹患家族の疾患感受性アリルの検査は出生前診断が行われる前に同定されなければならない。
注:胎生週数は超音波による胎児の計測や最終月経第1日から算定される。
HDGCのように、知能に影響を与えることはなく、治療可能な疾患に対する出生前診断の以来は一般的ではない。医学的専門性と家族の間で、出生前診断をどのような目的で利用するか(とりわけ出生前診断を早期診断目的というより妊娠の目的に考慮している場合)といった観点では、出生前診断に対する視点が異なる。ほとんどの施設では出生前診断を行うか否かの決断は両親によってなされるが、このことに関しては議論の必要がある。
家族で疾患感受性遺伝子の変異が認められた場合、着床前診断(PGD)は可能である。PGDに関してTestingのサイトを参照のこと。