Gene Reviews著者: Marjo S van der Knaap, MD, PhD and Gajja S Salomons, PhD.
日本語訳者: 吉田誠克(京都府立医科大学 神経内科)
Gene Reviews 最終更新日: 2015. 2.12 日本語訳最終更新日: 2018. 1. 4
原文 Leukoencephalopathy with brain stem and spinal cord involvement and lactate elevation
疾患の特徴
脳幹および脊髄の障害と乳酸上昇を伴う白質脳症(LBSL)はほとんどの患者にて後索障害(位置覚および振動覚の低下)を伴う緩徐進行性の小脳失調と痙性を特徴とする疾患である.神経障害は上肢よりも下肢で目立つ.腱反射は保持されている.運動技能の低下は通常小児期あるいは青年期に始まるが,時に成人期まで生じないこともある.構音障害は経過とともに進行する.時にみられる所見としててんかん,学習障害,認知機能低下,軽度の頭部外傷に続く意識レベル低下,神経症状の増悪,発熱が挙げられる.多くの罹患者は10歳代あるいは20歳代に車椅子レベルになる.新生児あるいは早期乳児期発症の患者は重度の疾患経過をとり,死に至ることもある.また,後期乳児期および早期小児期発症の患者は早期に車椅子レベルになる.
診断・検査
LBSLの診断は脳および脊髄MRIにて観察される特徴的な異常とミトコンドリアアスパラチルtRNA合成酵素をコードするDARS2の両アレル性病原性バリアントを同定することによる.
臨床的マネジメント
対症療法:
支持療法として運動機能を改善するための理学療法とリハビリテーション,必要に応じて抗てんかん薬,特殊教育,言語療法が行われる.
二次合併症の予防:
リハビリテーションや理学療法は拘縮や側弯などの二次合併症の予防に有用である.
遺伝カウンセリング
LBSLは常染色体劣性遺伝形式をとる.受精時に罹患者の同胞は25%の確率で罹患し,50%の確率で保因者,25%の確率で非罹患非保因者となる.リスクのある家族メンバーに対する保因者診断やリスクが増す妊娠に対する出生前診断はその家系において病原性変異が特定されていれば可能である.
支持的所見
脳幹および脊髄の障害と乳酸上昇を伴う白質脳症(LBSL)の診断は脳および脊髄MRIにて観察される特徴的な異常を示す患者において疑うべきである[van der Knaap et al 2003, Scheper et al 2007, Steenweg et al 2012].
LBSLのMRI診断基準1,2
主要診断基準.信号異常3が以下の部位で認められる;
支持診断基準.信号異常3が以下の部位で認められる;
注釈:
- Steenweg et al [2012]
- MRIに基づく診断に対しては,主要診断基準のすべてと支持診断基準を少なくとも1つ満たすこと.
- 信号異常'はT1強調画像における異常低信号とT2強調画像における異常高信号を参考にする.
注釈:乳酸はほとんどの場合異常な大脳白質内で上昇するが,すべての罹患者で上昇するわけではない[van der Knaap et al 2003, Petzold et al 2006, Labauge et al 2007, Távora et al 2007]. 異常な白質のMRSにおける乳酸上昇は診断基準として記述されてきたがそれほど際立った価値はない.MRIがLBSLの基準を満たせば,乳酸上昇の有無に関係なく診断を考慮するべきである.MRIがLBSLの基準を満たさない場合は,乳酸上昇はミトコンドリア白質脳症の一般的な指標となるかもしれないが特にLBSL診断の指標となるわけではない.
診断の確定
LBSLの診断は発端者においてDARS2の両アレル性病原性バリアントを特定することにより確定される(表1参照).
分子学的検査法には以下が含まれる:
WESとWGSに関する注釈.(1)偽陰性率はゲノム領域により様々である;したがってゲノム検査は標的単一遺伝子検査あるいは複数遺伝子分子学的遺伝子検査パネルほど正確ではないと思われる;(2)ほとんどの研究室では別のよく確立された方法を用いて陽性結果を確認している;(3)ヌクレオチドのリピート延長とエピジェネティック変化は特定できない;(4)8から10ヌクレオチド以上の欠失/重複は効率的には特定できない[Biesecker & Green 2014].
WMitoSeqに関する注釈.(1)血中に低レベルのヘテロプラスミーとして存在する病原性mtDNAバリアントは血液から抽出したDNAでは特定できないと思われ,骨格筋から抽出したDNAが必要と思われる;(2)mtDNAの欠失/重複は効果的には特定できないと思われる.
表1.
LBSLに用いられる分子遺伝学的検査のサマリー
遺伝子1 | 検査法 | この方法により発端者の 病原性バリアントが同定できる確率 |
---|---|---|
DARS2 | 配列解析2 | ~90% 3,4 |
欠失/重複解析 5 | 報告なし |
臨床症状
多様な重症度.疾患スペクトラムは2歳までに死亡する新生児期発症の重症型[Steenweg et al 2012]から軽度の障害にとどまる成人発症の緩徐型[van Berge et al 2014]まで幅広い.小児期発症が最も一般的である[van Berge et al 2014]. 早期発症を除けば,緩徐進行性である.ほとんどの小児期発症例は10歳代,20歳代,あるいはそれ以降に部分的あるいは全面的に車いすレベルとなるが,成人発症例では車いすレベルになることは知られていない[van Berge et al 2014]. 対照的に新生児期あるいは早期乳児期発症患者は重篤な経過をたどって死に至りやすく,後期乳児期および早期小児期発症患者は早期に車いすレベルになる.
運動能力.ほとんどの患者では初期発達は正常である.運動能力の障害は通常小児期あるいは青年期に始まり[van der knap et al 2003, Linnankivi et al 2004, Serkov et al 2004, Távora et al 2007, Uluc et al 2008, van Berge et al 2014],時に乳児期[Steenweg et al 2012]あるいは青年期[Petzold et al 2006, Labauge et al 2007, van Berge et al 2014]に始まる.
LBSLの臨床像は緩徐進行性の小脳失調,痙性および後索障害で上肢よりも下肢に強い.腱反射は保たれる.ほとんどの罹患者では下肢優位に位置覚と振動覚が低下し,暗所での歩行困難がみられる.巧緻性は種々の程度で障害される.
腱反射の低下あるいは消失,遠位部の筋力低下や感覚消失といった軸索性ニューロパチーを示唆する症例もあるが罹患者全員というわけではない[van der Knaap et al 2003, Távora et al 2007, Uluc et al 2008, Isohanni et al 2010].
発語.構音障害は経過とともに進行する.
認知能力.早期から学習障害を認めることがあるが,ほとんどは正常の認知能力をもつ.認知力低下は生じても通常軽度である[van der Knaap et al 2003, Serkov et al 2004].
てんかん.てんかんを示す罹患者がいる.けいれんは低頻度で治療により容易にコントロールされる[van der Knaap et al 2003].
軽微の頭部外傷に対する反応.意識レベルの低下,神経症状の悪化,発熱を経験することがある[Serkov et al 2004].回復は部分的である.
一般生化学検査.CSF解析を含めて通常正常である.少数の患者において,軽度でむらのある乳酸の上昇が血液,CSF, あるいは両者で認められることがある.文献報告はない.
神経病理所見.重症LBSLの同胞2名の報告がある[Yamashita et al 2013]. 電顕にて白質病変部位に空胞性変化とミエリン断裂が認められた[Yamashita et al 2013]. 定量的なMR評価はこれらの所見に一致している[Steenweg et al 2011].
特定の白質ジストロフィーの確立は病歴と詳細な家族歴を得て,身体診察と神経診察を行い,脳MRIを精査し,分子遺伝学的検査を含む特異的な生化学検査を行う.
注:ここで述べたとおりの診断アプローチを施行したにもかかわらず,大多数の白質ジストロフィー患者においては臨床的に(研究ではなく)特定の診断を確立することはできない[van der Knaap et al. 1999, Schiffmann & van der Knaap 2009].
遺伝子型‐表現型の相関
遺伝子型-表現型相関の研究はLBSLの患者で観察される病原性バリアントが非常に多様なため行われていない.同一の遺伝子型をもつ患者の数は少ない.罹患者66人の概観研究では遺伝子型-表現型相関を支持する予備的なエビデンスが示されている[van Berge et al 2014].
頻度
LBSLはまれである.
一般人口におけるに保因者の割合は低いが,フィンランドは例外で1:95と報告されている[Isohanni et al 2010]. これまで両親が血族婚の家系は1家系のみ報告されている[Miyake et al 2011]. ほぼすべての罹患者が2つの病原性バリアントをもつ複合ヘテロ接合体である.2家系4名の患者でのみホモ接合体変異が報告されている[Miyake et al 2011, Synofzik et al 2011]. ホモ接合体変異の症例はフィンランドのLBSL患者においてはみられていない[van Berge et al 2014].
このGeneReviewで議論されている以外の表現型でDARS2の変異に関連するものは知られていない.
LBSLの臨床像は緩徐進行性の小脳失調,痙性および後索障害で上肢よりも下肢に強い.腱反射は保たれる.これらの所見にのみ基づけば,多くの疾患が考慮されうる[Finsterer 2009a]; しかし,MRI所見により他の脊髄小脳失調症とLBSLは区別される[van der Knaap et al 2003].
脊髄小脳失調症の臨床所見と後索,外側皮質脊髄路,大脳白質のMRI異常所見の組み合わせはビタミンB12欠乏症(亜急性連合性変性症)と一致する[Locatelli et al 1999]. LBSLに典型的にみられる脳幹異常はビタミンB12欠乏症では生じない.ビタミンB12欠乏症では頚髄が主に障害され[Locatelli et al 1999], LBSLでは脊髄全体が障害される[van der Knaap et al 2003].
MRSあるいは体液またはその両者における乳酸上昇と脊髄小脳失調症あるいはMRIにおける白質異常またはその両者の組み合わせはミトコンドリア異常症を考慮する[Finsterer 2009b]. 脳幹と脊髄はしばしばミトコンドリア異常症で障害されるが,特異的な脳幹と脊髄路の選択的な障害はLBSLに特有である[van der Knaap & Valk 2005].
DARS変異により生じる脳幹および脊髄の障害と下肢痙性を伴う髄鞘低形成(HBSL)は脳幹と脊髄構造の選択的な脆弱性という部分で共通する[Taft et al 2013].
初期診断に続く評価
LBSLと診断された患者の疾患の程度や必要性を確立するために,以下の評価が奨められる:
対症療法
支持療法には以下のものが含まれる:
二次性合併症の予防
リハビリテーションと理学療法は拘縮や側弯といった二次性合併症の予防に有用である.
サーベイランス
LBSLはほとんどの症例で非常に緩徐進行性である.年に1回の臨床評価で十分である.急速な悪化の場合は,より頻繁な評価が適切である.フォローアップのMRIは数年ごとに行うとよい.重症の場合のみ,早期発症型はより頻繁な評価が必要である.
リスクのある血縁者の評価
遺伝カウンセリングのためのリスクにある血縁者の検査に関する問題についてはGenetic Counselingを参照のこと.
妊娠に対するマネジメント
筆者らは児を出産した罹患した母親を数名知っている.胎児におけるLBSLの再発リスク以外には母親あるいは胎児に対する特別なリスクはないと思われる(Genetic counselingを参照).
研究中の治療
臨床研究に関する情報にアクセスするにはClinicalTrials.govを検索すること.注:本疾患に関する臨床治験はないと思われる.
その他
筋生検,線維芽細胞,リンパ芽球の研究ではミトコンドリア機能異常のエビデンスは示されていない;したがって,しばしばミトコンドリア機能異常患者に投与されているビタミン類とコファクターの"ミトコンドリアカクテル"に対する理論的根拠はない.
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
脳幹および脊髄の障害と乳酸上昇を伴う白質脳症(LBSL)は常染色体劣性遺伝形式を示す.
患者家族のリスク
発端者の両親
罹患児の両親は絶対保因者である(DARS2の病原性バリアントを1つもつ保因者).
ヘテロ接合体保因者は無症候で疾患のリスクはない .
発端者の同胞
発端者の子
発端者の他の血縁者
発端者の両親の各同胞は50%の確率でDARS2の病原性バリアントの保因者となる.
保因者検査
リスクのある血縁者に対する保因者診断を行う前に家系におけるDARS2の病原性バリアントを特定することが必要である.
遺伝カウンセリングに関連した問題.
家族計画
DNAバンキングは,将来利用する可能性があることを踏まえて,(通常は白血球から調整した)DNAを貯蔵しておくものである.検査手法や,遺伝子,変異,疾患の解明が将来進展する可能性は十分あり得ることなので,患者のDNAを貯蔵しておくことを検討するべきである.
出生前診断
DARS2の病原性バリアントが家族内の罹患者で同定された場合は,リスクのある妊娠に対する出生前診断は本遺伝子あるいは慣習的な出生前検査による臨床検査から有用かもしれない.
着床前診断(PGD)は病原性バリアントが同定されている家系に対して適しているかもしれない.
GeneReviewsのスタッフは以下に示すこの疾患の罹患者およびその家族の利益を目的とした疾患関連あるいは包括的支持組織あるいはレジストリを選択してきた.GeneReviewsは他の組織により提供された情報に対する責任は負わない.選別の基準に関する情報については,以下を参照のこと.
Gene Reviews著者: Marjo S van der Knaap, MD, PhD and Gajja S Salomons, PhD.
日本語訳者: 吉田誠克(京都府立医科大学 神経内科)
Gene Reviews 最終更新日: 2015. 2.12 日本語訳最終更新日: 2018. 1. 4(in present)
原文: Leukoencephalopathy with brain stem and spinal cord involvement and lactate elevation