Gene Reviews著者: Ayman W EI-Hattab, MD, FAAP, FACMG, Fernando Scaglia, MD, FAAP, FACMG, William J Craigen, MD, PhD, FACMG, and Lee-Jun C Wong, PhD, FACMG.
日本語訳者: 和田宏来 (県西総合病院小児科/筑波大学大学院小児科)
Gene Reviews 最終更新日: 2012.5.17. 日本語訳最終更新日: 2018.3.19.
原文: MPV17-Related Hepatocerebral Mitochondrial DNA Depletion Syndrome
疾患の特徴
MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA(mtDNA)枯渇症候群は、典型的には肝不全に至る乳児期発症の肝機能障害、神経学的病変(多くは発達遅滞、筋緊張低下、筋力低下を認める。一部は失調症、痙攣、運動性・感覚性末梢神経障害を認める)、成長障害、乳酸アシドーシスや低血糖発作などの代謝異常を特徴とする。より頻度の少ない症候には、腎尿細管障害、副甲状腺機能低下症、消化管運動障害、角膜無感覚症などがある。進行性の肝疾患により乳児期もしくは小児期早期に死亡することが多い。肝細胞癌も報告されている。
診断・検査
肝組織と筋組織において、ミトコンドリアDNA量は著しく減少している(それぞれ対照群の20%未満、30%未満)。ほとんどの小児患者において、MPV17遺伝子の分子遺伝学的検査で両アレル変異が認められる。
臨床的マネジメント
病変の治療:
肝臓、神経、栄養、臨床遺伝学、小児発達の専門家を含む多職種診療チームによる治療が理想である。栄養のサポートは、小児肝疾患患者の診療を経験したことがある栄養士により行われるべきである。低血糖の予防には、頻回の食事と未調理のコーンスターチ(1-2g/kg/回)を必要とする。肝不全に対しては肝移植が唯一の治療法であるが、この疾患は多系統疾患であるため賛否両論がある。
二次合併症の予防:
食事を十分にとり、栄養障害(脂溶性ビタミン欠乏など)を予防する。
定期検査:
肝疾患の進行を評価するため、肝機能を評価する。肝細胞癌のスクリーニング検査として、血清α-フェトプロテイン(AFP)や肝臓エコーを行う。また、発達、神経学的診察、栄養状態の評価を行う。
避けるべき薬物/環境:
絶食期間の長期化。
遺伝カウンセリング
MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群は常染色体劣性遺伝性疾患である。患者の同胞が罹患している確率はそれぞれ25%、無症候性キャリアである確率は50%、罹患もしておらずキャリアでもない確率は25%である。リスクのある親族に対する保因者診断やリスク妊娠における出生前診断は、家系での病原性変異が同定されている場合に施行可能である。
MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群:含まれる臨床型 |
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同義語および、もはや使用されない名称については「命名法」を参照。
臨床診断
以下の所見を認める乳児を診た場合にはMPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群を疑うべきである。
検査
ミトコンドリアDNA(mtDNA)量(コピー数)解析
注:血液細胞中のミトコンドリアDNAコピー数は、ミトコンドリアDNA枯渇症候群において信頼性のある指標とはならない。
電子伝達系(Electron transport chain, ETC)活性
患者の肝臓や筋組織における電子伝達系活性測定では、典型的には最も罹患者の多い複合体Ⅰ/Ⅰ+Ⅲを含めて複数の複合体の活性低下が認められる。ミトコンドリアDNA量と同様に、肝臓における電子伝達系活性は通常筋組織よりも低下している。
分子遺伝学的検査
遺伝子
MPV17はミトコンドリア内膜蛋白をコードし、その病原性変異はMPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群の原因となる唯一の遺伝子である。
表1 MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群で用いられる分子遺伝学的検査の要約
遺伝子1 | 検査方法 | 同定される変異2 | 検査方法によって変異が同定される頻度3 |
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MPV17 | シークエンス解析4 | シークエンス変異 | 28/31(90%)5 |
欠失/重複解析6 | エクソン/全遺伝子欠失 | 2/31(6%)7 |
検査戦略
発端者において診断を確定するための検査戦略
原因不明の乳児肝機能障害に対して、病理検査目的で肝生検を施行した場合にミトコンドリアDNA定量も行うべきである。
ミトコンドリアDNAコピー数がきわめて減少している場合は、さらにMPV17遺伝子の分子遺伝学的検査を含めた精査を行うべきである。
リスクのある親族に対する保因者診断を行うには、それに先立って家系内での病原性変異を同定する必要がある。
注:保因者(キャリア)とは、この常染色体劣性遺伝性疾患のヘテロ接合体を有し、かつ発症するリスクがない者をさす。
リスク妊娠における出生前診断および着床前診断を行うには、それに先立って家系内での病原性変異を同定する必要がある。
臨床像
MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群は乳児期に発症し、肝臓・神経・代謝の症候がさまざまな組み合わせで認められる。現在までに報告されている分子学的に診断されたMPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群患者は31人である。
注目すべきことに、その31人のうち、MPV17遺伝子のp.Arg50Gln病原性変異のホモ接合体を有する患者はナバホ神経肝症であった。ナバホ神経肝症は、ネイティブアメリカンのナバホ族でみられる疾患で、無痛性骨折、肢端切断、角膜の無感覚症・潰瘍・瘢痕とともにMPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群の症候を呈する。
ここに記述しているMPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群の臨床症状は31人の患者に認められた臨床型に基づいており、表2に要約されている。
表2 MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群の臨床症状
臨床症状 | 頻度 |
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肝臓
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31/31(100%)
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神経
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26/2990%)
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成長障害 | 26/29(90%) |
代謝
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23/27(85%)
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その他の症状
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―
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肝機能障害
報告されている全てのMPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群患者は、乳児期に黄疸、胆汁うっ滞、トランスアミナーゼやGGTの上昇、高ビリルビン血症、凝固障害といった肝機能障害の症状で医療機関を受診している。約半数は肝腫大を認めている。
肝疾患を認める患者の90%は、典型的には乳児期/小児期早期に肝不全に進行している。約1/4は典型的には小児期早期に肝硬変を認めることが報告されている。肝細胞癌は7歳と11歳の2人で報告されている。
肝生検では胆汁うっ滞と肝硬変を認めることがある。
神経症状
患者の大半は、発達遅滞(~85%)、筋緊張低下や筋力低下(~65%)、運動性・感覚性末梢神経障害(~30%)といった神経症状を呈する。精神神経発達が正常な患者はきわめて少ない。多くはさまざまな程度の発達遅滞を認めると報告されている。一部の患者は、乳児期早期に精神運動発達遅滞を呈する。その他は出生後早期の発達は正常だが、乳児期後期/小児期早期に運動能力や認知能力に遅れがみられる。末梢性神経障害は、典型的には小児期早期に手足の筋力低下や筋疲労、反射減弱、感覚障害が認められる。
頻度の少ない神経症状には、てんかん、失調症、ジストニア、小頭症、脳血管梗塞、硬膜下血腫などがある。患者の約1/3に脳MRIで異常が認められ、白質異常(白質脳症)が最もよく報告されている。下位脳幹背側の網様体や頸髄延髄接合部の網様体脊髄路にT2高信号を認める2例が報告されている。
成長障害 はよく認められる症状の一つであるが、一部の小児の成長はとくに疾患早期は正常である。
代謝障害 は大半に認められ、乳酸アシドーシスは約75%、早期発症の低血糖は約50%にみられる。低血糖は典型的には生後6ヶ月までに認められ、活気不良、無呼吸、けいれんなどを合併しうる。乳酸アシドーシスは生化学検査で乳酸の軽度~中等度上昇(3-9mmol/L)が認められる。
より頻度の少ない症状には、腎尿細管障害、副甲状腺機能低下症、消化管運動障害による胃食道逆流症・周期性嘔吐症・下痢などがある。p.Arg50Gln病原性変異のホモ接合体を有しナバホ神経肝症と考えられる3人の患者で、角膜無感覚症および角膜潰瘍が報告されている。
予後
患児の肝疾患は典型的には肝不全へと進行する。肝不全に対する唯一の治療オプションである肝移植は患児の約1/3に施行されてきた。その結果は満足いくものではない。移植を施行された小児の半数は移植後に多臓器不全および/もしくは敗血症により死亡した。
患児の約半数は肝移植を施行されずに、多くは乳児期/小児期早期に進行性の肝不全によって死亡している。p.Arg50Gln変異のホモ接合体を有する3人の患者は10代に死亡した。
わずか4人だけが肝移植なしで生存していると報告されており、そのうち最も年長なのは13歳である。(その13歳を含む)4人のうち2人はp.Arg50Gln変異のホモ接合体を有しており、そのホモ変異体は予後がより良いことを示唆している(「遺伝子型と臨床型の関連」を参照、表3)。
表3 MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群患児の予後
肝移植 | 予後 | 頻度 | |
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なし(21/31) | 死亡 | 乳児期もしくは小児期早期 | 14/31(45%) |
10代 | 3/31(10%) | ||
生存 | 4/31(13%) | ||
あり(10/31) | 死亡 | 5/31(16%) | |
生存 | 5/31(16%) |
遺伝子型(ジェノタイプ)と臨床型の関連
現在までに、ナバホ肝脳症ではp.Arg50Gln変異のホモ接合体のみが報告されており、同疾患は角膜の無感覚症・潰瘍・瘢痕とともにMPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群の症状を呈する。ほとんどのMPV17遺伝子変異は乳児期や小児期早期の死亡と相関するのと対照的に、p.Arg50Gln変異は長期生存と相関し、これは機能が残存している変異(a hypomorphic variant)であることを示唆している。
p.Arg50Gln変異のホモ接合体は10人の小児で報告されており、うち5人は典型的には10代で死亡している。p.Arg50Gln変異のホモ接合体を有し、肝臓内のミトコンドリアDNAコピー数がきわめて少ない(3%)乳児は肝不全を呈し死亡したと報告されている。その一方で、p.Arg50Gln変異のホモ接合体を有するがミトコンドリアDNAコピー数が比較的多かった(10-20%)小児は、長期生存が認められており、肝臓におけるミトコンドリアDNA枯渇の程度はp.Arg50Gln変異のホモ接合体を有する小児における予後と相関することが示唆される。
その他のMPV17遺伝子変異は、p.Arg50Gln変異に比べてミトコンドリアDNAコピー数が少ないこと、および肝移植が行われない場合に乳児期や小児期早期に死亡することと相関する。
10人の小児で肝移植が施行され、うち5人が生存している。5人の生存者のうち、3人はp.Arg50Gln変異のホモ接合体を有し、この遺伝子型は肝移植後の予後は比較的良好であることが示唆される。
発生率
MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群の発生率は不明であるが、きわめて稀であり、現在までにわずか31人が報告されている。31人のうち7人は祖先がナバホ族である。
このGeneReviewで論じられている以外に、MPV17遺伝子変異と関連する臨床型は知られていない。
ミトコンドリア病は、ミトコンドリアDNAもしくはミトコンドリアの発生や機能に携わる核遺伝子の障害によって起こる。
ミトコンドリアDNAの完全性を維持する各遺伝子の障害は、大規模なミトコンドリアDNAの再構成(ミトコンドリアDNA多重欠失症候群)(ミトコンドリアDNA枯渇症候群を参照)、もしくはミトコンドリアDNA量の減少(ミトコンドリアDNA枯渇症候群)と関連しうる。
ミトコンドリアDNA枯渇症候群の臨床型は均一ではなく、筋肉・肝臓・脳・腎臓といった特定の臓器、もしくは複臓の臓器を侵す可能性がある。臨床的に、ミトコンドリアDNA枯渇症候群は以下に分類される。
MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群は、DGUOK遺伝子、TWNK遺伝子、POLG遺伝子の変異と関連するその他の肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群と鑑別する必要がある。さらに、BCS1L遺伝子(複合体Ⅲアセンブリーのミトコンドリア蛋白をコードする)およびSCO1遺伝子(複合体Ⅳアセンブリーのミトコンドリア蛋白をコードする)の病原性変異は、脳症および肝機能障害と相関する。
MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群では、肝病変は疾患早期に認められる。一方で、他のほとんどのミトコンドリア病は著明な神経筋障害を伴い、多臓器を侵し、肝合併症は疾患後期に認めることが多い。他のミトコンドリアDNA枯渇症候群とは対照的に、MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群の神経病変は、概ね発症時には軽症である。しかし、DGUOK関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群も神経筋病変を伴わない孤発性の肝疾患を呈することがある。
乳児肝不全は、TRMU遺伝子(ミトコンドリアtRNA特異的2-チオウリジラーゼ1をコードする)やGFM1遺伝子(ミトコンドリア伸長因子Gをコードする)の変異によっても認められる。これらの疾患では、ミトコンドリアDNA枯渇は認められない。
OMIMにおけるこの臨床型と関連した遺伝子を閲覧するにはミトコンドリアDNA枯渇症候群:OMIM臨床型シリーズを参照。
初期診断後の評価
MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群と診断された患者における疾患の広がりやニーズを把握するために、以下の評価が推奨される。
病変に対する治療
肝臓、神経、栄養、臨床遺伝学、小児発達の専門家を含む多職種診療チームが治療に関わるべきである。MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群の死亡率は50%を超えており、治療成績はまだ満足いくものではない(「臨床像」「予後」を参照)。
栄養のサポートは、小児肝疾患患者の診療を経験したことがある栄養士により行われるべきである。
低血糖の予防には、頻回の食事と空腹を避けることが必要である。未調理のコーンスターチ(1-2g/kg/回)により低血糖を予防でき、肝不全の進行を遅らせる可能性はあるが止めることはできない。
肝移植
肝不全に対しては肝移植が唯一の治療法だが、ミトコンドリア肝症に対する肝移植は賛否両論があって、その大きな理由は多系統疾患のためである。肝移植は患児の約1/3に行われている。治療成績は満足いくものではなく、移植後に半数の患児が多臓器不全および/もしくは敗血症のため死亡している(「臨床像」「予後」を参照)。
肝細胞癌
2人の小児患者で肝細胞癌に対する肝移植が報告されている。定期的な肝臓エコーや血漿αフェトプロテイン濃度測定による肝細胞癌のスクリーニングによって、より早期に診断でき、転移・局所浸潤が起きる前に肝移植を行える可能性がある。
二次合併症の予防
脂溶性ビタミン欠乏などの栄養障害は、十分な食事摂取と小児肝疾患患者の診療経験のある栄養士による頻回な評価によって防ぐことができる。
定期検査
以下のように評価を行うことを提唱する。頻度は重症度によって変わる。
避けるべき薬物/環境
絶食期間の長期化は低血糖につながり、避けるべきである。
リスクのある親族の検査
遺伝カウンセリングとして扱われるリスクのある親族への検査に関する問題は「遺伝カウンセリング」の項を参照のこと。
研究中の治療法
さまざまな疾患に関する臨床試験に関する情報はClinicalTrials.govを参照のこと。注:この疾患に対する臨床試験は行われていない可能性がある。
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群の遺伝形式は常染色体劣性遺伝である。
患者家族のリスク
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の子
現在まで、患者で子をもつ者はいない。よって、妊孕性は不明である。
他の家族
発端者の親の同胞がキャリアであるリスクはそれぞれ50%である。
保因者検査
リスクのある家族に対する保因者診断は、家系での病原性変異が同定されている場合に施行可能である。
遺伝カウンセリングに関連した問題.
家族計画
DNAバンク
DNAバンクは主に白血球から調整したDNAを将来利用することを想定して保存しておくものである。検査技術や遺伝子、変異、あるいは疾患に対するわれわれの理解が将来さらに進歩すると考えられるので、DNA保存が考慮される。
出生前診断および着床前診断
ひとたび家系内でMPV17遺伝子変異が同定された場合、MPV17関連肝脳型ミトコンドリアDNA枯渇症候群のリスク妊娠に対する出生前検査や着床前診断を行うことは可能である。
原文: MPV17-Related Hepatocerebral Mitochondrial DNA Depletion Syndrome