Gene Review著者: Olaf Stu¨ve, MD, Jorge Oksenberg, PhD
日本語訳者: 窪田美穂(ボランティア翻訳者),櫻井晃洋(信州大学医学部附属病院遺伝子診療部)
Gene Review 最終更新日:2010.5.11 日本語訳最終更新日: 2011.11.22.
原文 Multiple Sclerosis Overview (GeneReviews から削除:2017年3月1日確認)
疾患の特徴
多発性硬化症(MS)は中枢神経系(CNS)の炎症性脱髄性神経変性疾患である.発症機序は不明である.20~40歳の発症が最多である.小児期に発症する場合もあれば,60歳以上に認められる場合もある.女性の罹患率は男性の約2倍である.最も多い臨床徴候と症状は,四肢の感覚障害(30%未満),部分的,もしくは完全な失明(15%未満),四肢の急性もしくは亜急性の運動機能障害(13%未満),複視(7%),歩行障害(5%)である.こうした症状は単一でみられる場合もあれば複数の症状が組み合わさっている場合もある.臨床経過は再発寛解型/進行型,重症/軽症であり,中枢神経系がすべて広範に侵される場合もあれば,主に脊髄と視神経が侵される場合もある.MSの臨床型には,再発寛解型MS(RR-MS)(MSを初めて発症した患者の80%以上に認められるタイプ),一次進行型MS(PP-MS)(MS患者の20%),進行性再発型MS(PRーMS)(まれなタイプ),二次性進行型 MS(SP-MS)の4種類がある.はRR-MSと診断された患者全体の約半数が,初回診断から10年以内にSP-MSとなる.
診断・検査
多発性硬化症の診断は主に臨床診断である.RR-MSと診断されるのは,(1)臨床発作が少なくとも2回以上みられる場合(1回の発作が24時間以上続き,それぞれの発作の間隔が1カ月以上離れている場合),もしくは,少なくとも6カ月以上継続する緩徐進行性の臨床経過がみられる場合,(2)脳や脊髄の部位もしくは機能に2カ所以上病変がみられる場合である.PP-MSの診断基準には,少なくとも12カ月以上臨床症状が継続していて,発症年齢が25~65歳であることが含まれる.PP-MSでは,「PP-MSであることが確実(definite PP-MS)」,「PP-MSだろう(probable PP-MS)」,「PP-MSかもしれない(possible PP-MS)」の3つの基準が提案されている.最近の診断基準では,MRI所見と臨床およびparaclinical手法を特異的に組み入れられている.
臨床的マネジメント
症状の治療:MS治療薬は臨床再発率を低下させ,MSによるCNS内炎症を軽減する.こうした薬剤にはインターフェロンベータ-1b,インターフェロンベータ-1a,グラチラマー酢酸塩,ミトキサントロン,ナタリズマブなどがある.疼痛,筋肉痙攣,疲労,うつ病,性機能不全,膀胱や腸の機能障害に対する対症療法として,さまざまな薬剤が用いられる.熱性感染症にはMSを増悪させる可能性があるため,熱性感染症の疑いが生じた場合には注意深い観察を要する.産褥期に起こりやすい増悪に対しては,出産直後に免疫調節薬を投与することにより対処できることが多い.
経過観察:定期的な神経内科学的検査を行ってMSの進行を調べること.定期的に脳や脊髄のMRIを撮影して疾患の活動性を調べること.このほか,歩行指標検査(ambulation index),Timed 25-foot walk検査,NHPT(nine-hole peg test)検査とPASAT(paced auditory serial addition test)検査をTimed 25-foot walk検査と組み合わせた検査などが行われることがある.
回避すべき薬剤・環境:妊娠を予定している女性の場合,薬剤療法は通常,中止される.
遺伝カウンセリング
多発性硬化症は,遺伝的要因と環境的要因などの多数の要因が複雑に絡み合って発症する遺伝性疾患であることが入手できるデータから裏付けられる.発端者の同胞の発症リスクは推定3~5%であり,両親のうち1人,もしくは2人がMSを発症している場合は29.5%に上昇する.MS患者の子の発症リスクは2~3%であり,両親がMSである場合にはこれより高くなる.
臨床診断
多発性硬化症(MS)は中枢神経系(CNS)の炎症性脱髄性神経変性疾患であり,発症機序は不明である[Noseworthy et al 2000].
20~40歳の発症が最多である[Kurtzke et al 1992, Liguori et al 2000].頻度は低いが,小児期にMSを発症することがある[Ghezzi et al 1997].MSが60歳以上の高齢者に認められることもあるが,臨床徴候や症状がそれまでに認められていたかどうかを判断することが困難であることがある[Martinelli et al 2004].臨床症状が現れる年齢は,少なくとも大多数の症例で,発病年齢と一致しないことに留意すべきであろう.
先行研究から,女性の罹患率は男性の約2倍であることが裏付けられている[Sadovnick & Baird 1982, Wallin et al 2004].最近の疫学的研究では,とりわけ女性における発症年齢の増加が示されており,患者の男女比の女性比率が高まっている[Orton et al 2006, Debouverie 2009, Ramagopalan et al 2009].
診察で認められる臨床徴候や症状で最多なものは,四肢の感覚障害(30%未満),部分的もしくは完全な失明(15%未満),四肢の急性もしくは亜急性の運動機能障害(13%未満),複視(7%),歩行障害(5%)である.
こうした症状や徴候は単一でみられる場合もあれば複数の症状が組み合わさって現れる場合もある.「臨床発作」とみなすためには,症状が最低24時間持続しなければならない.中枢神経系のどの部位にも病変が生じる可能性があるため,MS患者の臨床症状は極めて多岐にわたる.
臨床経過は再発寛解型もしくは進行型,重症もしくは軽症であり,中枢神経軸がすべて広範に侵される場合もあれば,主に脊髄と視神経が侵される場合もある.MSの臨床経過の多様性をもたらす原因についてはほとんどわかっていない.数カ月もしくは数年間病状に変化がない患者でも,深刻な臨床発作が突然起きることがある.今のところ,臨床医が多発性硬化症の臨床経過や障害が増えていく状態を予測することができるバイオマーカーはない.家系内でも,MSの臨床経過は患者ごとにさまざまな形をとりうるため,家系ごとに決まった臨床経過をとるわけではない[Dyment et al 2002].
臨床症状の進行は,実証された評価方法を用いて,神経障害が増えていく状態を記録して評価する.このような評価方法のなかに総合障害度(EDSS)がある[Kurtzke 1983].25年間以上評価を受けているMS患者1000人以上を対象とするコホート集団は多数の研究の対象となっている[Weinshenker et al 1989, Weinshenker et al 1998].こうしたデータから,障害が時間とともに増えていく状態が疾患の経過とともに加速化することが示されている.その他のコホート集団を調査した別の研究グループでも同様の結果が得られている.最近は,多発性硬化症重症度尺度(Multiple Sclerosis Severity Score[MSSS])[Roxburgh et al 2005] や多発性硬化症機能評価(Multiple Sclerosis Functional Composite[MSFC])などのこれ以外の評価方法が疾患の進行の測定に用いられている[Cohen et al 2001].
4種類のMSの臨床型
再発寛解型MS(RR-MS) 当初,MS患者の80%以上は,一定の基準を満たす神経症状の臨床増悪を伴った再発寛解型の経過をたどった後に完全もしくは不完全な寛解に至る[Lublin & Reingold 1997].
発症から約10年後に,RR-MS患者の推定50%が二次進行型(SP)MSと呼ばれる進行性の臨床経過をとる.SP-MSの特徴は臨床発作と寛解ではなく,臨床症状の潜行性の進行である[Confavreux et al 1980, Lublin & Reingold 1997].
一次進行型多発性硬化症(PP-MS) 上記以外の10~20%のMS患者は一次進行型MSと診断される.PP-MSは臨床発作や寛解がない臨床経過をとる場合である[Lublin & Reingold 1997].
PP-MSの人口学的特徴はその他のMSの臨床型とは異なっている:
進行性再発型MS(PR-MS) 進行性再発型MSはごくまれにみられる臨床型であり,まずPP-MSとして発症する.しかし,疾患経過のなかで,PR-MS患者は神経症状の永続的な増悪を呈する[Tullman et al 2004].不完全な寛解後に臨床的増悪を呈したSP-MS患者がこの進行性再発型に属する[Lublin & Reingold 1997].
二次進行型MS(SP-MS) この臨床型の定義に関しては専門家の間で合意は得られていないが,二次進行型とは(1)RR-MS患者のうち,発作から完全な回復をみない場合,(2)PP-MS患者のうち,急性増悪が現れた場合とされる[Lublin & Reingold 1996].
先進国のMS患者の余命は一般人口の数値に近づいている[Sadovnick et al 1992].デンマークの全国予後調査では男女の標準化死亡率(それぞれの疾患による死亡割合を,一般集団で期待される死亡割合と比べた数値)が調べられた[Br?nnum-Hansen et al 2004].一般人口の余命と比べて減少した余命は10~12年であった.
組織病理学 従来,臨床的障害に相当する組織病理学的所見は,斑内における髄鞘の喪失であると考えられてきた.髄鞘が喪失するとイオンチャネルにむき出しとなり,軸索の脱髄領域での活動電位伝搬に障害が起きる.しかし,MSに関する初期の文献で,すでに疾患活動性を有する脱髄病変における著しい軸索障害について記されている.この過程が別個に起こるものであるのか脱髄の結果起こるものであるのかは不明であるが,再び高まっているMSの病理学への関心は疾患の神経変性的過程に向けられている.研究により,部分的もしくは全体的な軸索切断が疾患過程の初期から始まっていることが確かめられており,軸索喪失の蓄積が最終的に神経障害をもたらす可能性があることが示されている[Ferguson et al 1997, van Waesberghe et al 1999].組織病理学的研究から,活動性の高い炎症部位や脱髄部位に切断された軸索や萎縮性軸索が大量に存在することが明らかになっている[Trapp et al 1998].MSでは軸索喪失が中枢神経系の萎縮と臨床上の機能障害をもたらす主な原因であると考えられるが,脱髄化によっても組織容量が低下することがある.
複数の治験責任者のグループが,剖検及び生検時のMS病変における脱髄化パターンの組織学的特徴を4つ挙げている[Lucchinetti et al 1998].この4つのパターンはすべてRR-MS患者から採取された病変で同定されたものであった.一方,PP-MS患者で検出されたパターンは1種類のみであった.この研究からMSの時間経過や病因の不均一性に関する考察が導き出されたが,その一方で最近の組織病理学的研究では,MSの診断が確立した患者から採取した疾患活動性を有する病変に極めて高い同質性が認められ,その特徴はT細胞及びB細胞の浸潤であることが示された[Breij et al 2008].今後の研究により,MS病変の組織病理学的不均一性が実際に起こっている現象であるのか,病変進行を表しているものであるのかを判断しなければならない.MS診断の確立
多発性硬化症(MS)の診断は臨床診断による.
再発寛解型MS(RR-MS) RR-MSは一般に,時間的多発性と空間的多発性が存在する場合,診断基準を用いて診断される.
MRI所見と臨床およびparaclinical手法を特異的に統合して改訂された診断基準により,単一症状の患者,再発寛解型の患者,進行型の患者の診断が容易になった[Polman et al 2005].
一次性慢性進行型MS (PP-MS) PP-MSには一般的な診断基準として認められているものはないが,MS専門医のパネルにより,以下の特異的診断基準が作成された:
多発性硬化症の鑑別診断
MSは臨床的に異質性の高い疾患であるために,鑑別診断には以下が含まれる[Gasperini 2001]:
炎症性疾患及び感染症
脳血管疾患
その他
頻度
世界中でのMSの頻度は推定110万~250万人中1人である[Pugliatti et al 2002].
臨床医によりMSと診断された患者の地理的分布は不均一である.北緯および南緯40~60度における頻度が極めて高い.従って,MSの頻度が10万人中50~120人と高い地域は以下の通りである:
疾患の頻度が10万人中5人と非常に低い地域は以下である:
頻度の低い地域の幾つかでは,最近の数十年で頻度の上昇が報告されているが,これは実際の患者数の増加を表しているの場合もあれば,診断手段の向上による増加を表している場合もある[Callegaro et al 2001, Itoh et al 2003].
原因
環境要因
疫学的および遺伝学的方法からMSにおける感染性病原体の役割が示唆されてきた.少なくとも4つの科学的根拠がMSの疫学における環境要因の関与を裏付けている:
また,発端者の一卵性双生児における一致率が約30%に過ぎないため,非遺伝的要因が発症に関わっていることが明らかとなった.しかし,この不一致はエピジェネティックな要因や確率論的要素が関わっている可能性がある.
検出技術の進歩により検査の感受性は高まってはいるが,MSの発病因子として認められたもの(ウイルス,細菌,毒素)はまだ一つもない.MSの全症例に対して単一原因で特異性と普遍性の双方を兼ね備えた説明が可能となるかもしれないという期待は非現実的である.しかし,現在,エプスタイン-バーウイルス(EBV)[Ascherio & Munger 2007a]とビタミンD[Ascherio & Munger 2007b]がMSの発病に関わっていることを強く裏付ける根拠が得られている.
遺伝要因
多発性硬化症は,いわゆる複合遺伝性疾患に属している.複合遺伝性疾患とは,遺伝的な疾患リスクが中等度であり,多方面から遺伝子-環境相互作用の影響を受ける発症数の多い疾患を指す.
MSの遺伝的要素は同一家系内における多発発生や,地理的条件にかかわらず他の民族(アフリカ系やアジア系)との比較における特定の民族集団(特に北欧系)での発症数の高さから裏付けられる.HLA-DRB1遺伝子とIL7R(CD127)遺伝子の2つは,機能から発症因子の1つであると同定された後,疾患の感受性への関与が明白になった[Oksenberg et al 2004, Gregory et al 2007].ハイスループット遺伝子型判定技術における顕著な進歩をいち早く取り入れて仮説-中立的なMSに関する全ゲノム関連解析が行われた結果,興味深いことに,真の感受性遺伝子と領域がさらに同定され,わずかな遺伝的影響も同定するこのアプローチの検出力が遺憾なく発揮されてこの複雑な神経学的症状の解明につながった.MSに関する全ゲノム関連解析の結果は報告されている[Hafler et al 2007, Wellcome Trust Case Control Consortium 2007, Australia and New Zealand Multiple Sclerosis Genetics Consortium 2009, Baranzini et al 2009].
この全ゲノム解析が行われた後に広範な再現試験やメタアナリシスが試みられ,疾患感受性に影響を与える約12の新規領域との関連性を示す確固たる根拠が得られた.こうした領域は,CD6,CD25(インターロイキン2受容体α;IL2RA),CD40,CD58,CD226,C型レクチンdomain family 16,member A(C-type lectin domain family 16;CLEC16a),異所性ウイルス組み込み部位5(ectopic viral integration site 5 ;EVI5),グリピカン5(GPC5),Gタンパク質信号制御因子(regulator of G protein signaling 1;RGS1),チロシンキナーゼ2(TYK2),腫瘍壊死因子受容体スーパーファミリー1A(tumor necrosis factor receptor superfamily member 1A;TNFRSF1A),インターフェロン調節因子8(interferon regulatory factor 8;IRF8)などである.
MSの対立遺伝子変異型の中には,他の自己免疫疾患における関与が指摘されているものもある.たとえば,IL2RAによる感受性効果はMSの他,1型糖尿病,グレーヴス病,関節リウマチにも現れており,異なる自己免疫疾患における共通の発病メカニズムの存在がうかがわれる[Baranzini 2009].
その他の強力な候補遺伝子(リボソームタンパク質L5[RPL5],キネシンファミリー21b[KIF21B],膜結合性金属エンドペプチダーゼ様1[membrane metallo-endopeptidase-like 1;MMEL1],プロタミン1[PRM1])については,今後,独立した再現試験が必要である.
このようにリスク領域が拡大しているとはいえ,MSの遺伝学の理解は依然として不完全なままである.HLA-DRB1により説明可能であるのはMSの変異型全体の約7%であるが,その他の遺伝子により説明可能であるのは,その他の変異型の約3%である.MSの遺伝子解析の次の段階として妥当なものは,オッズ比1.2以上で共通のリスクアレルが同定できるように検出力を定めた高密度SNPアレイによる10,000症例の全ゲノム関連解析であろう[Oksenberg et al 2008].
コピー数の多様性とエピジェネティックな事象があるとするならば,こうした事象の役割は依然として不明である.
初期や後期の臨床症状の一部に家系内で一致がみられることから,感受性に加えて遺伝子多型も疾患の重症度やその他の表現型に影響を及ぼすことが示された.しかし,表現型の多様性が病因の多様性を真に反映しているものであるか,もしくは調整的役割を果たす特異的遺伝子の存在を反映しているものなのか,もしくは,この2つが何らかの形で結びついたものであるかということは判別困難である.残念ながらMSの自然経過と治療への反応に対する特異的遺伝子の影響を示唆する公表文献は,ほぼすべてといってよいほど,小規模な症例研究もしくは後向き研究であり,中には実証できない表現型に関する評価項目に基づいたものもある.さらに,薬物療法と人口層別化による交絡因子による影響は一般に考慮されていない.また,患者の生殖系変異の蓄積が疾患経過に及ぼす影響がごくわずかである可能性を認識しておくことも重要である.しかし,ある遺伝子のMSの経過に対する遺伝的影響が軽微なものであることがわかったことは,疾患の根本的な発現メカニズムの解明と,有力な治療的手がかりを生み出す際に有益であろう.検査手順
多発性硬化症の診断が確定したら,遺伝性であるかを調べるとよい.神経学的徴候や症状がみられる他の近親に注意しながら,3世代にわたる家族歴を聴取する.近親に関する有益な所見の記録は,近親本人への検査や,臨床検査結果や神経画像診断結果や剖検検査結果などの医療カルテの閲覧により入手できる.
遺伝カウンセリング
遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.遺伝専門医や出生前診断を行っている施設の検索にはGeneTests Clinic Directoryを参照されたい.
遺伝形式
MSの発症機序には遺伝要因の関与が示唆されるが,単純なモデルのみによる説明は考えにくい.多発性硬化症(MS)は遺伝要因と環境要因の相互関係などから生じる複雑な多因子疾患であることを現在のデータは示している.
家系近親のリスク
一般集団の生涯におけるMSの頻度が0.2%であることを考慮すると,一般集団に対する家系近親の年齢調節再発リスクは表1にまとめられる.
表1. 発端者の1度近親の多発性硬化症リスク評価
発端者との関係 | 一般集団に対する年齢調整リスク1 |
---|---|
両親 | 2.0~3.0% |
同胞 | 3.0~5.0% |
子孫 | 2.0~3.0%3 |
症状の治療
疾患修飾性治療薬 ランダム化対照臨床試験の結果,現在承認されているMS治療薬はすべて臨床的再発率と併発する中枢神経系の炎症を抑えることが示されている[IFNB Multiple Sclerosis Study Group 1993, Johnson et al 1995, Jacobs et al 2000, Hartung et al 2002, Polman et al 2006, Rudick et al 2006].
インターフェロンベータ(IFNβ)
RR-MS以外の臨床タイプに対するインターフェロンβの効果はあまり明らかでない.1999年に欧州で行われた二重盲検プラセボ対照試験では,インターフェロンベータ-1b療法がSP-MSの進行を顕著に遅らせるという結果が得られた[European Study Group 1998]..これらの結果は北米の研究で再現性を得ることはできなかった(非公開データ).現在のところ,SP-MS患者の治療薬として承認されているのはインターフェロン-1bだけである.
グラチラマー酢酸塩 多施設共同無作為試験で,グラチラマー酢酸塩(コパクソンCopaxone(R))が増悪回数を29%低下させることが示された[Johnson et al 1995].一部の患者のMRI画像では,グラチラマー酢酸塩療法により1年間の病変容積および脳萎縮の著しい減少が示された.
ミトキサントロン 2002年にミトキサントロン(ノバントロン(R))は増悪する再発進行型の疾患経過を呈するSP-MS治療薬として初めて承認された[Hartung et al 2002].プラセボ対照無作為試験で,ミトキサントロンは病状の進行を64%遅らせ,治療後の再発数を69%低下させた[Hartung et al 2002].
ナタリズマブ 2つの第3相臨床試験によれば[Polman et al 2006, Rudnick 2006] ,ナタリズマブは当初,再発型MS治療薬として2004年に米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けた.その後,どちらかの第3相試験に組み入れられていた2人のMS患者が進行性多巣性白質脳症(PML)と診断された[Kleinschmidt-Demasters & Tyler 2005, Langer-Gould et al 2005].臨床試験の中でナタリズマブを投与されていた別のクローン病患者も,後にPMLと診断された[Van Assche et al 2005].2005年2月にナタリズマブの製造業者はナタリズマブを市場から自主的撤退させ,継続中の臨床試験はすべて中止された.2006年6月にナタリズマブは再発型のMS患者への単剤治療薬として再認可された.
対症療法 疼痛,筋肉の痙攣,疲労感,抑うつ,性機能不全,膀胱・大腸機能障害に対する対症療法には様々な薬剤が用いられる[Krupp & Rizvi 2002].経過観察
定期的な神経学的検査による評価を継続することが疾患の症状を追跡する最も重要な手段であり,こうすることにより疾患の進行度が明らかになる.経過観察の間隔は,臨床症状の活動性により,1か月に1回から2年間に1回で行うことが推奨される.
臨床的な神経学的検査に加えて脳および脊髄のMRI画像診断も,疾患活動性の監視のために,現在では通常検査の一部として定期的に行われている.現在では,画像診断を実施する頻度に関して合意は得られていないし,一般的な同意が得られている画像診断のプロトコルはない.画像診断技術の向上とともに,画像診断のフォローアップ間隔に関して新たな提言がなされることが考えられる.
歩行指数(AI)や神経症状評価尺度(EDSS)[Kurtzke 1983] ,Timed 25-foot walk検査や,Timed 25-foot walk検査(T-25)とNHPT検査(上肢機能測定)とPASAT検査(認知能力測定)[Cutter et al 1999]を組み合わせた多発性硬化症機能的要素検査(MSFC)[Hobart et al 2004]といった検査方法が加わる可能性もある.臨床検査結果を測定するこれらの検査の多くは有用である.しかし,日常の臨床現場では時間の制約がありこれらの適応は限られたものとなる.
回避すべき薬剤・環境
MS症状の増悪に関与する要因は2つある:
リスクのある近親の検査
免疫調節薬による早期の薬物治療的介入により臨床的な効果がもたらされる可能性がある[Jacobs et al 2000, Comi et al 2001, PRISMS Study Group & University of British Columbia MS/MRI Analysis Group 2001].
研究中の治療法
現在では,MSに対する数多くの治験薬および診断手順が評価中である.多発性硬化症の臨床試験に関する情報に関してはClinicalTrials.govで検索すること.
その他
遺伝クリニックは,患者や家族に自然経過,治療,遺伝形式,患者家族の遺伝的発症リスクに関する情報を提供とするとともに,患者サイドに立った情報も提供する.GeneTests Clinic Directoryを参照のこと.
患者情報 本疾患の支援グループや複数疾患にまたがった支援グループについては患者情報を参照のこと.これらの機関は患者やその家族に情報,支援,他の患者との交流の場を提供するために設立された.
窪田美穂(ボランティア翻訳者),櫻井晃洋(信州大学医学部附属病院遺伝子診療部)
Gene Review 最終更新日: 2006.1.10. 日本語訳最終更新日: 2009.7.24.
窪田美穂(ボランティア翻訳者),櫻井晃洋(信州大学医学部附属病院遺伝子診療部)
Gene Review 最終更新日: 2010.5.11. 日本語訳最終更新日: 2011.11.22 (in present)
原文 Multiple Sclerosis Overview (GeneReviews から削除:2017年3月1日確認)