Gene Review著者: Nine Knoers, MD.
日本語訳者: 櫻井晃洋(信州大学医学部附属病院遺伝子診療部)
Gene Review 最終更新日: 2007.3.8. 日本語訳最終更新日: 2007.5.14.
原文 Nephrogenic Diabetes Insipidus
腎性尿崩症(NDI)は尿濃縮ができないことによる,多尿(尿の過剰産生)と多飲(過度の口渇)に特徴づけられる.未治療の罹患新生児は哺乳力低下と発育不全をきたし,他疾患に罹患した時や高温環境,水分補給を控えたりした時に急速に重度脱水に陥る.未治療患者では通常低身長と過大な尿量の結果による尿管や膀胱の二次的拡張がみられる.
診断・検査
NDIは下垂体由来の抗利尿ホルモンAVPの存在にもかかわらず尿濃縮能が低下していることを証明することによって診断される.AVPR2とAQP2の2つの遺伝子がNDIに関連している.分子遺伝学的検査ではAVPR2遺伝子がX連鎖NDIの約95%で,またAQP2の変異は常染色体劣性NDIの約95%で検出できる.こうした検査は臨床的に利用可能である.
臨床的マネジメント
病変に対する治療:
栄養士,小児神経科医,小児内分泌医,臨床遺伝医によるチーム医療を行う;飲水とトイレの使用が自由にできる状況を用意することである;以下の薬剤を用いることにより,高ナトリウム血症をきたすことなく尿量を最大50%減少できる;サイアザイド(ハイドロクロルサイアザイド,クロロサイアザイド),ナトリウム摂取制限,非ステロイド消炎鎮痛薬;脱水やショックをきたした患者に対しては,不足しているのが自由水なのか(飲水不足,過剰な尿,便,汗からの喪失)細胞外液の不足なのか(出血,血管外への体液喪失)を鑑別することが,生理食塩水による不適切な治療を避けるために重要である;水腎症,水尿管症,巨大膀胱に対しては尿量を減らす治療と,残尿が多量の場合には間歇的もしくは持続的な膀胱カテーテル留置が行われる.経口的に何も摂取できない場合は2.5%ブドウ糖液の点滴投与を行う.
定期検査:
小児の成長のモニタリング,無症状の高浸透圧血症や初期の脱水を見つけるための定期的な血中ナトリウム濃度の測定.
回避すべき薬剤や状況:
水分摂取制限.
リスクのある親族の検査:
高ナトリウム血症,脱水,尿路拡張を防ぐため,リスクのある新生児は可能な限り早期に評価を行う.
遺伝カウンセリング
NDIの90%以上の患者ではX連鎖劣性形式で遺伝する.約9%の患者では常染色体劣性遺伝であり,1%では常染色体優性遺伝である.同胞や子のリスクは遺伝形式や親が保因者かどうかによって異なり,多くの家系でこれは分子遺伝学的検査によって確定できる.出生前診断は家系内での遺伝子変異が判明していれば(技術的に)利用可能である.
臨床診断
NDIは以下の所見を示す場合に疑われる.
検査
尿濃縮能の検査
罹患者
X連鎖NDIのヘテロ女性 保因者診断のための夜間尿濃縮試験が提唱されているが,信頼性に欠ける.
分子遺伝学的検査
遺伝子
分子遺伝学的検査:臨床適応
分子遺伝学的検査:臨床的検査法
表1 NDIで用いられる分子遺伝学的検査
検査法 | 検出される変異 | 変異検出率1 |
---|---|---|
シークエンス解析 | AVPR2変異 | X連鎖性NDIの~95% |
欠失/重複解析 | AVPR2欠失 | 1-5%2 |
シークエンス解析 | AQP2変異 | 常染色体劣性NDIおよび 常染色体優性NDIの~95% |
検査手順
発端者での確定診断
遺伝子レベルでの関連疾患
AVPR2 機能獲得型変異が“不適切抗利尿症(nephrogenic syndrome of inappropriate antidiuresis)
“の原因になることが報告されている.
AQP2 AQP2遺伝子変異に関連した他の疾患は知られていない.
臨床像
自然経過腎性尿崩症 典型的なNDI患者は多尿と多飲を呈する.しかし,一部の新生児では,これら所見はしばしば気づかれないか軽度である.こうした新生児では明らかな脱水の所見を示さずに嘔吐,嘔気,哺乳力低下,便秘もしくは下痢,発育不全,原因不明の熱発,不活発,興奮性といった症状をあらわす.大多数の罹患者は生後1年以内に診断される.常染色体優性遺伝性NDIでは症状の出現は遅く,成人初期まで現れない場合もある.
他の患者はより年長の患者と同様,水分補給の不足,高温環境,水分摂取の低下や嘔吐,下痢,発熱など自由水喪失を伴う介入疾患によって急速に重度脱水に陥る.血漿浸透圧の急速な上昇もしくは低下はけいれんや昏睡を招く.時に水腎,水尿管,巨大膀胱などの所見を呈することがある.
NDIと診断されていない,もしくは診断を伝えることができない状態にある患者が脱水に陥っている場合に,特に救急の状況においては生理食塩水の点滴という不適切な治療を受けるおそれがある.これは高ナトリウム血症をさらに悪化させる.長期にわたる,気づかれない,あるいは繰り返す高ナトリウム血症はけいれんや不可逆的な脳障害,発達障害,知的障害の原因となる.早期の診断と適切な治療を行えば知能や寿命は通常障害されない.
未治療患者では,慢性的な多尿が水腎,水尿管,巨大膀胱の原因となる.ある程度の尿路系の拡張は乳児期でも超音波検査で認められる.尿路系拡張に伴って起こりうる合併症としては,尿路破裂,感染,頑固な痛み,膀胱機能障害,腎不全などがある.これらは早ければ10歳代で出現する.患者の生活は常に水を携帯する必要性や頻繁に排尿する必要性のために大きく影響を受ける.たとえ短時間であってもトイレがないことは,外で排尿することがタブーとされる社会では問題となる.学校生活や他の社会活動,グループ活動も障害される.
患者の身長はほぼ常に50パーセンタイルよりも低く,多くは平均-1SDよりも低い.成長の遅れや低身長は治療がうまくいかなかったり,多飲に関連して栄養摂取が不適切だったりすることによる.小児期後期に遅れを取り戻すような身長の伸び(catch-up growth)はおこらない.
部分腎性尿崩症 患者は小児期の後期に診断される傾向がある.低身長や発達遅延はみられず,脱水やDDAVP投与に反応して尿を濃縮することはできるが,正常人に比べると不完全である.
X連鎖性NDIのヘテロ接合体 X連鎖NDIの女性保因者は全く無症状の場合から,さまざまな程度の多尿,多飲を示す場合,さらには罹患男性と同様の症状を呈する場合もある.AVPR2遺伝子変異をヘテロで有する女性で,尿濃縮能(および自覚症状)と白血球における非対象X染色体不活化との関連が1家系で報告されている.遺伝子型と臨床型の関連
一般にX連鎖NDIでは初発症状や発症年齢は一部の例を除いて似通っている.
一部のX連鎖NDIやV2受容体遺伝子変異によるAVP反応不良例では,発症は小児期後期になる.軽症あるいは部分NDIに関連するAVPR2遺伝子変異が同定されている.3家系はD85Nミスセンス変異を有しておりこれはホルモン結合親和性の低下とGs蛋白とのカップリングの低下が示されている.また1家系でみられたG201Dミスセンス変異は細胞表面のAVPR2受容体数の低下を示している.家族歴のないNDI患者で同定されたP322S変異では,Gs/アデニレートサイクレース系を部分的に活性化できた.病名
「腎性尿崩症(nephrogenic diabetes insipidus)」という病名は1947年にWilliamsとHenryによってつけられた.文献の中ではこの病名はバゾプレシン(ADH)抵抗性尿崩症(vasopressin- or ADH-resistant diabetes insipidus)」や「腎性尿崩症(diabetes insipidus renalis)」と同義で用いられている.頻度
NDIの正確な罹病率は不明であるが,まれだと考えられている.最近のカナダケベック州での推測では男性100万人あたり8.8人であった.人口1,600万人のオランダ人で40家系が知られている.DIは異常に大量の希釈尿(比重1.010未満もしくは浸透圧300 mOsm/kg未満の尿が24時間で50 ml/kg体重以上)をみる疾患である.遺伝性のNDIに加え,DIの原因には以下のものがある.
糖尿病 糖尿病に伴う多尿では,尿糖や尿比重の上昇がみられる.
その他 NDIの症状は非特異的なので,発育不全や原因不明の発熱,尿逆流などの症状を呈する乳児に際してNDIが見逃されていたり誤って診断されたりしている可能性がある.最初の診断時における評価
NDIと診断された患者に対して病状を把握するために行う検査
・水腎症や尿管拡張,巨大膀胱の評価のための超音波検査症状に対する治療
最良の治療は栄養師や経験豊富な小児腎臓内科医や小児内分泌科医,遺伝生化学者の協同により達成できる.
一般的なマネジメント
マネジメントの最重要点は飲水とトイレの使用が自由にできる状況を用意することである.乳児では自分の口渇にしたがって水を求めることができないので,通常の食事のほかに水を摂取させることが必要である.深い眠りについている小児や成人では飲水と排尿のために深夜に家族が起こしたり,目覚まし時計で起きたりする必要がある.患者が口渇を感じることができ,他に健康上の問題がない限り,このようにして高ナトリウム性脱水は予防することができる.友人や教師,介護者,近所の人への説明や建設的な解決策を見出そうとする意欲が重要である.
多尿(とそれにともなう多飲)は高ナトリウム血症を招くことなく最高50%軽減することができる.治療は自由飲水の条件で尿量が最初よりも減少した場合に有効であったと判断される.24時間尿量測定は自己申告による尿量評価や排尿回数の計測よりも信頼性が高いが,排尿回数の減少は日常生活上治療が有効であったという印象を抱かせる.
注:サイアザイド治療が開始された時は,患者には一時的にナトリウム利尿による尿量増加をみることがある.
脱水の緊急治療 腎性尿崩症患者が脱水やショックを呈した時は,不足しているのが自由水なのか(飲水不足,過剰な尿,便,汗からの喪失)細胞外液の不足なのか(出血,血管外への体液喪失)を鑑別することが重要である.脱水に対しては生理食塩水による治療がよく行われるが,腎性尿崩症患者で脱水の原因が自由水欠乏である場合にはこれは危険である.
特殊な状況 手術を控えている患者はしばしば何時間にもわたって経口摂取が禁じられる.腎性尿崩症患者ではこうした状況の場合,最初から静注を開始しなければならない.この期間の患者の経口飲水(健常人に比べてずっと多い)のかわりに2.5%ブドウ糖液を投与する必要がある.
水腎症,水尿管症,巨大膀胱 治療には尿量を減らすための薬物療法のほかに,残尿が多量の場合は留置または一時的膀胱カテーテル挿入も行われる.
精神運動発達 重度の脱水や発達の遅れ,確定診断の遅れがあった小児に対しては,学童期以前に正式な発達評価と治療介入を行う必要がある.
二次症状の予防
薬剤治療や2時間ごとの定時排尿によって重篤な腎,尿管,膀胱拡張の予防ができる.
定期検査
回避すべき薬剤や環境
水摂取を制限してはならない.
リスクのある親族の検査
早期に診断して高ナトリウム血症や脱水,尿路拡張による症候を防ぐために,リスクのある新生児になるべく早く検査を行うのが望ましい.
研究中の治療法
軽症型V2R変異によりAVPやDDAVPに対する部分的反応が見られる患者では高用量のDDAVPとサイアザイドの併用によって尿量をかなり減らすことができる.部分腎性尿崩症に対するこの治療法の有効性に関しては今後さらに検討を要する.
インドメタシンのような非選択性COX阻害剤に比べ,選択的COX-2阻害剤は消化管に対する安全性が高いのでNDIに対してはこちらを使用することが勧められていた.男性NDI乳児における,選択的COX-2阻害剤の自由水喪失に対する有効性が報告されている.しかしながら最近,長期の選択的COX-2阻害剤投与が心臓の副作用を招くことが明らかにされたので,その安全性が確認されるまではNDIに対して投与するべきではない.
In vitroの研究により,X連鎖NDIの原因となる大部分のV2R変異や常染色体劣性遺伝性NDIの原因となるすべてのAQP2変異では正常蛋白が小胞体にとどまることが明らかにされたので,細胞質移送に関する薬剤治療の可能性について研究が進められている.X連鎖NDIの治療で期待されているものとしては,細胞透過性のV2R拮抗剤や変異V2Rの細胞質内での滞留を解除する薬剤がある.このようないわゆるシャペロンによる治療は生体での効果の検討が必要である. Bernierら(2006)は,非ペプチド性V1a受容体拮抗薬をAVPR2遺伝子のミスセンス変異を有する患者に投与すると,投与数時間後から尿量や浸透圧に対して有用な効果を示すことを報告した.しかしながらこの薬剤がシトクロームP450代謝経路に影響する可能性が判明したために研究は中断し,長期的効果については評価できていない.薬理学的シャペロンのNDIに対する有用性を確認するには今後さらなる研究が必要である.
ゲンタマイシンのようなアミノグリコシド系抗生物質は変異V2Rのストップコドンを読み飛ばして完全長の蛋白を作らせることができる.しかしながらこの薬剤の腎毒性を考えるとこのような治療法がNDIに適用できる可能性は低い.
種々の疾患に対する臨床研究の情報については,ClinicalTrials.gov を参照のこと.
その他
遺伝の専門家による遺伝クリニックでは個人や家族に対して疾患の自然経過,治療,遺伝形式,家族の遺伝的リスク,入手可能なリソースなどについて情報が提供される.
患者や家族に対して情報を提供し,支援し,他の患者との交流を援助するためのサポートグループが組織されている.関連情報の項にこうした組織情報を掲載してある.「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質、遺伝、健康上の影響などの情報を提供し、彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである。以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価、遺伝子検査について論じる。この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし、遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない。」
遺伝形式
NDIはX連鎖劣性遺伝(90%の家系),常染色体劣性遺伝(約9%),常染色体優性遺伝(1%未満)の形式をとる.
患者家族のリスク X連鎖性NDI
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の子 罹患男性を親に持つ女児はすべて保因者となり,男児は罹患しない.
保因者診断
家系内の患者においてAVPR2遺伝子変異が同定されているのであれば,分子遺伝学的検査によって保因者かどうかを確定することができる.
患者家族のリスク 常染色体劣性NDI
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の子 常染色体劣性NDI罹患者の子はすべて保因者となる.
他の家族 保因者の同胞は50%の確率で保因者である.
保因者診断
発端者の遺伝子変異が同定されているのであれば,分子遺伝学的検査によって保因者かどうかを確定することができる.
患者家族のリスク 常染色体優性NDI
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の子 常染色体優性NDI患者は50%の確率で変異AQP2アレルを子に伝える.
発端者の他の家族 他の家族のリスクは発端者の両親の遺伝学的状況に左右される.もし両親が罹患しているならば,家族にもリスクがある.
関連する遺伝カウンセリング上の問題
家族計画 遺伝学的なリスクの確定や遺伝学的検査を受けるのは妊娠前が望ましい.
DNAバンク DNAバンクは将来的な使用を想定してDNAを(多くは白血球から抽出する)保存しておくものである.遺伝子検査技術や遺伝子,変異,疾患に対するわれわれの認識が将来変化するかもしれないので,DNAの保存が考慮されうる.特に現在可能な検査の感度が100%でない場合には有用である.
出生前診断
X連鎖NDI 家系内のAVPR2遺伝子変異が判明しているX連鎖NDI家系の保因者妊婦に対する出生前診断は技術的には可能である.通常は胎生10-12週に行われる絨毛採取や胎生16-18週に行われる羊水穿刺によって得られた胎児細胞の染色体検査で胎児の性別を判定する.もし胎児が男性である場合は胎児細胞から得られたDNAでAVPR2遺伝子変異の有無を検索する.
訳注:日本では行われていない.
常染色体劣性NDI 家系内のAQP2遺伝子変異が判明しており,常染色体劣性NDIが25%の確率で遺伝するリスクのある妊娠に対する出生前診断は技術的に可能である.通常は胎生10-12週に行われる絨毛採取や胎生16-18週に行われる羊水穿刺によって得られた胎児細胞のDNAを解析する.家系内の罹患者において原因となる変異が同定されている必要がある.
NDIのように知能に影響を与えず,治療法も存在する疾患に対する出生前診断の依頼はあまりない.医療関係者と家族の間には出生前診断に対して,特にその診断が早期診断よりも妊娠中絶を目的としている時には,認識の違いが生じるかもしれない.多くの医療機関は出生前診断についての最終決定は両親の意志を尊重すると考えているが,この問題については注意深い検討が望まれる.
着床前診断 家系内の遺伝子変異が判明している場合には着床前診断が可能である.
訳注:日本では行われていない.
関連情報