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関節可動亢進型エーラスダンロス症候群
(Ehlers-Danlos Syndrome, Hypermobility Type)

[Ehlers-Danlos Syndrome, Hypermobility Type [EDS Hypermobility Type, EDS Type III, Ehlers-Danlos Syndrome Type III]

Gene Review著者:Howard P Levy, MD, PhD
日本語訳者:渡邉 淳 (日本医科大学付属病院 遺伝診療科)
Gene Review 最終更新日: 2010.4.27. 日本語訳最終更新日:2010.5.31.

原文 Ehlers-Danlos Syndrome, Hypermobility Type


要約

疾患の特徴 

関節可動亢進型エーラスダンロス症候群(EDS)は,筋骨格系統を中心とした明らかな合併症が起きるにもかかわらず,最も重症度の低いEDSと一般的に考えられている.皮膚は平滑,ビロード状の感触があり,軽度に過伸展することがある.亜脱臼および脱臼はよくおきる.脱臼は自然にあるいは軽度の外傷で生じ,鋭い痛みを伴う.変形性関節症もよくみられる.急性の脱臼や変形性関節症と関連しない慢性的な疼痛は,重大な合併症であり,身体的にも心理的にも負担となる.挫傷はおきやすい.

診断・検査 

関節可動亢進型EDSの診断は臨床評価および家族歴に基づく.大半の関節可動亢進型EDSは原因遺伝子も未知で座位も不明である.テネイシン(tenascin)X(TNXB遺伝子によってコードされる)のハプロ不全は一部の関節可動亢進型EDSに関連がある.

臨床的マネジメント 

症状に対する治療理学療法は個人に即して対応する.装具(関節安定性を向上する締め金; 下肢関節へのストレスを軽減させる;車椅子あるいはスクーター; 睡眠の質を改善する快適なマットレス) ;鎮痛剤は症状にあわせて処方される;胃炎/逆流/消化遅延/過敏性腸症候群への適切な治療;進行性の大動脈拡張へのβ遮断薬;心理ならびに(または)苦痛に対処す

カウンセリング.

一時症候の予防
関節安定性を向上するために筋張力を増加させる低抵抗運動;指および手が力まない適切な筆記用具.

次合併症の予防
カルシウム(ビタミンD) ;骨密度を最大にする低荷重の負荷運動;

定期検査
骨量減少を確認した場合は,DEXAを2年に一度.

回避すべき薬剤/環境
関節過伸展;抵抗/等尺性運動は関節不安定および痛みを悪化させる可能性がある;負担のかかる運動は,急性亜脱臼,脱臼,慢性疼痛および変形性関節症のリスクを高める;松葉づえ,杖および歩行器は上肢への負荷を増加し,利用には注意が必要.

遺伝カウンセリング 

関節可動亢進型EDSは常染色体優性形式で遺伝する.本症候群と診断される方の大半は片親が罹患している.新生突然変異により引き起こされる割合は不明である.関節可動亢進型EDSの方の児は,それぞれ50%の確率で疾患を受け継ぐ.出生前診断はできない.


診断

臨床診断

エーラスダンロス症候群(EDS)のすべての病型に対する臨床診断基準および新しい病型命名法はBeightonら(1998)により提案された.関節可動亢進型EDSは主に柔らかい皮膚を伴う関節弛緩および易挫傷により特徴づけられるが,他の器官系(特に胃腸・心血管)の症状も頻繁に合併する.古典型EDSとは皮膚および軟部組織のより一層顕著な症状(後述)で区別される.

関節可動亢進型EDSの診断は臨床評価および家族歴に基づく.下記に表示する基準は,Beightonら(1998)の提案に著者の経験を反映し修正した.

大基準 関節可動亢進型EDSの診断にはすべてを認める.

小基準は関節可動亢進型EDSの診断を補助するが,確定には十分でない.

関節過可動性検査の感度と特異度は,個人の年齢,性別および病歴に依存する.

検査

関節可動亢進型EDSの原因は一般に未知である.

分子遺伝学的検査

遺伝子

テネイシン(tenascin)X(TNXB遺伝子によりコードされる)の ハプロ不全を関節過可動亢進型EDSの一部に認める.テネイシンXのハプロ不全では皮膚過伸展性または血液学的所見はなく,関節の典型的症状および柔らかい皮膚がみられる.

表1関節可動亢進型エーラスダンロス症候群の分子遺伝学的検査

遺伝子座名 検査方法 変異検出率1 検査の実施可能性
TNXB 直接DNA2 不明 研究レベル3
  1. 該当遺伝子に対する変異検出検査法の能力
  2. 直接DNAは特異変異解析,変異スクリーニング,塩基配列解析,欠失・重複解析など他の分子遺伝学的検査の組み合わせによる研究検査である
  3. GeneTestに掲載されている臨床的にこの遺伝子解析を行っているところはなく,臨床的に変異同定は研究室でのみ行われている

遺伝学的に関連のある疾患

常染色体劣性形式をとるエーラスダンロス症候群の方に,TNXB遺伝子の変異/欠失をコンパウンドヘテロあるいはホモに有するテネイシンX欠損が報告されている.関節弛緩,皮膚過伸展性,容易に挫傷はおきるが創傷治癒は正常で瘢痕形成はない.隣接遺伝子CYP21A2の欠失による副腎過形成 を合併している方もいる.


臨床像

自然経過

関節可動亢進型エーラスダンロス症候群(EDS)は,筋骨格系統を中心とした明らかな合併症が起きるにもかかわらず,最も重症度の低いEDSと一般的に考えられている.臨床症状には幅がある.診療を必要とした方の多くは女性である.疼痛や主たる関節の合併症は罹患男性ではより少ない.どちらの親から疾患を受け継ぐかによる重症度の差異は明らかではない.

皮膚 皮膚はしばしば柔和あるいはビロード状で,軽度の皮膚過伸展を認めることもある.圧力原性丘疹(体重負荷により踵の皮膚を通じた皮下脂肪の小ヘルニア)をよく認めるが,痛みはほとんどない.皮下球状塊およびモルスクム様偽腫瘍はこの病型の特徴でない.臨床的に有意な皮膚の病的状態はみられない.

筋骨格

痛み

血液

消化管 

心血管

口/歯

産科/婦人科

精神医学 

軟部組織の脆弱 

遺伝子型と表現型の関連

遺伝的原因は,大半の場合で明らかではない.テネイシンXのハプロ不全を伴う少数の関節可動亢進型EDSでは易打撲性および皮膚過伸展を有しなかった.

浸透率

浸透率は100%であると考えられている.症状の幅はとても大きく,特に老齢の男性では関節症状や疼痛を経験していない方もいるので,典型的な症状を明らかにするには注意深い精査が必要とされることもある.

促進現象

促進現象は観察されない.

病名

1997年 Villefranche EDSカンファレンスでエーラスダンロス症候群の分類および命名法を単純化した.III型EDSは,病型を関節可動亢進型に変更された.

「良性家族性過剰運動症候群」は,関節可動亢進型EDSと同一として扱うか,別の症候群として扱うかは意見の不一致がある.これらの違いはわずかで区別は難しく,関節の合併症の程度と皮膚症状の有無に関係する.

しかしながら,関節過可動EDSを有する発端者の第一度近親者は,しばしば比較的無症候性の関節弛緩があり,皮膚症状はないかあっても軽度である.それゆえに,本レビューにおいては,良性過剰運動症候群は関節可動亢進型EDSに含まれるものとして扱う.

頻度

関節可動亢進型EDSの有病率は未知である.推定値は1:5,000と1:20,000の範囲とされ,家族性過剰運動症候群が含むかどうかによっても数値は一部異なってくる.臨床症状に幅があり,罹患男性が少なく見積もられていることから,有病率は予測よりはるかに高くなりそうである.

関節可動亢進型EDSは最も頻度が高い遺伝性結合組織疾患である可能性もある.

鑑別診断

エーラスダンロス症候群(EDS)のすべての病型は,共通してある程度の関節弛緩と皮膚/軟部組織症状がみられる.皮膚および軟部組織脆弱性などの別の結合組織症状によりEDSの他の病型を鑑別する.

慢性疼痛および疲労は,線維筋痛の大きな特徴である.慢性疲労症候群を伴う線維筋痛(慢性疲労症候群または繊維筋痛どちらかのみの場合もある)の患者の一部には, EDSを基礎疾患として持つ群もあるかもしれない.


臨床的マネジメント

最初の診断後における評価

関節可動亢進型エーラスダンロス症候群(EDS)と診断された時には,病状を把握するために以下の評価を行うことがすすめられる.

病変に対する治療

理学療法

補助器具

装具は関節安定性の向上に有用である.整形外科医,リウマチ専門医および理学療法士は,膝および足首のようなよく問題が起きる関節に適切な器具の作成を支援することができる.肩および股関節への装具には課題がある.作業療法士は,指節間関節を安定させる輪状の添え木 ,手首や手首/親指の装具についても検討すべきである.やわらかいネックカラー(耐えられるのであれば)で,頚部痛および頭痛が軽減されることもある.

鎮痛剤

訳注:以下に記載されている薬剤量は日本においての適正量と異なることがあり,実際の使用には充分な検討が必要である.

鎮痛剤は多くは処方不足であり,客観的所見ではなく個々の自覚症状に適合させるべきである.多くの臨床医は疼痛管理の専門家と連携するが,主治医が疼痛を管理することもある.

注)下記服用事項はすべて肝臓あるいは腎臓病のない成人向けである.それ以外の人に関しては,調整が必要となることもある.

手術および他の処置

骨密度 治療は,骨密度の低い一般の人と同様である.歩行やエレプティカルトレーナーを使用する単純な荷重負荷運動は静止時筋緊張の増加だけでなく,骨密度の維持に有用であると考えるべきではない.

血液 

消化管

心血管

精神

一次病変の予防

関節の安定性の向上は,筋緊張(意識的に動かす筋力に対しての潜在意識下の静止筋収縮)を増加させる低抵抗運動により達成されるかもしれない.例えば,ウォーキング,サイクリング,低いインパクトのエアロビクス,水泳あるいは水中練習や抵抗のない単純な運動練習である.繰り返し,頻度または持続時間を増すことにより進展がみられる.抵抗を増してはいけない.顕著な進歩を認識するには数か月または数年かかるかもしれない.

広いグリップを持つ筆記用具は,指および手関節上の負荷を低減できる.筆記用具の軸を母指と示指の間に水かきに置いて,先を遠位指節または示指か中指の中節骨の間(指の先ではなく)で固定するという一般的ではないグリップにより,指節間,中手指節関節および手根中手関節にかかる力が大幅に減少される.この調整により,母指の基部と人差し指の痛みが顕著に減少する.

二次病変の予防

骨密度を最大限に保つために,カルシウム(500-600 mg 分2),ビタミンD(毎日400ユニット)および最小限の体重負荷運動が推奨される.

経過観察

骨損失を確認する場合は1年おきにDEXAを行うべきである.大動脈の拡大の長期予後,心エコーの検診間隔は現在未知である.大動脈起始部が正常径である成人において,約5年ごとの心エコー実施は合理的である.大動脈起始部が正常径である小児と青年では,著者の経験では成人期までに1~3年毎の検査が望ましい.大動脈起始部径の増大が体表面積の増大と比べてより早くなる場合,より頻繁なモニタが適切である.

回避すべき薬剤や環境

関節過伸展は避けなければならない.関節可動亢進型EDSを伴う個々人は,正常関節伸展範囲について教育を受け,それを超えないよう注意が必要である.

レジスタンス運動は関節不安定および痛みを悪化させることがある.弾性の抵抗バンドを含にも注意すべきである.一般的に,抵抗を上昇するよりも,運動の回数を増やす方が良い.

等尺性筋運動は,もし大きい力(抵抗)を使う場合,問題になることがある.

負担のかかる運動は,急性亜脱臼,脱臼,慢性疼痛および変形性関節症のリスクを高める.

フットボールのようないくつかのスポーツはそれ故に禁忌となる.しかし,多くのスポーツや行動は,適切な予防措置では許容される.

カイロプラクティックは厳密には禁忌ではないが,医原性亜脱臼または脱臼を防ぐために,注意して行われるべきである.
松葉づえ,つえおよび歩行器は増加する負荷を上肢に与えるため,用心深く使用するべきである.

リスクのある血縁者の検査

第1度近親者での関節可動亢進型EDSとなるリスクは50%であり,正しい臨床評価を受けることが望まれる.明らかに臨床症状のないものは,彼らが罹患者と知ることに直接的な利益はないかもしれないが,児にリスクがあると知る意味では有意義かもしれない.幼児(5歳未満)は正常でも関節弛緩があり評価は困難である.
リスクのある血縁者の遺伝学的検査に関連する遺伝カウンセリング事項については,遺伝カウンセリングの項を参照.

研究中の治療法

種々の疾患に対する臨床試験に関する情報は,ClinicalTrials.govを参照.

その他

ビタミンCはコラーゲン細線維の架橋結合のための補助因子である.毎日500 mgの補給は,いくつかの症状を改善するかもしれない.高用量では排泄され,増量による臨床的効果はない.ロサルタンは,マルファン症候群やロイス・ディエツ症候群において大動脈瘤の治療および予防のために検討中である.もし安全で,有効である,と証明されれば,同様に関節過可動亢進型EDSで大動脈肥大を有する方にそれを使用することは合理的かもしれない.

臨床遺伝の専門家による遺伝診療は患者やその家族に対して,個々の方に合わせた有用な医療資源の情報と自然歴,治療法,遺伝形式,他の構成員への遺伝リスクの提供を提供する.


遺伝カウンセリング

「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」

遺伝形式

関節可動亢進型エーラスダンロス症候群(EDS)は,常染色体優性様式で遺伝する.

患者家族のリスク

発端者の両親

発端者の同胞

発端者の同胞のリスクは,発端者の両親の遺伝的状況による:

発端者の子

関節可動亢進型EDSの方の子は,それぞれは50%で変異を受け継ぐ.しかし,症状に幅があるため,受け継いだ児の重症度を予測するのは難しい.

発端者の他の家族 

それ以外の家族へのリスクは,発端者の両親の遺伝的状態による.親に症状がある場合,対象家族はリスクを負う.

遺伝カウンセリングに関連した問題.

罹患者においてもその子孫においても関節可動亢進型EDSは他のいかなるタイプのEDSに発展しないということと,関節可動亢進型による早期死亡リスクの増大はないということを罹患者および対象家族に強調する価値はある.

一見したところ新生突然変異によると思われる家系において考慮すべきこと

常染色体優性遺伝病の発端者の両親のいずれにも,原因遺伝子変異や臨床所見を認めない場合,発端者の症状は,新生突然変異によるものであると予測される.しかし,生物学的な父や母が異なったり,養子である可能性など,非医学的要因も考慮する必要がある

家族計画 

DNAバンキング DNAバンキングは、(通常は白血球から抽出された)DNAを将 来の使用のために保存しておくものである。検査法や遺伝子、変異および疾患に対する我々の理解が将来進歩するかもしれないので、罹患者のDNAの保存は考慮すべきで ある。現在利用可能な検査の感度が100%ではないような時、DNAバンキングは特に重大なかかわりをもつ。DNA バンキングを提供している研究室一覧については参照。

出生前診断

関節可動亢進型EDSの大多数の場合,原因である遺伝子は識別されていないため,出生前診断は利用可能ではない.TNXBによって引き起こされる関節可動亢進型EDSの出生前診断のための分子遺伝学的検査を提供している研究所は,GeneTests Laboratory Directoryに掲載されない.しかし, TNXB遺伝子変異を同定した家族には出生前診断は技術的に可能である.


更新履歴:

  1. Gene Review著者:Howard P Levy, MD, PhD
    日本語訳者:渡邉 淳 (日本医科大学付属病院 遺伝診療科)
    Gene Review 最終更新日: 2010.4.27. 日本語訳最終更新日:2010.5.31.
    [ in present]

原文 Ehlers-Danlos Syndrome, Hypermobility Type

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