GeneReviews著者: Stefan-M Pulst, MD
日本語訳者:吉村祐実 (翻訳ボランティア),櫻井晃洋(札幌医科大学医学部遺伝医学)
GeneReviews最終更新日: 2019.2.14 日本語訳最終更新日: 2022.6.8
原文 Spinocerebellar Ataxia Type 2
疾患の特徴
脊髄小脳失調症2型(SCA2)は進行性の小脳失調を特徴とし,眼振,緩徐衝動性眼球運動(slow saccadic eye movements),そして一部の患者では眼筋麻痺やパーキンソニズムを起こす.錐体路徴候もみられ,深部腱反射は病初期には亢進し,後期には消失する.典型例では30歳代に発症し,10-15年の経過で死亡する.
診断・検査
SCA2の診断はATXN2におけるCAG反復配列の異常伸長を検出する分子遺伝学的検査に依る.患者でのCAGリピート数は33回以上である.
臨床的マネジメント
症状の治療:
SCA2患者のマネジメントは支持療法が中心となる.患者の活動能力を維持しなければならない.つえや歩行器は転倒予防になる.手すりをつける,トイレの便座を高くする,車椅子移動がしやすいように段差をなくし傾斜をつける,などが必要であろう.言語療法や,筆記用具,コンピューター作動性のコミュニケーション機器は,構音障害のある患者には有効であろう.少しだけ重くした食器やドレッシングエイドは有用で,自立感が維持できる.嚥下困難が問題となってくれば,嚥下造影検査により,最も誤嚥を起こしにくい食物の固さを決定できる.
一次症状の予防:
ビタミン剤の摂取は推奨される.体重のコントロールは歩行障害や移動障害を軽減するのに役立つ.
二次的な合併症の予防:
運動障害や失調について経験豊富な医師による毎年の定期診察.
サーベイランス:
小脳の機能に影響することが知られているアルコールや薬剤は避けなければならない.
遺伝カウンセリング
SCA2は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)である.患者の子は50%の確率で伸長したCAGリピートを受け継ぐ.特に,父親から受け継がれた場合にCAGリピートが著しく増加する可能性がある.家族が罹患していると分子遺伝学的検査で確認された場合,リスクの高い妊娠に対する出生前検査が可能である.
示唆的所見
脊髄小脳失調症2型(SCA2)を疑うべき所見は,
診断の確定
SCA2の診断は,発端者におけるヘテロ接合性病的バリアントの検出によって確定される(表1参照).SCA2の臨床的特徴のみでは,診断を確定できない.したがって,診断は分子遺伝学的検査による.
アレルのサイズ
注:CAGリピートの伸長がCAAリピートによって中断していたとしても,リピート長による病原性は変わらない.なぜなら,CAAはCAGと同じく,グルタミンをコードしているからである(Costanzi-Porriniら2000).しかし,CAAによる中断により,減数分裂時の不安定さが緩和される(Choudhryら2001).逆に,CAAによる中断がなければ,一部の伸長したアレルでは不安定さが増強され,子供がさらに伸長したリピートを受け継ぎ,疾患を発症するリスクが増加する.
分子遺伝学的検査の手法に単一遺伝子検査やマルチジーンパネルが含まれる.
表1 SCA2の遺伝子検査
遺伝子1 | 検査方法 | 検出可能な病的バリアント2を有する病的バリアントの割合 |
---|---|---|
ATXN2 | 病的バリアントに対する標的解析3 | ~100% |
注意:明らかな家族歴のない患者と比較し,運動失調の家族歴が陽性の患者の検査では,検査陽性率が高くなる.
自然経過
神経病理
キューバのオルギン州の7人の患者の病理解剖が報告された(Orozcoら 1989).小脳のプルキンエ細胞の数が非常に減少していた.鍍銀標本では,プルキンエ細胞の樹状突起は突起の形成が悪く,軸索は顆粒層を通過するところでトルペード様変性をしていた.平行する線維は乏しく,顆粒細胞数が減少し,一方,ゴルジ細胞や籠細胞は,歯状核や他の小脳核と同様に,よく維持されていた.脳幹では下オリーブ核と橋小脳核のニューロンの消失が顕著であった.7人中6人では黒質の消失が顕著であった.解析できた5人の脊髄では,後柱の顕著な脱髄と,脊髄小脳路の軽度の脱髄がみられた.運動ニューロンとクラーク柱のニューロンで,その径と数が減少していた.腰髄と仙髄で,前根と後根が部分的に脱髄していた.視床と,橋の被蓋網様核の変性が報告されている(Rubら 2003,Rubら 2004,Rubら 2005).
さらに,Orozcoら(1989)は,特に前頭側頭葉に顕著な重度の脳回萎縮を報告している.大脳皮質は薄いが,神経細胞の菲薄化はない.大脳白質は萎縮しており,グリア変性している.黒質-ルイ体-淡蒼球経路の変性は主に黒質がおかされる.ある1例では,第3脳神経の領域の斑状の消失が示されている.Adamsら(1997)は,同様の所見を1例報告している.
遺伝型と臨床型の関連
発端者 一般に,発症年齢とCAGリピートの長さとの間には明らかな逆相関がある.しかし,リピート長から個人の疾患の重症度や発症年齢は予測できない.
CAGリピート数はジストニア,ミオクローヌス,およびミオキニアを有する患者の方が有意に多く,一方ではCAGのリピート長および罹病期間は筋萎縮,線維束性収縮,腱反射の低下,下肢の振動覚および緩徐な衝動性眼球運動に影響する.
伸長したATXN2アレルのホモ接合性は発症年齢に影響しないと考えられる(Sanpeiら1996).
リスクのある家族.発症年齢,重症度,症状のタイプおよび疾患の進行は様々であり,家族歴や分子遺伝学的(DNA)検査によって予測することはできない.
浸透率
確定診断,アレルサイズおよび遺伝型表現型の相関を参照
促進現象
世代を経るにつれ,表現型の重症度が増加し,発症年齢が早くなる現象を表現促進現象と呼び,SCA2でみられる.ATXN2遺伝子のCAGリピートが子に受け継がれるのに従って伸長するという性質で,次の世代での発症年齢の早期化を説明できる.
完全浸透型アレルや不完全浸透型アレルが父親を通して伝達されていることは,減数分裂での不安定性を示している可能性が高く,結果として表現促進現象につながる.リピート数が43回で,22歳に発症した男性の子が,乳児期に無呼吸,筋緊張低下,嚥下困難で,CAGリピート数が202回のアレルを受け継いでいた,という報告がある(Babovic-Vuksanovicら,1998).(Maoら2002)はサザンブロット法を用いて,広範な伸張を有する患者4例を特定した.
病名
以前に,SCA2や他の遺伝性の失調症に対して使われていた用語に,Marie失調症,OPCA,不全型Friedreich失調症がある.これらの用語はもう使用しない.
頻度
Geschwindら(1997b)は,UCLAの失調症クリニックにかかっている異なる人種の患者で,SCA2は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)性小脳失調症(ADCA)の13%を,SCA1が6%,SCA3が23%を占めることを示した.ドイツの複数の失調症クリニックからのさらに大きな統計では,SCA2はADCA家系の14%を占めた(Riessら1997).Cancelら(1997)の人種や出身が様々な184名からなる患者集団での統計でも同様の数字(15%)であった.ベイラー失調症クリニックでは,SCA2はADCAの中で最も頻度が高い(18%)(Lorenzettiら1997).SCA2は韓国で最も頻度の高いADCAである(Leeら2003)(Ataxia overviewの項を参照).
SCA2は大学医療センターの失調症クリニックを受診する患者によくみられる(Moseleyら1998).常染色体顕性遺伝(優性遺伝)による症例は15%,散発例(家族内で1人だけが罹患)は2%であった.
遺伝子レベルでの関連疾患
失調に加え,L-ドーパ反応性パーキンソニズム(失調は伴う場合も伴わない場合もある)を呈する個人および家系が報告されている.
本稿で扱われる疾患に対する遺伝学的検査の実施可能性に関する最新情報は,GeneTests Laboratory Directoryを参照のこと.―編集者注.
SCA2か他の遺伝性の失調症かを鑑別することは難しく,不可能なことが多い(Hereditary ataxia overview の項を参照).鑑別診断は,パーキンソン病や後天性の小脳失調症をも含めるべきである.
SCA2は成人発症の孤発性進行性失調症,多系統萎縮症(MSA; Shy-Drager症候群,OMIM:146500),L-ドーパ反応性パーキンソニズム,非定型のFriedreich失調症,筋萎縮性側索硬化症とも鑑別せねばならない(Abeleら2002,Neuenschwanderら 2014).
表2. SCA2の患者が示す表現型の頻度 SCA1,SCA3およびSCA6の患者との比較
表現型 | SCA2 | SCA1 | SCA3 | SCA6 |
---|---|---|---|---|
小脳機能異常 | 100% | 100% | 100% | 100% |
衝動性眼球運動速度の低下 | 71%-92% | 50% | 10% | 0%-6% |
ミオクローヌス | 0%-40% | 0% | 4% | 0% |
ジストニアや舞踏病 | 0%-38% | 20% | 8% | 0%-25% |
錐体路症状 | 29%-31% | 70% | 70% | 33%-44% |
末梢神経障害 | 44%-94% | 100% | 80% | 16%-44% |
知能低下 | 31%-37% | 20% | 5% | 0% |
頻度はGeschwindら[1997a], [1997b]およびSchölsら [1997a], [1997b]のものを編集した.
最初の診断時における評価
脊髄小脳失調症2型(SCA2)患者の疾患の程度を確立するために,以下の評価が推奨される.
病変に対する治療
疾患の進行を遅らせたり止めたりする治療法が見つかっていないので,対症療法となる.運動や理学療法によって,筋肉の協調運動障害や弱力化の進行を阻止することはできないが,患者は活動能力を維持する必要がある.つえや歩行器は転倒予防になる.手すりをつける,トイレの便座を高くする,車椅子で移動がしやすいように段差をなくし傾斜をつけるといった住居の利便性を図った改良が必要であろう.言語療法や,筆記用具,コンピューター作動性のコミュニケーション機器は,構音障害のある患者には有効であろう.
少しだけ重くした食器やドレッシングエイドは有用で,自立感が維持できる. 嚥下困難が問題となってくれば,嚥下造影検査により,最も誤嚥を起こしにくい食物の固さを決定できる.視床を刺激することで,ひどい振戦が改善したという報告が1例ある(Pirkerら2003).また,視床下核を刺激することで改善したという報告が1例ある(Freundら,2007).
二次病変の予防:
症状の改善に有効な食事要因は知られていないが,特にカロリー摂取が低下している症例ではビタミン剤の摂取は推奨される.歩行障害や移動障害が悪化する可能性があるため,体重のコントロールは重要である.
経過観察
運動障害や失調について経験豊富な医師による毎年の定期診察.
回避すべき薬物や環境
小脳の機能に影響することが知られているアルコールや薬剤は避けるべきである.
リスクのある血縁者の評価
遺伝カウンセリングとして扱われるリスクのある親族への検査に関する問題は,「遺伝カウンセリング」の項を参照のこと.
研究中の治療法
種々の疾患に対する臨床試験については,ClinicalTrials.govClinicalTrial.GovおよびEU Clinical Trials Registerを参照のこと.
注意:本症の臨床試験が行われていない可能性がある.
その他
小脳性の振戦に対して,振戦のコントロール薬は効果がない.
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
脊髄小脳失調症2型(SCA2)は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)疾患である.
患者家族のリスク
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の同胞に対する罹患リスクは両親の遺伝学的状況による.
発端者の子
発端者の他の家族
家族内の他のメンバーのリスクは発端者の両親の遺伝型に依存する.もし,片親が伸長したATXN2アレルを有していたら,その血縁者はリスクを有する.
遺伝カウンセリングに関連した問題
リスクのある個人.
発症年齢,重症度,症状のタイプおよび疾患の進行速度は多様であり,家族歴や遺伝学的検査の結果でこれらを予測することはできない.
リスクのある無症状の家族に対する検査
SCA2のリスクのある成人に対する遺伝学的検査は,家系内の罹患者におけるATXN2遺伝子のCAGリピートの伸長が確認されていれば可能である.この検査は未発症者の発症年齢,病気の重症度,症状のタイプ,症状の進行の速度などを予測することには有用でない.そのような検査で起こりうる結果(社会経済的変化および検査結果が陽性の個人に対する長期的な追跡調査と評価の必要性を含むがこれらに限定されない)、および予測検査の能力と限界は、検査の前に正式な遺伝カウンセリングで議論されるべきである.
18歳未満の無症状者に対する検査
SCA2であると確定診断された家族の場合,症状が現れたら年齢に関係なく検査を受けるのが適切である.
家族計画
出生前診断および着床前診断
罹患した家族にATXN2のバリアントが同定された場合,リスクの高い妊娠に対する分子遺伝学的検査を用いた出生前診断が可能な場合がある.
注:出生前診断では,高度に伸張したATXN2のアレルが検出される可能性があることを考慮に入れておかなければならない(Babovic-Vuksanovicら,1998)
出生前診断については,専門医の間でも家族によっても考え方が異なるだろう.特に,検査が早期診断というよりむしろ妊娠中絶を考慮したうえで行われる場合にはなおのことである.たいていの医療機関では出生前診断を受けるかどうかの決定は両親の選択に委ねると考えるであろうが,この問題に関しては慎重な議論が必要である.
Gene Review著者: Stefan-M Pulst, MD
日本語訳者: 吉村祐実 (翻訳ボランティア),櫻井晃洋(札幌医科大学附属病院遺伝子診療室)
Gene Review 最終更新日: 2015.11.12 日本語訳最終更新日: 2016.7.17.
(in present)