Gene Review著者: Henry Paulson, MD, PhD
日本語訳者: 吉村祐実(翻訳ボランティア),櫻井晃洋(信州大学医学部附属病院遺伝子診療部)
Gene Review 最終更新日: 2011.3.17. 日本語訳最終更新日: 2012.8.4.
原文 Spinocerebellar Ataxia type 3
疾患の特徴
マシャド・ジョセフ病(MJD)としても知られるSCA3は,進行性の小脳失調に加えて,さまざまな神経徴候-ジストニア-筋固縮症候群,パーキンソン症候群,ジストニアと末梢神経障害の混在-を呈する.病気の進行とともに幅広い神経症状・徴候を呈するようになる.
診断・検査
SCA3の診断は分子遺伝子検査にてATXN3におけるCAG三塩基反復配列の異常な伸長を証明することによりなされる.患者でのCAG三塩基反復数(リピート数)は52-86回である.遺伝子検査は正診率100%で臨床応用されている.
臨床的マネジメント
症状の治療:病気の進行を遅らせる,あるいは停止させるような治療法がないため,対症療法となる.パーキンソニズムに似たムズムズ脚症候群,錐体外路症候群はリオレサールやドーパニンアゴニストに反応することがある.痙縮,流涎および睡眠障害はリオレサール,アトロピン様作用薬剤,催眠薬に反応することがある.ジストニアおよび痙縮に対してボツリヌス毒素が用いられてきた.日中の疲労感はモダフィニルのような精神刺激薬,鬱が伴えば治療する必要がある.患者は活動的でなければならない.杖や歩行器は転倒予防に,電動車椅子は自立を維持するのに役立つ.言語療法やコミュニケーション機器は,嚥下困難を伴う患者の構音障害や食事制限に有益である.ある程度重くした食器や洋服掛けは自立感の維持に役立つ.
二次病変の予防:自宅の安全性を高めるためのリフォーム.カロリー制限が必要な場合,ビタミンの補充が薦められる.歩行や移動を容易にするために,体重コントロール.全身麻酔に注意すること.
追跡調査:言語能力,嚥下の評価,歩行機能を年に1,2回実施する.
遺伝カウンセリング
SCA3は常染色体優性遺伝性疾患である.発症者の子供は50%の確率で遺伝子変異を受け継ぐ.家族に罹患者が確認された場合,胎児に対する出生前遺伝子診断は技術的には可能である.
臨床診断
下記のような特徴を有する患者は,マシャド・ジョセフ病(MJD)としても知られるSCA3の診断を考慮すべきである[Lima & Coutinho 1980, D’Abreu et al 2010].
他の優性遺伝性小脳失調症と臨床所見が共通するため,SCA3の診断は分子遺伝学的検査を要する.
検査
画像検査
MRI
脳の画像検査では橋小脳の萎縮を示す.もっとも頻繁にみられる異常は第四脳室の拡大であり,これによって小脳および脳幹が萎縮する.MRIで明らかになる脳萎縮の程度は大きく異なり,広範囲な臨床的多様性が認められる.ヨーロッパで実施された自然歴を検討する大規模試験では,SCA3における臨床的機能障害は脳幹全体の萎縮の程度と相関する.
また,T2およびFLAIR像にて内側淡蒼球の異常な線形高信号(abnormal linear high intensity)が認められている.
神経伝導検査(NCV)
神経伝導速度の検査ではしばしば運動神経とともに感覚神経の障害を証明できる[Lin & Soong 2002, Franca et al 2009].
神経病理学的検索では典型的には橋核,黒質,視床,前角細胞や脊椎のクラーク柱,前庭神経核,多くの脳神経運動核,脳幹核での神経細胞脱落を認める[Ru¨b et al 2002, Ru¨b et al 2004a, Ru¨b et al 2004b, Ru¨b et al 2006].小脳は萎縮するものの,一部の患者のプルキンエ細胞や下オリーブ核ニューロンは比較的保たれる[Sequeiros & Coutinho 1993].
最近の神経病理学的研究によって,SCA3では退化は小脳,脳幹,大脳基底核に限局せず,むしろ広範囲に及ぶことが証明されている[Ru¨b et al 2008].しかし,本症では一般に大脳皮質は保たれている.
分子遺伝学的検査
GeneReviewsは,分子遺伝学的検査について,その検査が米国CLIAの承認を受けた研究機関もしくは米国以外の臨床研究機関によってGeneTests Laboratory Directoryに掲載されている場合に限り,臨床的に実施可能であるとする. GeneTestsは研究機関から提出された情報を検証しないし,研究機関の承認状態もしくは実施結果を保証しない.情報を検証するためには,医師は直接それぞれの研究機関と連絡をとらなければならない.―編集者注.
遺伝子
ATXN3(以前にMHD1として知られた)は,SCA3の原因として知られる唯一の遺伝子である.MJD遺伝子内のCAGリピートは不安定で多型性が見られる.SCA3の患者では一様にCAGリピートが過剰に伸長している.MJD遺伝子内のCAG三塩基リピートは原因遺伝子ATXN3内のポリグルタミン鎖をコードする(表2参照).
アレルサイズ
分子遺伝学的検査:臨床的利用
検査は通常,ATXN3 遺伝子内のCAGリピート領域をPCRにて増幅しゲル電気泳動またはキャピラリー電気泳動を実施する.リピート数が約100回を超えると検出できないことがある.しかし,リピート数の上限は研究所によって異なる.
本疾患の遺伝子検査を表1に要約した.
Gene Symbol | 検査方法 | 検出可能な変異 | 変異の検出率1 | 検査の利用法 |
---|---|---|---|---|
ATXN3 | 変異解析 | MJD遺伝子内のCAGリピートの過剰伸長 | 100% | 臨床における診断 |
1. 当該遺伝子に存在する1つの変異を検出する際に用いられる検査方法の精度
検査結果の解釈 略
分子遺伝学的検査:臨床的検査法
発端者の診断では,MJD遺伝子内のCAGリピートの過剰伸長を同定する必要がある.
発症前診断
リスクのある無症状の成人に対する発症前診断では,事前にその家系におけるMJD遺伝子内のCAGリピートの過剰伸長を同定する必要がある
出生前診断・着床前診断
胎児に遺伝のリスクのある妊娠における出生前診断および着床前診断では事前にその家系におけるMJD遺伝子内のCAGリピートの過剰伸長を同定する必要がある.
注:GeneTests Laboratory Directoryの掲載施設で実施可能な臨床検査を載せることがGeneReviewsの方針である.ここで掲載されている検査は必ずしも著者や編集者や審査者の推奨を反映するものではない.
遺伝子レベルでの関連疾患
ATXN3遺伝子の変異による疾患はSCA3の他にはない.
自然経過
マシャド・ジョセフ病(MJD)としても知られる脊髄小脳失調症3型(SCA3)は主に小脳失調および錐体路徴候を特徴とし,それに様々な程度のジストニアや筋固縮,末梢性の筋委縮などの錐体外路症候群を伴う.
SCA3の発症年齢は多様であるが,およそ10-60歳代である.アゾレス諸島出身の患者での大規模研究によれば,平均発症年齢は37歳である.各症状の発症はCAGリピートの長さによって異なる.
初発症状は歩行障害,発語困難,動作の不器用さ(clumsiness)であり,しばしば視力障害や複視を伴う.進行性の小脳失調,深部腱反射の亢進,眼振,構音障害は病初期に見られる.上位運動ニューロン徴候が初期に顕著になることが多々あり,一部の家族では遺伝性痙性対麻痺に似た症状がある[Wang et al 2009, Gan et al 2009].
病気が進行すると,歩行が困難となり,発病から10-15年で車椅子などの補助具が必要となる.衝動性眼球運動は徐々に緩徐となり,眼麻痺が出現してくる.眼球運動障害は当初は上方視の制限であるが,非共同性眼球運動が障害され,複視が生じる.同時期にその他の脳幹症状も出現してくる.これらの脳幹症状には側頭筋・顔面筋の萎縮,動作によって誘発される特徴的な口周囲の不随意収縮,舌の萎縮と線維束攣縮,嚥下障害,咳き込み困難や分泌物の喀出困難が含まれる.しばしばじっと凝視するような眼差し(staring appearance to the eyes)が見られるが,口周囲の線維束攣縮同様にSCA3/MJDに特異的なものではない.
他の所見には以下のものがある.
後には遠位部の感覚脱失,アキレス腱反射あるいは他の深部腱反射の消失,筋萎縮などの多発性末梢神経障害の症状が出現する[Franca et al 2009].筋萎縮を伴う高度の四肢失調,失調性歩行が見られるが,深部腱反射は亢進する場合もあれば消失する場合もある.患者は座位ができなくなり,起立位保持に悪影響を及ぼす.
疾患の後期段階では,車椅子が必要となり,重度の構音障害,嚥下困難,顔および一時的な萎縮が見られ,咳き込み困難,ジストニア姿勢や眼麻痺が頻繁にみられ,時に瞼痙攣も起きる.病状は進行性に悪化し,発症から6-29年で呼吸器合併症や悪液質にて死亡する.最近のブラジルの研究では,発症年齢の平均が36歳であり,発症後の平均生存期間は21年であることが判明した.
SCA3のサブタイプ
時折,同様のアレルサイズの家族員において,ジストニア-筋固縮症候群,パーキンソン症候群,ジストニアと末梢神経障害の混在といった異なる病像を呈することがある.
中年以降に発症した患者では,運動失調,全身性反射消失,筋委縮の混在といった障害がしばしばみられる.
ポルトガルの研究者らは,表現型多様性に基づき, SCA3を数種類のタイプに分類した.一部の患者では,あるタイプが疾患の過程で他のタイプに発展することがある.患者を特異性の高いSCA3のサブタイプに分類する臨床的価値はほとんどない.その理由の一部に,部分的に重なるサブタイプはかなりの数に上るためである.しかし,サブタイプの存在によって,SCA3の極端な臨床的多様性が明らかにされている.
病理
遺伝子型と臨床型の関連
発端者 他のCAG三塩基反復配列伸長疾患と同様に,発症年齢と異常アレルにおけるCAGリピートの長さとの間には明らかな逆相関があり,遺伝子型と表現型の関連を検討した1990年代に実施された一連の試験の結果,相関係数は-0.67~-0.92であると示された.しかし,最近,ヨーロッパの研究者が,CAGリピートの長さによってSCA3の発症年齢が変わるのは46~48%に過ぎないことを明らかにし,このことは,他の遺伝的要因および非遺伝的要因も一因となることを示した[van de Warrenburg et al 2005, Globas et al 2008].また,リピート数と臨床型には緩い相関がある.
I型(dystonic-rigid form;ジストニア-筋固縮症候群)と分類された患者は,II型(運動失調症および錐体路徴候)およびIII型(末梢の筋委縮)と診断された患者よりリピート数が多くなる傾向がある.一般に,III型の患者は成人期後期に発症し,多発性神経障害が著明であり,平均CAGリピート数は73以下である.また,Sasakiらの研究によると,平均CAGリピート数はI型患者で80,II型患者で76,III型では73であるとされている.
おそらくすべての患者ではなく,一部の患者において予測される発症年齢はリピート数が世代を経るごとに伸長することで説明できる.最も長いリピート数の一部が中国のZhouらによって報告されている(11歳と5歳の小児2例で,リピート数はそれぞれ83および86)[1997].
症状の重症度は,発症時期と関連するが,家系で変化する.2家族が罹患した一例は,患者の2つのグループが発症年齢によって特徴づけられたYemenese家族である[Lerer et al 1996].70歳で死亡した絶対的ヘテロ保因者は無症状であり,リピート数68の別の患者は66歳の時点で無症候性であった.少数の他の家系で,同型の患者が報告されている[Lerer et al 1996, Carvalho et al 2008].しかし,Yemenese家系のホモ接合体の多くは他の家系のヘテロ接合体と比較すると重症化していない.
浸透率
三塩基リピート数の伸長によって起こる他のSCA障害と比べ,浸透率の低さを示すCAGの三塩基のリピート数の分野は,SCA3患者では確立されていない.しかし,CAG反復45~51回という稀なアレルは浸透率の低さを示す[Van Alfen et al 2001].
さらに,最も少ない発病型反復数のアレルは時に疾患の徴候が現れるのみか,最初にムズムズ脚症候群として現れる.
促進現象
親から子供へと伝わる際にCAGリピートの不安定性が知られている.一般的にはCAGリピートの伸長は短縮より頻繁に起きる.したがってSCA3では促進現象(世代を経るにつれて発症年齢が若年化する,病状が重症化する)が見られる.Paternal biasは明らかではないが,CAGリピートの伸長は母親由来の場合よりも父親由来の場合が大きくなると推察される(例:ハンチントン舞踏病).
注目すべき点では,精子の減数分裂の不安定さに基づき,本症に罹患した男性の子供に変異アレルが伝達するという,限られたエビデンスを日本の研究者が示してきた[Ikeuchi et al 1996, Takiyama et al 1997].頻度
一般集団におけるSCA3/MJDの正確な頻度は判っていない.多くの集団において,SCA3は常染色体優性失調症である.総体的に見て,優性遺伝性の失調症は稀な疾患である.
優性遺伝性の小脳失調症におけるSCA3の頻度に様々なデータがある.
カンボジア人家系のファウンダー効果(founder effect)が報告されている[Jayadev et al 2006].このようにSCA3の頻度には地域特異性が存在するようである.
大規模な国際的遺伝学的研究によれば,単一のハプロタイプが大多数の家系に共通して見られることから創始者効果の存在が示唆されている.このハプロタイプはフローレス島出身のMJD家系に見られるハプロタイプと同じである.しかしながらポルトガル人においても他の3つのハプロタイプが見出されている[Gaspar et al 2001, Verbeek et al 2004].
本稿で扱われる疾患に対する遺伝学的検査の実施可能性に関する最新情報は,GeneTests Laboratory Directoryを参照のこと.―編集者注.
進行性の小脳失調と上位運動ニューロン徴候(強い腱反射,伸展性足底反応の出現)の組み合わせは,SCA3のみならず他の多くの優性遺伝性の小脳失調症で見られる.
SCA3を示唆する所見としては,同一家系内にさまざまな病像が混在することである.たとえばSCA3では無動-筋固縮症候群(しばしばドーパミンアゴニストに反応する)を呈する患者や著明な末梢性筋萎縮と全身性の反射消失を伴う小脳失調を呈する患者が同一家系内に混在する.
ジストニアとパーキンソニズムが混在する場合,特に病初期にレボドーパやドーパミンアゴニストの効果が見られる場合にはドーパ反応性ジストニアやパーキンソン病(パーキン遺伝子の変異による若年性パーキンソン病を含む)との鑑別が難しいことがある. しかし,SCA3ではパーキンソニズムの症状を呈する患者のほとんどは小脳失調症の何等かのエビデンスを有する[Schols et al 2000].
臨床医への注): 本疾患患者に対する個別の「simultaneous consult」については,SimulConsult(R)を参照.SimulConsult(R)は患者の所見を基に鑑別診断を提供する双方向型診断決定補助ソフトである(登録または施設からのアクセスが必要).
最初の診断時における評価
マシャド・ジョセフ病(MJD)としても知られる脊髄小脳失調症3型(SCA3)患者の疾患の程度を確立するために,特異性の高い症状がある場合,以下の評価が推奨される.
症状に対する治療
疾患の経過を遅らせる薬剤がないため,SCA3の治療は対症療法となる.[D’Abreu et al 2010].
しかし,一部の症状には効果がある ― 時に,一部の薬剤が劇的に効果を示すことがある.
特にパーキンソニズムに似た錐体外路症候群には,レボトーパやドパミン拮抗薬が有効である[Subramony et al 1993, Nandagopal & Moorthy 2004].
ムズムズ脚症候群の症状はこれらの薬剤に反応する
痙縮,流涎および睡眠障害といった症状の発現では,リオレサール,アトロピン様薬,睡眠薬などの適切な薬剤の効果は様々である.
ジストニアおよび痙縮にボツリヌス毒素が使用されている[Freeman & Wszolek 2005].
日中の疲労感は,高頻度に現れる問題であるが,精神刺激薬に反応する.
鬱はSCA3患者によく見られ,抗鬱剤で治療する必要がある[Cecchin et al 2007].作業療法によって鬱病スコアが改善し,非薬理学的療法がSCA3の情動障害を改善することがSCA3に対する作業療法の試験によって強調された[Silva et al 2010].
注目すべきことは,SCA3に対して投薬を伴う臨床試験は比較的少数しか実施されておらず,いずれの試験も明確な効果があることが確認されていない.
SCA3患者6例を対象とした小規模試験では,ラモトリギンが平衡感覚を改善すると示唆された.しかし,試験中止のため,効果は確認されなかった[Liu et al 2005].
初期の(これよりも先に実施された)試験ではトリメトプリムスルファメトキサゾールがSCA3治療において効果的であると示唆されたが[Sakai et al 1995],22例を対象としたより大規模な試験では,効果は示されなかった.そのため,著者らはトリメトプリムスルファメトキサゾールを用いた長期の併用療法は推奨されないと結論付けた.
フルオキセチンを用いた試験では,フルオキセチンは運動症状に効果があることが示されなかった[Monte et al 2003].
患者10例に5-HT1A遮断薬タンドスピロンを投与する試験によって,本症のサブセットの鬱症状,運動失調,不眠症およびムズムズ脚症候群が改善すると示唆された[Takei et al 2004].4例中4例の運動神経スコアが改善した[Takei et al 2010].さらに大規模試験で,二重盲検プラセボ対照試験を実施して効果を確認する必要である.
SCA3では非薬理学的(投薬以外の)治療が重要である.
運動および理学療法は,協調運動障害や筋低下の進行を遅らせることが示されていないが患者の活動は維持される.杖および歩行器は転倒を予防し,本症の後期では,車椅子は自立の維持に役立つ.
筆記用具やコンピューター機器などのコミュニケーション機器,言語療法は構音障害を伴う患者に有益である.
嚥下困難の対処が難しくなった場合,食道造影図で最も誤嚥を起しにくい食物の固さを決定できる.
手すりをつける,トイレの便座を高くする,車椅子で移動しやすいように段差をなくし傾斜をつける,といった住居の利便性をはかった改良が必要であろう.
ある程度重くした食器や洋服掛けは自立感の維持に役立つ.
二次病変の予防
カロリー制限が必要な場合には,特にビタミンの補充が推奨される.
肥満は移動を困難にし,日常生活の自立を困難にするので体重のコントロールは重要である.
全身麻酔は問題となりうることがある.局所麻酔の実施は報告されている[Teo et al 2004].
経過観察
補助具の必要性を評価するために,年に1度か2度,言語能力,嚥下,歩行機能をモニタリングする必要がある.
リスクのある親族の検査
遺伝カウンセリングとして扱われるリスクのある親族への検査に関する問題は「遺伝カウンセリング」の項を参照のこと.
研究中の治療法
種々の疾患に対する臨床試験についてはClinicalTrials.govを参照のこと.
注意:本症の臨床試験は行われていない.
その他
小脳性の振戦に対して,振戦のコントロール薬は効果がない.
症状を改善する食餌性の因子はない.
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
脊髄小脳変性症3(SCA3)は,マシャド・ジョセフ病(MJD)としても知られる常染色体優性遺伝疾患である.
患者家族のリスク
発端者の両親
注: SCA3と診断された患者のほとんどはどちらかの片親が罹患しているが,一見,家族歴がないように見えることがある.これは親族の病気が把握できていない場合や,発病するはずの片親が発病前に死亡しているか,もしくは発病が遅い場合などが理由である.
発端者の同胞
発端者の同胞のリスクは,その両親の遺伝子型による.
もし片親がMJD遺伝子のCAGリピートの過剰伸長を有する場合,おのおのの同胞が遺伝子変異を受け継ぐリスクは50%である.
発端者の子
発端者の子供が, MJD遺伝子の変異を有する場合,変異を受け継ぐリスクは50%である.
他の家族
他の家系内メンバーのリスクは,発端者の両親の遺伝子型による.もし発端者の片親がMJD遺伝子の変異を有していれば,その血縁者はリスクを有する.
遺伝カウンセリングに関連した問題
家族計画
リスクのある家族
発症時期,重症度,症状および疾患の進行速度は様々であり,家族歴および分子遺伝学的検査では予測できない.
リスクのある無症状の家族に対する検査
リスクのある無症状の家族に対する検査は“分子遺伝学的検査”の項で記載した技術で施行可能である.この検査は,発症年齢,疾患の重症度,症状のタイプ,進行の速さを予測する意味での有用性はない.リスクのある個人の検査を施行する際には,その家系の疾患が本当にSCA3であるかを確認する目的で,家系内の患者の検査がまず施行するべきである.
SCA3の明らかな症状を認めない場合,疾患に関連した変異の検査は発症前検査である.そのため,遺伝子カウンセリングを受け,よく考え抜いたうえで検査を受ける必要がある.また,SCA3の発症リスクを明らかにするために検査を受ける場合に受けるのも発症前検査である.リスクのある無症状の家族は出産・財政的な問題・生涯設計に関連した個人的な決断をするために検査を希望することがある.
また,単に“知る必要がある”と考えて検査を希望するなど他の動機も考えられる.リスクのある無症状の家族に対する検査の際には,検査を希望する動機・SCA3に関する個人的な理解度・結果が陽性であった場合および陰性であった場合の予見しうる影響・神経学的な状態などに関する検査前面談が通常行われる.これら検査においては,健康・人生・障害者保険・雇用や教育における差別・社会や家族内での人間関係の変化などの被験者が検査後に遭遇するであろう問題についてカウンセリングが行われるべきである.その他に考慮しなければいけない問題としては,他の家族のリスクの状態である.インフォームドコンセントが行われ,記録は機密下に保管されなければならない.検査結果が陽性であった場合は,長期間の経過観察と評価が必要である.SCA3発症率の高いアゾレス諸島では,発症前検査は有益であるとされている[Gonzalez et al 2004].
リスクのある子供に対する検査
成人発症疾患のリスクのある18才未満の無症状の人は,症状が現れるまで検査をするべきではないというのがコンセンサスである.小児期に遺伝子検査をすることはいけないという主な理由は,知りたい,知りたくないという選択の権利を子供から奪い取るからである.また,家族や他の社会的な状況で差別を受けることや,就学や就業に重大な問題を引き起こす可能性があるからである.18才未満で症状が現れた患者の場合は,ふつう,診断が確定されることに意味がある.小児に対する遺伝子検査におけるNational Society of Genetic Counselors,米国人類遺伝学会(American Society of Human Genetics),American College of Medical Geneticsの決議案を参照すると,小児および青年の遺伝子検査における倫理的,法的,精神的意義を考慮するよう指示されている.
DNAバンキング
DNAバンクは主に白血球から調製したDNAを将来の使用のために保存しておくものである.検査法や遺伝子,変異あるいは疾患に対するわれわれの理解が進歩するかもしれないので,DNAの保存は考慮に値する.ことに現在用いられている分子遺伝学的検査の感度が100%ではないような疾患では特に重要である.
出生前診断
リスクの高い妊娠の出生前診断は,胎生15-18週に羊水穿刺で採取した胎児細胞または胎生*10-12週に採取した絨毛から調整したDNAを解析することで可能である.出生前診断を行う以前に,罹患している家族において病因となる遺伝子変異が同定されている必要がある.
注:胎生週数は最終月経の開始日あるいは超音波検査による測定に基づいて計算される.
SCA3のような成人発症の病気に対する出生前診断の要望は一般的ではない.出生前検査を行うことについては,特に検査が単に早期の診断ではなく,人工妊娠中絶を念頭に行われる場合には,医療関係者や家族の中にも認識の相違がある.たいていの医療機関では出生前診断をするかどうかの決定は両親の決断に委ねるとしているであろうが,この問題に関しては慎重な議論が望まれる.
SCA3のように知的障害を伴わず,治療法も存在する疾患に対して出生前診断を求められることは通常ない.特に遺伝子検査が早期診断よりも中絶を目的として考慮される場合は,医療関係者と家族の間では出生前診断に対する見解の相違が生じるかもしれない.多くの医療機関では最終的には両親の意思を尊重するとしているが,この問題については注意深い検討が求められる.
訳注:日本では本症に対する出生前診断は行われていない.
着床前診断
リスクのある妊娠に対する着床前診断に際しては,事前に家系内で分子遺伝学的検査を用いた診断が確定していることが必要である.