α-1アンチトリプシン欠損症
(Alpha-1 Antitrypsin Deficiency)
[Synonyms:AAT Deficiency(AAT 欠損症), A1AT Deficiency(A1AT欠損症)、AATD]
Gene Reviews著者: James K Stoller, MD, MS, Felicitas L Lacbawan, MD, and Loutfi S Aboussouan, MD..
日本語訳者: 和田宏来 (県西総合病院小児科/筑波大学大学院小児科)
Gene Reviews 最終更新日: 2017.1.19. 日本語訳最終更新日: 2017.2.14.
原文 Alpha-1 Antitrypsin Deficiency
疾患の特徴
α-1アンチトリプシン欠損症(Alpha-1 antitrypsin deficiency, AATD)は以下に示すリスクの増大を特徴とする。成人では慢性閉塞性肺疾患(COPD、すなわち肺気腫、持続的な気流閉塞、慢性気管支炎)、小児および成人では肝疾患、脂肪織炎、c-ANCA陽性血管炎である。肺気腫はAATDでもっともよく認められる症候であり、ときに気管支拡張症を合併する。喫煙はCOPDの経過に影響する主な因子である。喫煙するAATD患者における呼吸疾患の発症時期は40歳~50歳の間であることが特徴である。喫煙しない患者では発症は50代まで遅れることがあり、また一部はCOPDを発症しない。非喫煙者は普通の生活を送っていることがある。報告されてはいるが、小児患者の肺気腫は極めてまれである。AATD関連肝疾患は小児患者の少数のみに認めるが、生後早期(数日~数ヶ月)の閉塞性黄疸や血清アミノトランフェラーゼ値上昇を呈する。肝疾患の発生率は年齢とともに増加する。成人患者における肝疾患(肝硬変や線維化を呈する)は新生児期・小児期の肝疾患の既往がなくてもみられる可能性がある。AATD患者で肝細胞癌(HCC)のリスクは増加している。
診断・検査
血清α-1アンチトリプシン濃度(AAT)低値と、プロテアーゼインヒビター(protease inhibitor, PI)タイピングによるAAT蛋白の機能欠損またはα-1アンチトリプシンをコードするSERPINA1遺伝子の両アレル病原性変異、いずれかを認めることによりAATDと診断される。注:SERPINA1アレルの非定型的な命名法は、原因遺伝子(SERPINA1)が判明するはるか以前から知られていた、電気泳動法による蛋白質変異体に基づいている。遺伝子の別名として、アレルは接頭辞PI*(protease inhibitor*)をつけて表現される。この命名法を用いた場合、もっともよく認められる(正常)アレルはPI*Mで、もっともよく認められる病原性アレルはPI*Zである。
臨床的マネジメント
病変の治療:
・COPDに対しては標準的な治療を行う。不可逆性気流閉塞(とくにFEV1[1秒率]が予測値の35-60%の場合)を認める患者では、経静脈的増強療法(血清AAT濃度を上昇させるためヒト精製AATを定期的に静注する)が推奨される。末期肺疾患の患者では肺移植が適切な選択肢となる可能性がある。肝移植は進行した肝疾患の根治的治療となる。脂肪織炎のしばしば有痛性である結節性病変は自然に、もしくはダプソン(dapsone, ジアフェニルスルホン)/ドキシサイクリンにより軽快する可能性がある。治療に抵抗性の場合は、通常量よりも高用量の経静脈的AAT増強療法に反応する。
二次合併症の予防: 肺疾患の進行を阻止するため、インフルエンザや肺炎球菌に対する予防接種を毎年行う。肝疾患のリスクを軽減するため、A型肝炎およびB型肝炎に対する予防接種を行う。
定期検査:
避けるべき薬物/環境: 喫煙(受動喫煙を含めて)、農業で使用される環境汚染物質・鉱物性粉塵・ガス・煙に曝露される職業。
リスクのある親族の検査: 可能な限り早期に診断し、治療開始や予防対策による恩恵を受けられるように、重症AATD患者の両親、同胞、子どもの評価を行う。
遺伝カウンセリング
AATDは常染色体劣性遺伝性疾患である。両親ともにヘテロ(例えばPI*MZ)の場合、罹患者の同胞は25%の確率で罹患者(PI*ZZ)であり、50%の確率で無症候性キャリア(PI*MZ)であり、25%の確率で罹患者でもキャリアでもない(PI*MM)。
片親がホモ(PI*ZZ)で片親がヘテロ(PI*MZ)であるまれな例では、罹患者の同胞がホモ(PI*ZZ)であるリスクはそれぞれ50%である。AATD患者のパートナーが罹患者もしくはキャリアでない場合、子どもは必然的にヘテロ(キャリア)であるだろう。家族内でSERPINA1遺伝子の病原性変異が判明している場合、リスクのある親族に対する保因者診断や出生前検査を行うことは可能である。
示唆的な所見
以下を認める患者ではα-1アンチトリプシン欠損症(AATD)を疑うべきである。
さらに/もしくは
診断の確定
AATDの診断はAおよびBとCのいずれかによる。
A. 血清α-1アンチトリプシン(AAT)濃度の低値。血清α-1アンチトリプシン(AAT)濃度の測定にはさまざまな方法がある。現在最もよく利用されている方法はネフェロメトリーである。
注:
(1) 血清AAT値は以下のような状況で上昇する可能性がある。
(2) これらの状況下で血清AAT値は上昇するにもかかわらず、血清AAT値が通常低下している重症AATD患者(PI*ZZ)では、正常範囲内まで上昇することはないようである。
B. プロテアーゼインヒビター(protease inhibitor, PI)タイピングによりAAT蛋白の機能欠損が認められる。PIタイピングは、pH4~5の勾配で血漿のポリアクリルアミドゲル等電点電気泳動法によって行われる。
注:SERPINA1アレルの命名法は非定型的であるが、原因遺伝子(SERPINA1)が判明するはるか以前から知られていた、電気泳動法によるAAT蛋白質変異体に基づいているためである。この旧来の命名法は文献上でもよく使用されているため、GeneReviewでも用いている。
表1
α-1アンチトリプシン欠損症で用いられる分子遺伝学的検査の要約
遺伝子1 | 検査方法 | この方法で同定される変異をもつ発端者の割合 |
---|---|---|
SERPINA1 | 病原性変異のターゲット解析2 | 95%3 |
シークエンス解析4 | 不明 | |
欠失/重複解析5 | 不明、まれ6 |
検査特性 感度や特異度を含む検査特性に関する情報についてはClinical Utility Gene Cardを参照のこと。
検査戦略
検査の適切なアルゴリズムは定まっていないが、遺伝子検査の適応などを含めたAATDの診断治療ガイドラインが米国呼吸器学会/欧州呼吸器学会より発行されている。
表2 遺伝子検査の医学的適応
医学的適応 | 遺伝学的検査 | |||
---|---|---|---|---|
推奨される | 患者との話し合いで決める | 推奨されない | 行わないほうがよい | |
肺 | ||||
成人の有症状患者:肺気腫、COPD、不可逆性気流閉塞を伴う喘息 | × | |||
持続的な閉塞およびリスク因子を伴う無症状患者 | × | |||
成人の有症状患者:肺気腫、COPD、不可逆性気流閉塞を伴う喘息(北米または欧州より発生率の低い国) | × | |||
明らかな原因のない成人気管支拡張症患者 | × | |||
持続的な気流閉塞を伴う青年患者 | × | |||
持続的な気流閉塞を伴いリスク因子のない無症状患者 | × | |||
喘息および可逆性気流閉塞を伴う成人患者 | × | |||
肺外 | ||||
原因不明の肝疾患 | × | |||
成人壊死性脂肪織炎患者 | × | |||
成人c-ANCA関連血管炎患者 | × | |||
成人AATD患者の同胞 | × | |||
COPDやAATDによると考えられていない肝疾患の家族歴 | × | |||
PI*ZZジェノタイプの遠戚 | × | |||
PI*ZZジェノタイプの子ども/両親 | × | |||
ヘテロ接合(PI*MZジェノタイプなど)の同胞、子ども、両親、遠戚 | × | |||
出産計画における保因者診断 | ||||
AATD関連疾患のリスクが高い患者 | × | |||
パートナーがPI*ZZもしくはPI*MZジェノタイプ | × | |||
集団検診 | ||||
AATDの発生率が1人/1500人を上り、喫煙者が多く、十分なカウンセリングを提供できる国 | × | |||
呼吸機能検査が正常な喫煙者 | × | |||
AATDの発生率が低く、喫煙者が少なく、十分なカウンセリングを提供できない国 | × | |||
その他 | ||||
素因検査 | × | |||
胎児の素因検査 | × |
米国呼吸器学会/欧州呼吸器学会による声明から引用。
臨床像
α-1アンチトリプシン欠損症(AATD)は乳幼児期から成人期にかけて肝機能障害、また30歳以上で閉塞性肺疾患や気管支拡張症で発症することがある。臨床型は家族内および家族間でも多彩である。
AATDの重症度は遺伝子型(ジェノタイプ)と血清AAT値によって決まる。重度欠損アレル(すなわちPI*ZZ)のホモ患者では血清AAT値は低く、慢性閉塞性肺疾患(COPD)のリスクが高い(表3を参照)。肝内封入体に関連するアレル(Z, Mmaltonなど)を有する患者も肝疾患を発症するリスクが高い。
肺疾患
成人発症肺疾患 慢性閉塞性肺疾患(COPD)、肺気腫および慢性気管支炎はAATDで最もよく認められる臨床症候である。成人では、喫煙はCOPD発症を促進する主な成因である。部分的には何により患者が医療を必要とするか(肺症状、肝症状、無症状の血縁者など)にもよるが、AATDの自然経過はさまざまであり、喫煙しているAATD患者の呼吸器疾患は40-50歳の間に出現するのが特徴である。非喫煙者は普通の生活を送っている可能性があるが、肺疾患や肝疾患を発症しうる。
重症AATD患者では、閉塞性肺疾患、喘息、慢性気管支炎の通常の徴候および症状(呼吸困難、咳嗽、喘鳴、喀痰など)を呈することがある。例えば、米国国立心臓・肺・血液研究所の登録研究によると、重症AATD患者1,129人のうち84%に呼吸困難、76%に上気道感染を伴う喘鳴、50%に咳嗽・喀痰が認められている。注目すべきことに、喘息患者におけるAATD発生率は一般集団と変わらない。
重症AATD患者のほとんど(~95%)は胸部CTで気管支拡張症の所見を認め、うち27%は臨床症状を認めていた。
AATD患者では、
小児期発症肺疾患 報告はあるが、小児AATD患者における肺気腫はきわめてまれで、肺に影響する遺伝的素因が他にも潜んでいる可能性がある。
重症AATD患者を新生児期から32年間にわたりフォローした研究において、ほとんどの患者は喫煙せず、肺気腫の理学所見およびCT所見を認めていない。より長期にわたってフォローアップした報告は現在のところない。ほとんどの観察研究において、肺疾患患者の平均年齢は40歳代である。
PI*MZヘテロ接合における肺疾患リスク 北米において約3%はPI*MZヘテロ接合である。PI*MZヘテロは一般的に肺気腫の著しいリスクとは考えられていない。しかし、メタ解析では、PI*MZは進行性肺疾患のリスクとなる可能性が示唆されている。注目すべきことに、臨床症状を伴わない僅かな肺機能異常が存在しうる。肺機能検査で異常を認めないが胸部CTで肺気腫を認める可能性も示唆されている。
PI*SZジェノタイプにおける肺疾患リスク 喫煙者や、PI*SZジェノタイプで血清AAT値が防御閾値を下回る場合、とくに喫煙者の場合にわずかにリスクは上昇する。
表3 AAT蛋白と血清AAT値および成人における肺気腫リスクの関係
AAT蛋白質変異体 | 発生率(%) | 血清AAT値 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
全世界 | 北米 | 欧州 | "真の値"1平均 (5-95パーセンタイル) |
商業ベースの基準値2 中間値 (5-95パーセンタイル) |
肺気腫リスク | |
MM | 96.3 | 93.0 | 91.1 | 33(20-53) | 147(102-254) | 背景リスク |
MS | 2.7 | 4.8 | 6.6 | 33(18-52) | 125(86-218) | 背景リスク |
MZ | 0.8 | 2.1 | 1.9 | 25.4(15-42) | 90(62-151) | 背景リスク |
SS | 0.08 | 0.1 | 0.3 | 28(20-48) | 95(43-154) | 背景リスク |
SZ | 0.02 | 0.1 | 0.1 | 16.5(10-23) | 62(33-108) | 20%-50% |
ZZ | 0.003 | 0.01 | 0.01 | 5.3(3.4-7) | ≦29(≦29-52) | 80%-100% |
ヌル-ヌル | - | - | - | 0 | 0 | 100% |
注:小児において血清ATT値と蛋白質変異体の関連付けが試みられ、成人と同様の傾向が認められた。
肝疾患
小児期発症肝疾患 AATD関連肝疾患で最もよくみられる症状は黄疸であり、出生後早期に高ビリルビン血症や血清アミノトランスフェラーゼの上昇を認める。
肝障害は小児AATD患者の一部にしか発症しない。AATDの新生児スクリーニングを施行しフォローアップしているスウェーデンの小児200,000人の報告によると、PI*ZZジェノタイプの18%で肝障害を認め、2.4%は肝硬変に進展し小児期に死亡した。肝障害は緩徐に進行する可能性がある。
初期から肝硬変や門脈圧亢進症で発症したAATD関連肝障害の小児44人をフォローアップした報告によると、2人は肝移植を施行され、7人は診断後最長で23年間健康状態を比較的保っていた。
なぜ早期に高ビリルビン血症を認めた小児の一部のみが肝硬変に至る持続的な肝障害を呈するのかは不明である。PI*ZZジェノタイプで小児期に重症肝疾患に進展する全体的なリスクは概して低い(~2%)。PI*ZZジェノタイプで肝疾患を伴う小児患者の同胞ではリスクは高い。
成人期発症肝疾患 新生児もしくは小児期に肝疾患の既往がなくても、成人期に肝疾患(肝硬変や肝線維化として生じる)を認めることがある。肝疾患は女性よりも男性でみられることが多い。
PI*ZZジェノタイプ246人の症例シリーズで肝疾患は12%に認められると報告された。その他の症例シリーズで、50歳を過ぎたPI*ZZジェノタイプのAATD患者において15-19%は肝硬変に進展すると報告された。20-40歳における肝疾患リスクは約2%で、41-50歳では約4%である。
のちの剖検研究で、喫煙歴がなくCOPDに罹患していない高齢患者における肝疾患の発生率は40%に達する可能性があることが示唆された。
肝細胞癌(Hepatocellular carcinoma, HCC) PI*ZZジェノタイプのAATD患者における肝細胞癌リスクは数倍で、典型的には肝硬変に合併する。肝細胞癌の発生率は年に1.5%以上であると推算されている。これは、Z蛋白の貯留で傷害を受けた細胞のアポトーシス不全によって起こる。Z蛋白の貯留が少ない肝細胞では慢性的に再生シグナルが送られる。
肝病理 AATDの肝内封入体は、ジアスターゼ消化PAS染色(PAS-D)で明るいピンクに染まる、さまざまなサイズの小滴である。封入体形成の程度はかなり幅がある。肝内封入体の数やサイズは加齢とともに増加する。生後12週より前に封入体が観察されることはない。注:肝疾患の評価で適応がある場合に肝生検は施行され、PAS染色陽性でジアスターゼ抵抗性の封入体を認めることがある。これはAATDを示唆するが、特異的な所見ではない。
AATDの乳児では封入体は細かくて粒状で、経皮的肝生検による標本では見つけることが困難なことがある。封入体は胆管上皮にも認められる。
小児期発症肝疾患の組織学的特徴には、肝内胆汁うっ滞、さまざまな程度の肝細胞傷害、門脈域の炎症細胞浸潤を伴う中等度の線維化などがある。
肝内封入体は少なくとも1つのPI*Zアレルの存在を意味するため、肝臓の組織学的検査ではPI*MZヘテロ接合とPI*ZZホモ接合を区別することはできない。さらに、PI*MZヘテロ接合においても封入体がどの程度みられるかには差がある。
PI*MZやPI*SZジェノタイプは小児肝疾患のリスク増加とは相関しない。しかし、ときに自然軽快する肝酵素値の上昇が認められる。生後6ヶ月までに肝病変の徴候を認めたヘテロ接合の小児58人の報告によると、ほとんど全員、生後12ヶ月、5歳、10歳の時点で肝酵素値は正常であった。
慢性肝不全を発症した成人におけるPI*MZヘテロ接合の割合(8.4%)は、一般集団(2%-4%)よりも高率であった。PI*MZヘテロ接合における肝疾患リスクのより良い評価のためには、縦断研究の結果が待たれる。
その他の合併疾患
他にもさまざまな疾患(膜性増殖性糸球体腎炎、動脈瘤、炎症性腸疾患など)がAATD患者では認められるが、体系的にAATDに合併する疾患は脂肪織炎とc-ANCA陽性血管炎のみである。
遺伝子型(ジェノタイプ)と臨床型の関連
以下のSERPINA1ジェノタイプに関連する肺疾患リスクについては表3にまとめられている。
PI*MM このジェノタイプでは血清AAT濃度は正常で、肝および肺疾患リスクは増加しない。
PI*MZ 概して、このジェノタイプ(特に非喫煙者)では肺疾患のリスクは増加しないと考えられている。PI*MZジェノタイプの一部、とくに喫煙者の場合に肺障害の進行を認めることがあることが分かってきている。
PI*SS このジェノタイプは臨床疾患のリスク増加とは相関しないようである。Sアレルはイベリア半島出身者では最もよく認められる。
PI*SZ このジェノタイプは通常は肝および肺疾患の高リスクとは相関しない。しかし、血清ATT値が防御閾値(57mg/dL)を下回るPI*SZジェノタイプの20%、特に喫煙者の場合は肺疾患リスクが増加している。
PI*ZZ このジェノタイプでは血清AAT濃度が正常の約10-20%(20-35mg/dL)で、肝および肺疾患のリスクが高いPI*ZZジェノタイプはAATDの臨床症状を認める患者の95%に認められる。PI*ZZジェノタイプの発現度には幅があり、喫煙のような既知のリスク因子では説明できず、他のまだ知られていない遺伝疾患修飾因子の存在が示唆される。
PI*ヌル-ヌル(ときにPI*QOとよばれる) このジェノタイプではAATを完全に合成できず血清AAT値は測定できない。蛋白が肝臓に蓄積しないため、肝疾患発症リスクはない。しかし、肺疾患発症リスクは高い。
発現度
血清AAT値が防御閾値の57mg/dLを下回るSERPINA1ジェノタイプ(PI*ZZなど)は肺疾患リスクが増加していると考えられている。喫煙もしくは職業性の粉塵曝露のような肺への炎症性傷害は肺疾患を進行させるけれども、疾患の発現度にはまだ幅があるかもしれない。この多様性の一部は、まだよく理解されていない遺伝的修飾因子(IL10一塩基変異など)で説明できるだろう。さらに、"防御閾値"の57mg/dLは経験的に定められており、臨床で肺疾患リスクを評価するのに概して有用ではあるが、完璧ではない可能性がある。
肝内封入体を伴うSERPINA1アレル保有者(翻訳における蛋白質の折りたたみ異常やそれによる肝細胞内重合のため、Z, Mmaltonなど)でも肝疾患発症のリスクがある。
命名法
一部の出版物では、α-1アンチトリプシンの代わりにα-1プロテアーゼインヒビターと表記されている。
発生率
AATDは北欧人種でもっともよく認められる代謝疾患のひとつであり、発生率は北米では約5,000-7,000人に1人、スカンジナビアでは1,500-3,000人に1人である。AATDは他のすべての人種に(より低頻度で)認められる。
欧州でPI*Zアレルの頻度が最も高いのは北欧と西欧であり(平均アレル頻度は0.0153)、北から南にかけて次第に頻度は減少していき、最も低いのは東欧(0.0092)である。
PI*Sアレルの頻度は南欧で最も高く(0.0564)、北欧では低くなる(0.0176)。
97ヶ国におけるさまざまなSERPINA1ジェノタイプの頻度の解析によると、PI*ZZジェノタイプは世界中に181,894人存在すること、その70%近くは欧州や北中米であることが推測されている。北欧・中欧では74,000人(全体の41%)、北米では44,000人(全体の24%)である。同じように、PI*SZジェノタイプも全体の48%が北欧・中欧、20%が北中米、16%が南米と推測されている。
PI*SおよびPI*Zアレルの頻度には地域的な高低があるものの、その頻度は必ずしも隣国にそのまま当てはまるわけではない。近親婚を行っている人種では、当然ながらアレル頻度や疾患発生率にそれが反映されている。欠損症アレルはアジア人やアフリカ人でも報告されているが(PI*Siiyamaなど)、概してPI*ZZジェノタイプはまれである。
このGeneReviewに記載した以外の臨床型でSERPINA1病原性変異と相関するものは知られていない。
肺疾患 肺気腫、慢性気管支炎や気管支拡張症といったCOPDを診療した際はα-1アンチトリプシン欠損症(AATD)を鑑別する。
肝疾患 慢性肝炎や肝硬変を診療した際はAATDを鑑別する。他に考慮すべき疾患には、慢性ウイルス性肝炎、遺伝性ヘモクロマトーシス(HFE関連遺伝性ヘモクロマトーシス、若年性遺伝性ヘモクロマトーシスを参照)、ウィルソン病、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)、原発性胆汁性胆管炎などがある。
新生児胆汁うっ滞患者85人の報告では、AATDはもっとも多い診断名の1つだった(11人)。他は、肝外性胆道閉鎖症(30人)、進行性家族性肝内胆汁うっ滞症(11人)(ATPB1欠損症を参照)であった。
胆汁うっ滞性黄疸および肝硬変患者29人において、PI*Zアレル頻度も対照群(0.5%)と比べて高かった(12%)。
初期診断後の評価
AATDと診断された患者における疾患の広がりとニーズを把握するために、以下のような肺・肝・皮膚・血管系の評価が推奨される:
病変に対する治療
肺疾患
閉塞性肺疾患患者はCOPDに対する標準治療、すなわち気管支拡張薬、吸入ステロイド、呼吸リハビリテーション、酸素投与、ワクチン接種(インフルエンザおよび肺炎球菌など)を受けるべきである。
AATD関連肺疾患に対する特異的治療は増強療法と呼ばれているが、定期的に貯蔵ヒト血清α-1アンチトリプシン(AAT)の経静脈的投与を行う。AATD関連肺気腫の患者において、AAT増強療法で1秒率の悪化を緩徐にできることが観察研究で一致して示された。
米国呼吸器学会/欧州呼吸器学会およびカナダ呼吸器学会より発行されたガイドラインが利用できる。
さらに、カナダ呼吸器学会のガイドラインでは、肺気腫合併AATD患者が禁煙を達成し、COPDに対する治療にも関わらず肺機能が悪化する場合に限りAAT増強療法を申し出るべきと明記している。
無症状患者においては、喫煙や職業上の環境汚染物質を避けるなど生活スタイルを是正することにより、AATD関連肺疾患の経過を変えることができる。定期的な運動や良好な栄養状態が肺機能を健康に保つかについては疑問視されている。
米国では肺移植の約8%がAATDに合併するCOPDに対して行われている。肺移植は末期肺疾患(すなわち1秒率30%未満)患者や適切な治療にもかかわらず重度の機能障害を認める場合に適切なオプションとなる可能性がある。症度が同等のAATD患者において肺移植を受けた患者はより長期に生存する(生存期間の中央値は移植例では11年なのに対し非移植例では5年)といういくつかのエビデンスがある。
注:肺容量減量手術は、AATが豊富なCOPD患者の一部には効果が認められているものの、AATD患者に対する肺機能改善効果はより小さくて短いため一般的には推奨されない。
肝疾患
ビタミンE療法は、PI*MZジェノタイプの乳児や胆汁うっ滞を認める小児において肝機能を改善し、酸化による肺への傷害を防止する一助となることが予見されている。それにもかかわらず、AATDにおいて(ビタミンEのような)抗酸化療法が有益であるという確固としたエビデンスはない。
肝移植は進行性肝疾患に対する根治的な外科治療であり、PI*MMジェノタイプのドナー肝は質的にも量的にも十分な正常AATを産生するため血清AAT値を正常値に戻しうる。現在までに少数患者(N=17)で肝移植後の連続的な肝機能検査を施行した研究があり、移植後の経過には大きなばらつきがある。全体的には、患者の62%で肝移植後の1秒率は減少し、その減少幅の平均は肝移植後49.2ヶ月における平均をわずかに超えるが有意差には達していなかった。
生後1ヶ月間は母乳栄養だったPI*ZZジェノタイプの乳児において、小児期発症肝疾患のリスクは減少することが報告されている。しかし、母乳栄養によって重度肝疾患の発症を完全に防止できるわけではない。
その他
脂肪織炎 脂肪織炎による結節性病変はしばしば有痛性で、自然に軽快するかダプソン/ドキシサイクリンによる治療後に軽快することがある。しかし、通常の治療に反応しない場合で、通常量の60mg/kgより高用量の経静脈的AAT増強療法に反応したことが(逸話的に)示されている。注目すべきことに、AAT増強療法は皮膚を蛋白分解から防護し、炎症を減弱させるため脂肪織炎は改善すると推定されている。
二次合併症の予防
肺疾患の進行を抑えるため、以下が推奨される。
肝疾患のリスクを低下させるため、以下が推奨される。
定期検査
重症AATD患者では肺機能検査(気管支拡張薬投与後のスパイロメトリーや肺拡散能の測定を含む)を6~12ヶ月おきに行うべきである。
PI*ZZジェノタイプ(小児期に肝疾患を発症しなかった者も含めて)では全員に定期的な肝機能検査を行うべきである。
米国呼吸器学会による現行のガイドラインでは、成人AATD患者に対する肝機能検査の定期的なフォローアップを推奨しているが、肝疾患を発見するのに信頼性のある検査ではない可能性がある。たとえば、AATD患者において、肝機能検査は肝疾患の有無で大きな違いはなく、アラニントランスアミナーゼ(ALT)のα1-アンチトリプシン関連肝疾患の感度はわずか12%である。
肝機能検査、血小板数、肝臓エコーの組み合わせは、重度の線維化や肝硬変の効果的なスクリーニング方法である可能性がある。
肝疾患を発症した全ての患者では、線維性変化や肝細胞癌をモニターするため定期的(すなわち6-12ヶ月ごと)に肝臓のエコー検査を受けるべきである。
避けるべき薬物/環境
(能動および受動ともに)喫煙はAATD患者において肺疾患のリスクである。
職業上の曝露(農業で使用される環境汚染物質、鉱物性粉塵、ガス、煙など)はPI*ZZジェノタイプの者に対して肺機能障害の独立したリスク因子となる。
リスクのある親族の検査
米国呼吸器学会/欧州呼吸器学会のガイドラインでは、治療および予防の開始によって恩恵を受けられるように、可能な限り早期に重症AATD患者(表2)の同胞を評価することを推奨している。
また、同ガイドラインは重症AATD患者の両親や子どもに対する検査も推奨している。
ばれた症例では、第一度近親者を超えて検査を行うこともある。たとえば、遠戚でAATD関連病態(COPD、肝疾患、脂肪織炎など)を認める場合には、家族内を超えた検査(すなわち両親、子ども、同胞以外の親類)も正当化される。
遺伝カウンセリングとして扱われるリスクのある親族への検査に関する問題は「遺伝カウンセリング」の項を参照のこと。
妊娠管理
妊娠している女性AATD患者の管理は、無症状患者、肝疾患患者ともに通常の診療指針に則って行うべきである。上述のように、とくに非喫煙者の場合、妊娠可能年齢における肺気腫の合併は望ましくないだろう。
研究中の治療法
精製AATの吸入療法は気管支肺胞液内のAAT値を保持することができる。過去には貯蔵ヒト血漿由来AAT吸入療法の実現可能性が示され、現在治験が進行中である。
合成ヒト好中球エラスターゼ阻害薬は経静脈的もしくは経口的に投与され、理論的には蛋白溶解による肺損傷に対して防護的に働く。まだ薬事承認されていない。
抗酸化療法 AATD関連肺気腫の治療薬として、ビタミンA, C, EおよびN-アセチルシステインが提唱されている。効果については評価されていない。
合成シャペロンおよび重合(polymerization)は、肝細胞内封入体や肝疾患発症に関わる細胞内のAATの重合を潜在的に防ぐ可能性がある。4-フェニル酪酸(4-phenyl-butyric acid, PBA)投与後に、肝臓への貯留の改善や血漿AAT濃度の増加がわずかに認められている。しかし、ヒトにおけるランダム化比較試験では4-フェニル酪酸の効果は認められなかった。
PI*Zアレルにコードされる変異AATに特異的に結合して重合を抑制するペプチドは、期待が持てる結果が得られているが、細胞内や動物における研究が将来的に必要である。
遺伝子治療はSERPINA1の機能的なコピーを細胞内に導入し、正常なAAT蛋白を産生させることを目的としている。他には、病原性SERPINA1アレルにコードされる内因性異常変異蛋白の産生を抑止する遺伝子を導入する方法がある。アデノ随伴ウイルスベクターにより正常に機能するヒトSERPINA1アレルをマウスの筋組織に導入した実験では、期待の持てる結果が得られている。現在ヒトでの遺伝子治療が進められており、まだ治療域(すなわち防御閾値である57mg/dLを上回る濃度)には達していないが、血清AAT値を持続的に上昇させうることが示されている。
オートファジーを高める薬剤(ラパマイシンやカルバマゼピンなど)は血清AAT値を上昇させ、肝損傷を軽減することが示されている。ヒトでの治験が進行中であり、まだ結果は得られていない。
さまざまな疾患に関する臨床試験に関する情報はClinicalTrials.govを参照のこと。
その他
非AATD患者の進行した肺気腫に対し、(適切に選択された患者では)肺容量減量手術(Lung volume reduction surgery, LVRS)は肺機能を改善し生存率を高めうることが報告されている。しかし、AATD関連肺気腫では、手術後の生理学的な改善はAATDを伴わないCOPDよりも僅かで持続しない。AATD関連肺気腫患者12人の報告では、術後肺機能は6-12ヶ月で元に戻り、24ヶ月では悪化したことが示されている。全米肺気腫治療試験も同じく否定的な結果であった。したがって、肺容量減量手術はAATD患者に対して一般的には推奨されない。
遺伝子導入/組み換えによるヒトAAT蛋白は、ヒト血清から精製されたAATにおける限られた供給量や理論的な病原体伝播という問題を解決するかもしれない。しかし、過去のヒツジやヤギによる臨床試験では、レシピエントの肺に対する重篤な免疫反応のため中止となった。より最近の研究結果は得られていない。「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
α-1アンチトリプシン欠損症は常染色体劣性遺伝形式をとる。
患者家族のリスク
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の子
発端者の他の家族
保因者(ヘテロ接合体)診断
罹患者の同胞や子どもの保因者診断は、等電点電気泳動法によるプロテアーゼインヒビター(PI)タイピングもしくはSERPINA1の分子遺伝学的検査で行うことができる。
注:ほとんどのキャリアで正常範囲内となりうるため、血清AAT測定は、保因者診断に適当な方法ではない。
遺伝カウンセリングに関連した問題
早期診断・治療を目的としたリスクのある親族の検査についての情報は、「臨床的マネジメント」「リスクのある親族の検査」を参照のこと。
同胞が乳児期に重症肝疾患を発症するリスク ジェノタイプによって同胞におけるAATDの発症年齢や重症度、病型や進行率を予測することはできないが、乳児期に重症肝疾患を発症するリスクについてはいくらか評価されている。
家族計画
遺伝学的リスク評価、保因者診断、および出生前診断の可否などについての議論の最適な時期は妊娠前である。
DNAバンクは主に白血球から調整したDNAを将来利用することを想定して保存しておくものである。検査技術や遺伝子、変異、あるいは疾患に対するわれわれの理解が将来さらに進歩すると考えられるので、DNA保存が考慮される。
出生前診断および着床前診断
ひとたび家族内でSERPINA1遺伝子変異が同定された場合、リスク妊娠に対する出生前検査や着床診断を行うことは可能である。
注:出生前診断では発症年齢、重症度、病型、進行率を予測できない。発現度には幅があり、重度のAAT欠損がある場合でもとくに非喫煙者では発症せず普通の生活を送れる可能性があるため、米国呼吸器学会/欧州呼吸器学会のガイドラインでは胎児検査は推奨されていない。
一部のAATD患児は新生児期に重症肝疾患を発症し予後不良であるため、以前に子どもが重症肝疾患を発症した、一部のリスクのあるカップルは出生前診断に興味を持つかもしれない(「遺伝カウセリングに関連した問題」「同胞が乳児期に重症肝疾患を発症するリスク」を参照)。