Gene Reviews著者: Barbara A Konkle, MD, Haley Huston, BS, and Shelley Nakaya Fletcher, BS.
日本語訳者: 窪田美穂(ボランティア翻訳者),櫻井晃洋(札幌医科大学医学部遺伝医学)
Gene Reviews 最終更新日: 2017 .6 .22 語訳最終更新日: 2017.11.21
原文 Hemophilia A
疾患の特徴
血友病Aの特徴は第VIII凝固因子活性の欠損であり,この欠損のため 外傷,抜歯,もしくは手術後に毛細血管性出血が延長したり,完全な創傷治癒までの止血遅延や再出血が起こる.出血エピソードの診断年齢と頻度は,第VIII因子の凝固活性値と相関している.
診断・検査
血友病Aは,フォンウィルブランド因子(VWF)活性が正常で,第VIII因子の凝固活性が低い場合に診断される.男性発端者では,分子遺伝学的検査でヘミ接合体のF8遺伝子 に病原性バリアントが同定されると診断が確立する.症状が現れている女性では,分子遺伝学的検査でヘテロ接合体のF8遺伝子の病原性バリアントが同定されると診断が確立する.
臨床的マネジメント
症状の治療:
治療を円滑に行うため,血友病治療センター(HTC)へ患者を紹介する.出血開始から1時間以内の第VIII因子濃縮製剤の静脈内投与が最も有効な治療である.在宅での投与を可能にするため,両親に投与法を指導する.免疫寛容療法(immune tolerance therapy).軽症患者(症状が現れている女性を含む)には,出血直後にデスモプレシン酢酸塩や第VIII因子濃縮製剤の静脈内投与や経鼻投与を行う.
一次病変の予防:重症患者には,第VIII因子凝固活性を1%超に維持するため,第VIII因子濃縮製剤を週3回,もしくは2日に1回で予防投与すると,ほぼ完全に自然出血が抑えられ,慢性関節疾患を予防できる.半減期の長い組み換え製剤が新たに開発されたことにより,投与回数を減らすことが可能となった.
二次合併症の予防:在宅療法の利用などにより,予防治療や出血への迅速な有効治療が可能となり,出血や慢性関節疾患が減少した.
経過観察:
重症・中等症の血友病A患者は血友病治療センターでインヒビターのスクリーニング検査を含む評価を6~12ヶ月に1回,軽症の血友病A患者は血友病治療センターで1~2年に1回評価を受けることが推奨される.併発疾患によっては来院回数が増える.
回避すべき薬剤・環境:
リスクのある男性には重症度にかかわらず,血友病Aが 否定されるか,第VIII因子濃縮製剤を投与するまで環状切除を行わない.筋肉注射,外傷リスク(特に頭部損傷リスク)の高い活動は避ける.血小板機能に作用する薬剤やハーブ療法(アスピリンなど)の使用には注意する.
リスクのある近親者の検査:妊娠前,もしくは妊娠初期にリスクのある女性の遺伝学的状態を明らかにすると妊娠管理が容易になる.
妊娠管理:
ヘテロ接合体女性に対しては,ベースラインの第VIII凝固因子が正常であることが判明するまで妊娠中,注意深く観察し,分娩後は出血時間が延長しないかどうかを注意深く監視する.
研究中の治療:
長期作動型の第VIII因子濃縮製剤,バイパス製剤,遺伝子治療に関する臨床試験が継続中である.
その他:
血友病Aの出血は,ビタミンKで予防したりコントロールすることはできない.寒冷沈降物は第VIII因子を含有するが,ウイルス不活化処理を受けていないため,現在では血友病A治療には使用されない.
遺伝カウンセリング
血友病Aの遺伝形式はX連鎖性である.発端者の同胞のリスクは母親の保因者状態により異なる.保因者女性が1回の妊娠でF8遺伝子の病原性バリアントを子に 伝え る確率は50%である.病原性バリアントを受け継いだ息子は発症し,病原性バリアントを受け継いだ娘は保因者となる.罹患男性から娘には必ず病原性バリアントが遺伝するが,息子には遺伝しない.リスクの高い血縁者の保因者診断や,リスクの高い妊娠の出生前診断は,F8遺伝子の病原性バリアントが同定されている場合や,リスクを判別できる遺伝子内連鎖マーカーが同定されている場合には実施可能である.
以下の臨床徴候や臨床検査所見を認める場合,血友病Aを疑うこと.
臨床徴候
*重症度は問わない.あるいは重症度の高い患者に認める場合.
臨床検査所見
確定診断
男性発端者血友病Aの診断は,フォンウィルブランド因子(VWF)活性は正常で,第VIII因子の凝固活性が低い場合に確定する.
注:稀に,軽症血友病A患者において,「2段階法」や発色試験での第VIII因子の活性は低いが,標準的な「1段階法」の第VIII因子の凝固活性測定ではほぼ標準,もしくは低めの基準範囲内(40~80%)となることがある.このため,インビトロの凝固活性が低めの基準範囲内であっても,軽症血友病Aは除外されない.
分子遺伝学的検査でF8遺伝子にヘミ接合の病原性バリアントが同定できれば,臨床的表現型の予測や第VIII因子インヒビター産生リスクの評価に役立てることができ,家系調査が可能となる(表1を参照).
女性発端者血友病Aの診断は,第VIII因子の凝固活性が低い場合に確定する.保因者状態は分子遺伝学的検査でF8遺伝子にヘテロ接合体の病原性バリアントが同定されることによって確定する(表1を参照).ヘテロ接合体女性の検出に際して,第VIII因子の凝固活性の信頼性は低い. 血友病Aのヘテロ接合体女性のうち, 第VIII因子の凝固活性が40%未満であるのは約30%に過ぎない[Plug et al 2006].
分子遺伝学的検査
分子遺伝学的検査には単一遺伝子検査,複数遺伝子パネルの使用,包括的な全ゲノム解析といった手法がある.
頻度の高いイントロン22やイントロン1逆位が見つからない場合にはF8遺伝子の配列解析を行い,そこでも病原性バリアントが見つからないならば,標的遺伝子の欠失・重複解析を行う.
複数遺伝子パネルに関する詳細情報はこちらを参照.
ゲノム解析に関する詳細情報はこちらを参照.
表1.
血友病Aの分子遺伝学的検査
遺伝子1 | 検査方法 | 検査法ごとの病原性バリアント2をもつ発端者の検出率 | |
---|---|---|---|
重症血友病A | 中等症~軽症血友病A | ||
F8 | 標的変異解析3 | ~48%4 | 0%4 |
配列解析5,6 | ~43~51%7 | 76~99%7 | |
標的遺伝子の欠失・重複解析8 | 1.5%9 | 0.2%9 |
検査の特徴.検査の感度や特異性については,Clinical Utility Gene Card[Keeney et al 2011]を参照.
臨床像
未治療患者における血友病Aの特徴は,損傷・抜歯・手術直後の出血や止血の延長,毛細血管性出血の延長,初回止血後の出血の再開である[Fogarty & Kessler 2013, Josephson 2013].損傷が起きてから4,5日後に筋肉内血腫や頭蓋内出血が起こりやすい.抜歯後,毛細血管性出血が断続的に数日間,もしくは数週間続くことがある.手術後,出血延長や止血遅延,または創傷血腫の形成が起きることが多い.血友病A男性は環状切除後,重症度を問わず,毛細血管性出血が延長することがあるが,治療を行わなくとも正常に治癒することもある.重症血友病Aでは,関節の自然出血が最も多く生じる症状である.
未治療の場合,診断年齢と出血エピソードの頻度は第VIII因子の凝固活性に相関する(表2を参照).どのような患者においても,出血エピソード回数は成人期と比べて小児期や青年期に多い.こうした回数の多さは,成長の著しい時期の身体の活動性レベルと脆弱性にある程度,関連している.
重症血友病A患者は通常,出生時や新生児期に処置を受けることになったために新生児期に診断されたり,生後1年以内に診断される[Kulkarni et al 2009].未治療の乳幼児では,軽微な口腔内損傷により出血したり,頭部を軽くぶつけただけで大きな「こぶ」ができたりすることが多い.こうした症状は重症血友病Aで最も多く現れる.頭部損傷により頭蓋内出血が起きることもある.未治療の小児にはほぼ常時,皮下血腫が生じる.非事故性外傷の可能性を調べるため,検査が勧められることもある.
予防治療プログラムを行っていない場合には,小児が成長して活動性が高まるにつれ,関節からの自然出血回数が増え
関節からの自然出血や深部筋の筋肉内血腫では,腫脹が現れる前に疼痛やひきずり足歩行が起きる.予防治療を受けていない重症血友病Aの小児や成人には1ヶ月に平均2~5回,自然出血エピソードが生じる.自然出血が最も起きやすい部位は関節であるが,このほかにも腎臓,消化管,脳で出血が起きる予防治療を行わなければ,重症血友病A患者の出血時間は延長し,軽度損傷・手術や抜歯でも過度の疼痛や腫脹が起きる.
中等症血友病A患者で自然出血が起きることは少ないが,比較的軽度の外傷でも出血エピソードが起きやすい.(待期的侵襲的処置に際して)事前に治療を受けなければ,比較的軽度の外傷後に毛細血管性出血が延長したり,止血が遅延したりするため,通常,5~6歳以前に診断がなされる.第VIII因子濃縮製剤の投与を要する出血エピソードの頻度は,1ヶ月~1年に1回とばらつきがある.その他の出血徴候・症状は,重症血友病A患者と類似している.
軽症血友病A患者では自然出血は起こらない.しかし,治療を行わなければ,手術・抜歯・重度損傷後に異常出血が起こる.出血頻度は1年~10年に1回とばらつきがある.軽症血友病A患者では,後年になって手術や抜歯を行ったり,重度外傷が生じるまで診断されないことが多い.
第VIII因子の凝固活性が40%未満のヘテロ接合体女性には出血リスクがあり,その程度は軽症血友病男性と同等である場合が多い.しかし,ベースライン時の第VIII因子の凝固活性が35~60%以上の場合,異常出血が軽微となることもある[Plug et al 2006, Paroskie et al 2015].
表2.
未治療の血友病Aの重症度ごとの症状
重症度 | 第VIII因子凝固活性1 | 症状 | 通常の診断年齢 |
---|---|---|---|
重症 | 1%未満 | 頻繁な自然出血.軽度損傷・手術や抜歯後の異常出血. | 2歳以下2 |
中等症 | 1~5% | 自然出血は稀.軽度損傷・手術や抜歯後の異常出血. | 5~6歳未満 |
軽症 | 5~40%超 | 自然出血は生じない.軽度損傷・手術や抜歯後の異常出血. | 止血困難な場面で後年,罹患が明らかになることが多い. |
未治療出血の合併症.
出血関連の第1死因は頭蓋内腫瘤である.出血由来の障害の第1原因は慢性的関節疾患である[Luck et al 2004].現在行われている凝固因子濃縮製剤を用いた治療により,血友病Aの小児・成人患者の平均余命は正常化し,慢性関節疾患も減少した.このような治療を受けられるようになるまで,重症血友病A患者の平均余命の中央値は11歳であった(現在でも,幾つかの開発途上国での患者の平均余命は11歳である).HIVによる死亡を除くと,適正治療を受けている英国の重症患者の2007年の平均余命は63歳であった[Darby et al 2007].
その他.
1960年代半ば以降,出血エピソードへの治療の主流は第VIII因子濃縮製剤となったが,当初はドナー血漿由来のみであった.1980年代半ばまでにウイルス不活化方法と血漿のドナースクリーニングが導入され,1990年代初頭には遺伝子組換え第VIII因子濃縮製剤が導入されたことから,HIV感染リスクが消滅した.1979年から1985年までの間に血漿由来第VIII因子濃縮製剤を投与された患者の多くがHIVに感染した.こうした患者の約半数は,有効なHIV療法の誕生を待たずに,AIDSにより死亡した.
初期に用いられた血漿由来濃縮製剤によるB型肝炎感染は,1970年代にドナースクリーニングとその後のワクチン接種により消滅した.1980年代後半までに血漿由来濃縮製剤を投与された患者の大多数が,C型肝炎ウイルスの慢性保因者となった.1990年までに濃縮製剤のウイルス不活化処理が行われるようになったことと,ドナースクリーニング検査が開発されることによって,この合併症は消失した.
重症血友病A患者の約30%では,通常,20回目の第VIII因子の投与までに[Hay et al 2011]第VIII因子に対する同種免疫性インヒビターが産生されるが,稀に50回以上も投与可能なことがある[Kempton 2010, Eckhardt et al 2013](「臨床的マネジメント」,「症状の治療」を参照).血友病A患者のなかでは,白人と比べると黒人やヒスパニック系でこうしたインヒビターが産生されやすい.このような違いを生み出す原因が活発に研究されている[Viel et al 2009, Miller et al 2012, Schwarz et al 2013].
遺伝型と臨床型の関連
バリアントの種類と重症度の相関
浸透率
F8遺伝子に病原性バリアントをもつ男性は全員発症し,その重症度は家系内の他の罹患男性とほぼ同程度となる.しかし,他の遺伝的・環境的要因の影響により,臨床上の重症度が若干異なることがある.
F8遺伝子に病原性バリアントが1つ,正常なアレルが1つある女性の約30%では,第VIII因子の凝固活性が40%未満となっており,出血障害がある.第VIII因子の凝固活性が低めの基準範囲内となっているヘテロ接合体女性では,軽度の出血が起きやすい[Plug et al 2006].総じて,保因者では未発症女性と比べて出血が生じやすい[Paroskie et al 2015].
命名法
血友病Aは「古典的血友病」とも呼ばれてきた.
頻度
米国での血友病Aの出生率は約6,500人の男児の生児出産あたり1人である.全世界での血友病Aと血友病Bの出生率は10,000人あたり1人であるが,国によって報告には広くばらつきがある[Stonebraker et al 2010, Srivastava et al 2013].
出生率は国や民族にかかわらず同程度であると考えられている.この原因はF8遺伝子の 突然変異率が高く,F8遺伝子がX染色体上にあるためであろうと推定されている.
F8遺伝子の病原性バリアントに関連する表現型は,本稿で扱われている表現型以外に存在しない.
外傷・扁桃摘出後の出血の増加や,抜歯してから数時間での出血の増加は,出血障害のない患者にも起きることがある.これとは対照的に,抜歯や口腔内損傷後に毛細血管性出血が延長したり,断続的に数日間続く場合,損傷から数日後に出血が新たに再開したり痛みや腫脹が悪化する場合,手術の数日後に創傷血腫ができる場合には,必ずと言っていいほど凝固障害が存在する.これまでの出血エピソードを詳細に聴取すると,生涯にわたる遺伝性の出血障害であるのか,後天性(多くは一過性)の出血障害であるのかを判断できる.重症や中等症の血友病Aの高齢患者では,関節変形や筋肉拘縮を認めることがある.外傷が確認できない大きな挫傷や皮下血腫がみられることがあるが,軽症の出血障害患者では急性の出血エピソードを除いて,目に見える外見上の徴候はない.点状出血は重度の血小板減少症の特徴であり,血友病Aを示唆しない.
第VIII因子の凝固活性の低下を伴う遺伝性の出血障害
1型フォンウィルブランド病(VWD)の特徴は,フォンウィルブランド因子(VWF)の部分的な量的欠乏(VWF抗原低値,第VIII因子凝固活性低値,VWF活性低値)を特徴とする.主症状は手術や抜歯後の粘膜出血と毛細血管性出血の延長である.VWF値を測定して軽症血友病Aをフォンウィルブランド病と鑑別する.血友病A患者のVWF抗原の数値は正常である.遺伝形式は常染色体優性である.浸透度にはばらつきがある.
2A型や2B型フォンウィルブランド病の特徴は,高分子多量体の減少を伴うVWFの質的な欠乏である.VWFの血小板やコラーゲンとの結合能は低下するが,VWF抗原と第VIII因子の凝固活性は低めの基準範囲~軽度減少となる.2A型フォンウィルブランド病の原因は,多量体形成や安定化に異常をきたす病原性バリアントである.2B型フォンウィルブランド病の原因は,血小板結合での機能獲得型変異であり,多くが血小板減少症を随伴する.分子遺伝学的検査が診断に役立つ.2A型・2B型のフォンウィルブランド病の遺伝形式は常染色体優性である.
2M型フォンウィルブランド病の特徴も,2A型と同じく機能低下によるVWFの質的欠乏であるが,多量体パターンは正常である.分子遺伝学的検査が診断に役立つ.遺伝形式は常染色体優性である.
2N型フォンウィルブランド病は,循環血中のVWF蛋白のアミノ末端に生じる幾つかのミスセンス変異の1つにより,第VIII因子のVWFへの結合能が低下することによって発症する稀少疾患である.VWFの血小板結合能は完全に正常である.臨床的観点や生化学的観点から2N型フォンウィルブランド病を軽症血友病Aと鑑別することは不可能であるが,F8遺伝子やVWF遺伝子の分子遺伝学的検査,ELISA法やカラムクロマトグラフィーによって第VIII因子のフォンウィルブランド因子への結合能を測定すると,軽症血友病Aと2N型フォンウィルブランド病を鑑別できる.遺伝形式は常染色体劣性である.
3型フォンウィルブランド病の特徴は,完全,もしくはほぼ完全なVWFの量的な欠損である.罹患者には血友病A患者と同様,粘膜出血エピソードや関節・筋肉からの出血が頻繁に生じる.多くの場合,VWFは1%未満であり,第VIII因子の凝固活性は2~8%であることがほとんどである.遺伝形式は常染色体劣性である.ヘテロ接合の両親が1型フォンウィルブランド病罹患者である可能性もあるが,症状が現れないことが多い.
軽症型の第V・VIII因子合併欠損症(OMIM 613625)は,通常,LMAN1遺伝子もしくはMCFD2遺伝子がコードする2つの細胞内シャペロン蛋白のどちらかの欠損が常染色体劣性で遺伝する稀少疾患である[Zhang et al 2008].
第VIII因子の凝固活性の低下を伴う出血障害
血友病Bの原因はF9遺伝子変異であり,血友病Aと臨床的に鑑別できない.第IX因子の凝固活性が40%未満であると診断される.遺伝形式はX連鎖性である.
第XI因子欠乏症(OMIM 612416)の原因はF11遺伝子変異である.第XI因子の凝固活性が,ヘテロ接合体では正常の25~75%に,ホモ接合体では1~15%未満となる[Duga & Salomon 2013].アシュケナージ系ユダヤ人では2種類の病原性バリアントが多くみられる.ヘテロ接合体でもホモ接合体でも,出血は軽症/中等症の血友病A患者と同程度である.第XI因子に対する特異的凝固活性検査で診断が確立する.
第XII因子欠乏症(OMIM 234000),プレカリクレイン欠乏症(OMIM 612423),高分子キニノーゲン欠乏症(OMIM 228960)では,出血症状は現れないが,活性化部分トロンボプラスチン時間(aPTT)の延長が生じやすい.
プロトロンビン(第II因子)欠乏症(OMIM 613679),第V因子欠乏症(OMIM 227400),第X因子欠乏症(OMIM 227600),第VII因子欠乏症(OMIM 227500)は,常染色体劣性遺伝の稀な出血障害である.患者には挫傷や血腫ができやすく,鼻出血,月経過多,外傷や手術後の出血が起きやすい.出血性関節症は稀である.頭蓋内に自然出血が生じやすい.PTは延長するが,aPTTは正常な場合,第VII因子欠乏症が疑われる.第II・V・X因子欠乏症では通常,PTとaPTTが延長するが,特異的な凝固因子検査を行って診断を確立する.複合的(多発性)欠乏症は通常,後天的なものであるが,ビタミンK依存性の凝固因子の遺伝性欠損を有する家系が少数存在する.この場合,多くはγ-カルボキシラーゼ欠損により遺伝的欠損が起きる.
フィブリノゲンの遺伝性障害には,完全な欠損(無フィブリノゲン血症),部分的な欠損(低フィブリノゲン血症)が含まれる.無フィブリノゲン血症(OMIM 202400)は常染色体劣性の稀少疾患であり,血友病Aに類似した症状を呈するが,血友病Aとは異なり,血小板凝集を助けるフィブリノゲンを欠くことから,軽微な切傷からの出血が延長する.低フィブリノゲン血症(OMIM 616004)の遺伝形式は常染色体優性,もしくは常染色体劣性である.異常フィブリノゲン血症(OMIM 616004)では,通常,抗原値が基準範囲内であることが多いが,活性値と抗原値が一致しない.異常フィブリノゲン血症の遺伝形式は常染色体優性である.低フィブリノゲン血症や異常フィブリノゲン血症の患者では,軽度から中等度の出血症状が生じることもあれば症状が現れないこともある.血栓症のリスクをもつ異常フィブリノゲン血症患者も稀に存在する.いずれのフィブリノゲン障害でもほぼ確実にトロンビン時間やレプチラーゼ時間が延長し,フィブリノゲン活性が低下する.
第XIII因子欠乏症(OMIM 613225, 613235)は常染色体劣性の稀少疾患である.患者の80%超で臍帯断端からの出血が生じる.患者の30%で頭蓋内の自然出血や軽度外傷後の頭蓋内出血が生じる.皮下血腫,筋肉内血腫,創傷治癒障害,再発性自然流産もみられる.関節出血は稀である.凝固活性のスクリーニングはすべて正常となるため,スクリーニング時に凝固線溶系の検査や第XIII因子(FXIII)活性の特異的検査を実施すると,診断を確立することができる.
血小板機能障害にはベルナール・スーリエ症候群(OMIM 231200),により,グランツマン血小板無力症(OMIM 273800),貯蔵プール欠乏症,非特異的な分泌障害が含まれる.血小板機能障害の患者には皮膚・粘膜出血,反復性鼻出血,胃腸出血,月経過多,外傷や手術の最中や直後の出血過多が生じる.関節出血,筋肉内出血,頭蓋内出血は稀である.血小板凝集試験,フローサイトメトリー,血小板の電子顕微鏡検査により診断する.
初回診断後の評価
血友病Aと診断された患者の疾患の程度とニーズを判断するために推奨される評価は以下のとおり(未実施の場合).
症状の治療:
世界血友病連盟(The World Federation of Hemophilia)が血友病患者の管理に関する治療ガイドラインを発表した.治療は血友病治療センターと協力して行うべきである.(治療センターへのアクセスに関しては,米国内の患者は米国血友病財団(National Hemophilia Foundation)を,米国外の患者は世界血友病連盟(World Federation of Hemophilia)を参照)
血漿由来/遺伝子組み換え第VIII因子製剤の静脈内投与:出血エピソードに際しては,症状に気づいてから1時間以内に血漿由来/遺伝子組み換え第VIII因子製剤の静脈内投与を行う.
小児科での問題.血友病Aの乳児や小児のケアに際しては,以下のような特別な配慮が必要である[Chalmers et al 2011, Srivastava et al 2013].
DDAVP® (デスモプレシン酢酸塩).軽症血友病A患者(症候性患者である女性を含む)では,DDAVP®により出血後の迅速な治療が可能となっている.多くの場合,1回の静脈内投与で第VIII因子の凝固活性が2倍もしくは3倍になる.また,複数回使用できる点鼻薬(DDAVP® Nasal)の利便性は高い.
注:血友病の遺伝子型によりDDAVP®への奏効が異なる[Castaman et al 2009, Nance et al 2013].
免疫寛容療法.
第VIII因子の同種免疫性インヒビターにより出血エピソードのコントロールは著しく低下する[Fogarty & Kessler 2013].免疫寛容療法により高力価インヒビターを除去できることが多い[Hay & DiMichele 2012].大規模な遺伝子欠失を有する患者では,他のバリアント保有者と比べて,免疫寛容療法への奏効が低くなりがちである[Coppola et al 2009].
一次病変の予防:
米国血友病財団や世界血友病連盟により重症血友病患児への予防治療が推奨されている.通常,第VIII因子の凝固活性を1%以上に維持するため,第VIII因子濃縮製剤が週3回,もしくは隔日で投与されるが,これよりも投与間隔を広げた治療法が行われることもある[Fischer et al 2002, Feldman et al 2006].半減期の長い組み換え製剤が新たに開発されたことにより,投与回数を減らすことが可能となった.
二次合併症の予防:
在宅療法の利用などにより,予防治療や出血への迅速な有効治療が可能となり,出血や慢性関節疾患が減少した.現在では,製造工程や最終製剤にヒトや動物由来の蛋白を使用しない組み換え製剤が多く作られている.血漿由来濃縮製剤へのウイルス不活化処理によって,HIV感染リスクは1985年以降,B・C型肝炎ウイルス感染リスクは1990年以降,消滅した.
経過観察
血友病治療センター(関連情報を参照)で経過観察を受けている血友病患者は,当センターで治療を受けていない患者に比べて死亡率が低い[Soucie et al 2000, Pai et al 2016].
重症・中等症の血友病Aの年少児は,これまでの出血エピソードの再評価や,必要ならば治療計画の調整のため,6~12ヶ月に1回,(両親とともに)血友病治療センターで評価を受けること.出血エピソードが疑われる初期徴候や症状を再評価する.評価時には,関節や筋肉の評価やインヒビターのスクリーニングや,患者自身の血友病に関連するさまざまな問題や家族や地域の支援についての話し合いも行うこと.
同種免疫性のインヒビターのスクリーニングは,重症血友病の患児では,出血予防として第VIII因子濃縮製剤の投与を開始してから,10~20回目の投与までに少なくとも1回行い,その後は3~6ヶ月に1回行う.投与期間が50~100日を超えた後は年1回行うことに加え,待期的外科処置の実施前にもスクリーニングを行えば十分である.治療への臨床的奏効が最適とはいえない血友病患者には,疾患の重症度にかかわらず,インヒビターの検査を行うこと.
重症・中等症の血友病Aの年長児・成人患者にとっては,血友病治療センター(関連情報を参照)に少なくとも年1回に連絡を取り,インヒビターの定期検査を受け,適宜,ウイルス検査を受け,教育を受け,患者自身の血友病に関連した問題について話し合うことによって得られる利益は多い.
軽症血友病A患者は1~2年に1回,血友病治療センターで評価を受けるとよい.併存疾患や他の合併症があったり,治療困難な場合は,来院回数を増やす必要がある.
回避すべき薬剤・環境:
血友病Aの家族歴を有する男性乳児は,血友病Aの診断が除外されない限り,環状切除を受けるべきではない.発症している場合は処置の直前と直後に第VIII因子濃縮製剤を投与する.
血小板機能に作用する薬剤やハーブ療法(アスピリンなど)は,適応せざるを得ない場合(アテローム動脈硬化性心血管疾患など)を除き,使用しないこと.重症血友病患者では,アスピリンや他の抗血小板薬を安全に投与するため,通常,凝固因子の予防投与が必要となる[Angelini et al 2016].
以下を避けるべきである:
リスクのある血縁者の検査
リスクの高い血縁者の確定.(特に軽症血友病Aの家系では),詳細な家族歴の聴取により,まだ検査を受けていないリスクの高い男性血縁者が判明することがある.
リスクのある男性の遺伝学的状態の早期判定.(羊水や胎盤組織の混入を避けるため)臍静脈への静脈穿刺によって採取した臍帯血検体の第VIII因子の凝固活性測定,もしくはF8遺伝子の家系特異的な病原性バリアントに対する分子遺伝学的検査を行うことにより,リスクのある男性新生児が血友病Aに罹患しているかどうかを診断できる.血友病Aの家族歴を有する乳児には,血友病Aが除外されるまで,環状切除処置を行わないこと.血友病Aが確認された場合には,毛細血管性出血の遅延と創傷治癒障害を防ぐため,第VIII因子濃縮製剤を処置の直前と直後に投与する.
注:臍帯血を用いた第VIII因子の凝固活性測定では,凝固を予防し検体と抗凝固薬の混合を最適とするため,クエン酸ナトリウムを10分の1入れたシリンジに臍帯血を採取することが理想的であるが,通常のキャップ付き試験管も使用可能である.
リスクのある女性の遺伝学的状態の判定.ヘテロ接合体女性の約30%では,第VIII因子の凝固活性が40%未満であり,異常出血が生じる場合がある.オランダ系のヘテロ接合体女性の調査では,出血症状はベースラインの凝固因子の凝固活性と相関しており,第VIII因子の活性が40~60%であっても出血の微増が示された[Plug et al 2006].従って,(分子遺伝学的検査で保因者でないことが判明している場合を除き),男性患者の娘と母親やリスクのある女性全員に対して,出血リスクが上昇していないかを判断するため,ベースラインの第VIII因子の凝固活性測定を行うこと.ごく稀に,偏りのあるX染色体の不活化に関連したF8遺伝子の病原性バリアントのヘテロ接合体であるため,もしくはF8遺伝子の異なる病原性バリアントを2つもつ複合ヘテロ接合体という非常に稀な状態であるため,第VIII因子の凝固活性が極めて低くなる女性がいる[Pavlova et al 2009].
リスクのある女性は妊娠前,もしくは妊娠期のできるだけ早い段階に保因者状態を確認するとよい.
遺伝カウンセリングを目的としたリスクのある近親者の検査に関連する問題については,「遺伝カウンセリング」の項を参照.
妊娠管理
産科での問題. リスクのある女性は妊娠前,もしくは妊娠期のできるだけ早い段階に保因者状態を確認するとよい.
症状が現れている(すなわち,ベースラインの第VIII因子の凝固活性が40%未満である)女性では妊娠中,第VIII因子の凝固活性が自然に増加し,妊娠末期には2倍になることもあるため,多少なりとも出血から保護される.妊娠後期には第VIII因子の数値を測定し,基準範囲内であるかを確かめること.基準範囲外であるならば,凝固因子の補充療法を検討すること.分娩後は48時間以内に第VIII因子の凝固活性がベースラインに戻るため,分娩後出血が起きることがある[Lee et al 2006].
男性新生児.帝王切開の適応とするか,経腟分娩を行うかに関しては,依然として議論が分かれている[James & Hoots 2010, Chalmers et al 2011].580人の0~2歳の血友病の男性患者を対象とする遡及的データ解析によれば,分娩時に頭蓋内腫瘤が起きた患者は17人であった.ここでは,1人を除く全員が経腟分娩での出生である[Kulkarni et al 2009].この所見から,血友病の乳児への帝王切開の推奨が支持されるが,17人中12人の母親の保因者状態が不明であることから,計画分娩によりリスクが軽減できるかもしれないことがうかがえる.分娩に際しては,帝王切開と経腟分娩の相対危険度を検討し,家族と産科医と話し合うことによって,協力的な計画が立てられるだろう.
研究中の治療
半減期を延長させた組み換え型の第VIII因子分子の開発により,投与回数を減らすことができるようになった[Young & Mahlangu 2016].2つの製剤が米国食品医薬品局(FDA)の認可を受けている.このうちの1つはペグ化により,もう1つはFc融合によるものであり,他にも臨床試験段階のものが幾つかある.こうした製剤では半減期が約1.5倍に伸びている.さらに長い半減期をもつ製剤が開発中である.
インヒビターの免疫学やインヒビターの予防方法,免疫寛容達成率の改善についての知見を増やす試みが継続中である[Zakarija et al 2011, Hay & DiMichele 2012, Astermark et al 2013].第VIII因子や第IX因子の必要とする状態を「迂回する」新しい製剤が幾つか出てきており,臨床・前臨床試験段階にある「Kaufman & Powell 2013].
血友病Aの遺伝子治療に関する臨床試験が始まっている.前臨床段階のものも幾つかある[Spencer et al 2016].
種々の疾患の臨床試験に関する情報については,こちらを参照.
その他.
血友病Aでの出血は,ビタミンKで予防したりコントロールすることはできない.
寒冷沈降物はウイルス不活化処理が行われていないため,現在では血友病Aの治療薬として推奨されない.
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
血友病Aの遺伝形式はX連鎖性である.
患者家族のリスク
男性発端者の親
総じて,息子が家系内で最初の罹患者となった母親が保因者である確率は約80%であるが,イントロン22逆位を有する重症男性患者の母親が保因者である確率は98%である.
男性発端者の同胞
男性発端者の子
他の血縁者
発端者の母系の伯/叔母とその子には,(性別,血縁関係,発端者の母親の保因者状態によっては),保因者リスクと発症リスクがある.
ヘテロ接合体(保因者)診断
病原性バリアントが発端者で確認された場合,リスクのある女性血縁者に分子遺伝学的検査を行って遺伝学的状態を判断することが極めて有益である.
第VIII因子の凝固活性や,第VIII因子とフォンウィルブランド因子との比は,保因者状態を判定する試験としては信頼性が低く,これらの値が低いときに保因者である可能性を疑うことができるだけである.
遺伝カウンセリングに関連した問題.
リスクのある血縁者への早期診断・治療目的の評価に関する情報については,「臨床的マネジメント」,「リスクのある近親者の検査」を参照されたい.
英国の遺伝学的サービスに関して発表されているガイドラインに関しては Ludlam et al [2005](全文)を参照.文化的宗教的要因が親の遺伝子検査への態度に与える影響に関するオーストラリアの質的研究で得られた所見に関してはThomas et al [2007]を参照.
家族計画
DNAバンキングは,将来の使用のために,DNA(通常は白血球から調製)を貯蔵しておくことである.検査手法や,遺伝子,変異,疾患への理解は将来改善する可能性があり,罹患者のDNAを貯蔵しておくことは考慮されるべきである.
出生前診断と着床前診断
分子遺伝学的検査家系内罹患者でF8遺伝子の病原性バリアントが同定されている場合,リスクの高い妊娠に対する出生前診断や血友病Aの分子遺伝学的検査を行うことができる[Laurie et al 2010].
遺伝学的検査が早期診断よりも中絶を目的として考慮される場合は,医療関係者の間やと家族の間で出生前診断に対する見解の相違が生じるかもしれない.多くの医療機関では最終的には両親の意思を尊重するとしているが,この問題については注意深い検討が求められる.
原文 Hemophilia A