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ムコ多糖症Ⅱ型
(Mucopolysaccharidosis TypeⅡ)

[同義語: Hunter Syndrome, I2S Deficiency, Iduronate –Sulfatase Deficiency, MPSⅡ]

Gene Reviews著者: Maurizio Scarpa, MD, PhD
日本語訳者: 和田宏来 (県西総合病院小児科/筑波大学大学院小児科)         

Gene Reviews 最終更新日: 2015.3.26.日本語訳最終更新日: 2017.6.7.

原文 Mucopolysaccharidosis Type II


要約

疾患の特徴 

ムコ多糖症Ⅱ型(ハンター症候群としても知られる)はX連鎖性の多系統疾患であり、グリコサミノグリカン(GAG)の蓄積を特徴とする。患者の大半が男性である。まれにヘテロ接合体を保有する女性で症状を認めることがある。発症年齢、重症度、進行速度には罹患男性の間で著しい差がある。早期進行型では、中枢神経病変(主に進行性の認知機能低下を示す)、進行性の気道疾患、心疾患により通常は20歳までに死亡する。緩徐進行型では、中枢神経系は侵されないが(もしくは僅かに侵される)、中枢神経以外の臓器へのグリコサミノグリカン蓄積の影響から、進行性の認知機能低下を呈する患者と同程度に早期に進行することがある。緩徐進行型では成人初期まで生存し、知能は正常であることが多い。双方の病型で共通するその他の所見には、低身長、大頭症(交通性水頭症を伴う場合も伴わない場合もある)、巨舌、嗄声、伝音性難聴/感音性難聴、肝脾腫、多発性異骨症、脊柱管狭窄症、手根管症候群などがある。

診断・検査 

尿中グリコサミノグリカンと骨格系の検査によりムコ多糖症の病態が確認されるが、このような症状はムコ多糖症Ⅱ型に特異的ではない。ムコ多糖症Ⅱ型の男性発端者の診断におけるゴールドスタンダードは、白血球、線維芽細胞、血漿中のイズロン酸スルファターゼ(I2S)における酵素活性の欠損があり、これ以外のスルファターゼの活性が少なくとも1種類で正常なことである。通常ではみられない表現型や、グリコサミノグリカンの検査結果と合致しない表現型を呈する男性発端者においては、IDS遺伝子ヘミ接合変異を同定することにより診断が確定する。

臨床的マネジメント 

症候の治療:
よく行われる治療には以下がある。発達療法、作業療法、理学療法や水頭症に対するシャント術、扁桃摘出術およびアデノイド摘出術、陽圧換気(CPAPや気管切開)、手根管減圧術、心臓弁置換術、鼠径ヘルニア根治術、股関節置換術。

一次症状の予防:
イデュルスルファーゼ(エラプレース, Elaprase®)(遺伝子組換えヒトイズロン酸-2-スルファターゼ)による酵素補充療法が、緩徐進行型に対して2006年に米国とEUで承認された。より最近の研究成果によると、5歳未満の小児患者、早期進行性の肺合併症をもつ患者、もしくは早期進行性の中枢神経疾患をもつ患者において、エラプレース®は血液脳関門を通過しないものの(それゆえ中枢神経疾患に対する効果は期待できない)、早期の酵素補充療法によって身体症状が改善する可能性がある。5歳未満の小児に対する治療の安全性や忍容性は年長児と同等である。(臍帯血もしくは骨髄を用いた)造血幹細胞移植によって疾患の進行を遅らせる、もしくは止めるのに十分な酵素活性を供与することができるが、比較臨床試験は行われていない。

続発する合併症の予防:
全身麻酔に関連するリスクに注意を払う。

定期検査:
罹患臓器や重症度により異なるが、心臓の評価、心エコー、肺機能検査を含む肺の評価、聴力検査、眼科的検査、発達評価、神経学的検査を通常は年1回施行する。そのほか、閉塞性無呼吸の評価、手根管症候群の評価のため神経伝導速度、脳室のサイズや頸延髄部の狭小化をみるため頭部/頸部MRI、股関節疾患を評価するため整形外科的評価を行うことがある。

リスクのある親族の検査:
臨床経験から、リスクのある男性への早期診断を行うことにより、不可逆的な変化が起こる前に、またしばしば疾患が重度に進行する前に酵素補充療法を開始することができることが示されている。その一方で、酵素補充療法を早期に開始できる有益性のため、新生児スクリーニングやリスクある男性血縁者への検査によって早期診断を行うことが妥当かどうかについては現時点では不明である。

遺伝カウンセリング 

ムコ多糖症Ⅱ型の遺伝形式はX連鎖性である。同胞のリスクは母親の遺伝学的な状況による。発端者の母親が病原性変異を有している場合、各妊娠で子どもに遺伝する確率は50%である。変異を受け継いだ男性は発症する。変異を受け継いだ女性は保因者(キャリア)となる。生殖細胞系列でのモザイクが認められている。男性患者の病原性変異は、娘に遺伝するが息子には遺伝しない。リスクのある女性親族に対する保因者診断やリスク妊娠における出生前診断は、家系での病原性変異が同定されている場合可能である。


診断

ムコ多糖症Ⅱ型(MPSⅡ、ハンター症候群としても知られる)は臨床所見のみでは診断できない。徴候や症候、身体症状は重症度により多岐にわたり、経過による身体症状の進行はしばしばムコ多糖症Ⅱ型診断の手がかりとなる。
ムコ多糖症Ⅱ型の診断および治療に関して、ハンター症候群欧州専門委員会(HSEEC)によりエビデンスに基づいた提言が策定されている。

示唆される所見

ムコ多糖症Ⅱ型は、しばしば生後18ヶ月~4歳時に低身長・肝脾腫・関節拘縮・粗な顔貌といった臨床所見を認める男性発端者で疑われる。頻回な耳/副鼻腔感染や臍ヘルニアといった目立たない初期徴候・症状もしばしば認められる。睡眠障害、活動量の増大、行動困難、発作様症状、咀嚼の保続を認める場合や、排便・排尿訓練ができない場合には、その後の認知機能障害と強く関連する可能性がある。

骨格検査から多発性異骨症と総称される骨格異常が明らかとなることがあるが、こうした所見は早期には認めないことがあり、またムコ多糖症Ⅱ型に特異的ではない。

尿中グリコサミノグリカン分析でデルマタン硫酸とヘパラン硫酸が高濃度を示す。しかし、ムコ多糖症Ⅰ型でも同様の所見が認められ、ムコ多糖症Ⅱ型に特異的ではない。

診断の確定

男性発端者におけるムコ多糖症Ⅱ型の確定診断には、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)酵素活性の欠損/低下を認めるか、IDS病原性変異のヘミ接合体を同定することが求められる。

イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)酵素活性 男性発端者におけるムコ多糖症Ⅱ型の確定診断のゴールドスタンダードは、白血球、線維芽細胞、血漿におけるI2S活性の欠損/低下を認めることである。大多数の男性患者では合成基質を用いた酵素活性が認められない。I2S酵素活性測定の詳細な分析プロトコールが報告されている。

注:ムコ多糖症Ⅱ型と共通の臨床的特徴をいくつか有する多発性スルファターゼ欠損症ではI2S酵素活性の低下が認められるため、少なくとも1つ以上の他のスルファターゼ酵素活性が正常であることを示すことが重要である。

分子遺伝学的検査

IDS遺伝子変異の同定により、男性発端者におけるムコ多糖症Ⅱ型の診断が確定する。また、IDS遺伝子変異の同定は、臨床型が非典型的な場合もしくはグリコサミノグリカン分析結果と臨床型が合わない場合に有用なことがある。
ムコ多糖症Ⅱ型患者のIDS遺伝子変異には大きく3つのタイプがある。

表1 ムコ多糖症Ⅱ型(ハンター症候群)で用いられる分子遺伝学的検査の要約

遺伝子1 検査方法 検査方法によって同定された変異2を有する発端者の頻度
IDS シークエンス解析3, 4 82%5, 6
標的遺伝子の欠失/重複解析7 9%
複雑な遺伝子再構成8 9%
  1. 染色体座位と蛋白については、表A「遺伝子・データベース」を参照。
  2. アレル変異に関する情報については、「分子遺伝学」の項を参照。
  3. シークエンス解析では、良性の変異、良性と考えられる変異、臨床的意義が不明の変異、病原性と考えられる変異、病原性変異が検出される。病原性変異には、小さな遺伝子内欠失・挿入、ミスセンス変異、ナンセンス変異、スプライス部位変異が含まれるが、典型的にはエクソンや遺伝子全体の欠失・重複は検出できない。シークエンス解析の結果の解釈について考慮すべき問題はこちらをクリック。
  4. シークエンス解析の前に行われたPCR検査で増幅を認めない場合、罹患男性ではエクソン全体の欠失もしくは遺伝子全体の欠失が示唆される。標的遺伝子の欠失/重複解析による確認が必要である。
  5. 一塩基多型やスプライス部位変異は病原性変異全体の65%を占める。小さな(すなわちエクソン内)欠失や挿入は病原性変異全体の17%を占める。
  6. シークエンス解析では、男女を問わず、IDSIDSP1の間によく認められる逆位による複雑な遺伝子再構成が検出されないことがある。
  7. 標的遺伝子の欠失/重複解析では遺伝子内欠失/重複を同定する。用いられる方法には、定量PCR、ロングレンジPCR、MLPA(multiplex ligation-dependent probe amplification)法、単一エクソンの欠失/重複を検出する標的染色体マイクロアレイ解析などがある。
  8. 複雑な遺伝子再構成は偽遺伝子IDSP1との組み換えもしくは他の過程によって生じる。再構成の切断点を確認しマッピングするためには、多数の分子学的手法(シークエンシング、一塩基多型[SNP]解析、標的遺伝子の欠失/重複解析、染色体マイクロアレイ解析[CMA]など)を必要とすることがある。

臨床的特徴

臨床像

ムコ多糖症2型(MPS 2型、ハンター症候群としても知られる)は多系統疾患であり、発症年齢や進行速度には著しい差がある。
中枢神経症状は「早期進行」型とされる小児患者群でもっとも顕著に認められる特徴で、主に認知機能障害の進行を呈する。そのような認知機能の低下は進行性の呼吸器疾患・心疾患を伴い、通常は20歳までに死亡する。
緩徐進行型では中枢神経系への影響はごくわずかであるが、たとえそうであるとしても、他臓器へのグリコサミノグリカンの蓄積による影響は、進行性の認知機能障害を呈する患者と同じくらい早期にみられることがある。緩徐進行型では成人初期まで生存し、知能は正常であることが多い。
早期進行/中枢神経障害型の発生率は緩徐進行型の2倍以上である可能性があるが、正確な発生率は不明である。罹患男性の84%に何らかの神経症状が認められる。患者の82%に心血管病変が認められたと報告されている。s
ムコ多糖症Ⅱ型において、グリコサミノグリカンの蓄積はほぼ全ての臓器に起こるが、比較的蓄積しやすい臓器がある。
最も影響を受けやすい臓器における臨床症状は以下である。

全身症状 ムコ多糖症Ⅱ型の新生児の外観は正常である。粗な顔貌-巨舌、眼窩上縁の突出、幅の広い鼻、幅の広い鼻梁、顔の軟部組織へのグリコサミノグリカン蓄積による大きな丸みを帯びた頬と厚い口唇-が現れるのは、通常、早期進行型では生後18ヶ月~4歳の間、緩徐進行型ではおよそ2歳以降である。一部では上背部や上腕の側面にアイボリー色の皮膚病変を認めるようになるが、これはハンター症候群に特徴的である。

成長 ほとんどの患児における生後5年間の成長は平均を上回る。成長の遅れがみられるようになると、基本的に低身長となる。大頭症は広く認められる。
身長は緩徐進行型と早期進行型で統計学的に有意な差は認めないが、成長パターンは進行のモニタリングや治療効果の評価に有用である。

 ムコ多糖症Ⅰ型とは対照的に、ときに角膜混濁を認めるがⅡ型に典型的な所見ではない。しかし、細隙灯検査で視力に影響を及ぼさない孤発性の角膜病変を認めることがある。患者の約20%に視神経乳頭腫脹、約11%に視神経萎縮を認める。網膜症も報告されている。網膜電図(ERG)で網膜機能障害が明らかとなることがあり、また視野障害も起こりうる。早期進行型では当初は錐体反応よりも杆体反応に影響が強くみられる。網膜電図における振幅の進行性減衰は網膜機能の悪化を示唆する。
しかし、徴候や症状が必ずしも網膜電図の変化と相関しているわけではなく、網膜電図で顕著な変化を認めた場合でも網膜色素上皮にほんのわずかな変化しか認めないこともしばしばある。

耳・鼻・咽喉 ムコ多糖症Ⅱ型の男児に多くみられる口腔所見には、巨舌、アデノイド肥大や扁桃肥大、開口障害をきたす顎関節の強直がある。こうした変化により進行性の嚥下障害を呈することがある。喉頭へのグリコサミノグリカン蓄積により、典型的には嗄声が認められる。
歯はしばしば不整で歯肉組織は過増殖である。含歯性嚢胞を生じることがあり、しばしば痛みや不快感の原因となる。とくに中枢神経症状を認める男性患者では診断は困難になりがちである。
ほとんどの患者で、反復性の耳道感染を合併する伝音性難聴や感音性難聴を認める。耳硬化症によって伝音性難聴をきたしうる。くも膜過形成、ラセン神経節細胞の減少、有毛細胞の変性によって蝸牛神経が圧迫され感音性難聴をきたしうる。

関節・骨格系 関節拘縮、とくに指関節の拘縮は広く認められる。拘縮により関節可動域は制限されるが、極初期にみられる注目すべき手がかりの一つである。
認知障害の重症度に関わらずムコ多糖症Ⅱ型における骨格異常は同程度であるが、特異的な症状ではない。多発性異骨症と呼ばれるX線所見は全てのムコ多糖症で認められるが、ほとんどの長管骨、とくに肋骨に全般的な肥厚を呈し、多くの部位に不整な骨端核を伴う。よく椎体に切痕を認める。
整形外科領域で長期的にもっとも問題となるのは股関節異形成であり、未治療では関節炎を早期に発症し著しい身体障害を起こす。

呼吸器 ムコ多糖症Ⅱ型で極初期に認める所見の一つに頻回の上気道感染がある。舌、口腔咽頭部の軟部組織、気管にグリコサミノグリカンが蓄積するにつれ、気道狭窄が進行し、最終的には閉塞する。
こうした気道閉塞に気道分泌物の増加、胸壁の硬化、肝脾腫が合併し、胸腔容積は減少しうる。気道閉塞の進行は止まらず、通常は睡眠時無呼吸を呈し、陽圧補助呼吸および最終的には気管切開が必要となる。

心血管系 ムコ多糖症Ⅱ型男児の多くに心疾患をみとめ、重症化および死亡の大きな要因となっている。患者の82%で心血管系の徴候/症状を認め、62%に弁疾患に関連しうる心雑音が認められる。僧帽弁、大動脈弁、三尖弁、肺動脈弁の順に発症頻度が高い。心筋症、高血圧、不整脈、末梢血管疾患もときに認められる(10%未満)。

消化器 ほとんどの患者で肝腫大/脾腫が認められる。臍/鼠径ヘルニアもよく認められる。早期進行型では慢性的な下痢がよくみられる。

神経系 ムコ多糖症Ⅱ型患児は出生時には正常に見える。発達のマイルストーンは初期には正常なこともある。典型的には、全般的な発達の遅れが中枢神経型における脳病変の最初の手がかりとなる。

その他の臓器症状と同様に、中枢神経症状の進行は不可逆的で、通常は6-8歳の間に退行が認められる。

最も多い神経徴候は行動や認知の問題であり、Wraith[2008]らによれば、それぞれ患者の6%, 37%に認められている。行動異常は早期進行型・緩徐進行型の両方で認められるが、早期進行型のほうが多い。

特に認知機能が悪化している場合に、慢性交通性水頭症を合併していることがある。けいれん発作が起こることもある。
認知機能の低下は、肺疾患・心疾患の早期進行と合わせて一般的に終末期であることを示唆し、20歳までに死亡する。
進行性の中枢神経症状を伴わない男性患者の知能は正常かそれに近い。しかし、緩徐進行型の男性患者では認知機能の悪化やけいれん発作は多くない一方で、慢性交通性水頭症はまだ起こる可能性がある。

手根管症候群はムコ多糖症Ⅱ型でしばしば見逃される合併症である。成人の手根管症候群患者とは異なり、ムコ多糖症Ⅱ型患児ではほとんど典型的な症状の訴えがない。それにもかかわらず、神経伝導検査では異常を認める。外科手術後には手の機能は改善する。

注意しないといけないほかの神経合併症に、とくに頸椎領域の脊髄圧迫を伴う脊柱管狭窄症がある。

内分泌 ムコ多糖症の乳児は出生時には正常に見える。生後1年はほとんどの患児で身長は50パーセンタイルを超え、ときに97パーセンタイルを超えることもある。しかし、成長速度は年齢とともに低下する。8歳までに身長は75パーセンタイルを下回り、思春期までにはほとんどすべての小児は成長遅延を呈する。低身長の原因は不明である。成長板の障害と関連している可能性がある。

遺伝子型と臨床型の関連

以下の2つを除けば、I2S蛋白質の量も酵素活性も、重症度と相関しない。

点突然変異は、そのほとんどは特定の家族に固有のものであるが、遺伝子型と臨床型の間に信頼性をもった関連はみられない(「分子遺伝学」の項を参考)。

浸透率

男性における浸透率は100%であるが、ムコ多糖症Ⅱ型の新生児スクリーニングが可能になった場合にはより軽症例が報告されるだろう。

命名

過去にはしばしば「軽症(mild/attenuated)」「重症(severe)」のような用語が用いられたが、(全てのムコ多糖症に言えるが)重症度に大きな幅があることは明らかである。疾患により著しくQOLが損なわれるため、現在ではこれらの用語を用いることは適切ではないと考えられている。そのため、現在では「緩徐進行型(slowly progressive)」(以前の「軽症」型)および「早期進行型」(以前の「重症」型)が重症度の連続性をよりよく反映すると考えられている。

発生率

いくつかの調査から、出生男児10~17万人に1人であることが示唆されている。


遺伝学的関連(アレル)疾患

遺伝子座IDSを超えて広がる欠失によりムコ多糖症Ⅱ型の非典型的な症状が認められる。これらの欠失により、早期進行性の中枢神経症状を呈し、眼瞼下垂やけいれん発作など他の非典型的な特徴を合併することがある。


鑑別診断

ムコ多糖症Ⅱ型(MPSⅡ、ハンター症候群)の鑑別疾患には、臨床症状やX線所見が大きく重複することを考慮すると、基本的に他のすべてのムコ多糖症が含まれる(ムコ多糖症Ⅰ型を参照)。
多発性スルファターゼ欠損症やムコリピドーシスⅡ型・Ⅲ型もムコ多糖症Ⅱ型と同様の所見を呈する可能性がある。ムコリピドーシスⅡ型ムコリピドーシスⅢ型α/βムコリピドーシスⅢ型γを参照。

OMIMでこの臨床型と関連する遺伝子を閲覧したい場合はムコ多糖症:OMIM臨床型シリーズを参照。

臨床的マネジメント

初期診断後の評価

ムコ多糖症Ⅱ型(MPSⅡ;ハンター症候群としても知られる)と診断された患者の疾患の広がりやニーズを把握するために、以下の評価が推奨される。

注:こうした評価の多くは年齢に応じて行う。たとえば、肺機能検査や睡眠検査を2歳児に行うことは適切ではないと思われる。

病変に対する治療

治療ガイドラインが発行されている(Scarpaら 2011)。
現時点では、ムコ多糖症Ⅱ型の合併症の治療は対症療法である。
罹患臓器のモニターおよび特異的な問題の治療には各専門家の協力が必要となる(「臨床像」を参照)。よく必要とされる治療には以下がある。

発達療法、作業療法、理学療法がしばしば必要となる。

酵素補充療法(「一次症状の予防」の項を参照)によって、長期間の研究で確認されたように、中枢神経症状以外の症状を緩和/補正する可能性が示されている。

一次症状の予防

酵素補充療法 イデュルスルファーゼ(エラプレース, Elaprase®)は遺伝子組換えヒトイズロン酸-2-スルファターゼで、ムコ多糖症Ⅱ型の治療薬として米国およびEUで承認されている。
酵素補充療法の臨床的な有効性は患者96人を対象とした二重盲検プラセボ対照試験で示されている。1年間の治療後に対照群と比較したところ、イデュルスルファーゼ週1回投与群の患者では一次エンドポイント(歩行距離と肺機能の複合)に統計学的に有意な改善が認められた。毎週投与群が隔週投与群より臨床成績が良好だったことに基づき、ムコ多糖症Ⅱ型の治療薬としてイデュルスルファーゼ0.5mg/kg週1回投与が米国・EU双方で承認された。この試験は緩徐進行型の患者のみを対象としたため、5歳未満の若年患者や早期進行性の中枢神経症状合併例に対しての効果に関する情報は少

ない。 5歳未満、重症肺疾患/重症中枢神経疾患の合併例に対する酵素補充療法の結果が報告されている。
より最近では、Tomaninら(2014)はムコ多糖症Ⅱ型患者27人の3.5年間にわたるフォローアップを行い、以下のように報告した。

エラプレース®は血液脳関門を通過しないため、中枢神経疾患に対する効果は期待できない。しかし、酵素補充療法によって重症中枢神経疾患患者の身体症状は改善がみられるだろうと信じるに足る理由もある。若年齢でも安全であり、身体症状の著しい改善が認められる。

エラプレース®で起こる可能性がある投与時反応は、ライソゾーム蓄積病の治療で用いられる他の酵素補充療法やモノクローナル抗体(インフリキシマブなど)のような他のタンパク製剤を投与した場合にみられる反応と似ている。アナフィラキシー様と称されるこれらの重症型非アレルギー反応の原因は不明である。現在の知見では、(アナフィラキシーとは対照的に)アナフィラキシー様反応は免疫を介するものではないことが示唆されている。

投与時反応は一般的に軽症であり、心拍数・血圧・呼吸数の短時間でわずかな増加または減少、掻痒、発疹、紅潮や頭痛などを呈する。軽度の投与時反応は数回ほど投与速度を下げることで通常は管理でき、徐々に以前の速度に戻していく。
抗炎症薬や抗ヒスタミン薬の前投薬はしばしば他の病態における酵素補充療法でしばしば用いられるが、エラプレース®では適応がない。しかし、投与速度を下げることで軽度/中等度の投与時反応(呼吸困難、蕁麻疹、収縮期血圧の20mmHg以下の低下など)が軽減しない場合、投与1時間前のジフェンヒドラミンやアセトアミノフェン(もしくはイブプロフェン)をレジメンに追加することで通常問題は解決する。典型的には前投薬は6-10週後に中止できる。

血圧の大きな変化、呼気性喘鳴、吸気性喘鳴、悪寒、酸素飽和度の低下といった重度の非アレルギー性アナフィラキシー様反応をみた場合、すみやかに投与を中止し、適量のエピネフリン皮下注、ジフェンヒドラミンやヒドロコルチゾン/メチルプレドニゾロン静注を行うべきである。その後の前投与は、投与の24時間前と8時間前にプレドニゾン、1時間前にアセトアミノフェン/イブプロフェンの内服、投与開始直前にメチルプレドニゾロン静注を緩徐に行う。
臨床試験のデザインに限界があるため、重度の呼吸器合併症/中枢神経疾患を有する5歳未満の患児で投与時反応の発生率や重症度が異なるかどうかは現時点では不明である。

臍帯血や骨髄による造血幹細胞移植は、十分な酵素活性を供与し疾患の進行を遅らせる/停止させる可能性のある方法である。しかし、造血幹細胞移植の施行については合併症や死亡のリスクが高いため議論の余地がある。さらに、生後早期の治療により神経疾患の進行を著しく抑制するかどうかは依然として不明であり、ハーラー症候群(ムコ多糖症Ⅰ型)における骨髄移植の報告とは全く異なり、これまでの症例報告では満足のいく結果は得られていない。概して、ムコ多糖症Ⅱ型に対する骨髄移植の効果は、重度中枢神経疾患を有するかその可能性のある2歳未満のムコ多糖症Ⅱ型患児の多くが移植を受け、長期的にフォローアップされた結果が報告されるまで判断できない。この研究結果を確認する必要があるものの、造血幹細胞移植と酵素補充療法はムコ多糖症Ⅱ型患児の成長に関する効果は同等であるため、造血幹細胞移植を行う意義は乏しい。

続発する合併症の予防

挿管の有無にかかわらず鎮静に伴うリスクがあるため、麻酔はムコ多糖症Ⅱ型患者で発生しうる合併症に精通した施設で実施するほうがよい。全身麻酔に関連するリスクには以下がある。

経鼻挿管もしばしば必要となる。気管内挿管が困難な場合、もしくは短時間の処置に鎮静が必要な場合、ラリンゲアルマスクエアウェイが適応となることがある。
手術が成功した後も気道合併症のリスクが残ることがある。手術後最長27時間まで報告されている喉頭浮腫により適切な気道確保に支障をきたし、抜管が困難となることがある。抜管中にヘリウム・酸素混合ガスで呼吸を行うと閉塞が軽減し、転帰が改善することが報告されている。

定期検査

定期検査に関するガイドラインが発行されている。
経時的に合併症のサーベイランスを行う方法は、治療と同様に、臓器や重症度により異なる。全てのムコ多糖症患者が同じ臓器障害の問題に直面するが、それが起こる時期は重症度によって異なるため、いつ、そしてどれぐらいの頻度でモニターを行うかについては一般化できない。しかし、小児期早期~中期より、少なくとも年1回は以下に示す検査/評価を行う傾向にある。

リスクのある親族の検査

臨床経験から、リスクのある男性への早期診断を行うことにより、不可逆的な変化が起こる前に、またしばしば疾患が重度に進行する前に酵素補充療法を開始することができることが示されている。しかし、早期の酵素補充療法でムコ多糖症Ⅱ型の身体症状の転帰を改善できるかどうかについてはデータがなく、(新生児スクリーニングやリスクある男性血縁者への検査によって)早期診断を行うことが妥当かどうかについては現時点では不明である。中枢神経疾患型患児に対する酵素補充療法の有効性は期待できない。

遺伝カウンセリング目的のリスクのある親族に対する検査に関する問題については「遺伝カウンセリング」の項を参照のこと。

研究中の治療法

ムコ多糖症Ⅱ型に使用できる可能性のある多数の治療法が研究されている。

最近、イズロン酸-2-スルファターゼの髄腔内投与に関する第1相試験が開始された(ClinicalTrials.govを参照)。予備調査結果では用いられた量(10mgと30mg)における同剤の髄腔内投与で毒性は認められなかった。髄液中におけるグリコサミノグリカンの蓄積は著明に減少したが臨床効果についてはさらなる評価が必要である。

もう一つ他に進行している多施設研究では、以前に少なくとも4ヶ月間のエラプレース®投与をうけ忍容性があり、認知機能障害を認めるムコ多糖症Ⅱ型患児において、イデュルスルファーゼ10mgを月1回1年間髄腔内に投与し、神経発達に対する効果の評価を行っている。

その他の前臨床段階の治療法としては、中枢神経系に対するより直接的な酵素の供給、より高用量の末梢投与レジメン、シャペロンや基質還元などの小分子療法、そして遺伝子治療などがある。I2Sとマウストランスフェリン受容体に対するモノクローナル抗体の融合蛋白による、トランスフェリン受容体を介した(脳や脊髄など)組織への取り込みが研究されている。

さまざまな疾患に関する臨床試験に関する情報はClinicalTrials.govを参照のこと。


遺伝カウンセリング

「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」

遺伝形式

ムコ多糖症Ⅱ型(MPSⅡ、ハンター症候群としても知られる)はX連鎖性遺伝性疾患である。

患者家族のリスク

発端者の両親

発端者の同胞 

発端者の子ども

罹患男性の娘は全員病原変異を受け継ぐが、息子は受け継がない。

発端者の他の家族

発端者の母方の伯母/叔母はキャリアであるリスクがあり、伯母/叔母の子どもは性別によってキャリアか罹患者のリスクがある。

保因者診断

分子遺伝学的検査

リスクのある女性親族で、保因者と診断するには以下のうち1つが必要である。

遺伝生化学的検査

無作為ではないX染色体の不活性化により、キャリアのI2S酵素活性は正常である可能性があるため、
I2S酵素活性測定はキャリア女性を発見するのに信頼性のある検査ではない。

遺伝カウンセリングに関連した問題

早期診断・治療を目的としたリスクのある親族の検査についての情報は、「臨床的マネジメント」「リスクのある親族の検査」を参照のこと。

家族計画

DNAバンクは(主に白血球から調整した)DNAを将来利用することを想定して保存しておくものである。検査技術や遺伝子、変異、あるいは疾患に対するわれわれの理解が将来さらに進歩すると考えられるので、患者のDNA保存を考慮すべきである。

出生前診断

I2S酵素活性測定は分子遺伝学的検査より困難であるため、ムコ多糖症Ⅱ型の分子基盤が明らかとなっている家系では、出生前診断は分子遺伝学的検査で行うべきである。

分子遺伝学的検査

家系内で罹患者のIDS病原性変異が明らかとなっている場合、リスク妊娠の出生前診断は、この遺伝子の検査もしくは患者に対応した出生前検査のいずれかを実施している臨床検査施設を通じて行う。

遺伝生化学的検査

リスク妊娠の出生前診断は技術的に可能であり、通常はおよそ妊娠15-18週に行う羊水穿刺、もしくはおよそ妊娠10-12週に行う絨毛採取によって得られた培養細胞でI2S酵素活性を測定する。
注:妊娠週数は、最終月経の初日もしくは超音波による計測のいずれかにより計算された週数で表される。

着床前診断 IDS病原性変異が同定されている家系において選択肢となる可能性がある。


更新履歴

  1. Gene Review著者: Maurizio Scarpa, MD, PhD
    日本語訳者: 窪田美穂(ボランティア翻訳者),鳴海洋子(信州大学医学部附属病院遺伝子診療部) 
    Gene Review 最終更新日: 2011.2.22. 日本語訳最終更新日: 2012.4.28.
  2. Gene Reviews著者: Maurizio Scarpa, MD, PhD
    日本語訳者: 和田宏来(県西総合病院小児科/筑波大学大学院小児科)
    Gene Reviews 最終更新日: 2015.3.26..日本語訳最終更新日: 2017.6.7.in present)

原文 Mucopolysaccharidosis Type II

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