Gene Reviews著者: Aditi I Dagli, MD and David A Weinstein, MD MMSc.
日本語訳者: 和田宏来 (県西総合病院小児科/筑波大学大学院小児科)
Gene Reviews 最終更新日: 20011.5.17.日本語訳最終更新日: 2017.3.1
原文 Glycogen Storage Disease Type Ⅵ
疾患の特徴
糖原病Ⅵ型(GSDⅥ)は肝グリコーゲンホスホリラーゼの欠損によってグリコーゲン分解が障害される疾患で、未治療の小児では肝腫大、成長遅滞、夜間絶食後のケトン性低血糖、絶食期間が遷延した場合(疾病罹患中など)に軽度の低血糖がみられる。乳児期や小児期に発症する、通常は比較的軽症の疾患である。しかし、重度で反復性の低血糖、重度の肝腫大、食後の乳酸アシドーシスなどが報告されている。理論的には小児期後期や成人期の肝細胞腺腫の発生リスクが上昇している。臨床的および生化学的な異常は年齢とともに軽快する可能性がある。ほとんどの成人患者は無症状である。低血糖は妊娠中にも起こりうる。
診断・検査
肝グリコーゲンホスホリラーゼ酵素活性の測定は赤血球、白血球、肝細胞で行うことができるが、偽陰性はよくみられる。そのため、糖原病Ⅵ型と関連することが知られる唯一の遺伝子PYGLの分子遺伝学的検査が現在では診断方法として好まれている。
臨床的マネジメント
症候の治療:
一部の患者は治療を必要としない。低血糖に対しては、少量頻回食や1日1-3回の非加熱コーンスターチ摂取により、血中グルコース濃度を正常化しケトーシスを予防できる可能性がある。低血糖エピソードのない患者では、就寝前のコーンスターチ摂取により、エネルギーや健康状態を改善することができる。
一次症状の予防:
肝腫大および低血糖は、1日1-3回の非加熱コーンスターチ摂取によって予防できる可能性がある。
二次合併症の予防:
低身長、二次性徴遅延、骨粗鬆症は良好な栄養コントロールにより改善する。
定期検査:
コントロール状態の評価:妊娠中や活動度が増加する時期や疾病罹患時だけではなく、ルーチンに血中グルコース濃度や血中ケトン値を測定する。
年に1回、成長を評価するために身長や体重を計測する。年1回の肝臓エコーは5歳時から開始する。成長期が終わったら年1回の骨密度測定を終了する。
避けるべき薬物や環境:
単糖類の過剰摂取を避ける。低血糖のレスキュー療法としてグルカゴンの投与は行わない。低身長に対する成長ホルモン療法、肝腫大がある場合はコンタクトスポーツを避ける。
リスクのある親族の検査:
家族内で病原性変異が判明している場合、早期診断は早期治療や増悪因子の回避につながるため、リスクのある同胞に対する分子遺伝学的検査を申し出ることがのぞましい。
遺伝カウンセリング
糖原病Ⅵ型は常染色体劣性遺伝性疾患である。罹患者の同胞は、受胎時には25%の確率で罹患者であり、50%の確率で無症候性キャリアであり、25%の確率で罹患者でもキャリアでもない。家族内で病原性変異が判明している場合、リスクのある親族に対する保因者診断や出生前検査を行うことは可能である。
臨床診断
糖原病Ⅵ型(Hers病)は肝グリコーゲンホスホリラーゼ欠損によってグリコーゲン分解が障害される疾患で、小児で以下の所見を認めた場合に未治療の本症を疑う。
検査
血清濃度
肝生検 ではグリコーゲン量の増加と肝ホスホリラーゼ酵素活性の低下が認められる。
肝グリコーゲンホスホリラーゼ酵素活性の測定は赤血球、白血球、肝細胞で施行できる。しかし、肝特異的な疾患では血中酵素活性は正常である可能性があるため、解釈は慎重に行うべきである。
注:(1)肝組織においてでさえ、酵素活性の測定は挑戦的である。糖原病Ⅵ型患者で肝グリコーゲンホスホリラーゼ活性が残存していることもある。(2)肝グリコーゲンホスホリラーゼの活性化にはホスホリラーゼキナーゼ(PHK)の結合が必要である。PHK欠損症(糖原病Ⅸ型)も肝グリコーゲンホスホリラーゼ活性を低下させることがある(「鑑別診断」の項を参照)。(3)肝グリコーゲンホスホリラーゼ活性は、多くのアロステリックな因子や酵素活性レベルを変えうる神経およびホルモンシグナルによって影響を受ける。
キャリア(保因者)の発見 酵素活性の測定は保因者の発見に信頼性のある検査ではない。
分子遺伝学的検査
遺伝子
PYGLはその病原性変異が糖原病Ⅵ型を起こすことが知られる唯一の遺伝子である。
臨床検査
注:創始者変異であるc.1620+1G>A(IVS13+1G>Aとしても知られる)は、メノナイト(メノー派)においてイントロン13のスプライス供与部位の異常を起こす。
表1 糖原病Ⅵ型で用いられる分子遺伝学的検査の要約
遺伝子1 | 検査方法 | 同定される変異2 | 検査方法によって同定される変異の頻度3 |
---|---|---|---|
PYGL | シークエンス解析4 | シークエンス変異5 | 不明 |
欠失/重複解析6 | (複数)エクソンもしくは全遺伝子欠失/重複 | 不明;報告されていない7 |
検査戦略
発端者において診断を確定するために、以下を行う。どの小児でも、肝腫大およびケトン性低血糖を認めた場合には糖原病Ⅵ型を考慮するべきである。注:(1)危険な低血糖や乳酸アシドーシスが起こりうるため、糖原病Ⅰ型がまだ鑑別疾患に残っている場合、空腹時は緊密に経過を観察しなければならない。(2)糖原病Ⅵ型では糖新生は障害されていないため、血中ケトン体を認めることがあるものの、夜間の絶食が問題になることは通常ない。
注:糖原病Ⅵ型とⅨ型は臨床上区別がつかない。糖原病Ⅸ型でもっともよく認められる病型はX連鎖性であるため、Ⅸ型のPHKA2シークエンス解析の前に、しばしば女性でⅥ型のPYGLシークエンス解析が行われる。
・肝生検は分子遺伝学的検査で診断が確定することができない場合まで控える。
リスクのある親族の保因者診断には、家族内における病原性変異の同定が先がけて必要である。
注:キャリアはこの常染色体劣性疾患のヘテロ接合体変異を有し、発症リスクはない。
リスク妊娠における出生前診断や着床前診断には、家族内における病原性変異の同定が先がけて必要である。
臨床像
性低血糖が本症で目立つ特徴である。
重度で反復性の低血糖、重度の肝腫大、食後の乳酸アシドーシスを呈するまれな変異も報告されている。
筋緊張低下や運動後の倦怠感が報告されている。
未治療では発達遅滞、とくに運動面での遅れを認めることがある。知的発達はほとんどの小児で正常である。
未治療では成長遅滞や骨粗鬆症もよく認められる。
理論的には小児期後期や成人期の肝細胞腺腫の発生リスクが上昇している。
臨床上および生化学上の異常は年齢とともに軽快することがある。ほとんどの成人患者は無症状である。低血糖は妊娠中にも起こりうる。
遺伝子型と臨床型の関連
臨床上の表現型(臨床型)は軽度で気付かれない程度の低血糖から肝腫大を伴い重度で反復する低血糖まで幅広い。明らかな遺伝子型-臨床型の関連性はない。
メノナイトにおける病原性変異であるc.1620+1G>A(「分子遺伝学」の項を参照)は、フレームのリーディング(読み取り)は維持されるものの、エクソン13全体もしくは一部の転写障害を起こす。いずれの蛋白質アイソフォームも、酵素活性はいくらか残存することが見込まれており、メノナイトにおける糖原病Ⅵ型がより軽症である理由を説明できるかもしれない。
命名
糖原病Ⅵ型(ハース病、Hers disease)はHers(1959年)、Stetten & Stetten(1960年)によって初めて報告された。糖原病は不均一な疾患群だが最終的には特定の病型に分類されるだろうというHers医師による予見に基づき、糖原病Ⅵ型はHers病とも呼ばれる。
現在では糖原病Ⅵ型は肝グリコーゲンホスホリラーゼ欠損症と呼ばれている。
発生率
肝グリコーゲンホスホリラーゼ欠損症はまれであると考えられている。糖原病Ⅵ型とⅨ型をあわせて全糖原病の25%-30%を占め、推定の発生率は100,000人に1人である。そのほとんどは糖原病Ⅸ型である。これらは軽症であり最近まで非侵襲的な検査方法がなかったため、発生率は過小評価されている可能性がある。
メノナイトにおける創始者変異c.1620+1G>Aによる糖原病Ⅵ型の発生率は1,000人に1人である。メノナイトの3%はこの変異のヘテロ接合体(すなわちキャリア)であると推定されている。
PYGLの病原性変異と関連がある他の臨床型は知られていない。
糖原病Ⅰ型(GSDⅠ)では通常、糖原病Ⅵ型より重度の低血糖を呈する。Ⅰ型とⅥ型を鑑別するもっとも簡単な方法は空腹時に血清乳酸値を測定することである。Ⅰ型では空腹時に血清乳酸値は急速に上昇するがⅥ型では正常である。高脂血症および高尿酸血症もⅠ型では特徴的ではあるがⅥ型では認めない。
糖原病Ⅲ型(GSDⅢ)は脱分枝酵素の欠損により、小児期に肝腫大や低血糖で発症するが、年齢とともに軽快する。さらに、糖原病Ⅲa型は骨格筋の筋力低下、血清CK値上昇、心筋症を特徴とする。若年小児に広く認められるわけではないが、肝型糖原病で血清CK値の上昇を認めた場合はⅢ型が示唆される。全ての糖原病のなかで、Ⅲ型ではトランスアミナーゼが最も高くなることが多い。AST/ALTが1000U/Lを超える場合はⅢ型が示唆される。
糖原病Ⅸ型(GSDⅨ)はX染色体連鎖性のホスホリラーゼキナーゼa欠損、および常染色体劣性のホスホリラーゼキナーゼb欠損によって起こる疾患である。ホスホリラーゼキナーゼは肝グリコーゲンホスホリラーゼの活性化を司る。糖原病Ⅸ型とⅥ型は臨床的には区別がつかない。ホスホリラーゼキナーゼの欠損で肝グリコーゲンホスホリラーゼ活性の低下を起こしうるため、Ⅵ型とⅨ型の鑑別のためには分子遺伝学的検査が最もよい方法である。
初期診断後の評価
糖原病Ⅵ型患者の疾患の広がりとニーズを把握するため、臨床遺伝専門医への診療依頼が推奨される。
病変に対する治療
一部の糖原病Ⅵ型患者は治療を必要としない可能性はあるが、治療によりほとんどの患者で成長や体力の改善がみられる。
低血糖に対しては、少量頻回食や1日1-3回の非加熱コーンスターチ摂取(1.5-2g/kg)により、血中グルコース濃度を正常化しケトーシスを予防できる可能性がある。
低血糖エピソードのない小児や成人患者では、就寝前のコーンスターチ摂取(1.5-2g/kg)により、エネルギーや健康状態を改善することができる。
コーンスターチ療法を行った小児では、成長や骨密度の改善と肝サイズの減少が認められた(筆者の個人的な経験)。これらの所見は生活習慣に関連する問題が考えられるときに顕著となる可能性がある。
一次病変に対する予防
肝腫大や低血糖は1日1-3回の非加熱コーンスターチ摂取により予防できる可能性がある。
二次合併症の予防
慢性的なケトーシスに関連する骨粗鬆症は糖原病Ⅵ型でよく認められるが、積極的に治療されてこなかった。複合炭水化物もしくはコーンスターチによる治療で骨密度は改善する可能性がある。
慢性的なケトーシスによる低身長、二次性徴遅延もまた良好な栄養コントロールにより改善する。
定期検査
活動度が増加する時期や疾病罹患時だけではなく、ルーチンに血中グルコース濃度や血中ケトン値を測定することが推奨される。注:ケトーシスは通常低血糖よりも重度であるため、血中ケトン値は血中グルコース濃度よりもコントロール状態をより反映する。
成長を評価するため身長および体重を1年に1回は計測するべきである。
正式な研究はないが、理論的には肝細胞腺腫リスクが僅かであるが年齢とともに上昇する。そのため、1年に1回の肝臓エコーを5歳時から開始することが推奨される。
成長期が終わったら骨密度測定を終えることを推奨する。
低血糖の増悪が起こるかもしれないので、妊娠中の女性患者では、血糖をモニターするべきである。
避けるべき薬物や環境
以下のことを避ける。
リスクのある親族の検査
家族内で病原性変異が判明している場合、早期診断は早期治療や増悪因子の回避につながるため、リスクのある同胞に対する分子遺伝学的検査を申し出ることがのぞましい。
遺伝カウンセリングとして扱われるリスクのある親族への検査に関する問題は「遺伝カウンセリング」の項を参照のこと。
妊娠管理
臨床的および生化学的な異常は年齢とともに通常は軽快し、ほとんどの成人患者は無症状であるが、低血糖は妊娠中に起こりうる。
研究中の治療法
他の糖原病において、徐放性コーンスターチ製剤が目下開発中である。この実験的な製品は、長期間の空腹時における血糖を正常に維持し、コーンスターチの必要回数を減らす可能性がある。
さまざまな疾患に関する臨床試験に関する情報はClinicalTrials.govを参照のこと。
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
糖原病Ⅵ型は常染色体劣性遺伝性疾患である。
患者家族のリスク
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の子
糖原病Ⅵ型患者の子どもは、他方の親がキャリアでない場合、必然的にPYGL変異のヘテロ接合体(キャリア)である。もし他方の親がキャリアである場合、子どもが糖原病Ⅵ型であるリスクは50%である。
発端者の他の家族
保因者診断
分子遺伝学的検査 家族内で病原性変異が判明している場合、リスクのある家族構成員に対する保因者診断や出生前検査を行うことは可能である。
遺伝生化学的検査 酵素検査は保因者診断に用いるには信頼性が乏しい。
遺伝カウンセリングに関連した問題
早期診断・治療を目的としたリスクのある親族の検査についての情報は、「臨床的マネジメント」「リスクのある親族の検査」を参照のこと。
家族計画
DNAバンクは(主に白血球から調整した)DNAを将来利用することを想定して保存しておくものである。検査技術や遺伝子、変異、あるいは疾患に対するわれわれの理解が将来さらに進歩すると考えられるので、DNA保存が考慮される。
出生前診断および着床前診断
分子遺伝学的検査 ひとたび家族内で病原性変異が同定された場合、リスク妊娠に対する出生前検査や着床診断を行うことは可能である。
遺伝生化学的検査 は出生前診断に用いるには信頼性が乏しい。
Gene Reviews著者: Aditi I Dagli, MD and David A Weinstein, MD MMSc.
日本語訳者: 和田宏来 (県西総合病院小児科/筑波大学大学院小児科)
Gene Reviews 最終更新日: 2009.4.23.日本語訳最終更新日: 2017.3.1(in present)