[Synonyms: SHDGC]
Gene Reviews著者: Pardeep Kaurah, MSc, PhD and David G Huntsman, MD.
日本語訳者: 幅野愛理(がん研有明病院 臨床遺伝医療部),櫻井晃洋(札幌医科大学附属病院 遺伝子診療科)
GeneReviews最終更新日:2018.3.22 日本語訳最終更新日: 2022.6.23
原文 Hereditary Diffuse Gastric Cancer
疾患の特徴
遺伝性びまん性胃癌(Hereditary Diffuse Gastric Cancer, HDGC)は、常染色体顕性(優性)の遺伝形式をとり、明確な腫瘤形成を伴わず、腫瘍細胞が胃壁に浸潤することで壁肥厚を引きおこす低分化腺癌の形態をとるのが特徴である (linitis plastica型胃癌)。びまん性胃癌は、印環細胞癌あるいはisolated cell-type carcinomaとも呼ばれる。HDGCの平均発症年齢は38歳(range; 14-69歳)であり、CDH1病的バリアントを伴う症例では、大部分が40歳以前に発症する。80歳までの胃癌の推定累積リスクは男性で70%、女性で56%である。女性では、42%の乳癌(乳腺小葉癌(LBC))発症リスクを伴う。
診断・検査
以下のうち、いずれかの項目に該当する発端者はHDGCと診断される。
臨床的マネジメント
症状の治療:
CDH1病的バリアントを有する者は胃癌の早期発見・早期治療のために厳重なサーベイランスを、あるいは予防的胃摘出術を行うのが理想である。
遺伝科、胃外科、消化器科、病理科および栄養科などの多方面の専門からなるチームによる管理が推奨される。
女性の場合は、ハイリスク乳癌クリニックへの紹介が推奨され、予防的乳房切除術が検討されることがある。
サーベイランス:
現時点では、科学的根拠に基づいたリスク管理や予防的胃摘出術による罹患率死亡率の変化が報告されていないため、CDH1病的バリアントを有する者に対する最適なリスク管理が一定化されていない。
妊娠管理:
予防的胃全摘術(PTG)を受けた妊娠中の女性に対し、状況を認識している医師と栄養士がフォローしていく必要がある。
遺伝カウンセリング
遺伝性びまん性胃癌は常染色体顕性(優性)の遺伝形式をとる。HGDCの大多数は、片方の親から病的バリアントを受け継ぐ。De novoバリアントも報告されている。発端者の子どもが、この癌の発症に関連するバリアントを受け継ぐリスクは50%である。
家系内の病的バリアントが同定されている場合であれば、リスクのある妊娠に対する出生前検査は可能であるが、HDGCのように、知能に影響せず、治療法の存在する疾患に対する出生前診断は一般的ではない。
訳注:日本では,本症に対する出生前診断や着床前診断は行われない。いずれにしても次世代への遺伝に関しては細心の遺伝カウンセリングが必要である。
HDGCが疑われる所見
最新の国際胃癌リンケージコンソーシアム(International Gastric Cancer Linkage Consortium ;IGCLC)コンセンサスガイドライン[van der Post et al 2015] (全文参照)
によると、以下のいくつかを有する発端者では遺伝性びまん性胃癌(HDGC)を疑うべきとされている。
さらに、以下のいずれかに該当する発端者の場合、分子遺伝学的検査を検討する必要がある。
確定診断
内視鏡生検で確認されたびまん性胃癌を有する発端者において、以下のいずれかが確認された場合にHDGCの臨床診断が確定する。
臨床所見と家族歴で結論が出ない場合、分子遺伝学的検査(表1)によりヘテロ接合性CDH1病的バリアントを同定することで診断が確定し、血縁者診断を行うことができるようになる。
したがって、HDGCが疑われる所見に該当するすべての患者とHDGCと臨床診断された患者には、分子遺伝学的検査が推奨される。
分子遺伝学的検査によるアプローチには、単一遺伝学的検査と多遺伝子パネル検査の使用が含まれる。
多遺伝子パネル検査の紹介はこちらを参照。
遺伝学的検査を依頼する医師向けの詳細情報はこちらを参照。
表1.遺伝性びまん性胃癌で用いられる分子遺伝学的検査
遺伝子 | 検査法 | バリアント検出率1 |
---|---|---|
CDH1 | シーケンス解析3 | 30%-50%4 |
欠失/重複解析5 | 4%6 | |
不明7 | データなし |
臨床説明
発症年齢:遺伝性びまん性胃癌(HDGC)の平均発症年齢は38歳(range:14歳-69歳)である。大多数は40歳以前に胃癌を発症するが、家系間および家系内で変化に富んでいる [Gayther et al 1998, Guilford et al 1998]。年齢による癌発症のリスクについては、Penetranceを参照。
症状:本疾患の早期における症状は非特異的である。従って、罹患者の立場からも医師の立場からも非特異的症状は気づかれないことがある。症状出現時には、罹患者は進行期の病状である [Wanebo et al 1993]。晩期症状として、腹痛、悪心嘔吐、嚥下困難、食後の膨満感、食思不振および体重減少が出現することがある。胃癌の晩期症状として、腫瘍が触知されるようになる。
腫瘍の進展や転移により、肝腫大、黄疸、腹水貯留、皮膚結節、骨折を伴うことがある。
びまん性胃癌以外に伴いうる他の癌として、血縁者で報告された癌は以下の通りである。
生存率:散発性のびまん性胃癌が早期に(例えば胃壁への浸潤前に)発見された場合、5年生存率は90%以上である。晩期に診断された場合、5年生存率は30%以下に低下する[Stiekema et al 2013]。
胃癌を早期に発見し切除した場合、5年生存率は90%である。DGCの早期発見は困難であるため、CDH1病的バリアント保持者の生存率は散発性DGC症例の生存率と同等と考えられている。そのため、CDH1病的バリアント保持者の臨床的管理の選択肢として、予防的胃切除または濃厚な内視鏡サーベイランスがある [Stiekema et al 2013]。
CDH1生殖細胞系列病的バリアント保持者において、H. pylori感染率が上昇したという証拠はない(予防的胃切除術を受け、血清検査でH. pylori感染の既往があった17名中2名を除く) [Blair et al 2006]。
病理:DGCでは、Eカドヘリン蛋白の欠損は腫瘍細胞の発育および浸潤を促進させる。したがって、本疾患での癌細胞は組織学的に正常組織の間を浸潤進展し、その結果広範囲に渡って胃壁肥厚および硬化を伴うようになる(この現象をlinitis plasticaと呼ぶ) [McColl 2006]。腸型胃癌に認められるような腫瘍塊は形成しない。腫瘍細胞質内にムチンが充満し、核が辺縁におされるため、印環様の形態を呈する。DGCでのpremalignant lesionは知られていない。遺伝型と表現型の相関
今のところ、本疾患での関連は報告されていない。
浸透率
HDGCは不完全浸透である。CDH1生殖細胞系列病的バリアントを有する75家系を含む最近の研究データによると、80歳までの胃癌発症の累積罹患リスクは男性で70%(95%信頼区間は59%-80%)女性で56%(95%信頼区間は44%-69%)、女性の乳癌リスクは42%(95%信頼区間は23%-68%)であることがわかった[Hansford et al 2015]。
頻度
世界の胃癌の発生率は1970年代から着実に減少しており、その現象は先進国で最も顕著である [GLOBOCAN]。胃癌の発生率が地域によって異なることを考慮すると、CDH1生殖細胞系列病的バリアントが同定された胃癌患者の割合は1%から3%の範囲である [Corso et al 2012]。
遺伝学的に関連する疾患
本稿で議論されている以外の表現型は、CDH1生殖細胞系列病的バリアントと関連することは知られていない。
散発性のびまん性胃癌あるいは乳腺小葉癌におけるEカドヘリン蛋白の欠損はCDH1の体細胞点突然変異、LOH、あるいは腫瘍細胞におけるプロモーター領域のhypermethylationと関連がある[Becker et al 1994, Oda et al 1994, Day et al 1999, Anastasiadis & Reynolds 2000, Tamura et al 2000, Kallakury et al 2001, Machado et al 2001]。
腸型胃癌(IGC)とびまん性胃癌(DGC)
全胃癌症例のおよそ5-10%は家族性 [Zanghieri et al 1990, La Vecchia et al 1992]であると考えられている。家族性胃癌は臨床的にも遺伝学的にもheterogeneousである。他の癌易罹患症候群
胃癌はリンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス症候群, HNPCC), リ・フラウメニ症候群, 家族性大腸腺腫症 (FAP), ポイツ・イェガース症候群, および カウデン症候群 (PTEN過誤腫症候群の一病型)など他の常染色体顕性(優性)遺伝形式をとるいくつかの癌易罹患症候群で認められる。
リンチ症候群.
リンチ症候群はミスマッチ修復遺伝子やEPCAMの生殖細胞系列バリアントと関連があり、ヘテロ接合体で大腸やその他の癌が発症しやすいとされている。胃癌は本症候群の中で3番目に頻度の高い癌であり、IGCを呈することが多い。[Lynch et al 2005, Capelle et al 2010]
胃癌発症の高リスク地域であるイタリアのFlorenceでは、マイクロサテライト不安定性(MSI)が胃癌症例の15%で認められる [D'Errico et al 2009]。MSI-Highの胃癌はとくに胃前庭部に発生し、腸型胃癌の組織型であり、生存率が比較的良好である傾向がある [Falchetti et al 2008]。
家族性大腸腺腫症 (FAP).
FAP はAPC生殖細胞系列病的バリアントが原因の疾患である。胃癌は欧米人のFAP患者の0.6%で認められる [Jagelman et al 1988]。東アジアのFAP保有者では、胃癌の発生率が有意に高い[Yamaguchi et al 2016]。
リ・フラウメニ症候群(LFS).
LFSで認められる癌はTP53の病的バリアントが原因である。TP53経路の遺伝子であるCHEK2やCDKN2AはLFSの候補遺伝子である可能性があるが、これについてはさらなる確認が必要である[Olivier et al 2003, Malkin 2011]。DGCもIGCも本症候群で認められる[Keller et al 2004, Oliveira et al 2004]。
BRCA1およびBRCA2遺伝性乳癌・卵巣癌.
胃癌のリスクはBRCA1 [Brose et al 2002, Friedenson 2005]およびBACA2 [Breast Cancer Linkage Consortium 1999, Risch et al 2001]病的バリアントと関連がある。
BRCA2 病的バリアント6174delT を保有する家系の5.7%で胃癌が発症する [Figer et al 2001]。
Jakubowsakaらの報告[Jakubowska et al [2002] ].では、胃癌症例のうち7%でBRCA2病的バリアントが基盤にある可能性を見出した。しかしながら、それらの組織型については言及されていない。多遺伝子パネル検査では、びまん性胃癌と乳癌の家族歴を持つ多くの個人でBRCA1およびBRCA2病的バリアントが同定されている [Hansford et al 2015, Sahasrabudhe et al 2017, Slavin et al 2017]。
カーニー複合.
本疾患において消化管間質腫瘍(以前は胃平滑筋肉腫として知られていた)といったまれな病変を認めることが報告されている [Carney et al 1977]。PRKAR1A の病的バリアントが原因である。
Carney-Stratakis syndrome (CSS).
胃間質肉腫は傍神経節腫が認められることがある [Carney & Stratakis 2002]。SDHB, SDHC, およびSDHDの生殖細胞系列病的バリアントが原因である [Pasini et al 2008]。常染色体顕性(優性)遺伝形式を伴う。
Gastric adenocarcinoma and proximal polyposis of the stomach(GAPPS)
常染色体顕性(優性)の遺伝形式をとる胃近位部に限局した異形成または腸型胃腺腫を持つ胃底腺ポリポーシス症候群である。患者は胃癌のリスクが高いが、大腸や十二指腸のポリポーシスの証拠はない [Worthley et al 2012]。APCのプロモーター1Bのヘテロ接合体病的バリアントが原因となる [Li et al 2016, Repak et al 2016, Beer et al 2017]。
IGCLCはCDH1病的バリアントを有する個人の臨床マネジメントのガイドラインを更新している。
[van der Post et al 2015] (全文 と Figure 1).
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2991043/?tool=pubmed
初回診断後の評価項目
HDGCと診断された症例に対して下記の評価が推奨される。
症状に対する治療
遺伝科、胃外科、消化器科、病理科、栄養科など、多方面の専門からなるチームによる管理が推奨される。 See Fitzgerald et al [2010] (全文) and van der Post et al [2015] (全文)
びまん性胃癌(DGC)
一次予防
ヘテロ接合性CDH1生殖細胞系列病的バリアントを有する場合
びまん性胃癌. CDH1生殖細胞系列病的バリアント保持者の予防的胃全摘手術標本で早期胃癌が観察されたため、内視鏡的サーベイランスよりも予防的胃全摘術(PTG)が推奨されている [Norton et al 2007]。
PTGでは、D2リンパ節郭清、Roux-en-Y 吻合、および胃粘膜の完全除去を確実にするために摘出胃のproximal marginの確保が含まれる [Norton et al 2007]。
PTGを受ける患者に対しては、外科、消化器科、栄養科などを含む多分野混合専門チームが術前および術後のケアを行うべきである。多分野混合専門チームはこの手術のリスクと利益について、手術候補者の相談に応じることができる。PTGを受けることを決定する際には、患者と主治医は以下を考慮する必要がある。
乳癌.
乳腺科への紹介が推奨される。
CDH1生殖細胞系列病的バリアント保持者に対する予防的乳房摘出術が考慮されうる。非常に限定的な数であるが、予防的乳房切除術を受けた女性の報告がある [Brandberg et al 2008]。
二次予防
PTGを受けた患者の術後ケアは、外科医、消化器病専門医、栄養士を含む多分野混合専門チームで行うべきである(「一次予防」の項参照)。
サーベイランス
Fitzgerald et al [2010] (全文) and van der Post et al [2015] (全文)参照
胃癌
CDH1生殖細胞系列病的バリアント保持者に対する最適なサーベイランスについては、スクリーニングの有益性が証明されていないため、議論がある。
内視鏡検査により、直接病変部が観察でき、疑われる部位は生検で確認可能であるが、早期かつ治療可能な時期にびまん性胃癌を検出することは困難である。理由としては、病変が腫瘤を形成するというよりも粘膜下に進展する傾向がある点が挙げられる。問題点をまとめると、(1)粘膜下病変の検出が困難。(2)肉眼で一見正常と思われる部分が生検されにくいという、sampling biasが挙げられる。そのため、びまん性胃癌は、多くの場合、進行かつ根治不能な状況になって検出される。
CDH1生殖細胞系列病的バリアントによるHDGCは高浸透性であるため、PTGを受ける準備ができていない者は [Barber et al 2008]:
Mi et al [2018] は、PTGを実施していないCDH1生殖細胞系列病的バリアント保持者と、臨床的にHDGCと診断されたがCDH1病的バリアントが同定されていないグループにおける内視鏡サーベイランスの有用性を評価した。著者らは、自家蛍光イメージングとナローバンドイメージングを用い、ランダム生検を行った。CDH1病的バリアント保持者は、後者のグループ(9.7%)に比べて、初回の内視鏡検査で高い確率で印環細胞癌の病巣を有することが判明し、CDH1病的バリアント保持者における胃切除前の浸潤性疾患の病期決定に、ベースライン内視鏡検査の重要性が明らかにされることとなった。
びまん性胃癌に対するいくつかのスクリーニング方法が試験中である。
色素内視鏡検査.インジゴカルミンを使用した検査は早期胃癌の検出率を向上させることが示さ
れている [Stepp et al 1998, Fennerty 1999]. Charlton et al [2004] 。Charltonらは、6症例
における、通常内視鏡観察で異常なしと判断され、その後に予防的に摘出された胃の標本を用いて検討したところ、コンゴレッド染色とpentagastric stimulationを観察すると、他の検出法に比較して印環細胞領域が遠位胃の移行帯付近に5倍有意に検出されることを示した[Carneiro et al 2004]。移行帯は胃全域の10%以下を占め、G細胞が欠如している。筆者らは、コンゴレッドとpentagastric stimulationによる観察が病変検出の向上に役立つのではないかと提案している。今後更なる検討が必要であると思われる。
同じグループがこの報告の一年後に、5年以上内視鏡検査で経過観察された、合計99回の内視鏡検査結果について、以下のように報告している[Shaw et al 2005]。
超音波内視鏡検査.本検査は胃癌検出およびstagingのために重要である [Pfau & Chak 2002]。しかしながら、前癌病変の検出には有用ではない [Fitzgerald & Caldas 2004]。
その他.多に有用な検査としてPETスキャン [van Kouwen et al 2004]、グアヤック法便鮮血検査、腹部CT、多箇所ランダム胃粘膜生検が挙げられる [Barber et al 2008]。残念ながら、これらの検査で確実にDGCは検出できない[Norton et al 2007]。
乳腺小葉癌 (LBC)
CDH1病的バリアントを有する女性とLBCに関するデータは、最適な乳癌スクリーニング戦略を決定するには不十分である。CDH1病的バリアントを有する女性/リスクを有する女性に対するLBCのリスク管理は、BRCA1およびBRCA2病的バリアントを有する女性に対する下記のリスク管理の方法に準ずる。
大腸癌
大腸癌をHDGCの表現型の一つと結論つけるには不十分だが、家系内でDGCと大腸癌の両方を発症した者で、40歳から3~5年ごと、あるいは大腸癌診断の最年少年齢よりも10年早い時期から下部消化管内視鏡を開始することが推奨される [Fitzgerald et al 2010, van der Post et al 2015]。
リスクのある家系員の評価
家系内で癌の罹患性と関係するCDH1病的バリアントが同定された場合、早期診断および早期治療による罹患率と死亡率減少のために、分子遺伝学的検査を受けることが適当である。
(項目「遺伝カウンセリング」、および「18歳未満のリスクのある無症状血縁者への検査」参照)
遺伝カウンセリングを目的としたリスクのある血縁者の検査に関連する問題については、「遺伝カウンセリング」の項を参照のこと。
妊娠管理
PTG後の妊娠は問題ないことが実証されている。Kaurah et al [2010] らは、4人の胃全摘出術後の計6回の妊娠について特に問題なかったと報告している。しかし、PTGを受けた妊婦は、担当医およびその状況を把握している栄養士が綿密にフォローすることが重要である。
現在研究中の治療
米国ではClinicalTrials.gov、欧州では EU Clinical Trials Registerにて、さまざまな疾患や症状に関する臨床試験情報を入手することが可能である。
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
HDGCは常染色体顕性(優性)の遺伝形式をとる。
家族構成員のリスク
発端者の両親
注)HDGCと診断された者の多くは、罹患した親を持つが、家系内で本疾患が認識されなかった場合、症状の出現前に死亡した、もしくは不完全浸透のために、家族歴は否定的に見えることがある。
発端者の同胞
発端者の子
発端者の子は50%の確率で原因となる病的バリアントを受け継ぐ。
他の家族構成員
他の家族のリスクは発端者の両親の遺伝学的状態次第である。もし、親が罹患している、あるいはCDH1病的バリアントを有する場合、発端者の他の家族はリスクを有する。
遺伝カウンセリングに関連した問題
早期診断と治療を目的としたリスクのある親族の評価に関する情報は、「管理、リスクのある家系員の評価」を参照。
遺伝性腫瘍のリスク評価とカウンセリング
分子遺伝学的な、あるいは非分子遺伝学的な癌のリスク評価に対する医学的、心理学的、倫理学的な事項に関しての包括的な記載はCancer Genetics Risk Assessment and Counseling - for health professionals (NCIのPDQの一節)を参照のこと。
リスクのある無症状の成人血縁者
18歳未満のリスクのある無症状血縁者への検査
18歳未満の未成年者に対する遺伝学的検査は議論の余地があるところである。HDGCと診断された18歳未満の症例が報告されているため [Guilford et al 1998]、彼らに対する検査は利益があると示唆されている[Caldas et al 1999, Fitzgerald et al 2010]。Kodishら [Kodish [1999]]は、このような例に対する検査に関して、以下のような決まりを提案している;遺伝学的検査は最初に癌が発症した年齢以降に行われるべきである。彼は小児に対する検査による利益を最大限ひきだし、リスクを最小限にしようとしている。総じて、18歳未満の無症候リスク例に対する、親からの検査の要請に関しては気を遣いかつ子供と親の両方が理解できるようにカウンセリングする必要がある。IGCLCは、家系内の癌発症年齢が低い場合は16歳からでも遺伝学的検査をすることに同意している [Fitzgerald et al 2010]。
明らかなde novo病的バリアントを持つ家系における考慮事項
発端者の両親共に常染色体顕性(優性)遺伝形式をとる疾患原因バリアントが認められない場合、発端者はde novo病的バリアントである可能性が高い。しかし、代替父親(母親)、あるいは本人に知られていない養子縁組などの場合、除外される。
家族計画
DNAバンキング
DNAバンキングは、将来使用するときのためのDNA(典型的には白血球から抽出されたもの)の保管庫である。遺伝子やバリアントに対する検査法や知識、あるいは疾患についての理解が将来向上する可能性があるため、その時のために分子診断が確定していない(原因となる遺伝子のバリアントが不明な)発端者のDNAを保管することを検討すべきである。
出生前診断と着床前診断
罹患家族においてCDH1病的バリアントが同定されると、リスクのある妊娠に対し、出生前検査および着床前遺伝子検査が可能となる。
出生前検査の利用については、特に早期診断ではなく、妊娠の終了を目的として検査を検討している場合、医療専門家や家族の間で見解の相違が存在する可能性がある。ほとんどの施設では出生前検査の利用は個人的な決定であると考えるが、これらの問題について議論することは有用である。
訳注:日本では本症における出生前診断および着床前診断は行われていない。
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6116 Executive Boulevard
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Stomach (Gastric) Cancer
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分子遺伝学
分子遺伝学とOMIMの表の情報はGeneReviewsの他の場所の情報とは異なるかもしれない。表は、より最新の情報を含むことがある。
表A. 遺伝性びまん性胃癌: 遺伝子およびデータベース
遺伝子 | 染色体遺伝子座 | タンパク質 | 遺伝子座特異的データベース | HGMD | ClinVar |
---|---|---|---|---|---|
CDH1 | 16q22.1 | カドヘリン-1 | CDH1 @ LOVD | CDH1 | CDH1 |
データは以下の標準的参照資料をもとに作成した。遺伝子はHGNC、染色体遺伝子座、遺伝子座の名称、遺伝子バリアントに密接に関連した領域、相補群はOMIM、タンパク質はUniProtを参照した。リンクが提供されたデータベース(遺伝子座特異的データベース、HGMD)の記述についてはこちらを参照のこと。
表B. 遺伝性びまん性胃癌のOMIMでの記載 (全ての情報はOMIMを参照のこと)
137215 | 胃癌、遺伝性びまん性; HDGC |
192090 | カドヘリン 1; CDH1 |
分子遺伝学的病因
E-カドヘリンは膜貫通タンパク質であり、その大半は細胞同士の接着及び侵入抑制機能を発揮する上皮細胞の側底膜で発現する[Nagarら、1996]。
E-カドヘリンはカドヘリン分子ファミリーの一員で、その構成メンバーの全てがカルシウム依存性の細胞間接着を媒介する膜貫通糖タンパク質である [Takeichi 1991, Berxら、1995]。E-カドヘリンは成長時に局在化し、分化した上皮組織の確立と維持に必須とされる[Keller 2002]。また、信号伝達、分化、遺伝子発現、細胞運動性および炎症においても重要な役割を果たす。細胞接着におけるE-カドヘリンの活性は、カテニン (α-、β-とγ-)と呼ばれる裏打ちタンパク質を介したアクチン細胞骨格との結合に依存している[Jouら、1995, Kallakuryら、2001]。
対応する正常な組織に比べてヒトの癌腫の多く(例えば皮膚、肺、乳房、泌尿器、胃、結腸、膵臓、卵巣)でE-カドヘリン発現レベルが低下しているため[Giroldiら、2000, Karayiannakisら、2001, Tsanouら、2008, Ch’ng & Tan 2009, Kunerら、2009]、腫瘍の発症におけるE-カドヘリンの役割は良く確立されている[Wijnhovenら、2000]。ほとんどのびまん性胃癌と小葉乳腺癌でE-カドヘリン発現の欠失が見られるが、腸型胃癌と乳管癌では、通常発現は維持されている[Hirohashi 2000]。
E-カドヘリンが不十分な細胞は互いに接着する能力を失い、その結果、浸潤性また転移性になる[Birchmeier 1995, Perlら、1998]。腫瘍形成におけるE-カドヘリンの欠損と異常調節の因果関係は、癌細胞株や形質転換モデルを用いて示されてきた[Hsuら、2000]。予防的胃全摘術の検体からのin situ DGC病変検査を通して、このE-カドヘリン発現の欠損が早期の事象であることが示された。このE-カドヘリン発現の欠損によって、これが浸潤に繋がる早期の起因事象(initialing event)であることが明らかとなった[Humarら、2007]。
ヘテロ接合体の消失は、腫瘍抑制遺伝子発現の欠失に伴って観察される一般的な現象である[Knudson 1971]。他のCDH1対立遺伝子の発現の欠失を示す証拠を通じて、E-カドヘリンによる腫瘍抑制機能は保持されている[Gradyら、2000, Barberら、2008, Oliveiraら、2009]。
遺伝子の構造.
CDH1 は100kbにわたる16のエキソンから成る。遺伝子とタンパク質の情報の詳細な概説は表Aの遺伝子を参照のこと。
病的バリアント.
HDGCを保有する家系では、現在までに100を超える生殖細胞系列病的バリアントが報告されている[Gaytherら、1998, Guilfordら、1998, Richardsら、1999, Yoonら、1999, Dussaulx-Garinら、2001, Humarら、2002, Jonssonら、2002, Oliveiraら、2002, Brooks-Wilsonら、2004, Kellerら、2004, Surianoら、2005, Frebourgら、2006, Rodriguez-Sanjuanら、2006, Kaurahら、2007, Masciariら、2007, Moreら、2007, Rovielloら、2007, Van Domselaarら、2007, Oliveiraら、2009, Ghaffariら、2010, Mayrbaeurlら、2010]。
このような病的バリアントは主にフレームシフトバリアント、エキソン/イントロンのスプライシング部位におけるバリアントまたは一塩基バリアントを介した短縮型である [Gaytherら、1998, Guilfordら、1998, Richardsら、1999, Humarら、2002, Oliveiraら、2002, Brooks-Wilsonら、2004]。
病原性ミスセンスバリアントが同定された家系も存在する[Shinmuraら、1999, Yoonら、1999, Oliveiraら、2002, Brooks-Wilsonら、2004]。ミスセンスバリアントの病原性はin vitro解析により調査が可能であるが、これは研究を目的としてのみ実施されている[Surianoら、2003]。
エキソンの大欠失はこれらバリアントの約4%を占める [Oliveira et al 2009, Yamada et al 2014]。「ホットスポット」は同定されていない。病的バリアントは遺伝子全体に分布している。しかし、関係のないいくつかの家系において同一の病的バリアントが発見されたとの報告がある。 [Hansford et al 2015].
創始者変異はカナダのNewfoundlandの4家系で発見された [Kaurahら、2007]。病的バリアント 2398delCは3家系のハプロタイプ分析により確認された[Kaurahら、2007]。
生殖細胞系列病的バリアントは複数の民族集団において同定されており、散発性GCの割合が高い国々では生殖細胞系列病的バリアントは稀なようである。その理由は不明であるが、生殖細胞CDH1対立遺伝子の一つに突然変異を有する胚の生存力に対して、種々の民族の遺伝的背景の違いが異なる影響を及ぼすと仮定することができる。
正常な遺伝子産物
4.5-kbの転写産物が135kdのE- カドヘリン前駆ペプチドに翻訳される。そしてこれが120-kdの成熟した形態に素早く処理される。成熟したE-カドヘリン タンパク質には3個のドメインが含まれる。すなわち、エキソン4-13によってコード化される細胞外ドメイン、エキソン13と14によってコード化される貫膜ドメイン、エキソン14の残りからエキソン16によってコード化される高度に保護された細胞質ドメインである。
E-カドヘリンの発現は複雑な転写調節システムを介して制御される。
異常な遺伝子産物
分子遺伝的病因を参照のこと。