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フェラン-マクダーミド症候群
(Phelan-McDermid Syndrome)

[Synonyms: 22q13.3 Deletion Syndrome, Chromosome 22q13.3 Deletion Syndrome,
Deletion 22q13 Syndrome
]

Gene Review著者: Katy Phelan, PhD, FACMG; Curtis Rogers, MD, FACMG
日本語訳者: 大塚洋子(ボランティア翻訳者), 櫻井晃洋(札幌医科大学医学部遺伝医学) 

Gene Review 最終更新日: 2011.8.25 日本語訳最終更新日: 2016.4.30

原文 Phelan-McDermid Syndrome


要約

疾患の特徴 

フェラン-マクダーミド症候群(22q13.3欠失症候群)に特徴的な症状は, 新生児筋緊張低下, 広汎性発達障害, 無発語~重度の発語遅滞, および正常成長~過成長である. 大多数の患者は中等度から重度の知的障害を示す. この他, 肉厚で大きな手, 趾爪の形成異常, 高体温症につながり易い発汗低下などが見られる. また、異食行為, 痛覚鈍麻, 自閉症様の情動・行動といった神経行動学的特性を持つ.

診断・検査 

フェラン-マクダーミド症候群の臨床診断基準は確立されていない. 本症候群の原因は, 染色体22q13.3の末端または中間部欠失である. まれに均衡型転座または病原性変異によるSHANK3遺伝子の機能喪失も原因となる. 2006年頃までは, 22q13.3欠失の診断には高精度分染法と蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)が広く使用されていた. 2006年以降は, 22q13.3欠失の検出には感度, 精度ともにより高い染色体マイクロアレイ解析(CMA)が用いられることが多い. 

臨床的マネジメント 

症状の治療: 
口腔運動療法(咀嚼嚥下障害);胃食道逆流, 痙攣, 反復性の耳感染, 視力, 心臓, 腎臓, 呼吸, 免疫の問題の標準的治療;理学療法, 作業療法, および筋協調性と筋肉強度を改善するための運動療法;コミュニケーション能力の訓練;不正咬合に対する歯科矯正治療;多動性, 不安, および自己刺激行動に対する薬物療法.

経過観察: 
無症候性腎異常を検出するための腎臓超音波検査;問題行動や能力の退行が明らかになった場合には,神経科医の評価によるくも膜嚢胞の有無を判断するための画像検査;頭蓋内圧亢進の兆候のモニタリング;心臓の異常に対する定期的経過観察;歯科および眼科の定期検診;青年期から成人期に生じることのあるリンパ浮腫のモニタリング

回避すべき環境
: 
発汗低下を示す例があるため, 高温暴露および長時間の太陽光暴露を避ける. 

遺伝カウンセリング 

フェラン-マクダーミド症候群は, 新生または親から受け継いだ染色体異常に由来する. 両親の染色体解析の結果に基づき新生か遺伝性かを判定する. 22q13.3欠失の出生前診断は, リスクの高い妊娠に対して実施することができる.


診断

臨床診断

以下の症状を呈する小児は、フェラン-マクダーミド症候群(Phelan-McDermid Syndrome, 本章ではPhM症候群と略す)が疑われる.

この他に, 比較的肉厚で大きな手, 趾爪の形成異常, 仙骨洞, 発汗低下などが見られる場合にPhM症候群の疑いが生じる. また, 異食行為, 痛覚鈍麻, 自閉症様の行動・情動といった神経行動学的特性が見られる.

フェラン-マクダーミド症候群の原因

責任領域

PhM症候群の診断は, 染色体22q13.3のヘテロ接合性欠失の存在を証明することにより確定する.PhM症候群の22q13.3欠失は95kbから9Mb超までの長さを持つ (原文の"Molecular Genetic Pathogenesis"の項を参照).

遺伝子 上記責任領域には, 22番染色体長腕末端に位置する3つの遺伝子, SHANK3, ACR, およびRABL2Bが含まれる. この点については研究者間で同意が得られている.

検査

細胞遺伝学的解析

分子遺伝学的検査

GeneReviewsは,分子遺伝学的検査について,その検査が米国CLIAの承認を受けた研究機関もしくは米国以外の臨床研究機関によってGeneTests Laboratory Directoryに掲載されている場合に限り,臨床的に実施可能であるとする. GeneTestsは研究機関から提出された情報を検証しないし,研究機関の承認状態もしくは実施結果を保証しない.情報を検証するためには,医師は直接それぞれの研究機関と連絡をとらなければならない.―編集者注.

欠失・重複解析 22q13.3欠失は, 欠失領域内の塩基配列コピー数を決定する様々な分子遺伝学的手法により検出することができる. 全ゲノム手法またはターゲット手法のいずれも使用できる.

表1 フェラン-マクダーミド症候群の分子遺伝学的検査

検査方法 検出される
変異1
検査方法ごとの変異検出率2
FISH 22q13.3欠失 ARSAプローブと22qサブテロメアプローブを両方とも用いた場合にほぼ100%
欠失/重複解析3 解析対象の座位により異なる4
  1. 詳細は(原文の)"Molecular Genetics"の項を参照.
  2. 当該欠失の検出に用いた検査方法の検出能力
  3. ゲノムDNAのエクソン領域および隣接イントロン領域を対象としたシークエンス解析では容易に検出できない欠失・重複を同定する検査である. この検査には, 定量PCR法, 長距離PCR法, 多重連鎖反応依存性プローブ増幅法(MLPA法), および当該遺伝子/染色体分節を対象とする染色体マイクロアレイ法(CMA)といったさまざまな手法を使用することができる. 検出率は, 分析対象の配列に対応するプローブの配置と密度次第で変わるが, 適切な22qサブ
  4. テロメア領域がパネルに搭載されていれば, FISH法による検査と同等程度となる可能性がある.

検査特性 感度や特異度といった検査特性に関する詳細は, "Clinical utility gene card for: Deletion 22q13 syndrome" [Phelan & Betancur 2011]を参照頂きたい.

検査結果の解釈 次の場合にはFISH法による22q13欠失検査の結果の解釈を誤る恐れがある.
(1) ARSA遺伝子はPhM症候群の最小責任領域内には存在しないため, ARSAプローブ使用時には偽陰性を生じることがある.
(2) サブテロメアプローブを単独で診断ツールとして用いる場合は22q13の中間部欠失を検出できないことがある.

検査手順

発端者を対象とした22q13.3欠失の確定診断を得るには, 22q13.3欠失症候群に共通して見られる70kbの最小責任領域の欠失を検出する必要がある. この欠失は次の手法によって検出可能である.

両親および発症リスクのある血縁者の保因者検査

出生前診断と着床前遺伝子診断(PGD) リスクのある妊娠に対してこれらの診断を行うためには, 発端者における22q13.3欠失および/または一方の親の均衡型保因状態が事前に確認されている必要がある.


臨床的特徴

臨床像

男女とも同様に罹患し,由来する親の違いの影響はない (表2).

表2 フェラン-マクダーミド症候群の特徴的症状

発生率 特徴的症状
>95% 新生児筋緊張低下
広汎性発達障害
無発語から重度の発語遅滞まで
>75% 正常成長または過成長
肉厚で大きな手
趾爪形成異常
長い睫毛
痛覚鈍麻 
マウシング/噛み癖/歯ぎしり 
自閉症/自閉症様行動
>50% 長頭 
目立つ耳/大きな耳
太くて長い眉
丸く膨らんだ頬部
腫れぼったい眼瞼
深い眼球
平坦な顔面中部 
幅広い鼻梁
球状の鼻尖
尖ったオトガイ
仙骨洞
発汗低下(高体温症を招き易い)
哺乳・摂食機能障害
>25% 斜視
腎異常
胃食道逆流
不正咬合/歯間空隙の拡大
内眼角贅皮
長い人中
高口蓋
痙攣

筋緊張低下 PhM症候群の新生児患者は, 全身性筋緊張低下を示す. これに, 弱い泣き声, 頸定不良, および成長障害につながる哺乳障害を伴う場合がある.

発達障害 サブテロメアに微小欠失のある患者少数例に軽度の発達障害が見られたとの報告があるが, 22q13.3欠失患者の大多数は広汎性発達障害または中等度から重度の知的障害を示すとされている. Wilsonらの研究[2003]において, 発達プロファイルII (DPII: Developmental Profile II) および自立行動評価尺度–改訂完全版 (SIB-R: Scales of Independent Behavior-Revised – Full Scale) を用いた発達アセスメントを行った結果, 被験者はいずれも中等度から重度の知的障害を示した. また、彼らと同レベルの障害を持つ患児と22q13.3欠失患児とを比較したとき, 22q13.3欠失患児の問題行動は頻度, 重症度ともに低かった.

主な発達指標に遅れが見られる (平均して生後約8か月で初めて寝返りを打ち, 約16か月で四つ這いを始め, 約3年で独立歩行開始). 筋緊張低下, 平衡感覚障害, および上半身の体力不足が独歩の遅れの原因となり, 概して歩幅が広く不安定な歩き方となる.

排泄訓練の目標達成は難しく, 両親と介護者は常に細心の注意を払う必要がある. 患児は夜間には排泄しないでいることもあるが, 尿意, 便意を伝えられないために昼間に遺尿, 遺糞を生じることがある.

発語遅滞 患児は平均的な時期に片言を話し始めるが, 幼児期に至って語彙獲得に遅れを生じることがある. 4歳頃までに患児の多くは発話能力を失う. 集中的な作業療法, 言語聴覚療法, および理学療法を通じて患児は発話能力を取り戻し語彙量を増やす可能性がある. 理学療法によって筋トーヌスが上昇し筋協調性が向上するだけでなく, 患者の多くは意識を周囲に向け易くなる. 発話能力の障害は一生涯残るが, 積極的治療と意思疎通の訓練は意思疎通方法を習得するための助けとなる.

簡単な命令に従う, 気分や感情を表現するといった患児の能力を観察すれば明らかなように, 受容的コミュニケーション能力は表出的コミュニケーション能力よりも発達している.

聴覚 PhM症候群の患児は言語的手がかりに対する反応が遅れ, しかも話し声と背景雑音の聞き分けが難しい. この2つの症状と耳の頻回感染が相まって聴覚障害を疑わせる根拠となる. 実際には80%を超える患児は正常な聴力を示す.

発育 PhM症候群に罹患した胎児は胎生週数にふさわしい子宮内発育を遂げる. 平均在胎週数は38.2週である. 出生後は正常成長または過成長を示す. 年齢に比して高身長であることが多いが, 平均値からは+2~3SD以内に収まる. 体重は増加しにくいため、小児のうちは背が高く痩せた体型となる.

小児患者は年齢に比して高身長であるが, 成人患者の身長は正常範囲内にあることが多い. 大多数の成人患者は体重も正常範囲内にあるが, 不活発な活動と過食(おそらく強迫性の異食症の一症状)が原因で約10%の患者に過体重が見られる.
典型例の頭囲は正常範囲内にある. ただし, 患者の5%未満に小頭症が見られたとの報告がある.

行動 Philippeら[2008]は22q13.3欠失症候群の患児8例(年齢は4歳3か月から11歳4か月の範囲)の神経行動学的なプロファイルを分析した. 次のような問題行動が見られる ー 多動, 注意持続時間が短い, 情動不安, 不器用, 行動の結果への想像力欠如, 変化への抵抗, および反復動作など.

この他に, PhM症候群の患者の異常行動として, 習慣的な噛み癖やマウシング、歯ぎしり, 痛覚鈍麻, および睡眠障害などの記述が見られる. 睡眠時無呼吸は問題化しないが, 入眠困難および中途覚醒を生じることがある. また, 患者は, 周囲が騒しく混雑しているときや不慣れな環境で動揺することがある.

Philippeら[2008]は, PhM症候群の患児が示す行動はDSM IVによる自閉症の診断基準を満たさないと結論付けている. しかし, 研究者によっては, アイコンタクトの回避, 常同行動, 自己刺激行動といった自閉症特有の行動または自閉症様行動の存在を記述している.

患者は疼痛耐性が高く表出的コミュニケーション能力を欠くために, 擦過傷や切創を負ったり更には骨折までしても痛みを訴えないことがある. また, 耳感染, 胃食道逆流, 頭蓋内圧亢進といった苦痛を伴う異常を経験しても不快感を訴えないことがある.

患者の約25%に, 噛みつく, 毛髪を抜く, つねるといった攻撃的行動が見られる.

視力 遠視または近視を示す例があるものの大多数の患者は正常視力を持つ. 患者の約6%に皮質性視覚障害(CVI: cortical visual impairment)が見られるとの報告がある. CVIは以下の症状に特徴があり,患児の約6%に認められる.

時により見え方の質が変動する. 失明と視神経形成不全はCVIと相関している.

 頻回の尿路感染, 嚢胞腎, 腎異形成, 水腎症, および膀胱尿管逆流症が報告されているが,通常腎機能は正常である.

胃腸 患者の約30%に胃食道逆流症が見られ, 約25%に周期性嘔吐症が見られる.

 最も頻繁に見られる歯科疾患は不正咬合および叢生である. 筋緊張低下, 絶え間なく噛む癖, 歯ぎしり, および弄舌癖が不正咬合を助長することがある. 不正咬合は嚥下困難および流涎を伴う例があるほか, 言語化困難を招く一因となることがある.

神経 一般対照群でのくも膜嚢胞の発生は1%と推定されるが, PhM症候群の患者では約15%に見られる. この他に, 以下のような神経学的問題が見られる ー 髄鞘形成減少, 前頭葉形成不全, 脳梁形成不全, 脳室拡大, 限局性の皮質萎縮, および痙攣.

22q13.3欠失症候群の患児8例を対象とした脳画像の解析により次の結果を得た.

さらに, 上記患児8例を対象としたPET画像の解析により次の結果を得た.

25%~50%の患者に痙攣が見られる. その多くは熱性痙攣であり投薬は不要であるが, 大発作, 焦点発作, および欠神発作の記録もある. PhM症候群に特有の脳波検査所見はない.

リンパ浮腫 リンパ浮腫と反復性蜂巣炎はいずれも患者の約10%で観察され, 通例10歳代から成人期に問題化する. 環状染色体r(22)(p11.2q12.3)の形成に伴う22q13欠失を持った女性患者が進行性リンパ浮腫から滲出性胸水に至った旨の報告があり, FISH法による遺伝子検査で22番環状染色体のARSA遺伝子の欠失が証明された.

頭蓋顔面形態 頭蓋顔面形態上の際立った特徴としては, 長頭, 大きな耳/目立つ耳, 内眼角贅皮, 長い睫毛, 眉上弓の強い隆起, 膨らんだ頬部, 短い鼻/球状の鼻尖などが最も頻繁に見られる. また, 深い眼球, 平坦な顔面中部, 太くて長い眉, 幅広い鼻梁, 尖ったオトガイ, および長い人中が見られるがこれらは比較的目立たない. 顔貌を粗野にする傾向のある抗痙攣薬の投薬を受けた症例では特に, 長い間に顔貌が変形することがある. 成人になると, オトガイがさらに突出し幅広くなり, 鼻の丸みが減るように見える.

その他

妊孕性 これまでにPhM症候群の患者が子を成したという報告はないが, これまでに妊孕性の消失を確認した研究はない. PhM症候群の女性患者は思春期を経験し平均的年齢で初経を迎える.

寿命 時系列データが不足しているため, 平均余命は算出できない. ただし, 心臓や肺といった寿命の短縮や生死に関わる臓器の疾患は多くはない. 比較的年長患者が少ない理由は, 高精度分染法, FISH, およびCMAが開発されるまでは診断が難しかったことにある.

22q13.3欠失モザイク 時折22q13.3欠失モザイクの症例が報告される. 22q13.3のモザイク率は患者によって異なる.

注: 大方の検査は血液検体を対象として行われるが, 血液中のモザイクの割合は時間の経過とともに変化しうる. その上, 血液中のモザイクの割合は脳などの組織のモザイク率を代表するものではない. このため, PhM症候群の主な症状を発現するに十分な最低モザイク率は判明していない.

細胞分裂時には環状染色体の環状構造が不安定性を増すため, とりわけ環状染色体に関連する22q13欠失のモザイクの発生は珍しくない.

無症状の母親が持つモザイクに由来する22q13.3欠失症候群が少なくとも3例報告されている.

遺伝子型と臨床型の関連

22q13.3欠失を示す患者の遺伝型と表現型の相関を調べる数件の研究において, 微小欠失の大きさと症状の重症度との相関を示すことはできなかった. ただし, Wilsonら[2003]は欠失の大きさと発達障害および筋緊張低下の重症度との間に統計学的に有意な相関を報告している.

浸透率 

非モザイク型の22q13.3欠失を有する患者は, いずれも予想された通りPhM症候群の特徴を顕著に示した.

病名

当疾患はかつて染色体の欠失領域を名称に反映して22q13.3欠失症候群と呼ばれていたが, 現在では, 22q13.3欠失に由来する疾患の他, SHANK3遺伝子に変異を有しかつ欠失が検出されない疾患をも含めたより包括的な名称として, 一般にフェラン-マクダーミド症候群が用いられている.

頻度 

22q13.3微小欠失の頻度は不明である. CMAの実用化に伴い, PhM症候群と診断される患者の数が増加傾向にある. それでもなお, PhM症候群は過小診断されている. 22q13.3微小欠失は, 知的障害を示す患者に見られるサブテロメア領域の各種染色体不均衡のなかで2番目に多い.


遺伝学的に関連する疾患

HANK3病的変異が自閉症スペクトラム患者で認められている.

自閉症スペクトラム患者の観察において,Durandら[2007]は,SHANK3遺伝子の欠失もしくは破壊を伴う3家系を同定した.

Moessnerら[2007]は, 自閉症スペクトラム障害におけるSHANK3遺伝子の研究で次の3種類の22q13.3欠失を検出した.

注: 自閉症スペクトラム障害を持つ患者の検査を目的として設計されたパネルの多くは, 22q13.3微小欠失およびSHANK3欠失/変異のプローブを搭載している.


鑑別診断

本稿で扱われる疾患に対する遺伝学的検査の実施可能性に関する最新情報は,GeneTests Laboratory Directoryを参照のこと.―編集者注.

筋緊張低下と発達障害は非特異的所見であり, 比較的よく見られる他の疾患からPhM症候群を鑑別する際の指標とすることはできない. しかし, 両所見に加えて無発語から重度の発語遅滞および自閉症様行動を示す場合はPhM症候群である可能性が高まる. その上, PhM症候群に見られる軽微な顔面形態異常を伴えば疑いが強まるはずである.

22番環状染色体症候群 環状染色体は通例, 長腕(q)遠位および短腕(p)遠位の遺伝物質が欠損している. 22番環状染色体を持つ患者の場合, 短腕と付随体断片の欠失は臨床的な意義が少ない. 22番染色体長腕の欠失部分の大きさ次第で表現型の重症度(正常から重度障害まで)が決まる. 有糸分裂中の22番環状染色体は不安定性を増すために, 染色体の破壊, 欠失, 重複を生じ, 表現型の発現がさらに複雑になることがある.
常染色体の種類とは関わりなく, 環状染色体症候群全般に, 発育遅延, 認知障害, および軽微な顔面形態異常が認められる.

22番環状染色体の患者は, 広汎性発達障害, 重度の発語遅滞, 筋緊張低下, 軽微な顔面形態異常など, PhM症候群と同様の特徴を示すことが多い. しかし, 22番環状染色体症候群は, 発育遅延(患者の20%~24%)および小頭症(患者の33%)を主徴とする点でPhM症候群と異なる.

染色体環の不安定性が原因で分子特性解析が複雑化するため, 環状染色体の細胞遺伝学的な特徴の解明には困難を伴う. それでもなお, 22q13.3を欠失した環状染色体を持つ患者がPhM症候群の表現型を示すであろうと推測することは理に適う. 22番環状染色体を持つ患者・家族の多くがPhelan-McDermid Syndrome/Deletion22q13.3 Syndrome Foundationのメンバーである(原文の'Resources'を参照).

その他の鑑別疾患

プラダー-ウィリ症候群 (PWS) 新生児に病因不明の筋緊張低下が見られるときは必ずPhM症候群を疑うべきである. PWSと同様に, PhM症候群においても新生児筋緊張低下と哺乳・摂食機能障害は最初期に発現する症状である. これらの所見を認めながらもPWSの遺伝子検査で正常の結果を得た場合は22q13.3欠失の検査が推奨される.

アンジェルマン症候群 "非定型"のアンジェルマン症候群の患者に対してはPhM症候群をも疑うべきである. 両症候群に共通の特徴には, 新生児筋緊張低下, 広汎性発達障害, 無発語, 不安定歩行, 軽微な顔面形態異常などがある. アンジェルマン症候群の遺伝子検査としては15q11-q13のメチル化解析に加えUBE3Aの分子遺伝学的検査を行う. この検査でアンジェルマン症候群の診断を確定できない場合は22q13.3欠失の検査が推奨される.

軟口蓋心臓顔貌症候群 (VCFS) GeneReviews "22q11.2 deletion syndrome" (GRJ:「22q11.2欠失症候群」) を参照頂きたい. VCFSとPhM症候群の症状の類似点は, 筋緊張低下, 内眼角贅皮, 眼瞼裂短縮, 幅広い鼻根, 発語遅滞, 腎障害, および発達障害などである. VCFSの患者で観察される神経学的問題はPhM症候群ほど重症ではない. VCFSはPhM症候群と異なり, 心異常および/または口蓋異常, 免疫不全, および低カルシウム血症を伴うことが多い. 22q11.2欠失症候群は, FISH法により診断できる (N25かTupleのプローブセットに加えコントロールプローブとしてARSAプローブを使用). ARSA遺伝子は22q13.3に位置するため, N25かTupleのプローブセットにより22q13.3欠失を検出することができる. このため、VCFSの被験者の中から22q13.3欠失の診断に至る例がある.

ウィリアムズ症候群 ウィリアムズ症候群の年長の患児は独特な顔貌, 多弁など, かなり特徴的な症状を示すが, 新生児患児の症状はPhM症候群と部分的に一致する (筋緊張低下, 広汎性発達障害, および腫れぼったい眼瞼など). PhM症候群には見られずウィリアムズ症候群に見られる症状には, 心血管異常 (エラスチン動脈症, 末梢性肺動脈弁狭窄, 大動脈弁上狭窄, ならびに高血圧) および内分泌異常 (高カルシウム血症, 高カルシウム尿症, 甲状腺機能低下症, ならびに思春期早発症) がある. FISH法により7q11.23欠失が認められればウィリアムズ症候群の診断が確定する. 7q11.23領域にはウィリアムズ症候群の責任遺伝子の一つであるELN遺伝子が局在する. 常染色体優性形式で遺伝するが, 大多数の症例は新生変異に由来する.

毛髪鼻指節骨症候群 (TRPS) 鑑別が必要となるTRPSの病型はI型*2とII型である (II型は多発性軟骨性外骨腫を主徴とする別名ランガー・ギーディオン症候群). TRPSの症状のうちPhM症候群と重なることの多い症状は, 筋緊張低下, 知的障害, 球状の鼻尖, 大きな耳/目立つ耳, 深い眼球, および薄い趾爪/趾爪の形成不全である. PhM症候群と異なるTRPSの特徴には, 剰余皮膚, 目立つ人中, 薄い上口唇, 疎な頭髪, 小顎, および発育遅延などがある. TRPS II型は8q24.11-q24.13領域の微小欠失 (TRPS1遺伝子とEXT1遺伝子の欠失に関連) を原因とする. TRPS I型はII型よりも小規模の8q24.12領域の欠失に由来する. TRPS I型は常染色体優性形式で遺伝する.
 *2 TRPS I型の重症型であるTRPS III型は, 重度の短指趾症・低身長が見られ, 知的障害は見られない.  - 訳者注

ミス・マゲニス症候群 (SMS) SMSとPhM症候群に共通する症状には, 筋緊張低下, 発語遅滞, 精神運動発達遅滞, 平坦な顔面中部, および痛覚鈍麻などがある. SMSの患児にはさらに, 成長障害, 反射減弱, および全身の不活発が見られる. SMSの特徴的症状は, 不注意と多動, 独特な顔貌, 多くの場合生後18か月以降に認められる行動異常(著しい睡眠障害, 常同症, 不適応行動, および自傷行為)である. SMSの自傷行為には, 自己殴打, 自咬症および/または皮膚のかきむしり, 身体開口部への異物挿入, 手指爪・足趾爪の爪抜癖などがある. Gバンド分染法および/またはFISH法により17p11.2の中間部欠失が認められればSMSの診断が確定する.

脆弱X症候群 乳児期から幼児期の脆弱X症候群の患児は, 筋緊張低下, かなりの発語遅滞, および自閉症様行動を示すことがある. 広汎性発達障害, 高身長のほか, 軽微な顔面形態異常がPhM症候群の症状に類似する. 脆弱X症候群の男性患者は, 特徴的な外観 (大頭, 長い顔, 目立つ前額部とオトガイ, 聳立耳), 結合組織の異常所見 (関節弛緩), 巨大精巣 (思春期以後) を示す. 多くの患者に行動異常が見られ, 自閉症スペクトラム障害を伴う例もある. 分子遺伝学的検査によりFMR1遺伝子内のCGG反復配列の伸長が検出されれば脆弱X症候群の診断が確定する. X連鎖性形式で遺伝する.

FG症候群 FG症候群とPhM症候群に共通する症状には, 筋緊張低下, 知的障害, 発語遅滞, 自閉症様行動, および胃食道逆流などがある. PhM症候群には見られずFG症候群に特徴的な症状には, 腸閉鎖/肛門閉鎖, 慢性の便秘, 低身長, 脊椎形成不全, 低位/単純耳介, および特徴的なパーソナリティ特性(高社交性, 多弁, 衝動的な行動)などが挙げられる. FG症候群は遺伝的異質性を有する疾患であり, 数種類のパターンのX連鎖性形式で遺伝する. 大多数の症例は親から受け継いだ変異を原因とするが, 新生変異由来の場合もある. GeneReviewsの"MED12-Related Disorders"を参照頂きたい.

ソトス症候群(脳性巨人症)はPhM症候群と同様に過成長を示す. ソトス症候群の患児は, 生下時には身長・体重とも正常であるが筋緊張低下と哺乳障害が見られる. 乳児期に成長が加速し始め, 軽度の知的障害, 運動発達遅滞, および顔面形態異常(長頭, 尖ったオトガイ, 大きな手など)が生じる. 自閉症様行動, 注意欠如障害, 攻撃性を示すほか, 表出性言語能力が受容性言語能力よりも低いことがある. PhM症候群と異なり, ソトス症候群の患児は年齢とともに同世代の健常児との差が縮まり, 身長は正常範囲内となる場合がある (標準身長曲線の正常範囲の上限に位置する). 知的障害の重症度は軽度 (小児期は普通学校に通学し, 成人期には自立の可能性がある) から重度までさまざまである. ソトス症候群患者の80%~90%にはNSD1遺伝子の変異または欠失の存在が実証されている (NSD1はその変異がソトス症候群の原因となることが知られている唯一の遺伝子である). 常染色体優性形式で遺伝するが, 95%を超える患児は新生変異を持つ.

Clark-Baraitser症候群 は, 報告症例が男性患者でありX連鎖性遺伝形式に矛盾しないパターンを示すことから, X連鎖性疾患と推定されている. Clark-Baraitser症候群の疑いがあった男性2例は, 後にFISH解析により22q13サブテロメア欠失を持つことが判明した. 典型例には知的障害および太い手足が見られるが, 通常, 筋緊張低下は見られない. また, PhM症候群では報告のない肥満, 大頭症, および巨大精巣が認められる.

脳性麻痺 は単一疾患ではなく, 通例, 出生時点で運動機能に異常を伴う多様な神経障害全般を指す. PhM症候群の患児は, 新生児筋緊張低下, 協調運動障害, および独立歩行開始の遅延/不安定な歩行を示すため, 脳性麻痺と見誤ることがある. 脳性麻痺の原因は, 出産時外傷, 早産, 低出生体重, 感染, 仮死分娩, 黄疸, 頭蓋内出血, および胎盤早期剥離など, 多様である. 脳性麻痺は, 気道閉塞, 溺水, 中毒などによる出生後の脳への酸素供給不足を原因として生じる場合もある. また, 身体の損傷(揺さぶられっ子症候群を含む)も脳性麻痺につながることがある. 脳性麻痺と誤診された症例は, 22q13.3微小欠失の有無を調べる遺伝子検査により正しい診断を得ることが多い.

痙性対麻痺 PhM症候群の患児は運動発達指標に遅れが見られ, 不安定歩行/痙性歩行を伴うため, 痙性対麻痺と見誤る可能性がある. しかし, 遺伝性痙性対麻痺は進行性の筋力低下と下肢の痙縮を伴うため, 鑑別可能である. さらに, 複雑性痙性対麻痺の患者は, 痙攣, 認知症, 筋萎縮を含む神経障害を示すことがある. 痙性対麻痺にはX連鎖性, 常染色体劣性, または常染色体優性の各形式で遺伝する数種類の神経障害が含まれる. 遺伝性痙性対麻痺に特徴的な進行性の神経症状がPhM症候群の患者に見られることはないが, それにもかかわらず, 遺伝子検査により22q13.3欠失が同定されるまで誤診が正されないことがある.

自閉症 PhM症候群の患者に自閉症または自閉症様行動が見られたとの研究が数件ある. とりわけ軽微な顔面形態異常が見られる症例については, 自閉症スペクトラム障害の鑑別疾患としてPhM症候群を考慮する必要がある.自閉症の原因は"特発性"と"続発性"に分類されている. 続発性の自閉症とは, 染色体異常などの病因がすでに特定されている自閉症を指す. 顔面形態異常, 小頭症, および/または脳の構造異常を伴う自閉症は"複合型自閉症(complex autism)"と呼ばれてきた. この疾病分類法に従えば, 22q13.3欠失を伴う自閉症は, 続発性かつ複合型であり, 関連する身体的異常のみられない特発性または本態性のどちらでもない. Cohenら[2005]は, 他の臨床症状を伴う自閉症の名称として"複合型"ではなく"症候性自閉症"を提案している. また, 同著者らは, 必ず自閉症を伴う遺伝疾患の一つを示す用語として22q13.3欠失症候群(PhM症候群)を用いている.

Jacquemontら[2006]の報告によれば, 自閉症患者の5%に染色体異常が見られ, 22q13.3欠失は自閉症に関連する染色体異常のうち最も頻度の高い3種類に入る.

SchaeferおよびMendelsohn [2008]は, 自閉症スペクトラム障害に関連する染色体ホットスポットの一つに22q13を挙げている.

LintasおよびPersico [2009]の報告によれば, 自閉症スペクトラム障害の患者の1.1%にSHANK3遺伝子の変異, 欠失, または重複が見られる. また, 同著者らは, 自閉症の他に重度の言語障害と社会性障害を伴う症例に対してはSHANK3の分子遺伝学的検査を実施すべきと考えている.

22q11.2重複 22q11.2重複は, GeneReviews "22q11.2 duplication"(GRJ『22q11.2重複』)の章で「よくみられる3Mbあるいは1.5Mbの近位縦列重複」と定義されている. 22q11.2重複の表現型は著しく多様であるがほとんどが軽度の異常にとどまる. 臨床所見は外見上正常な例から, 知的障害/学習障害, 精神運動発達遅滞, 成長障害, 筋緊張低下まで広範囲にわたる. 発端者の両親が外見上正常であっても22q11.2重複の検出される頻度が高いということは, 22q11.2重複を保因しながらも容易に判別できるほどの表現型への影響がない例が多いということである. 22q11.2重複が非病原性の多型であるか, あるいは臨床症状のばらつきが大きく浸透率の低い真正の症候群であるかについては現時点では確定できない.

臨床的根拠だけで22q11.2重複の確かな疑いを抱かせるほど表現型は特徴的ではない. 22q11.2重複はルーチン検査のGバンド核型分析では検出できない. 22q11.2重複症候群の大多数の患者はCMAなどの欠失/重複解析により確定診断される.


臨床的マネジメント

初回の診断時における評価

PhM症候群と診断された患者の疾患の範囲・重症度を決定するために, 以下の評価を実施することを推奨する.

症状に対する治療

主な治療方法を以下に示す.

経過観察.

以下の指針に沿って経過観察を行う.

回避すべき薬物や環境

22q13.3欠失を持つ患者は発汗低下により高体温症を招き易いため, 高温暴露および長時間の太陽光暴露を避ける必要がある.

リスクのある血縁者の検査

リスクを持つ血縁者に対し遺伝カウンセリングを目的とした検査を検討する際には, 検査に関わる諸問題について後述の「遺伝カウンセリング」の項を参照頂きたい.

研究中の治療法

インスリンの経鼻デリバリー試験(INIT) Schmidtら[2009]は, INITの被験者となったPhM症候群の患児6例中5例に, 運動能力, 認知機能, および行動に改善が見られたと報告している.

リスペリドン Pasiniら[2010]の報告によると, PhM症候群の女性患者(18歳)はリスペリドンの低用量摂取により, 行動, 気分, および睡眠の症状に改善が見られた. 動物モデルを用いた研究では, リスペリドンがグルタミン酸受容体に対し用量依存性の効果を示すことが明らかになっている. 同著者らの示唆するところによれば, SHANK3遺伝子のハプロ不全はグルタミン酸受容体サブタイプを変化させる原因となるが、観察された治療効果はこの受容体サブタイプに対して働いた用量依存性効果が関与している可能性がある.

ClinicalTrials.govの検索により, 広範囲にわたる疾患や症状に関する臨床試験の情報を入手することができる.


遺伝カウンセリング

「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」

遺伝形式

PhM症候群は染色体22q13.3の新生欠失または親から受け継いだ22q13.3欠失に由来する.

まれに, (検査手法の制約下で)見掛け上均衡型の染色体再配列または変異を原因とするSHANK3遺伝子の破壊が見られる.

患者家族のリスク

発端者の両親

発端者の同胞 

発端者の子

22q13.3欠失症候群と診断された患者が子を得たとの報告はない. .

その他の血縁者

その他の血縁者のリスクは発端者の両親の遺伝的状態に依存する. 発端者の親が均衡型染色体再配列を持つ場合, その親の血縁者はリスクを持つ場合があるため, 染色体検査(分染法および/またはFISH法)の実施を提案すべきである.

保因者診断

発端者の親が均衡型染色体再配列を持つ場合, リスクのある血縁者は染色体検査(分染法および/またはFISH法)の受検が可能である.

注: 均衡型再配列が生じた染色体においては染色体物質の過不足がない. 従って, CMAにより均衡型染色体再配列を検出することはできず, 保因者検査に使用すべきではない.

遺伝カウンセリングに関連した問題

PhM症候群が, SHANK3遺伝子の破壊を伴う(検査手法の制約下で)見掛け上均衡型の染色体再配列または変異を原因とする場合は, 正式な遺伝カウンセリングの実施を必要とする.

家族計画

DNAバンキング とは, 将来の使用に備えてDNA(一般には白血球より抽出)を貯蔵しておくことをいう. 今後, 検査方法が改良されたり, 遺伝子とその変異や疾患の研究の進展が見込まれるため, 患者のDNAの貯蔵は検討に値する.

出生前診断

22q13.3欠失のリスクが高い妊娠に対して出生前診断を実施することができる. 絨毛膜絨毛サンプリング(CVS)により絨毛細胞を採取するか (妊娠第10~12週頃に実施), 羊水穿刺により胎児細胞を採取し (通例, 妊娠第15~18週頃に実施), CMAおよび/またはFISHにより検査する. 使用する検査手法は, CMAおよび/またはFISHのうち家系内患者で欠失が検出された手法とする. モザイク型と非モザイク型のどちらの22q13.3欠失も出生前の同定に成功している.

注: 胎生週数は, 最終正常月経の開始日から数えた月経週で表すか, 超音波検査の測定結果を基に割り出す.

着床前遺伝子診断(PGD: Preimplantation Genetic Diagnosis)は, すでに病原性変異が同定されている家系ならば実施することができる.


更新履歴:

  1. Gene Review著者: Katy Phelan, PhD, FACMG; Curtis Rogers, MD, FACMG
    日本語訳者: 大塚洋子(ボランティア翻訳者), 櫻井晃洋(札幌医科大学医学部遺伝医学)
     Gene Review 最終更新日: 2011.8.25 日本語訳最終更新日: 2016.4.30 [ in present]

原文 Phelan-McDermid Syndrome

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